◇雲母の魔女
死ぬ程の努力を積み重ねても、届かないものがある。
どれだけ時間を費やしても、辿り着けない場所がある。
グリーシアンは誰よりもその現実を知っていて、誰よりもその現実に挑み続けてきた存在だろう。
魔女という種族が持つ長い寿命はグリーシアンにとって呪いとも言える。
魔術を狂気的なまで反復使用し、理解し、再確認し、また反復する。そうして高められた魔術を一撃で消される日々。
それでも続けなければならない。
自分には才能が無いから。
自分にはこれしかないから。
地道に地道を重ねる事しか出来ないのだから。
諦めるのは簡単だ。今すぐにでも投げ出してしまえばいいのだから。
しかしそれでは、魔女として底辺に転がる事となる。それだけは許せなかった。年下の魔女に、ただの年下ではない。あろうことか魔女として認められたばかりの
魔導の追求や探究など、グリーシアンにとっては雲の上の話。既存の魔術に
そうして何年、何十年、何百年と毎日毎日繰り返して来た結果、ついにグリーシアンは宝石魔女へと成り上がった。
次は宝石魔女の中で1番になる。
意気込んで【ヴァルプルギス宮殿】の菓子門を潜り、菓子扉を開いて───戦慄した。
そこにいた魔女達───宝石魔女は特級魔女にも無かったある種のオーラを、凄みを纏っていた。
漠然と理解した。
あぁ、これが魔術を発展させる存在なんだ。
魔導の深淵に向かう事を許可された存在なんだ。
この中には深淵に辿り着く事を許されている魔女もいるんだ。
と。
ならば、自分もその枠に入る。こうして宝石名を与えられるまでに成長出来たんだ。
やり方は間違ってない───。
「足り、ない? 死ぬ気の努力でも、微塵も、足りない?」
炎に焼け、風刃に抉られ、水圧に潰された肉体外部。
「お前が努力を重ねている間に他の魔女も努力を行い、次へ進んでいる。努力家なのは認めるよ。ただ......気付いてるだろ? 周りが出す結果と自分が出す結果の質量の違い。そして周りは結果全てを見せているワケじゃないって事を」
「......、、、、」
グリーシアンはわかっていた。
ダプネ以上に、他の魔女以上に、自分の実力を知っているからだ。自分の限界が既に見えていた事を知っているからだ。
だからこそ、今それを言われた事がこの上なく惨めで。
心の底から思った。
死んでもいい。だから、ダプネを殺せるだけの力が欲しい、と。
憎いから殺してやりたい、などというものではなく、単純に勝ちたい。
勝てるならば他の事などどうだっていい。
心の底から湧き上がる意思が───眼球を燃やした。
「───Iiiaaaaaaaaaaaa!!!!」
「っ!?
赤紫色に燃える眼球───これら魔女が
ダプネが感知した脅威は今までのグリーシアンには無かった何か。もっと言えば、他の魔女さえも手にしていないであろう、何かだ。
「Ririririri───!!」
「っ!」
直感的にダプネは身体を横に、グリーシアンと対面しないように動かした瞬間、右の中指、薬指、小指が斜めに吹き飛んだ。
切断面に残る微かな魔力を拾い確信する。
グリーシアンは今能力を、
魔力感知を過敏にし、ダプネは動き続ける。
一箇所にいてはグリーシアンの能力の的にしかならない。詠唱も無ければ発動前に感知出来る魔力量は極端に薄く、感知と同時でなければ回避出来ないのがグリーシアンの能力の恐ろしい点だ。
凝視した部分に直接魔術を発動させる。という能力だ。
それが例え下級魔術でも脅威なのは変わらない......さらに今は、とても下級魔術だけとは思えなかった。
「......酷い姿だな、グリーシアン」
何語かもわからない言葉をクチから漏らしながらもグリーシアンは笑っていた。
顔面や首、腕にまで開眼した瞳がぎょろぎょろと対象を探し、本来の瞳は石のようになっていた。
無闇に無差別に、無茶苦茶に凝視魔術を撃ち放つ。なんの計画性もない魔術の乱撃は回避不能なタイミングもあり、ダプネはその都度ダメージを受けては魔術を相殺していた。
付き合う事もない。グリーシアンを殺してしまえばそれで終わる。
そうわかっていても、ダプネはそれをしなかった。
情けか、ただダプネが甘いだけか、グリーシアンに起こっている現象は崩壊でしかない事を知った上で、ダプネは付き合う事を選んでいた。
能力のSF開放と、魔の深淵へがむしゃらに向かった結果だ。
能力のステージを無理矢理上げ、フレームを突破しようとした結果、あれはフレームアウトだ。
同時に許されていないのに深淵へ接近した結果、辿り着く事さえ出来ず崩壊が始まった。
何をしても、もう絶対にグリーシアンは助からない。
こればかりは才能も努力も関係なく、不可能だ。
「
不意にグリーシアンが言葉を、理解出来る言葉をクチにした。
「私も宝石名を、やっと、やっとやっと、やっと」
喜んでいるのか悲しんでいるのか、その声から感情は読み取れない。
「努力が! 私の努力が! 報われたんだ! これで私を馬鹿にする魔女はいなくなる!」
肘から左腕が腐り落ちた。
円熟した果実のように皮膚は、肉は溶け、骨からずり落ちるように。
次は右手の甲がずるりと落ちる。
「
頬の肉が溶け落ち、顎が歪み、首の皮膚が滴る中で叫んだ名は、雲母と同期の魔女であり、宝石名を与えられた魔女だった。
ダプネは足を止め、グリーシアンをただ見詰めていた。既に
もうグリーシアンは何も出来ない。
ただ崩壊を待つことしたか。
酷い腐敗臭の中でグリーシアンの身体は溶け続け、腰が溶け落ちた時点でもう動きは無く、そのままゆっくりと醜く、雲母の魔女は絶命していった。
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