◇一夜明けて



 一夜明け、というにはあまり眠った気がしない。

 頭の芯が鉛のように硬く重い中で無理矢理眠気を飛ばし、半妖精ハーフエルフのひぃたろは起床した。


 時刻は8時を少し過ぎた所、デザリアから避難した者達はまだ戻っていない。昨夜───というには2時間程しか経過していないが───アグニと名乗る男性がワタポ達との会話に折り合いを付け、トラオムへと帰還した。おそらくそこでデザリア民にまだ戻れない事を告げたのだろう。

 ひぃたろはぼんやりする頭へゆっくり熱を入れ、硬直している思考を徐々に解す。


「......暑いわね」


 イフリー大陸の朝はジリジリと太陽が焼ける。室内の日陰に居てもその暑さは空気をねっしているため蒸し暑くまとわりつく。

 外に出れば幾分かマシになるだろう、と踏み宿屋から脱出。日が昇った状態で街並みを見ると予想よりだいぶ被害が少なく感じる。

 女帝が占拠していたデザリア宮殿付近は確かに酷い。しかし中心街などに被害はない。この程度ならば街として機能を取り戻すのはすぐだろう。


「それにしても......」


 被害率の低さに安堵しつつ、ひぃたろは昨夜の事を思い出す。

 女帝種、それも覚醒種アンペラトリスを一撃で討ち取ったあの女性、ヨゾラは何者なのか。

 動きがまるで見えなかった。時間が止められているのかとも考えたが、もし時間停止ならば見えなかった、、、、、、という感想さえ湧くことがない。


「......瞬間移動系? ルートやマーキングなしで?」


 ひぃたろは考えるも、それはない、と断言する。

 瞬間移動能力ならば炎塵を両断した瞬間にヨゾラは炎塵へ剣が届く範囲にいなければならない......最低でも、剣を振ってか炎塵の横を通過した程度の距離が必要となる。

 しかしヨゾラはその場から動いた形跡はなかった。なかったと言うのに、荊棘がまとわりつく刀剣が炎塵の胴体へ深く食い込み挽き斬った、という認識がハッキリと残っている。だが、実際に剣は炎塵に触れていないのだ。

 トドメの一撃として炎塵の頭部を貫く瞬間だけ、物理的に剣が炎塵に触れ、貫いていた......胴体を切断した際は確実に触れていなかった、そもそも触れられる距離にもいなかったというのに、切断した、、、、事はハッキリとわかっている。


 そんな芸当を可能とするのは能力ディアだけだ。

 剣術ならば飛燕系剣術となるが、その場合は斬撃が飛ぶ。

 魔術ならば詠唱し、必ず魔法陣がどこかに展開される。例え炎塵の体内に魔法陣が展開されていたとしても、あの距離ならば見ていただけの自分が魔術を感知出来ないワケがない。

 女帝の力という線もあるが、それならば剣を使う必要があったのか怪しい。荊棘模様が物体化するような力ならばそれを鞭のように使えばいい。そもそも切断する必要なく絞め殺してしまえばいい。

 様々な憶測の中で最も可能性が高いものこそが能力ディアである、とひぃたろの思考は着地した。


 となれば、何系の能力なのか。

 強化系は......ない。変化系もないだろう。

 操作系......あり得る。

 領域系......あり得る。

 特質系と異質系については情報が少ないうえにルールのようなモノは存在しない。そのためこの2つについては “わからない” が答えとなる。



 ひぃたろも共喰いを行いながらも今こうして “ひぃたろ” という存在で居られている事は覚醒種アンペラトリスとしてのルートに立っているという事。

 女帝の力を普段使用していないので完全に覚醒した個体ではなく、半覚醒した個体。

 それでも同じ覚醒種アンペラトリスというカテゴリーに入っているので、もしかしたら自分にも出来るのでは? と淡い希望を抱いていたが、能力となればそれは不可能であり、あれは間違いなく能力だ。



「考えてもわかるワケないわね」


「何がわかるワケないの?」


 溢した言葉へ不意に反応が返ってくる。

 無意識にクチをついていた言葉、独り言をどこから聞かれていたのか考えるも、別に全て聞かれていたとしても問題はなにもない。

 ひぃたろは返事をせず声の方向を振り向き声の主を見て、いい機会ではないか? と今切り捨てようとしていた考えを引き戻す。

 そこにいたのは、今まさに考えていた事柄の答えを持つ存在───ヨゾラだった。


「......昨日あなたが女帝を倒したアレが何なのか考えていたのよ。アレは......能力よね?」


 最も可能性が高く、最も答え辛い推測をひぃたろは容赦なく飛ばした。


「そうだよ。私の能力」


 それをヨゾラはあっさりと認めた。

 能力というものは絶対的なものではない。持っていれば確かに便利ではあるが、能力ありと能力なし程度の違いで優劣は決まらない。

 むしろ能力を持つものはそれに依存しがちになり、内容を知られている場合は当たり前のように対応、対策され、能力を持たない者に敗れる事も普通に起こりうる。それでもヨゾラは推測の域を越えていないひぃたろの言葉を認めた。


「そう......それならいいわ」


 とはいえ、認められればそれで終わりだ。

 事細かに内容を語る仲ではないし、そもそもひぃたろは「女帝が関係するならば自分にも出来るのでは?」と考えていた。そして答えは関係しない、だったためこれ以上聞いても大きな意味はない。


「私も聞きたい事があったんだ。ひぃたろ、だっけ? 何人喰った?」


 予想外の質問が、鋭利な質問がヨゾラのクチから躊躇なく放たれる。

 共喰いを行った事をひぃたろは隠す気はない。しかし、進んで口外するつもりもない。

 しかし相手が同じ共喰いを行った個体となれば話は別だ。ひぃたろにとっては似たような性質を持つ存在かつ会話出来る存在は初めてなのだ。


「......わからない。喰ったのは全て純妖精エルフよ」


純妖精エルフか......どこを?」


「......耳と翅」


「なるほど。そこが純妖精にとって最も効率的に力を、マナや魔力を摂取できる部位だったみたいだね」


「わかるの?」


「そりゃわかるよ。覚醒種まで進んでないのに覚醒種に限りなく近い状態で、自我を状態を保ってる。その時点で相当な数を喰い散らかしたか、効率的に喰ったかの二択になる。数喰いの場合はそこまで安定しないんだ。ほら、昨日の炎塵みたいに」


 炎塵の女帝の精神状態をひぃたろは思い出す。

 安定していた、とはとても言えない状態だったのは確かだ。不思議な事に共喰いを行った相手......自分と同じ事をした個体を前にすると、漠然と状態がわかる事を昨日知った。

 炎塵は不安定な何かを必死に器へ押し込んでいるような状態だった。常に苛立っているような......常に苦しんでいるような、危うい状態。

 ヨゾラはそういった不安定さ、危うさがない。


 そして自分は......わからない。


女帝これも能力に似てる。使わなければ使い方を覚えられないし、使えば使うだけ根深く絡まり、逸脱する」


「どういう......こと?」


「化け物になるって事だ。そっちはまだ人の領域に立っているけど、私は既に人の領域にはいない......例えば」


 ここでヨゾラは自分の左手を右手で掴み、ためらいなく左手を捻った。

 左手首が捻れ、肘までも。通常の人間、人ならば強烈な痛みに顔を歪めるだろう。そもそも思い切り自分の腕を捻じり折る事など出来ない。しかしヨゾラは表情ひとつ変えず確実に左手を破壊した。


「何をしているの!?」


 到底理解など出来ない行動にひぃたろは眉を寄せるも、視線は外さない。

 本能的に “何かある” と脳が判断し、何が起こるのかを余さず見るためだ。

 ヨゾラはそれを確認したうえで右手を離した。すると左手が戻るようひ回転し、数秒前の形に、怪我のない状態へと戻ったのだ。


「な......」


「ね? 人の領域にはいない......人ではあり得ない自己修復力でしょ?」


 シルキ大陸に居た鬼族、悪魔などが持つふざけた自己再生能力をひぃたろは思い出す。

 自分もシルキ大陸で行った “生まれ変わる” ようなあの力......今の自分を苗として新たな自分を咲かせる超再生を思い出す。


「その顔は知ってるな?」


「............、......」


「なら、リスクも少なからず知ってるって事か」


 ひぃたろは確信した。

 この、ヨゾラという人物は自分より遥かに女帝という状態に対して知識と経験を持っている。

 覚醒種と呼ばれる存在になっている時点でそれはわかっていたが、想像以上に知っているのだと。

 そうとわかればひぃたろの選択はひとつ。


「お願いがある」


「なに?」


 この選択は毒かも知れない。

 この選択で自分が終わるかも知れない。

 それでも、


「私にこの力の事を、覚醒種の力を、教えてほしい」


 それでも、今より強くなりたい。

 明確な目的があって力を求めているかと問われれば、答えはNOだろう。しかし、力があれば、と悔やむ瞬間を少しでも減らしたい。

 経緯はどうあれ、今自分には覚醒種としての片鱗が眠っているならば、それを自分のものにしたい。


「考えとく。今はそれどころじゃないでしょ?」


 答えは保留という形で、ヨゾラは視線をひぃたろの背後へ向けた。

 そこにいた魅狐と人間───プンプンとワタポを見てひぃたろは心の強張りを緩めた。


「そうね......。あなたはこれからどうするの?」


「欲しいものはとりあえず手に入ったし、ババリオと話がしたいからもう少しそっちと行動するよ」


「そう」



 エミリオがなぜババリオと呼ばれているのか。

 そんな事を考えながらひぃたろは宿屋へ戻った。




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