【シンシアと十二の神】
プロローグ 1
銀や銅、金などで作られたコイン【ヴァンズ】を指定の枚数渡し、こちらが求めている物を頂く。今となっては当たり前の事だが、私が住んでいた世界では買い物というのはコインでの取引ではなく同等の何かとの交換取引だったのでコインである程度の物を取引出来るのは素晴らしい。
何が何枚───何ヴァンズなのかハッキリしているので無駄な交渉なども必要ない。中には交渉をする者も存在するが、それがまた見ていて感心する。声の音量やワードを切るタイミングなどが絶妙で、真似しようと思っても出来るものではない。
「リンゴ3つで360vだよ」
フルーツを売る男性は私が手にとったアップルの価格を言った。360ヴァンズを渡せばこのアップルは私のモノになる。革の袋から私はコインを4枚取り出し渡した。
「毎度! オツリの40vとリンゴね! また頼むよ」
私が差し出したのは400ヴァンズ。相手は360ヴァンズのアップルだったので、400-360=40の40ヴァンズが私に戻り、アップルも手に入る。決められたヴァンズだけをキッチリと頂き、商品を渡す。要求されているヴァンズ以上を出せばこのようにオツリといわれ数ヴァンズ戻ってくるシステム。
何はともあれこれで買い物は終了。このフルーツは晴れて私のモノとなった。
「───もう馴れたものね.....外の生活には」
受け取ったヴァンズ───
私の種族は【魔女】で、今私がいる世界は【魔女界】ではなく【
名前の通り様々な種族が集まる世界───世界という言葉が当てられないるが領土が正しい。
私が産まれ育った領土は魔女界、界という言葉が当てられ呼ばれているが、別世界というワケではなく同じ世界線にある。その種族が支配する領土を【○○界】と呼び、必要以上に干渉しあわない。干渉しあわない理由は簡単だった。それはどの種も今の自分達の種さえ満足に支配出来ていないからだ。そんな種族の掟や
支配者の代わりに各エリアにはバランスを保つ存在はいる。調律者と言うべきか......そもそも者という字をあてていいのかさえ怪しい。
種族などのバランスではなくエリア的な、その地の環境的なバランスを整える存在と言えばいいのか.....。
そんな存在が1から4全てにいる───今となっては
支配.....縛りをしなければ種族として生きていけないものなのかと常日頃から思っていたが、その種の頂点に立つ者も、種を上手にまとめ束ねられなければ大変な事が起こる。
支配者の意向に不満があれば支配者の座に自身が立てばいい。しかし、種族の統括さえちっぽけに考える者も存在する。種族ではなく、世界を、全てを統括───支配しようと企む輩は確かに存在し、企みを行動へと移行する者もいる。
もう.....1年と8ヶ月前になる。
魔女界で起こった禁忌強奪事件の犯人である、
全ては───1年と8ヶ月前。
◇───◆───◇
背の高い本棚がビッシリと並ぶ部屋で、私は本を読み終え細く長い窓から空を見上げた。空は青紫色で、ケタケタと笑うコミカルな三日月が浮かぶ───魔女界。
「......いつ見ても眼障りな月ね」
どうしても好きになれない空と三日月へ嘆き、読み終えた本をふわふわと浮かせ本棚へ戻す。辺りには他の魔女達もおり、みんな本を読んでいる。ここは特級書庫。特級以上の魔女以外は入る事が許されない......いや、魔術的に入る事が出来ない特別な図書館。つまり今私の眼に映っている魔女達は最低でも特級クラス───上から4番目に属する魔女となる。
私の
「やっぱりここにいたんだね、エンリー」
図書館に相応しくない声音で私を呼ぶ声。
私の名前は【エンジェリア】、長いので縮めて【エンリー】と呼ばれる事もあるが、私をそう呼ぶのは数名しかいない。そしてこの場で周囲を気にせず名を呼ぶのはひとりしかいない。
「こんばんは、メリー」
相手の姿を確認する前にそう答え、私は振り向く。すると予想通り、黒髪に綺麗な赤色の瞳を持つ魔女【メリクリウス】がいた。エンリーという略称を考えたのも彼女だ。
私の名前が長いからと言って縮められたお返しに、私もメリクリウスの名を縮めて【メリー】と呼んでいる。私の親友であり、同じ
「貴女から話しかけてくるなんて珍しいわね。今日はもう本を......」
本を読むのはやめたの? と喉まで言葉を押し上げた私は、メリーが両手で抱えている本を見て言葉を飲み込んだ。
「集中して読みたいから借りる事にしたんだ。待ってて、この本全部借りてくるから!」
「全部!?」
「もちろん、これでも足りないくらいだよ」
1、2、3.....7冊の本を抱いているメリーはニッコリ笑って本を借りるための手続きへ向かった。私は親友を待つため図書館の出入り口で待っていると、図書館を出入りする魔女達に挨拶される。もう数百年と続いているので馴れたが、最初は本当にこれが嫌だった。それに今こんな所をメリーに見られると、
「さすがは天才魔女と謳われるエンジェリアさん!
毎度毎度、どこかからかうようにこう言われる。
「貴女も同じ
私も仕返しするように言い返し、ここでこのやり取りは終わる。これ以上言い合えばお互いがストレスを感じてしまい、最終的には本格的な喧嘩になってしまう。メリーもそれを理解.....というより何度か喧嘩まで発展してしまっているのでこの辺りで止め、図書館を一緒に出る。
「~~~.....っ、図書館って場所は好きだけど伸び伸び出来ない空間は好きじゃないなー」
毎回図書館を出ると同時にメリーは背伸びし、気抜けした声でこれを言う。わからないワケでもないが、みんながみんなメリーのリラックスモードと同じ状態だと、図書館は大変な事になってしまうだろう。
「貴女は自分の家でももう少しビシッとした方いいわよ。どうせまたゴミだらけなんでしょう?」
「お、さすがエンリーわかってるね。今度掃除手伝ってよ」
「イヤよ。結局私ひとりで全部掃除するハメになるもの」
「ケチだなー.....あ、そうそう
天魔女───魔女という種族の頂点に立つ存在で、私の母。御母様は私に何の用事かしら。そもそもどうしてメリーに伝言を......
「.....待ってメリー、それは天魔女様が私を呼んでいるの? それともヴァル魔女───
「宝石魔女全員を呼んでるんだよ」
「貴女も宝石魔女でしょう! それいつ言われたの!?」
「んー.....ん~? たしか図書館に来る前だから、3時間くらい前」
「3時間前......そういう事は早く言って頂戴! 貴女はもう、もう色々と、もう! 急ぐわよ!」
「どうせ遅刻なんだから今更急いでも───」
「誰のせいだと思っているの!? 貴女がもっと早く私へ......〜〜〜っ! もういいから早く空間繋いで!」
「魔女使いが荒いなぁ。わたしはエンリーの使魔じゃないんだけど.....」
ぶつぶつ言いつつもメリーは得意の空間魔法を繋ぎ私達はヴァル宮へ。視界が虹色に染まったかと思えばすぐにいつもの青紫空が広がり、甘い香りが鼻に届く。宝石名を持つ魔女のみが入る事の出来る魔女の宮殿であり、私の家でもある【ヴァルプルギス宮殿】の橋に私とメリーは着地し、すぐに門を抜け扉を開く。
「ん~、ヴァル宮のチョコは何度食べてもビターだね」
ドアノブをポキンッと折り、クチへ運んだメリーは毎度同じ台詞を言い、満足そうな表情をする。
「今食べてる場合じゃないでしょ! 何時間も遅刻したうえに急いでる様子がなかったらきっと....考えただけでも嫌になるわ.....」
「まぁまぁ。もう遅刻してるんだし急いでも急がなくても遅刻は遅刻だよ? ほら、エンリーも食べなよ」
ドアノブ───ではなく、ドアの鍵部分を渡してくるメリーの表情は能天気そのもの。全体的にお菓子で創られた宮殿、それがヴァルプルギス宮殿で魔女界にはこのての建物が多い。いつでもどこでも甘い物を食べられるように、という母の.....天魔女の理解出来ない発想でそうなったが、魔術の勉強などをしている時は甘い物が欲しくなるし、図書館のテーブルもクッキーで出来ているので私もよくつまむ。だが、今はお菓子をのんびり食べている場合ではない。
「貴女は注意で終わるかもしれないけど、私は皆が帰った後にも天魔女から色々言われるのよ! 少しでも急ぎ反省している姿を見せないと何十分も───!?」
メリーへ私の苦労を話しつつヴァル宮の階段を登っていると、上から魔力が.....それも、
「今のって......
「ええ、それに
これは、ただ事ではない。
ヴァル宮に宝石魔女が全員集められる時点でただ事ではないが、それ以上に、ヴァル宮で本気の魔煌と魔女力を感じるなど今までなかった事。宝石魔女の喧嘩はわりと多いがいつもいい所で母が、天魔女が止めに入る。が、今のは───笑えない濃さの魔女力と魔煌の雰囲気。私は瞬時に魔女力が溢れ出ている階層を感知しメリーへ伝えると、返事の代わりに空間が繋がる。一瞬にも満たない移動で問題の階層へ到着し、私達は眼を疑った。
「な.....」
「え.....」
宝石名を持つ魔女は10名、その10名から上位4名が四大魔女、その上に魔女の頂点である天魔女が1名。
私とメリーは遅刻して到着したため、ここには宝石魔女が8名と天魔女が1名の合計9名。
9名のうち6名の魔女が床に倒れていた。
「───金剛、瑪瑙! 彼女を捕らえるからすぐに手を貸して!」
私の母であり、魔女の頂点でもある天魔女が私とメリーを見て指示を飛ばした。捕らえる対象は───私やメリーと同じ宝石名を持つ魔女であり、宝石魔女の中でも4名しか与えられない四大魔女の称号を持つ───
「四大魔女3人と天魔女をひとりで相手にするのは厳しいな......やぁ2人とも、エンジェリアの遅刻は珍しいね」
魔煌する瞳を揺らし、シンシアは私とメリー、そしてもうひとり立っていた四大魔女の中でも一際異彩を放つグルグル眼鏡───
「───逃がすかっての」
神秘の魔女シンシアが笑った瞬間、メリーはシンシアの周囲に空間魔法をいくつも展開し、逃げ場を潰す。
「動くなって言っても動くナリよねー? だから動けなくしちゃうっちゃ!」
変彩の魔女フローはメリーの空間の中から声を出し、四方八方に展開された空間から手数重視の魔術を放ち、私は重力魔術を使い上からシンシアを押さえ付ける。
「私の重力、メリーの無双空間、フローの乱射魔術、そして天魔女の闇属性魔術からは逃げられないわよ!」
重力で押さえ、動きも鈍くなる中で四方八方の空間からはフローの攻撃魔術。無理矢理動いてもメリーの空間魔法は触れた瞬間に相手を空間内へ飲み込む。そして天魔女の闇属性魔術の範囲は馬鹿げているうえに対象を選べる。魔術範囲に100人いてもダメージを与える1名を選べるのが天魔女が使う繊細でいて強烈な闇魔術。今それはこの部屋だけではなく上の階と下の階をも飲み込む。
「逃がさないとか、逃げられないとか.......誰がいつどこで、
キンッ、と何かを弾く小さな鉄音。それが響いた瞬間───理解出来ない事が起こった。
私の重力も、メリーの空間も、フローの魔術も、天魔女の闇魔術も、全てが文字通り一瞬で消滅した。まるで始めから無かったかのように、虚無の彼方へ。魔術ならば一瞬にも満たない速度だろうと詠唱が必要。そして魔力や魔女力も必要になるので100パーセント感知出来る。さらにこの距離。いくら高速詠唱だろうと魔術が完成する前に感知可能で対応も充分可能な距離に私達はいる。しかしその全てが感知出来ず.....いや、詠唱も魔力の反応もなく、私達の魔術は消された。
「さて、それじゃあ改めて......今は逃げさせてもらうとしよう」
「
「
「んを───ぅぅ!」
「ッ───!」
「ハハハハ! 四大も天魔女も、私の拘束魔法の前では一言しか喋れず指先を動かすのがやっとでしょう? まぁこれを使ってる時は他の魔術が使えないから攻撃するのも直接なんだけど.....近付くのはやっぱり危ないからね、今は殺さないでおこう。他の子達も生きてるけど、早く助けてあげないと死んじゃうかもね?」
こうも簡単に四大魔女である私達や、天魔女の動きを拘束出来るものなのか? いや.....いや、私の知るシンシアでは不可能だ。でもこれは、シンシアが得意とする無属性の拘束魔術。確か使用者が支払った魔力量によって拘束出来る範囲と時間が変化する魔術。対象が強ければ強いほど拘束内容や時間がシビアになり、要求魔力も高まる魔術。
私達4人を同じだけ拘束するには想像を越える魔力が.....現実的ではない量の魔力が要求されるハズ。それなのに、シンシアは私達をここまで拘束した上で行動している。
「あ、
私達が動けないのをいい事にわざとらしくゆっくり言い、ゆっくりと笑うシンシア。完全に私達は下に見られているのだろう。.....意味もわからず、戦いにすらならず、何もしていないのに味わう敗北感が私を沸騰させる。
一言しか喋れない?
指一本も動かない?
そんなもので、この私に勝った気でいるの?
───ナメるな。
「───シンシア!」
「!?.....エンジェリア。お前、なぜ動ける.....」
「貴女が何をしたのか、貴女が何をしようとしているのかは知らないけど───この私をナメすぎよ」
魔煌さえ出来れば自分に纏わりつくデバフなんて、一瞬で消滅させられる。正確には “潰し消したり、摺り潰したり、弾き消したり” できる。それが私だけが持つ特別な───特種な魔力。
「貴女の前にいるのは誰? 私が持つ───
「これは驚いた......」
眼を見開き驚くシンシアを前に私は、
「さぁ───飛ばして行くわよ」
私は
軋み潰れる家具や床、破裂し砂のように磨り潰されるガラス製品、そしてシンシアの肉体を外部からも内部からも揺らし潰す重力。
「ッ!! コ、イン、を、ッッ、、ッ!」
「貴女のリソースマナさえも摺り潰してあげるわ。シンシア」
「───ッ!」 「───っ!」
視界が、この部屋が歪みブレるほど強い重力が唸る中、シンシアがケースから金色のコインを取り出した瞬間、シンシアの周囲数十センチと窓までの道が───言葉で表すならば柔らかく.....軽くなった。逃げられる。そう思った私は素早く雷属性魔術を詠唱、発動させた。魔煌中で魔女力も全開、色魔力までも起こした今の私はどの魔女よりも速い詠唱が可能。想像を越える詠唱速度と発動までのラグも無い魔術。青紫の魔法陣から雷が飛び交う。
「ハハハ......やっぱり一番強くて一番楽しいね、
シンシアは茶色の魔法陣を展開させるも、魔術が放たれる前に私の雷がヒット。魔法陣ごとシンシアを吹き飛ばし、私は自分の失敗に気付いた時には既にシンシアは窓の外へ。
「地属性魔術を発動と同時に破棄、その余韻で雷を防ぎ、衝撃に逆らわずに窓から......っ、逃がした」
窓枠ごとシンシアを吹き飛ばし、私の雷魔術は余韻の雷糸を残し消える。外には既にシンシアの姿も魔力の余韻さえも無く、眼障りな三日月だけがケタケタ笑っていた。
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