◇物語の若者
イフリー大陸のギャンブルの街を仕切っているのは貴族などの金銭的なゆとりを持つ者達。しかし、ギャンブルの街となればあらゆる目的を持った者達が集まるのは必然と言える。
単純にロマンを求めチップを賭ける者。
最後の大勝負として訪れる者。
ギャンブルという刺激を楽しむ者。
街の雰囲気に酔う者。
これらの裏では必ず、よからぬ事を企む者、が集う。
【炎塵の女帝】が許可を出した【モンスターパレード】なども、よからぬ事を企む者が作り上げたギャンブル。
本来のトラオムに闘技大会こそあったが【モンスターパレード】は著しく印象を悪くするギャンブルである事は誰の眼から見てもそうだろう。それでもそういった施設などが設置されたのは、単純に話が通っていなかったからだ。
ギャンブルの街トラオムを仕切っているのは貴族達だが、その貴族達を仕切っている者が存在している。
「デザリアからの避難民を全員抱えろ! 他の街から来た連中もだ! 全兵士に俺様の
ひとりの男性が命令のような指示を飛ばすと、意外な事に貴族達が率先して動き始める。
なりふり構わず避難してきたデザリア民に対しても差別的対応は一切しない。イフリー民ならばその姿で察する事が出来るラビッシュの者達にも、綺麗な衣服を身に纏う貴族が手を差し伸べていた。
「誰があの共喰い女を
男性はデザリア兵達の前に現れ、命令するように言い放った。
鍛え抜かれた腹筋を刮目せよと言わんばかりに露出度の高い上衣の前で組まれた腕には、売れば相当な金額になるであろう黄金の腕や指輪が見える。
「ウンディーの冒険者とノムー......ドメイライトの騎士もいました」
「ほう、他国の連中か。ご苦労、貴様等は休むといい。オイ! この兵共に食事を運べ! 宿屋は全部屋開放しろ! 他の店も可能ならば休める場所を提供しろ! 金は俺様が全て払う!」
豪快に叫び、男性は次に側近の女性へ声をかける。
「鉱山の街が消え去ったというのは本当か?」
「はい。先程確認しましたがやはりオルベイアの街は跡形も無く消滅しています」
「消滅した痕跡から何か拾えたか?」
「いいえ。一体何を行えばあの様な惨状になるのか予想も出来ません」
「そうか、わかった。女帝を討伐した冒険者と騎士はどこにいる?」
「デザリアにございます」
「よし。俺様はデザリアへ向かう。貴様はこの街の貴族を指揮しつつ、イフリー全土の権利を俺様に集めろ。多少強引でも構わぬ」
「承知致しました」
女性は男性へと頭を下げ、男性はそれを制し、地面を蹴って飛んだ。翅や翼を創成する魔術の類ではなく、ただ自分という個体を浮遊させる技術。魔術ではないので詠唱も必要なく、一瞬で宙へ舞う事が可能となる。
この技術を持つ
しかしこの男性は好んでそれを行う。
理由は目立てるからだ。
「これ以上勝手を押し通すならば俺様が息の根を止めてやろうと思っていたが、人々の力も存外悪くない」
不敵に笑い、男性は恐ろしい速度で夜空を切り、ものの数十秒でデザリアの上空へと入り、
首都ともあろうデザリアがもぬけの殻となっている事に一切気を向けず、一軒の宿屋に
◆
昔からイフリー大陸には【金脈を読み当てる豪傑】【宝玉に愛されし賢者】【火炎と踊る猛者】【妖精姫の気まぐれ】、【愚かな夢追い人へ】という御伽話のような言い伝えが存在する。
【金脈を引き当てる豪傑】
という物語では、豪快な性格の若者と調子の良い若者がイフリー大陸で金脈を探し、見事引き当てるという物語。
2人の若者は男性で、豪快な性格の男性はマグマの上も裸足で歩き、調子の良い若者は無腕だが腕は立つ、だとか。
【宝玉に愛されし賢者】
という物語では、鼻が気持ちよく伸びている若者の鼻っ柱を宝玉に愛されし賢者様が粉砕するという物語。
若者の男性は宝玉に愛されし賢者様に対しても傲慢な態度を取っていたが、それに対し賢者様は何ひとつ指摘しなかった。しかし、街の人々に対しても傲慢かつ理不尽な物言いをした若者を見過ごさなかった。
賢者様は若者の将来性に賭け、若者の鼻っ柱を容赦なく粉砕した、だとか。
【火炎と踊る猛者】
という物語は、火炎を纏い操る猛者とひとりの若者が、巨大な炎狼と戦う物語。
2人が突破されれば街は焼き払われるという中で、火炎を火炎で焼き合う地獄のような戦いは若者の勇気ある活躍により勝利。
猛者は独特な尾と耳のような器官を持つ種で、一見優しそうな男性だったらしいが火炎を纏い戦う中で獰猛な笑みと共に黄金の炎を操った、だとか。
【妖精姫の気まぐれ】
という物語では、豪快な若者、無腕の若者、賢者、火炎の猛者、が妖精姫のワガママに付き合う物語。
妖精姫は無理難題を押し付けるのではなく、その者に足りない何かを気付かせるための難題を提示する。街の掃除、老人の手伝い、子守り、盗賊の捕縛、など。
文句を言いながらも徐々にそれらをこなし、最後には各々が、見るのもを不快にさせない気遣いと振る舞い、人を頼る強さと勇気、精一杯の感謝と未来への蕾、罪を許し罰を与える慈悲を知った、だとか。
【愚かな夢追い人へ】
という物語は、イフリー大陸に訪れた旅人から様々な事を学び成長した若者が旅人達を力強く見送った物語。
宝玉の賢者は硬貨の賢者を、
無腕の若者は未来の居場所を、
火炎の猛者は豪炎の猛者を、
妖精姫は自分の存在を、
各々は、月へ手を伸ばし掴もうとする無謀を、霧の中で服を乾かそうとする無茶を、砂漠の中で一粒の砂金を見付けるような無理を、逆風の中で風を吹き飛ばそうと息を吹く無意味を、
無謀だとも、無茶だとも、無理だとも、無意味だとも思わず、確かな熱を宿した瞳で旅立ち、その姿に若者は生まれて初めて心の底から、他者を尊敬した物語、だとか。
そしてこれらの物語に登場する “若者” が今の時代 “神族” となり、今尚この地に存在している。
と、いう言い伝えが風化する事なく語られている。
「───と、これらがもし本当ならば今のイフリー大陸を支えてくださるのはその神族の方かと......」
所詮は御伽話、子供達に夢を与える物語。
そんなものを信じ、そんなものに今を賭けるなど大人のする事ではない。
と、思う反面で、なぜこのデザリア兵はそんな夢物語を今このタイミングで語ったのか。
気休めとはとても思えない瞳の熱をワタポは軽く流す事が出来ず考えた。
「......、、、!? まさか」
自分の腕へ視線を向ける、
両義手の腕───無腕。
次に、プンプンへ視線を、
独特な尾と耳のような器官。
そして、ひぃたろへ、
妖精姫───エルフ。
「宝玉の賢者は............」
「......十中八九、魔女だと思うわ」
考え呟いたワタポへひぃたろが告げる。
宝玉を宝石と。
魔女を賢者と表記する本も存在する。
つまり宝玉の賢者は宝石の魔女。
「それって、まさかまさか、僕達がシルキ大陸で出会った......って言っていいのかな? でも、出会った人達の事じゃないかな!?」
プンプンの発言が曖昧な御伽話を真実へと変えた。
シンシアと十二の神、も御伽話として語り継がれるが、歴史上で本当に起こった事。
今回の御伽話も、本当の歴史を受け取りやすい形へと変化させたものである可能性が、いや、そうに違いない、と希望を持った直後───それは強い衝撃音の後に鋭く響いた。
隕石が落下したような轟音、衝撃。
力強く響く声。
「他国の者共よ! ここに居るのはわかっているぞ! 恐れ震えながら今すぐ俺様の前へ出てくるがいい!」
豪快に笑う男性の声に、全員が “物語の若者” を連想した。
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