◇アグニ



 まるで隕石が落下したかのような衝撃音に見合った地面の破壊。その中心に立つ男性を見てワタポは確信する。

 この人が “神族” なのだと。


「ワタポ。任せても?」


 隣にいる半妖精ひぃたろが短い言葉で、しかし信頼に満ちた瞳でワタポを見た。魅狐ミコプンプンも半妖精と同じ瞳で。


「......うん! 任せて!」


 仲間の信頼を受け取り、ワタポはシルキからウンディーへ入った───移住するかはまだ決めかねている───妖怪 眠喰バクのすいみんをチラリと見て、数歩進む。


「ほう......女、貴様が他国のリーダーか?」


 腕を組む男性は顎をあげるようにワタポを見て質問した。


「リーダー......ではないよ。でも今はあなたと話す代表としてここに来た。あなたは?」


「貴様如きがこの俺様と対話したいと? 笑わせるな。さっさと下がりリーダーを出せ」


 鼻で笑い、男性は手をひらひらと煽ぐ。今すぐ自分の前から立去れと言わんばかりに。

 しかしワタポも、そんな態度を向けられたからと言って下がるワケにもいかない。


「ワタシはウンディー大陸で冒険者をやってるワタポといいます。ウンディーの女王セツカ様から緊急時はワタシがセツカ様の名の下で対話する権利を与えられているのであなたと会話する権利はあります」


 勿論、権利を与えられているという点は嘘だ。しかしセツカならばこの状況で必ずこの男性との対話を求める。自分が現場にいないのならば現場にいる誰かに任せる形でも対話を、会話を求める。


「......ほう。貴様が、貴様如きがこの俺様と対話する権利があると? そう言ったのか?」


「はい」


「二度目だ。さっさと下がれ」


「下がりません。話を───」


 ワタポが喋った瞬間、男性は身体を捻るように跳び、遠慮の無い蹴りを放った。動きに対し半強制的に身体が反応したワタポは両義手をクロスさせ蹴りを受け止める。


「───ッ!! 何を!?」


「ほう。多少はやるようだな」


 すぐに次の蹴りが放たれ、それもワタポは防御に成功するも大きく押し退けられる結果に。

 義手を強く蹴ったというのに顔色ひとつ変えない男性。恐ろしい身体能力を持つ事は今の蹴りで理解出来たが......なぜ攻撃を仕掛けてきたのかは全くわからない。


「貴様その腕......義手だな?」


「......だったら何?」


 ここでワタポも男性を敵と見なし、丁寧な喋りを捨てた。

 これ以上攻撃的な動きを見せるならばこちらも反撃をする。という意を視線に宿し、腰の長剣へ手を伸ばす。


「やるか女? 俺様は相手が女子供だろうと容赦なくねじ伏せる。貴様等が何者で何が目的なのかねじ伏せてから聞いても遅くはないだろう?」


「話を聞いてからどうするか考えてもいいと思うけど......でも、そういう気なら反撃される事も承諾してるって事だよね?」


 剣を抜き構えた所でワタポは知る。ロンググローブ───蹴りを受け止めた部分に穴が空いている事を。穴の周囲には焦げ痕も。

 豪快で傲慢、マグマの上を素足で歩いた......先程聞いた御伽話に登場した若者をワタポは思い出す。金脈を引き当てたとも......今ワタポの前に立つ男性には金の装飾が多数。


「............昔、ワタシと同じように両義手の人間に会った事は?」


 賭け、と言えるほどの選択ではないが、この発言に反応がなければ戦うしかないと覚悟し、ワタポは言葉を飛ばした。もし御伽話が遠い昔の出来事で、登場した若者がこの男性なら......金脈の物語で登場した無腕の若者が自分の遠い先祖なら、話は通じる。

 そう判断し、ワタポは会話を選んだ。


「あるぞ。それがどうした?」


 男性は即答した。

 相当昔の話だというのに───男性が答えた人物がワタポの先祖ならば───即答したという事はそれだけ記憶に残っている人物という事になる。


「信じられないかもしれないけど、その人はワタシの遠い先祖みたいなんだ。名前はトワ。魔女と魅狐と純妖精エルフも一緒にいたと思う」


「───女、それをどこで、その名をどこで知った?」


 強気だった男の雰囲気が変化する。

 自分の発言全てが通ると思って疑わないような、まるで子供のような無根拠な自信に満ち溢れていた男性の雰囲気にワタポは隙のようなものを見た。

 御伽話は本当に起こっていた歴史で、登場していた若者はこの人物で間違いない。そして、この人物は元人間だと確信する。

 ならば会話を先延ばしにするような答えは必要ない。


「シルキ大陸」


 今は “神族” だろうとも、元人間ならば感覚的なものは自分に近い。ワタポはそう考え会話の無駄を削ぐように答えた。


「シルキ......魂魄か? そんなモノが本当に存在していると?」


 予想通り人間らしい言葉が返ってきた。

 今の相手がどんな経緯でどのような地位、種になろうと、元人間が相手となれば会話の流れはシンプルだ。

 こちらが相手の力を必要としていて、相手の性格も見えている状態ならば下手な嘘は必要ない。


「ワタシも信じられなかったけど、本当に魂魄を見た......トワに会った。ワタシとは性別も違ったし、性格が全然違ったけどね。魂魄という存在について詳しく知りたいなら、シルキ大陸の人に聞けばいいよ。あなたが望むならその機会も作れる」


 黙ったままワタポの言葉を聞き、すぐには何も言わず男性は宿屋から外を覗く者達へ視線を向けた。

 出て来ないならば気にする必要はない、と切り捨てていた存在達を見て、ワタポの言葉が嘘ではないと、少なくとも今の時点では信用出来る言葉だと判断する。


純妖精エルフ......いや半妖精ハーフか? それに魅狐ミコもいる。それに多種界エリア-2の種族も確かにいるな......なるほど。ひとまず信じよう。女、貴様名は?」


「ワタシはワタポって呼ばれてるし、そう名乗ってる。あなたは?」


「俺様はそうだな......アグニと敬意を持って呼べ」


 ひとまず、ひとまずは会話が可能なラインまで立つ事に成功し、ワタポは安堵する。突然攻撃を仕掛けてきた時はどうなるかとハラハラしたがアグニと名乗る男性に立ち向かったのが自分で良かったと心の底から安心する。

 もしこれがひぃたろやプンプンならばもう会話まで運ぶにはもう少しはかかっただろう、エミリオならば今この場で戦闘とはとても呼べない、喧嘩を始めていただろう。


 何はともあれ、会話する事も選択肢に含められた事はよかった。


「貴様に聞きたい事が俺様の権力ほどあるが、今は貴様等に聞きたい事を優先する。中に入るぞ。こい女」


「え? う、うん」


「早くしろ! 貴様何をもたついている」


「......ううん、なんでもない」



 会話する選択肢があっても、男性の態度は変わらない。とワタポは少し、ほんの少しだけため息が溢れた。

 と、同時に、どこに行ったのか不明な魔女エミリオが今はこの場にいなくてよかったと思ってしまった。




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