◇フェイク



 赤色、青色、緑色、褐色、とめどなく咲く魔法陣の華は魔術を散らし朽ちるように消える。

 役目を終えた魔法陣の余韻が残る中、次の魔法陣が同じように咲き、同じように散っては再び咲く。

 轟音、衝撃、閃光が休む事なく響く中で黒曜の魔女オブシディアン雲母の魔女レピドライトは1歩も退かず相手の命を睨み狙う。


 上からの命令だから、命を狙われたから、などという理由は既にそこにはない。

 魔女というのはいつ如何なる時も、自分の力と知識を試せる対象を本能的に探し求めている。

 ダプネとグリーシアンは既に小さな理由などどうでもよく、ただ自分の今の力を、今の知識を、全力で試しているだけだ。そしてあわよくば、今の先を求めている。

 魔女という種族はそういう種族なのだ。

 今も昔も、本能の根本には破壊と創造、呆れるほど根根深い欲、が刻み込まれている。


 さらに2人のタガを外した理由は、単純にこの2人は───お互いを嫌っている。

 魔女が嫌いな相手を構う理由はただひとつ。

 自分を試した上で相手を殺す。

 コレ以外に理由は存在しないし、嫌いな相手を殺す事を言語化する必要さえないと考える。


 理由など既に、どうだっていい。

 今こうして自分の前に立ち、自分に不利益となるならば、排除するのみ。





 雲母が炎属性中級魔術の詠唱を行っている事を魔力───詠唱時に魔力を注ぐ際の微細な変化───の質で感知したダプネは素早く水属性中級魔術を詠唱、同時に発動させ相殺。


「相変わらず苛つく対応力だな、黒曜」


 とクチにする雲母の顔に苛立ちはない。

 どの属性の、どのランクの魔術を使ってくるのか一瞬で判断するダプネの魔力感知は宝石魔女の中でも高く、詠唱速度も既に四大魔女クラスと言える。しかし、だからどうした。

 魔力感知をした所で対応できなければ何の意味もない。詠唱速度が高くてもそれを上回る手数で攻めればいいだけの事。


 雲母の分身魔術フェイクは魔女特有の行動詠唱で地水火風の下級魔術を絶妙なタイミングで発動させ、黒曜の対応力と集中力を徐々に削る。

 下級魔術といえど連続して様々な属性が飛んでくる状況は厄介以外のなにものでもない。


「相変わらず面倒なやり方だな、雲母」


 相殺、回避、そして剣を使った魔術破壊を行いながらダプネはグリーシアンへと接近する作戦に出るが、5体のグリーシアンは忙しくシャッフルするようにダプネとの距離を変え続ける。

 中級以上の魔術を放つ個体が本体で間違いないが、詠唱の速い下級魔術のみで攻めてくるグリーシアンのやり方にダプネは徐々に集中力を削られる。

 いくら下級魔術といえど、魔女、それも宝石魔女が扱う下級魔術は直撃すればそれなりにダメージがある。さらに詠唱は1秒とかからず属性判断も魔法陣のカラーで区別するくらいしか時間はない。こんな戦闘が続けば不利になるのはダプネだ。


 この状況を打破するには、数を減らせばいい。

 分身だろうと本体だろうと叩き、ただ数を減らす事だけを考えればいい。

 ダプネの動きに変化が見えた───攻めが見えた───瞬間をグリーシアンは待っていた。



 まず分身の1体をわざと遅れさせる。

 数を減らす事を意識した時点でこの釣り、、にはほぼ確実にヒットする。ダプネも例外なく誘われ、分身へ雷属性魔術を放つ。速度を重視した魔術へ分身は自ら向かい、ヒットした直後に分身自体が、、、、、雷魔術となり、その場で拡散するように破裂する。


「ッ!?」


 グリーシアンの分身魔術フェイクは魔術で対処された場合、その対処魔術の属性になり変わり分身自体がその魔術となりその場で爆裂する特性を持っている。

 この特性を知っている魔女は数名しかおらず、ダプネは知らない。

 不意打ちの対抗魔術に気付いた時には既に雷魔術がダプネを襲い、そのタイミングを見計らいグリーシアンが一斉に魔術を放つ。勿論本体は上級魔術を。


 すぐにシャッフルを行い本体を隠し、同じように分身を接近させる。強烈な攻撃を受けた直後でも安易に手を出すほどダプネは馬鹿ではないうえに、宝石魔女となれば分身を叩く事に警戒し次の手を考えるが、その分身へグリーシアンが上級魔女をぶつければいいだけの話。

 分身は魔術を受けた際、分身自体がその魔術となりその場で破裂する。

 魔術をヒットさせた者を対象に、ではなく、ヒットさせた魔術となり、その場で、だ。


 本体が分身に上級魔術をあて、分身は上級魔術となり爆散する。

 残り2体の分身が下級魔術を放ち、上級、下級2がダプネを襲う。対応するにも前の魔術を受けた直後と言える状況では簡単ではない。


 風属性上級魔術に火属性下級魔術が絡み、火属性は威力を増す。

 魔術に刻まれ焼かれている最中にグリーシアンは分身魔術を使い、自機を4体へと戻し5対1の状態へと巻き戻す。


「あーあーあーあー、酷いザマだな」

「宝石魔女ともあろうお前が」

「ボロボロじゃないか」

「一番楽な相手、だったか?」

「これが一番楽な相手!? そりゃ結構だな!」


 リレーするようにグリーシアンは語り、ダプネは顔を歪める。

 雷魔術で体内的にダメージを受け、風魔術で肉を抉られ、火魔術で焼かれ、減らしたはずの分身が戻っている。



 魔女は他種族に名前を教えようとしない。

 エミリオのような例外も存在するが、基本的に魔女は名を語らない。

 他種族からは様々な異名で呼ばれている。

 グリーシアンは宝石名を持っている事で雲母と呼ばれているが、以前は【フェイク】と呼ばれていた。

 この由来が分身魔術を巧みに扱い、相手を追い込み、絶望の中で殺すスタイルからつけられた異名。



 まさに今、その異名通りダプネを追い込み始めていた。



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