◇炎塵の女帝 4
炎塵の女帝は荒々しい雰囲気を突然静め、冷静に冒険者陣を殺戮対象へと認識を改めた。
特異個体、覚醒種【炎塵の女帝】が本気で狩りを始める。
ワタポの捉える瞳が今までにない反応───視界に漂う霧粉塵を本来の色ではない色で映す。
左右の瞳で役割が違う事もあり、左右で霧粉塵の色が異なる現象にワタポは戸惑いながらも、
「この粉塵、今までと違う!」
と、見れば誰もがわかる事をわざわざ警告した。今までの粉塵は範囲も一定で集合体が停滞する形だったが、今回のは広範囲で文字通り霧のように周囲を包む。爆発の前兆とも言える煌めきが無い事で全員警告はしているものの行動判断が出来ずにいた。そんな中でのワタポの発言は “今までと違う性質を持っている” の警告と取れる。
そしてすぐにその性質が明らかに。
「うっ......なんだろ、頭が痛い」
まずは魅狐プンプンに頭痛。
「......吐き気もあるわね」
そして半妖精ひぃたろに吐き気も。これらが伝染するように霧粉塵内の者に起こり、ワタポは目眩に襲われる。瞳を酷使する能力の代償───にしては性質が平凡な目眩に違和感を覚え、今まで蓄えてきた女帝種の知識を捲る。信憑性に欠ける噂も記憶し、どの情報が有能かを今この場で判断するという、今までのワタポにはなかった知学的行動が一本の糸を刺激した。
それは何かしらの特異個体が起こした事件として最初は掲載されていたが、後に炭鉱夫達が “換気の悪い環境で小爆弾を使い作業をしていたため一酸化炭素中毒に陥った” との原因で幕を閉じた事件。
炭鉱夫ともあろう職業がそんな初歩的なミスをするだろうか? とワタポは小さな疑問を抱いた事でこの事件記事を覚えていた。
そしてその事件が起こった大陸はここイフリー。炭鉱夫達は【鉱山の街 オルベイア】を拠点に仕事を行っており、このオルベイアで存在が発覚した状態が今対峙している【炎塵の状態 オルベイア】であり、この女帝は爆破を利用する。
「......! この霧から出ないとマズイ! 出られないなら霧をどうにかしなきゃ! この霧は不発なんだよ! 爆発しないけど極僅かな発火はしていて、その発火で発生した一酸化炭素をワタシ達は吸っちゃってる!」
能力や魔術での攻撃とはとても言えないが、とてつもなく効率的に集団を刺す事が出来る手法であり、科学の領域にありながらも魔術並の殺傷力を持ち、魔術ではないので魔力感知は不可能。
相手が化物である以上、何かしら理解を越えた手法で攻めてくるとばかり思っていた面々は一酸化炭素という化学を用いた手法を予想さえしなかった。もし予想したとしてとここは屋外。化学に強く精通していなければこのような可能性など、一瞬で排除していただろう。
女帝は戦闘ではなく、狩りを行っているのだ。
派手さなど必要ない。効率よく対象を狩れればやり方など何でもよい。対象を狩ったという結果だけあればいい。
「この霧を抜けるのは無理だ!」
「吹き飛ばせねぇのか!?」
カイトと白蛇は霧に対して今出来る事を行い、それに習い全員が様々な方法で対処しようとするも全て無駄に終わる。
炎塵の女帝は勝利を確信し、
『魔術だ技術だ、モンスターだの化物だの毎度毎度騒がしくしているから単純な事を見落とす。よく考えてみろ? ドラゴンという存在は強大かつ脅威だが、ドラゴンが人間を何人殺していると思う? 年間単位で被害が出ているか? モンスター類で最も人間に被害を与えているのは雑魚モンスターの群れや、比較的簡単に出会えるモンスターが上位を独占している。そして人間に最も被害を与えている事柄には必ず、間接的でも人間が関係している。橋やダムの崩壊、何かしらの実験中に暴発、これらの事故も人間が作った物が原因になっている。ならば戦争はどうだ? 人間が人間を殺す戦争......規模も単位も全てがモンスターを越えているだろう? どうやってその数値を叩き出したと思う? 魔術か? 剣術か?』
雄弁に語った。
『知能だ。人間は知能を使い、兵器を作り出し、その兵器が最も効力を発揮する環境を計算し、その環境を実現するためにどう行動すべきか目算し、結果......一瞬で何百という人間を人間が殺す。脅威的な能力や魔術、剣術を持たない人間が人間を一瞬で! 冒険者という存在は個が強ければいいとばかり思っている脳筋共だ! 個の力は所詮は個だ。ひとりで数百の実力を持っていても、集で数百を上回る事は簡単であり、個の力を持つ者の思考は狭く偏った結果、今のような状態に簡単に陥る!』
煽るように声のボリュームを上げ、炎塵は語り笑った。
個では集には勝てない、個の力を求める冒険者はいくら強くなろうと個でしかなく、冒険者として強くなればなるほど常識的な知識を捨てる。
デザリア軍のトップに君臨していただけの事はあり、人間に対しての脅威や個と集など、今の話題には妙な説得力があった。
が、
「───で?」
『......?』
「何が言いたいの? 長ったらしく喋って気持ち良さそうにしてるけど......そんな暇あんの?」
『......なんだ貴様は......』
「いやなんだとかじゃなくて、くだらない話が長いんだよ。〜〜〜っ、寝そう」
一酸化炭素が蠢く霧粉塵の中でヨゾラはわざとらしく大アクビをして、炎塵の女帝を煽った。
冒険者陣は呼吸を小さく弱くするという無意味な抵抗を続けているのに、ヨゾラ、メティ、リヒトは顔色ひとつ変えず、ヨゾラに至っては大アクビで空気を吸い込む始末。
『なぜ......』
「化学だなんだって格好つけて賢いアピールしてるけどさ......この土俵じゃその程度全然問題にならないよ? そんなんで
メティの返事を待つ暇もなくヨゾラは炎塵へと距離を詰め円柱腕を狙い剣を振るう。強烈な無色光を纏う左手の剣が円柱腕を殴りつけた瞬間、霧粉塵内で大爆発が起こる。
炎塵の女帝が周囲を包み込むように放出した霧粉塵は相手を極端に衰弱させる効果の他に、自身に何らかの攻撃が向けられそれにヒットした場合、粉塵を一瞬で爆破させる効果も持っていた。
追い込んだ獲物こそ危険を
「次の手は?」
『───ッッ!!?』
一酸化炭素中毒
「私の
メティが発動させた魔術は治癒術の枠だが、治癒術といっても様々なモノが存在する。
今回持ち出した治癒術は回復系治癒ではなく補助と付与を持つ治癒術。直接的に傷やダメージを回復してくれるモノではなく、解毒系や耐性上昇などの中和補助や時限付与。
「ひとつ教えてあげる。化物に片足でも突っ込んだならその瞬間から化物もしての基盤に今までと今後を積まないと、知らず知らず自分で自分を追い込んで、今みたいに詰むよ」
ヨゾラの視線は炎塵の女帝を向いているが、言葉の意識は背後───後ろにいる冒険者陣に向いていた。
今までの自分を捨てる必要はない。が、今までの自分ではなくなったならば、今からの自分に今までとこれからを積み上げていかなければならない。
「ナントカ個体だとか、ナニナニ種だとか......化物だとか、
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