◇瓦礫の王



 ノムー大陸、ウンディー大陸、シルキ大陸の三国が今や同盟国と言い合える程の関係性を築いている。

 各国───各大陸に足りない部分を補い合うように、各国の特産物などを輸入しあい国民にも積極的に他国の文化へ触れる機会を与える。

 そうやって自国と他国の違いを自分で感じ、今までの感性に少しでも別の色を与えるよう。


 自国を想う気持ちを少しでいい、ほんの少しだけでも他国に、他人に向けてほしい。


 平和という曖昧なものに一歩だけでも近付けるように。

 個人でもいい。

 とてつもなく、小さくてもいい。

 確かな一歩を。




 ひとりの冒険者が安易にも噂を信用し、ウンディー領土にある猫人族ケットシーの里からシルキ大陸へと渡った。シルキ大陸は存在していた。長年噂ばかりの朧気な大陸だったシルキが、そこには確かに存在していた。しかし、その冒険者にとっては、話題に出る時点で存在するだろう、程度の感覚しか無く、シルキ大陸到着に対して感動なども皆無だった。

 他国との関係を築かない大陸、というシルキの硬派なイメージは蓋を開けて見れば、内戦中で外に構っている暇はない、というものだった。

 そのトラブルも解決───とまではキッパリ言えないが───し、シルキ大陸はウンディー大陸に大きな恩を感じシルキはウンディーとの関係を築く選択をした。

 そうなれば必然的にノムー大陸と険悪な関係にはならない。しかし仲良くする義理も恩もないのは事実で、表面上だけ仲良く見せる選択肢はあったが、シルキ大陸の者達は話し合いの結果、ノムー大陸とも交友関係を結んだ。


 このままゆっくりと良い方向へと進めば、と誰もが思っている中でイフリー大陸が爆弾人間という物騒などという言葉では到底足りない、理解も出来ない選択をし、ウンディーとノムーを襲撃した。


 ウンディー大陸からは冒険者が。

 ノムー大陸からは騎士が。

 シルキ大陸はこの時、国を出て冒険者としてウンディーに移住する事を許した直後の出来事であり、シルキから冒険者になろうと入国していた者達がウンディーの冒険者へ同行し、三国がこの問題を解決してみせた。



 と、表面上はそれでいい。

 しかし内面ではそうはいかない。

 ノムーもウンディーも死者が出ている。

 シルキにとっては初めてイフリーと接した件がこれだ。

 曖昧なままで終わらせる事は勿論不可能で、イフリー大陸の印象は以前から悪く、今回の件で完全に “敵国” という認識になってしまっている。


 誰が、なんの目的で、どのように選択して、行動したとしても、外から見れば「イフリー大陸が無差別な攻撃を仕掛けてきた」としか思えない。

 三国に住む者全員に、何があったのか事細かに説明するのも良いだろう。しかし、それは余りにも現実的ではなく、説明した所で既に終わった話だ。例え全員がその話を信じたとしても、イフリーに対する印象はそう変わらない。





「貴様等の言いたい事はよくわかる」


 一夜明け、デザリアに居る他国民───ワタポ達に食料などを運んできた男性は瓦礫が一番高く積み重なっている所を選び、胡座あぐらをかき語った。


「しかしどうしろと言うのだ? イフリーが貴様等の国の下につけと言うのならば却下だ。それで戦争に発展しようとも俺様は一向に構わぬぞ」


 脅しではない。とワタポは男性の鋭い視線から察する。

 勝ち負けの話ではない。イフリー大陸が何もせず下るという選択肢が男性の中には無いのだ。

 そしてワタポ達も、戦争などしている暇はない。それを知った上で男性───アグニはそう語ったのだろう。どんな立場になろうとも隙があれば刺す。それが交渉という場だ。存在するカードは全て切るつもりでその場を訪れるのが基本であり、話の規模が大きくなればなるほど威厳というものは効果を発揮する。


「簡単な話じゃないけど......炎塵がいたのは事実で、その炎塵が今回の件を起こしたのも事実。その間......ううん、今までアグニさんが何処で何をしていたのかは知らないけど───今イフリー大陸は上に立つ者がいない」


「昨日は俺様を呼び捨てていたではないか? どういうつもりだ女」


「あなたがイフリー大陸の国王になればいい。王はその家系の者がなるって言うのはもう無理があるでしょ? 前王が死んで、炎塵が立ち、その炎塵ももういない。前王の血統だった千秋ちゃんも......死んだ」


 心臓に何かが刺さるような気持ちで、ワタポは千秋の死を言葉にした。


「......死んだ、ではなく、殺した、だろう? 間違えるな」


「違ッ............違わないけど......」


「誰が殺した? なぜ殺した? 話せ」


 鋭い表情のままワタポへ言葉を投げるアグニ。ここで見ていられなかったのか───意外にもシルキの眠喰バクが律儀に挙手をした。


「なんだ貴様?」


「私はすいみん......シルキの妖怪で眠喰バクだ」


「なんだ?」


「確かに千秋ちゃんは “死んだ” じゃなくて “殺した” が正解だけど、エミーも助けようとしてたんだ。でも千秋ちゃんは能力に呑まれていた。あのままだったら確実にイフリーの人達を手にかけていたのは間違いない」


 すいみんの言葉に嘘は無かった。


「それで?」


 話を続けろ、とアグには返す。


「エミーはイフリーを助けるつもりじゃなく、千秋ちゃんを助けるつもりで剣を振ったんだ。千秋ちゃんが守りたかった国を、より良い方向へと導こうとしていた国を、今度は私達が守ってあげないと千秋ちゃんも、エミーの覚悟も報われない」


「それで?」


「ここから先を話すのは私じゃない」


 すいみんはそう告げ、ワタポへ頷きクチを閉じた。

 黙っていられなかったんだろう。ワタポが言い押されている事に、千秋ちゃんの想いを外から揺らされる事に、エミリオの覚悟を足蹴にされるような流れに。


 確かにエミリオは無茶苦茶だ。無茶苦茶やって後始末は丸投げだ。現に今なんてエミリオがこの場にいないのに、エミリオが行動した結果の話がワタポを突き刺していた。

 それでも、すいみんは思う。

 あの場でもしエミリオが千秋ちゃんを殺してでも止めていなかったら───止めてあげなかったら、もっと悲惨な事になっていただろう。と。そして殺すという覚悟を誰よりも早く固めたエミリオをその場にいなかった者がとやかく言うな。とも思っていた。


「何を言っても、どう足掻いで、起こった事はどうにもならない......死んでしまった人達は戻らない!! ......ならせめて、生きている人達は死なないように、死んでしまった人達は安心出来るように、ワタシ達もちゃんと考えて生きるべきなんだって思う」


 ワタポのこの言葉には言葉以上の何かが秘められていた。

 無視出来ない何かを感じ、黙っていた魅狐プンプンがクチを開く。


「誰かがみんなを守ってあげなきゃいけないんだ......守って、引っ張ってあげなきゃいけない。イフリーは今そんな時なんだとボクは思う」


 イフリーだけではない。ウンディーもノムーもそうだ。誰かが先頭に立って導いていかなければすぐに壊れてしまう。

 シルキ大陸だって新しい一歩を踏み出したばかりで炎塵が出てきた。希望よりも不安の方が大きくなっている状態なのだ。


「......もう詭弁は必要ない。女帝が起こした問題を貴様等が解決し、この隙に俺様が玉座を取れと言うのだろう? 下剋上は混乱の中でこそ成功率が上がる、と狸と月見女が言っていた。それをやれと言うのだろう? この俺様に」


「ワタシ達と一緒にあなたも炎塵の女帝と戦った───って事にすれば炎塵だけを悪者に出来る。気分は良くないと思うしワタシもそういうのは好きじゃない......けど、そういう事を平気で言う魔女友達がいて、それを押し通したくせに途中で誰かに投げ渡す。ワタシも今回はそれをやろうと思ってる」


 ワタポの発言にヒガシンは少々意外そうな表情を浮かべるも、元騎士団長───フィリグリー・クロスハーツに全てを押し付ける形で強引に事を鎮めた魔女を思い出し、今回もそれに近いと思わずにはいられずヒガシンは笑った。


「ウンディー、ノムー、シルキと共にイフリーが戦い、勝利した。この絆を今後も深いものとすべく四国で同盟しよう、と言うのだな? 貴様等は本気で思っているのか? そんな簡単に事が進むと思っているのか?」


 簡単に進むなど誰も思っていない。

 むしろここからが色々と大変になるだろう、とまで思っている。

 それでも、誰ひとりとして不可能だとは思っていない。


「───......正気とは思えんな、貴様等」


 ───嘘はない。


「いいだろう! この俺様がこの国の王となってやる! 喜べ貴様等! 既に俺様の王たる威厳は確立されている! さっさと貴様等の王に俺様を会わせるがいい! しかし忘れるな───」


 豪快に笑い、アグニは言った。


「同盟はしてやる。互いの利益になる関係も勿論築いてやる! しかし、少しでもつまらぬと思った時点で俺様は貴様等の国を盗りにゆくぞ!」


「うん、それでいいよ。そうなった時は仕方ないし......ワタシも───ワタシ達も全力でイフリー大陸を盜りにいくだけ」


「いい覚悟だ───そうと決まればさっさと貴様等の王へ伝えろ! 神族の俺様がイフリーの玉座を獲ったと! 今すぐに!」



 堂々と、誇らしげに、瓦礫に座る王がここに誕生した。




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