◇炎塵の女帝 3



 地界、イフリー大陸の首都デザリアの温度が下層から極端に上昇した。

 炎塵の女帝が地殻を狙い超高温のマナを流し込み大陸を熱し、爆破粉塵を一瞬で拡散と同時に爆発させるという兵器めいた手法で冒険者陣をやり過ごし、消耗したマナを補給するように衝動的に捕食を繰り返していた。


 本来マナは補給できるモノではない。

 失えば失っただけ死に近付き、治癒や治療ではマナに干渉する事さえ不可能───可能だが代償があまりにも大きく恩恵があまりにも小さい───とされている。


 しかし、この世には───地界、外界、冥界や天界には───マナを補給する事が出来る個体が僅かに存在している。

 そのひとつが、女帝種や皇帝種など共喰いを行い異質な特性を手にした個体。

 森の女帝や雨の女帝ではなく、覚醒種アンペラトリスとなった種のみが捕食によりマナを補給する事が可能となるが、充分な補給となれば物理的にも不可能となる。

 それでも補給は可能。微々たる量でも有りと無しではワケが違う。



 マナを直接的に利用した攻撃からは、速かった。

 2名の騎士をクチ汚しにもならない、と言わんばかりの速度で蹂躙し捕食。そのまま止まらずデザリア市街へ到着し、片っ端からデザリア民を、軍人を、老若男女問わず捕食していた。

 本来ならばここまで暴食に駆られる事はないが、血縁者を捕食した事により細胞の結合が発生し、結合した細胞は瞬時に女帝の力へ汚染され、身体がそれに耐えられるよう適応を試みる。それにより消耗が継続している結果、炎塵の女帝は血飛沫を撒き散らしながらデザリアを徘徊していた。


 悲鳴をかき消すほどの湿った音。

 血液溜まり、散乱する部位、そして複数ある子供ほどのサイズの血手形。その手形中心部分を摺るように何かが通った血跡に、見慣れたデザインの破片を見つける。



「......」


 ドメイライト騎士、ヒガシンはべっとりと血で濡れた布を拾い、騎士ルキサとアストンの絶命を知る。

 好きでも嫌いでもなかった先輩騎士。良い人かと問われても答えに困る程度の関係しか築いていないが、悪い人ではなかった。

 2人から学んだ事は多くはないが、無いワケではない。


「おい! ドメイライト騎士! 我々は何をすれば......」


 ラビッシュに捕らわれていたデザリア騎士とラビッシュ民を開放したヒガシンは、街に行けばあとは流れでどうにかなる、と考えていたが、予想を遥かに越えた惨状に “どうにかなる” は通じない。


「......二手に分かれてくれッス。ひとつは避難誘導、もうひとつはさっき崩壊した軍本部にまだ生きてるヤツがいるかもしれないッスからね。避難誘導の方に8割、本部確認に2割で」


 デザリア軍とは敵対している立場のヒガシンだが、今は状況が状況だ。普段ならこんな真似しないが、今は敵となる対象はひとり───1体しかいない。ならばドメイライトだデザリアだと小さい部分に拘っている暇はない。


「俺は女帝を叩きにいくッスわ。確認部隊は途中でウンディーの冒険者らしき人物に会ったら急ぐよう伝えてくれッス」


 デザリア兵達も状況の深刻さを否応なく理解し、堅い考えはとうに捨てていた。

 ヒガシンの指示通り素早く動き、血の引き摺りから遠ざかるように避難民を護衛しつつ避難誘導を行った。



「使わせてもらうッスよ」



 ヒガシンはフォンを素早く操作し【共通ストレージ】という任意の相手と共有できるアイテムポーチを開き、その中から2つを選択し取り出した。

 見るからに高品質な素材で生産された剣と、同じく高品質なガントレット。

 剣を抜き鞘をアイテムポーチへ放り、ガントレットは左腕に装備。

 ショートカットを設定し、準備は終了したらしくフォンをしまう。


 血跡の先を睨み、ヒガシンは勢い良く靴底を鳴らし駆ける事僅か十数秒。炎塵の女帝の姿を確認し、剣を構える。

 無色光が不安定に宿る中、ヒガシンは跳躍し、宙で無色光を安定させ、射程範囲に女帝が入った瞬間に剣術を放った。

 空中で剣術を発動するのは相当難しく、空中と言っても人間の跳躍では落下中に発動となる。宙では踏み込みなど勿論不可能なうえ、剣術の軌道に振り回された挙げ句ファンブルするのが分かり切っているからこそ、空中剣術を好んで練習する者はいない。そんな事に時間を使うならば地に足がついた状態での剣術をより鋭いモノへと昇華させる試みの方が生産性が遥かに高く実用的だ。


 そしてヒガシンはそもそも、空中剣術など練習しようと思った事すらない。

 人生で始めてと言える、空中での剣術発動。

 それも高い位置から落下中に、ではなく、自ら跳躍しての発動。

 しっかりと踏み込み姿勢を気にした跳躍ではなく、勢いを殺さず地面を蹴るような跳躍からの剣術を、


『───!!?』


「ッ!!」


 ヒガシンは見事に成功させた。

 元々が人間である女帝種だが、人間のサイズとは思えない体高と異形へ恐れる事なく飛び込み、疾走力を利用した跳躍からの落下力、を余す事なく剣術へと乗せ、炎塵の肩口から伸びる右腕を2本撥ね飛ばした。


「流石はルキサさんッス。相手が女帝種なら女帝に有効な剣を必ず使う。そして必ずスペアも持ってると思ってたんスよね」


 騎士が持つには少々歪なデザインをした剣は女帝種に対して高い特効と対象の血液を分解する効果を持つ。


 耳障りな悲鳴に眉を寄せながらも、ヒガシンは次の剣術を構え、ここでこの武器のデメリットを知る。


「───はぁ!? くっ!」


 半端な無色光で放った剣術は先程とは比べ物にならない火力に仕上がり、浅い傷をつける程度で終了。

 ヒガシンは距離を取ってから片膝をつく。


「なんスかこの武器......っ、魔力じゃなくマナを餌に剣術を使うんスか......冗談にしては笑えないッスね」


 本来の剣術は魔力や妖力と、空気中に無限に存在しているマナを利用して執行される。

 空気中のマナは生命に宿るマナとは性質が異なるため、様々な所で多く利用されているがその量は全く減らない。

 しかし魔力や妖力は使えば減り、回復にもそれなりに時間やポーションが必要となる。

 剣術や魔術などには使用者の魔力や妖力が必要になる事は今更言うまでもなく、誰もが知る常識だが、ヒガシンが持つ武器は使用者のマナと空気中のマナを利用し、剣術を執行するという自殺めいた性能をしていた。


 2回───全力は1回───の剣術で背筋が凍るような不安感が全身を駆け回り、ヒガシンは攻撃の手を止め、強い倦怠感に苛まれていた。

 疲労感に似ているが、性質は全く別の、倦怠感に近いダルさが全身の力をゆっくりと掠め盗る。


 炎塵の女帝は切断された腕を生え伸ばし、鋭い殺意をヒガシンへと向けた。



『貴様ァ......なんだその剣は』


「俺も詳しく知らないんスよ。でもこの剣を気にするって事は、脅威って事なんスね」


 女帝に対して高い特効を持つ、など言われても実際に女帝に試す事などほぼ不可能であり、試す機会に遭遇しない事が好ましい。そうなればいよいよ女帝特効などというワードが嘘臭いものに思えて仕方なかったが、どうやら本当に女帝種に対して恐ろしく効果的だとわかった。


「外界産らしいんスけど、これ量産すりゃアンタはボコられてしまいッスね。さっさと元のサイズに戻っておとなしく捕まってくれないッスか?」


 気を緩めれば精神的におかしくなりそうな程の殺意と圧倒的な雰囲気を前にしても、ヒガシンはいつもの調子を必死に保っていた。

 調子を保つのは苦ではない。どんな殺意を前にしても、どれだけ圧倒的な雰囲気を着込む相手を前にしても、いつも通りでいられる自信はある。が、予想外にマナを失った今は “いつもの調子” を保たなければ一瞬で意識を失いかねないと、全細胞が軋むようにヒガシンへ警告していた。


 マナを失う事は命が削られる事と同意。

 強大な反動や拒否反応、副作用。言葉にするのが難しく、今まで体感した事のない何かが発生し、本能的に震えが起こる。


 それでも必死にいつも通りを演じていたヒガシンへ安堵が。炎塵には苛立ちが届く。



「やっと追い付いた。意識があるんでしょう? 改めてご挨拶を───初めまして炎塵の女帝。お前の “ペドトリスファラー” をよこせ」



 冒険者陣が女帝を追い、到着。

 ヨゾラの発言に炎塵の女帝は神経を焼き切ったかのように、溢れさせていたトゲトゲしい殺意を静め、



「ヒガシン!? 大丈───粉塵を出すよ!!」



 ワタポの瞳がそれを感知し警告。


 粉塵が霧のような濃度と密度で周囲を包み込んだ。




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