◇ギフト



 分身しては魔術属性を与え炸裂させる。

 グリーシアンが得意とする分身魔術フェイクは本来の分身魔術とは天と地の差が明確に存在していた。

 本来の分身魔術は自分の分身というよりはコピー、デコイを作り出す魔術であり、属性は水。

 特定の形を持たない水の特性と水面に光を反射させる特性を利用し、己の魔力を微量注ぐ事で “自分の姿をした水” をその場に作り出すだけ、、の下級魔術。

 動きは勿論、喋る事もない分身を作り出すだけのチープな魔術だが、グリーシアンの分身それは自動人形よりも立派に自分を務めている。


 グリーシアンを【上級魔女】から【特級魔女】へと昇進させたのが “魔術と熟練度の関係性と熟練度に働く補正値” という研究結果だった。




 下級魔術でもその魔術をより理解を深める事により、中級を越え、上級と並ぶ。

 どの魔術もまずは理解する事。

 理解した知識を有利と不利に分裂する事。

 分裂させた知識を分解する事。

 分解した知識をより理想的に並べる事。

 そして、並べた知識を自分の理想に照らし再構築する。その際始めは安定率を重視し、徐々に無駄を削る。

 そうして地道なアップデートとブラッシュアップを繰り返す事が熟練度を向上させ、完了した頃には誰よりもその魔術に対し知識が深くなり、下級魔術は上級魔術と並ぶ性能を宿す。




 このような研究結果をグリーシアンは宝石魔女達の前で語り、実際に結果を見せた。

 宝石魔女が使う上級魔術にグリーシアンは下級魔術をぶつけ、結果は相殺。

 上級に下級をぶつけて相殺、という結果は魔女達を驚かせた。と同時にグリーシアンは「これを上級魔術に応用すればより明確な結果に繋がる。上級以外にも勿論応用可能であり、回りくどいようだがこのやり方で組んだ魔術はそう簡単には真似出来ない」と語った。


 現にグリーシアンが使う分身魔術を扱える魔女は存在しない。似ている、程度ならば扱えてもグリーシアンの分身とは比べる必要性さえない程粗末な出来となっている。


 短気な部分が目立つグリーシアンだが、魔女として己の魔導を貪欲に求める姿勢は立派なものであり、研ぎ澄ませてきた実力がついにグリーシアンを宝石魔女へと押し上げた。


 雲母の魔女レピドライトグリーシアン。

 エミリオやダプネと同期の魔女であり、ダプネよりも遅く宝石名の座についた魔女。

 言動、短気な性格から誤解されているが彼女は魔女の中でも指折りの、努力家である。




「下級魔術をここまで育てたとは......相当暇だったんだな雲母」


「......私はお前等と違って才能無しノーギフトだからな............、、、」


「......?」


「───お前を殺って堕落もついでに潰して私は四大魔女の空席を貰う! お前とぐちゃぐちゃ喋る時間はない! 黒曜!」



 あぁ、そういう事か。

 グリーシアンの発言、「四大魔女の空席を貰う」という言葉でダプネは理解した。

 天魔女はグリーシアンを使い捨ての駒程度にしか思っていない。今この瞬間もどこかで天魔女はこの戦闘を観戦している。少しでもダプネの手札を知るために。

 勿論ここでグリーシアンがダプネを殺れれば大きな儲けとなるが、ここでグリーシアンが死んでもたいした損害にはならないと踏んで、ダプネの前にグリーシアンを放っているのだ。

 おそらく「黒曜を殺れば四大魔女の座を考える。黒曜と堕落を殺れば四大魔女の座を与える」と言われたのだろう。と、ダプネは読み、まさにその通りとなっている。


 堕落───エミリオはどう思っているかダプネにはわからないが、ダプネはグリーシアンを努力家だと認めている。才能という言葉を持ち出すならば間違いなくグリーシアンは才能が無い。魔女にとってこの事実は致命的とも言えるが、ならば才能有りと対等に渡り合うにはどいすれば良いか、をグリーシアンは考え、行動し、宝石魔女という地位まで登り詰めたのだ。

 新たな魔術を考案する才能が無いグリーシアンは、既存の魔術を己の魔術へと昇華させるべく、他人の想像を遥かに越える努力を、地道で無意味にも思える努力を何年も何十年も何百年も毎日毎日毎日、繰り返してきたのだ。


 その心を、天魔女は利用している。


「どいつもこいつも変わりすぎだ......わたしもか......」


 魔女という種族はたしかに、昔から貪欲かつ破壊的と言われている。今もそれは間違いなく当たりだ。

 しかし、昔はこうではなかった。


 己の魔導を求め、己を研ぎ澄ませ、己を拡張し、横暴なまでに純粋に、自分自身の魔を追求し探究し続ける種族ではあった。今もそれは変わらない。

 それでも、これは個での在り方であり、今は個でありながらも集での行動が増えてきた。それもどこか汚れた集での行動が。まるで何かに汚染されているかのように魔女達は己の魔に対し焦りのような感情を煽り、世界さえ研究サンプルとして認識し始めている。


 これは魔導の追求ではない。

 これは己の研磨ではない。

 これは己の拡張ではない。


 本来魔女という種族は “外が何もしなければ外には何もしない” 種族なのだ。

 勿論例外も存在するが、その例外を同種魔女が対処してきた。

 外に対して不必要な行動を取れば厄介事や面倒事の方が増える。外に求めるリワードに対しリストが圧倒的に大きく割に合わないからだ。


 それなのに、そうだというのに、ここ数十年は魔女の視野が外に向いている。


 それが気に入らない、とまではダプネも言わない。

 しかし、個を捻じ曲げてまで外に何を求めるのか?


 天魔女───エンジェリアも、フローも、何を考えているのか全くわからない。

 勝手にやるならいい、勝手にしろ。と。

 しかし今こうしてグリーシアンを使い捨ての駒として扱う事に何の意味があるのか?

 どのような、どれ程大きなリワードか存在するのか?

 そのリワードは魔女という種に対して大きな恩恵が見込めるのか?



「......勝手にやるならそれはいい。責任も全てそいつに返ってくるからな。ただ......他の魔女を無闇に無理矢理巻き込むやり方は認めない......わたしも他の魔女達も......誰だって......誰かの使魔じゃない!」


「何言ってんだ黒曜!? そんな言葉が最後の言葉でいいのかァ!?」



───見てるんだろ? エンジェリア、フロー。見せてやるよ......これがわたしの手札のひとつだ。



 ダプネは剣を背負うように構え、唇を微かに、それでいてしっかりと走らせ詠唱する。

 大きく一歩踏み込み、

 フェイクが放つ下級魔術も本体が放つ上級魔術も一切気にせず、グリーシアンを睨み、剣を大きく振った。



「───は?」



 振り切った直後に状況は一変した。

 ダプネが今の今まで立っていた位置───グリーシアンの魔術が飛んでくる位置には、グリーシアンとフェイクが立ち、ダプネは更に後ろへ。

 位置が変わった、ではなく、詰めた事により位置が大幅にズレたのだ。


「後ろ来てるぞ?」


 マッチが点火するようにダプネは瞳を魔煌まこうに燃やし、蝋燭が消えるように魔煌をすぐに消した。

 1秒とない時間の魔煌は想像以上に繊細であり、その一瞬だけ魔女力ソルシエールを使うという高難度な使用方法をダプネはやってのけた。

 これにより、グリーシアンはダプネの魔術を魔女魔術だと感知出来ず───出来たとしても対応は出来ず───文字通り一瞬にして状況が変わる。


 それだけ驚異的なのだ。魔女力を使う魔女の魔術は。


 位置が詰められ移動した事によりグリーシアンは自らの魔術を浴びる。放った後も魔術軌道はある程度操作可能だが、操作した所で距離が圧倒的に近いためらす事は実質不可能。数センチや数十センチ単位で魔術の軌道がずれた所でヒットする事実は変わらない。


 地水火風の下級魔術、炎属性上級魔術がグリーシアンとフェイクにヒットし、フェイクはその特性を爆裂させた事により強大な魔術爆発を起こした。



 ダプネが得意とする空間魔法は入り口と出口を定めた位置に出現させ、一瞬で移動させる。

 その応用で、任意の空間を切り裂き空間内に入れる事で、空間を詰めたのだ。


 空間を切り裂く、切り抜く、切り取る......ダプネは “空間” に対してどの魔女よりも卓越した知識を持っているからこそ考案出来た魔術。


 既存の魔術をより深く知り、精度や威力を常識以上に高めるグリーシアン。

 既存の魔術をより深く知り、その特性を様々な形で応用利用するダプネ。



 才能ギフトの違いが1秒とない時間に対し大きく働き、状況は一変してしまった。


 努力は、積み重ねは必ず力になる。

 どんな小さな結果でも継続して積み重ねる事でそれは大きな力となる。

 が、

 死ぬほどの努力では到底足りないのが、才能という世界。



 そしてダプネはエミリオなどとは違い、努力を惜しまない。


 才能あるものが努力を行った場合どうなるか?

 それが今の結果だろう。



「足りないんだ。死ぬ気で努力しても、その程度じゃ微塵も足りないんだ......だから才能ある者の力が必要になる。それが魔女の瞳と魔女の魂だろ? グリーシアン」



 切り裂いた空間を戻し、、、数秒前の位置からダプネはグリーシアンを見据え努力だけでは到底太刀打ち出来ない現実が存在している事をツバを吐き出すように語った。




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