エピローグ



 シンシアを追う約2年の旅はとうの昔に終わり、今私がいる魔導の里は【外界がいかい】と呼ばれる世界にある【魔女界】となった。

 世界は【地界ちかい】【外界がいかい】【天界てんかい】そして【冥界めいかい】の4つに分けられる事となったが、【天界】と【冥界】は今まで通り行きたいと望んでも行ける場所でもなく、存在さえ信じない者が多い。しかしそれでいい。

 実際に分かれたのは【地界】と【外界】だ。


 まず【地界】は4つ。

 今まで───と言うには年月が経過しすぎているが───は私が住む【魔女界】などと同じラインに【多種界エリア】と呼ばれる4つの無支配者領土が存在していた。

 これが世界分裂により、4つの大陸が誕生した。


 シンシアが最後に執行した【ミセリア スペル】により世界の軸は大きく歪み、文字通り世界崩壊が始まった。

 マナの循環が不規則不安定となり、その濃度も急上昇した事により “世界” という大規模な基盤が崩れたのだ。基盤が崩れれば必然的に盤上も崩れる。つまり “世界” と呼ばれる基本が、基準が、型取りが、無いものとなる。

 天災や災害などのレベルを遥かに越えた神災が全世界に発生する。

 シンシアはこれを望んでいたワケではなかったにせよ、望んでいたモノを手に出来ないのならばこんな世界は必要ない、と迷惑極まりない思考で【ミセリア スペル】を執行したのだ。

 しかし、どうやらシンシアは【深淵の魔女】に選ばれなかった。それにより執行した魔術はとても魔術とは呼べないモノであり、結果、世界崩壊を招いてしまった。

 魔女という種族ならば誰もが求める魔導のいただきとも言われている【魔の深淵】に触れ、シンシアは認められなかっただけの話だが......後始末もせず消えていったのは今でも腹立たしい。





 無慈悲かつ最悪、絶対的とも言われる魔術譜。

 デウスエクスマキナ、または、デアエクスマキナ。

 強制かつ絶対的な、神のような終焉を人智で組み上げた黄昏の贋作。


 決して魔女は神になれない。

 決してこれは神の裁きではない。

 神を偽り好き勝手を振る舞う子供の業。

 勝手を通す力だけをもつ無能の行い。

 無責任かつ無慈悲な業深き心の具現。


 神域へと手を伸ばすも神になれぬ存在へ、魔の深淵を神の聖域と思い込む業深き愚かな魔女へ、不運不幸な魔女へ、ある魔女が称賛と比喩を込めて【ミセリア スペル】を。






 大昔から魔女族に伝わる忌詩であり、魔導を極めたひとりの魔女が到達した深淵に残された詩。これを発見した魔女は誰ひとりとして生きてはいない......などと言われても魔女達は魔導の追求と探究を辞めない。辞めるワケがない。

 魔女とはどこまでも身勝手で傲慢な種族。

 自分の魔導を完璧なモノへと昇華させ、魔の深淵に到達し、それら全てを支配する。

 などと思って疑わないのだ......私を含めて。


 追求や探究のやり方はそれぞれであり、シンシアのやり方が “自己拡張と比例して様々な規模が拡張した” 結果だ。


 ......と、この様な事を語った所で、シンシアの一件は人間などの寿命で見れば大昔の出来事。

 今となっては歴史という枠からも外れ “御伽話” として辛うじて残されている程度まで薄まった。

 これは喜ばしい事だ。

 いつまでも過去の出来事を歴史という学に当て学び語り継がれるよりも、創作、空想という最低限の取っ掛かりを持つ小話程度まで凝縮された事実は素直に喜ばしい。


 歴史は繰り返される、と言うが、御伽話を現実にする、と行動する者は聞いた事がない。


 何はともあれ、シンシアの件が終わり長い年月が過ぎ去り、奇跡や神話めいた現実も非現実となり “四大精霊” が崇める対象、信仰の対象、から、御伽話の精霊へと格下げされ、空想の存在にまでなったのは素直に安心出来る。

 【地界】と呼ばれる四大陸は “四大精霊” が各大陸に宿った事でその地は息を吹き返し、長い年月をかけて基盤が安定し盤上の人々が安心して暮らせる世界になったのだ。


 ノムー大陸には【ノーム】が、

 ウンディー大陸には【ウンディーネ】が、

 イフリー大陸には【イフリート】が、

 シルキ大陸には【シルフ】が、

 それぞれ宿り地脈で今も眠っている。


 彼等の決断が、大陸に宿るという突飛な決断がなければ今【地界】と呼ばれている大陸は存在していないだろう。



「......あれから何千年も経ってるのよね」


 私と共にシンシアを追う旅をしていた仲間はもう、いない。

 出会った人達のほとんどが、もういない。

 仕方のない事だ。

 魔女の寿命は7000や8000であり、人間は75から85だ。

 それでも───



「おおお......あ! あぶねえぞママン!」


「え? っ!?」


 紫色の魔法陣から四散する雷撃を私は瞬時に同色の魔法陣で相殺した。

 雷属性は最低でも中級魔術。それを今この【ヴァルプルギス宮殿】の【天魔女の間】で執行したのは、


「───コラ! 魔術の練習をする時は必ず言いなさいと何度言ったらわかるの!?」


「れんしゅーじゃねーぜ? ほんばんだぜ!」


「そういう事ではなくて、コラやめなさい!」


 それでも、きっとみんなの意思を宿した子が......世界を想う優しく強い心を持つ子が今を生きているのでしょう?

 ───トワ、プン、みるひぃ。


 私の子は......


「いまのすげーか? なぁママン、いまのまじゅつ! すげかったかぁ? つぎはじゅうりょくをおぼえたいんだけど、ママンがいちばんだよなぁ? おしえてくれ!」


 少し、いえ、全然......私には似ていないらしいわ。


「貴女にはまだ早いわよ、エミリオ、、、、




◆◇───◇◆





 あの旅の功績が自分の想像を越えていて戸惑ったが、上手く着地させ───落としどころを見つけ───私は金剛の魔女ダイヤモンドから天魔女へと昇格した。

 元天魔女であり私の母魔女は相談役という席に落ち着き、今は私が魔女の頂点。

 とはいえ......


「2人ともぐっすりだったよ、エンリー」


「そう。やっと一息入れられるわね、メリー」


「しししし、上から1番、2番の魔女様も自分の子供にはお手上げナリねぇ」


 天魔女となったからと言って生活が大幅に変化する事はなく、魔女子を召喚した事で天魔女としての仕事よりも子育てという魔導からかけ離れた事に疲労困憊の日々。

 瑪瑙の魔女オニキスのメリクリウスの子は【ダプネ】、私の子は【エミリオ】。

 2人仲良く魔術の勉強をする日々に振り回されながらも、今まで感じた事のない温かく尊いものを感じている。


「で、どうかな? 師匠、、から見たダプネとエミリオちゃんは」


 2人に魔術を教えている魔女、つまり師匠が変彩の魔女アレキサンドライトフローだ。


「凄いナリよ、2人とも」


「そう言えばフロー! 貴女エミリオに雷魔術を教えたでしょう? 今朝ここで発動されて驚いたわよ! 下級魔術以外はまだ教えなくていいと言ったでしょう!?」


「んやんや、違うナリ」


「何が違うのよ!?」


「落ち着きなよエンリー。子供の事になるとエンリーはすぐ熱くなるの悪い癖だよ」


「そうナリよ、ま、エンジェリアたんが子供にベッタリなのは予想外すぎて甘露酒吹き散らかしたナリねぇ! ありゃ笑ったっちゃ!」


 子供が眠った後はいつもフローとメリクリウスが宮殿うちに来て様々な事を話す。

 今日はダプネがうちに泊まるという事でエミリオもはしゃぎ疲れたのかすぐに眠ってくれた。


「んでな、エミリオちゃんもダプネちゃんも、凄いナリよ。一度説明して実際見せれば2人ともすぐに魔術を覚えるっちゃ。ダプネちゃんは覚えた魔術をガチガチに組んでくるナリ。エミリオちゃんは覚えた魔術をバラバラに分裂してくるナリ。2人の個性がハッキリ見えるっちゃ」


 ドーナツを頬張りながらしっかりと近況報告をしてくれるフロー。

 メリーの子ダプネは覚えた魔術の反復して完璧に仕上げる。

 私の子エミリオは覚えた魔術をすぐ分裂して新たな魔術を組む。

 つまり、今朝の雷魔術は......


「まさか、雷魔術はエミリオが自分で!?」


「そうだっちゃ。氷属性も使えるナリよ」


「へぇー凄いじゃんエミリオちゃん!」


 メリーが言った通り、魔女子で分解を行い、再構築という形で別の魔術を発見するのは確かに凄い......じゅうぶんに “凄い” で褒めてあげられるレベル。

 しかしこれが中級魔術、上級魔術となれば “凄い” から “凄まじい” になり、最終的には “脅威” となる。


「んまぁ子供の話はここまでにして───やっぱり例の魔力は魔女の魔力モノナリ。それも魔女力ソルシエールだっちゃ」


 唐突にフローが話題を切り替えたが、これが本題だ。

 ダラダラと会話するために毎晩集まっているワケではない。

 私達は数十年前からごく稀に現れる “魔力” の正体を探っていた。そしてそれが魔女力ソルシエールだとフローは断言した。


「誰の魔女力なの?」


「まさか............」


 杞憂であってほしい。そう思う事がひとつだけある。それは───魔女シンシアの明確な死亡、死と断言出来るだけの証拠が無い事。

 最終決戦で確実に私の魔術はシンシアを死の淵へと墜落させた。しかし、無いのだ。

 魔女が死亡した際に必ず残る【魔女の瞳】と【魔女の魂】が。

 いくら探しても見当たらなかったのだ。


「あの魔女力はシンシアで間違いないっちゃ。能力コインの反応はなかったけども、感知系能力を使って拾って、照合系能力を使って合致したっちゃ。シンシアである事は間違いないナリ」


 フローが能力ディアを使って照合したのならば最早疑う余地はない。


「狙いの予想は?」


「それがわっかんないナリ。エンジェリアたんにリベンジぶちかますのが狙いならこんな簡単に尻尾掴ませないっちゃ」


「あの............侵食イロジオンの応用で、他者の肉体を奪う事が出来るかも知れないんだ。流れを簡単に言うと、寄生して、相手を追い出して、定着する。みたいな」


 瑪瑙の魔女オニキスのメリクリウスは異名ではなく宝石名───地位の名称と言える。

 彼女の本当の異名は【奇病の根源】という物騒極まりないものであり、侵食などの知識は桁外れ。そのメリクリウスが語った精神寄生のような仮説は......恐らく可能なのだろう。


「メリー、詳しく聞かせて頂戴」


「うん、まず侵食は様々な種類が存在しているのは知ってるよね? モンスター化、植物化、風化......様々な症状に応じて対応が変わる。治療法が確立されていない侵食を奇病きびょうって呼んでる」


 ここまでは魔女界だけではなく他の領土、外界や地界でも共通している。

 侵食に対して知識が深く、侵食を起こす事も出来たメリクリウスだからこそ【奇病の根源】という物騒な通り名を持っている。侵食はつまり呪い、呪いとは呪術。メリクリウスは呪術適性が高い魔女であり、魔術のデバフのように───その魔術を当てた副産物として───重い呪術を対象に与える事が出来る。

 炎魔術で火傷デバフを与えるような感覚で、炎魔術で火傷プラス永遠に皮膚が焼け溶ける呪いを与えたり、常に高温を宿す呪いを与えたり。

 一撃の脅威は低いものの、継続して苦痛を与えるスリップタイプ......勿論中には一撃で相手を死に至らしめる呪術や、種族単位で伝染させる凶悪な呪術も持っている。

 しかしあくまでも、メリクリウスが反動を抱え消化出来る呪術がメインとなっている。

 その気になれば誰もが震撼する呪術を執行出来るが、それをした場合の反動はメリクリウスさえも「予想出来ないって事が予想出来る」とふざけた言い回しでボヤいていた。


 魔女にとって “侵食” と “奇病” は別である。

 “侵食” は攻撃であり “奇病” は攻撃の結果。

 他の種族は後者で統一されている節があるが、魔女はこれ以外にも様々な状況に当てはめて、それらを考える。


 能力関係もそうだ。

 侵食が進む事でステージが上がり、奇病が進む毎にフレームの天井が近付く......とまぁ侵食や奇病についてはメリクリウスが持つ独特な感性と思考回路がなければ理解は不可能に近い。



「シンシアは魔女だから、侵食と奇病の認識も魔女のもので考えると......シンシアはまず侵食を行う。侵食した相手の奇病となり、最終的には支配するつもりだ。呪術の媒体に自分を選んでね」


「むむむ、そうなるとシンシア自体が呪術であり侵食の毒......奇病の種ナリね?」


「それならチャンスはその瞬間......呪術もろとも摺り潰してしまえばシンシアは完全に消滅するわよね?」


「そういう事。でもシンシアが考える侵食も、今エンリーが言った魔法破壊も、言うほど簡単じゃない事はわかるよね?」


「狙いはわかるナリか?」


「侵食が最も成功しやすい状況は相手が弱っている時。でも今のシンシアにこの状況は作れない。ならば、始めからその状況になっている対象を選ぶ。勿論、侵食し奇病として宿り支配した際の恩恵も考えてね」


「......、............それって、まさか」


「そう、今エンリーが思った通りで間違いないと思う。それだとタイミングも納得出来るし」



 フローが探り当てたシンシアの魔女力。

 シンシアは注意深い魔女だ。魔力感知を無視して動くような性格ではない。

 その上で魔力感知させた、、、という事は、既に対象を、目的を定め、行動するルートも決めているという事だ。



「狙いはエミリオちゃん、もしくは、ダプネちゃん。最低は他の魔女子ナリねぇ............だりぃ上にダセェ事しやがるっちゃねぇシンシア」



 始めから自分より弱い相手を狙えば、相手が弱っている状況を作る必要がない。


 事態は想像以上に深刻だ。


「───全魔女に伝えるわ。対象に下級魔女も含めて」


「それがいいよ、わたし達もシンシアを迎え撃つ準備を急ごう。特級魔女の指揮はわたしに任せて」


「魔女の歴史初ナリねぇ!? 防衛戦! しっかし相手はシンシア......どっからどう攻めてくるかわからないのがイラつくナリねぇ! ひひひ!」


 こんな状況でも的確に動くこの2人は......本当に頼もしい。


「私は通達後、エミリオを守るわ。防衛準備が整い次第、空間魔法でそこに飛ばす。フローは闇影魔術で魔女子と下級魔女を監視しつつ準備を整えなさい! メリーはダプネを連れて特級を集めなさい!」


「了解!」「うぇいやー!」



 最終的な狙いは十中八九、私だろう。

 となれば、今の時点での狙いはエミリオだ。

 可能な限り周囲を巻き込まない場所となれば、この【ヴァルプルギス宮殿】が一番好ましい。


「今度こそ......塵も残さず摺り潰してをあげるわシンシア」


「───それは楽しみだ、エンジェリア」


「───!!?」


 突然その声が耳元で響いた───と同時にシンシアの魔力が充満するように溢れる。


「何千年ぶりかな? エンジェリア」


「シンシア......ッ!? 貴女......その眼......」


 ずっと機を伺っていたのだろう。闇の中から虎視眈々とこの瞬間を───こちらが行動する直後に生じる隙を、その眼で。


「お前達に殺されかけたあの日、私の中にある同族への怨みや憎しみが一気に肥大化してね。堕ちたなれたんだ。悪魔、、に」


「馬鹿な事を......ッ!」


 悪魔という種族は、同族を怨み憎み死んだ者が天秤にかけられ悪魔となり蘇る。悪魔と悪魔で子を授かる場合もあるが最も可能性が高い繁殖方法が、死者の念に芽吹く手段。これも大まかに奇病の一種に分類されているが、後天して悪魔になった場合、治療法や延命などそこには一切存在しない。その者は次死ぬまで永遠に悪魔として生きなければならない。


「エンジェリア......お前を排除してからゆっくりとエミリオを貰う。見ていたがアレはお前以上だろう?」


 悪魔堕ち......予想もしていなかった。

 対象を弱らせる状況を作れないとばかり思っていたが、悪魔堕ちしているのならば話は別。

 今更魔女達への指示を変える暇などない......つまりここだ私がシンシアを殺さなければならない。


「いいわ。相手になってあげる。悪魔堕ちした所で所詮はシンシア───私に勝てると思ったその浅はかな脳ごと摺り潰してをあげるわ」


 お互いの瞳が魔煌まこうに燃え、殺気立つ魔力が室内を軋ませ充満する。




 これが本当の最後。

 これで本当に終わらせなければならない。

 もう───


「............」


 もう、私達の時代は終わったんだ。


 次の時代......また次の時代へと進む世界に、お前の席ない。


 過去の厄災はここで消えろ。




「さぁ───飛ばしていくわよ」



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