◇耳鳴り



 王族ってヤツは凄いな。

 わたしは何度もそう思った事がある。


 ウンディー大陸を国にする大胆すぎるセッカ。

 ノムー大陸の王族だというのに、ウンディーをだ。半端な覚悟じゃ考えさえ湧かない。

 千秋ちゃんもそうだ。シルキ大陸で何年も過ごしながら、シルキ大陸の状態に頭を悩ませながらもイフリー大陸を想い、いずれまたイフリー大陸を昔のようにって考えてた。


 わたしは現状で、自分の事で手いっぱいなってるってのに、王族ってのは先の事を考えて、他人の事を考えて、凄すぎるだろ。



 昔のイフリー大陸がどんなだったのかは知らない。千秋ちゃんが育ったイフリー大陸が平和だったのかもしれない。けど、今のイフリーは平和じゃない。そして、


「お前がイフリー民を殺そうとしちゃダメだろ、千秋ちゃん」


 千秋ちゃんにイフリー民を殺させちゃ......傷付けさせちゃダメだ。

 なぜダメなのか、とかそんなのは知らない。でもダメなんだって思う。


「そんな事しませんよ!? 私はこの国が大好きで大切で、皆でより良い国にしたいと思っています。力を合わせて一歩ずつ進んで行きたいと思っています」


「しようとしたじゃねーか」


「さっきのは......違うんです、私はイフリー大陸の王族で、この国を導く義務があるんです。それならば、この国の皆様は私の言葉に耳を向ける義務も、賛同し共に進む義務があるとは思いませんか?」


「さぁな......で、それがなんだ?」


 話せば話すほど、会話がちゃんと出来る。それなのに、千秋ちゃんとは思えない発言と言葉ひとつひとつにまとわりつく嫌な感じがある。


「幸い私は人を導く能力を持っているんです」


「嘘つくなよ。それは導く能力じゃなくて操る能力だろ? しかも対象は人じゃなく死体......リリスじゃねーんだから面白くねぇ事すんなよ」


 誰も千秋ちゃんの声に耳を向けない。

 誰も千秋ちゃんの存在を認めない、見向きもしない。

 前王に対してもそうだ。【レッドキャップ】がかき混ぜるのに前王を殺してリリスが操っていた事も知らない。知ろうとすれば知れる事なのに、知ろうともしない。

 イフリー民からすれば、前王は悪。現支配者が善。ただそれだけでいい。なすりつける対象とすがる対象が明確に存在していれば、他はどうでもよくて、それを混乱させる千秋ちゃんの方がイフリー民からすれば悪なんだろう。


 その事を多分、わたしなんかよりも濃く深く理解しているのが千秋ちゃんだ。

 理解して、それを心の奥に押し込んで知らないフリをしていた。今のイフリー民に対して湧く怒りみたいなものも一緒に。


「......なんですか? エミリオさんには関係ないじゃないですか。王族でもないのに、イフリー民でもないのに、人間でもないくせに、何にでも首を突っ込んでかき混ぜるように走って! 迷惑なんですよそういうの! ここは私の国だっ! どうしようと私の勝手だッ!!」


 いくら押し込んでやりすごしても、いくら気付かないフリをしていても、それは確実に残る。いずれ限界がくる。

 千秋ちゃんは、こういう形で限界を迎えたんだな。色々と重なって、色々と同時に、限界を。


「関係ない人が、魔女が......この国からさっさと消えろ! 私の邪魔をするなっ!!」


「消えねーよ......消えねぇし関係なくねんだよ! お前が千秋ちゃんで、お前がしようとしてる事を知った以上は全力で邪魔してやるよ!」


「ッッ......眼障りだ! お前も! お前らも! みんな! みんなみんな! みんな! 誰も私を見てくれない! 誰も私の気持ちなんて知ろうとしてくれない! 誰も私の声を聞いてくれない! 誰も誰も誰も!!」


「だから全員ぶっ殺して操ろうってか?」


「............そうするのが一番早くて、そうするのが一番誰も辛くないんですよ」


「そうするのが一番早いってのは納得だ。たしかに早い。でも、誰も辛くないってのは違うだろ? 見てみろよ? アイツらの顔」


 シルキ勢やカイトヘソの表情は誰よりも辛そうで、それを見た千秋ちゃんは、


「............関係ないのに、関係ないのにわかったような顔して......そんな顔をお前らがするな!!」


「ッ!! っざけんなテメー! この国にはたしかに関係ねぇよ! でもお前とは関係あんだろ! お前と関係あったからあんな顔してんだろ! 女帝が好き勝手やって、今も女帝が暴れてる! それをお前の言う関係ねぇヤツ等が必死に相手してんだぞ!? お前が言う関係ねぇヤツ等が死ぬ気で女帝を止めようとしてんだぞ!? なのにお前は......こんな時に......」


 わたしは身体が勝手に動き、千秋ちゃんをぶん殴っていた。呑まれているのに千秋ちゃんから反撃もなく、何発殴ったかも覚えていない。


「こんな時に何やってんだよお前はッ!!」


「............誰も頼んでないですよね?」


「あ?」


「女帝を止める? 誰が頼みましたか? 私と関係ある? 私は関係ないですよ。何でも勝手にやって勝手に押し付けて......勝手をしたなら最後まで責任とるのが当たり前じゃないですか? 責任を他人に押し付けて、最後は自分達は何も知らないみたいな顔するんでしょう? どいてください。私は私の勝手を通して責任も自分でとりますので」


 押し退けられ、力なく地面に手をついたままわたしは───静かに覚悟を決めた。


「おい、ちょっと待てよ」


「なんですか? まだ何か? 私は忙しいので手短に......何ですか? その剣」


「お前にイフリー民は殺させない。殺させちゃいけないって思う。だから」


「だから? エミリオさんが殺してくれるんですか?」


「手短に、だろ? 行くぞ」


「......? 何を───......、、、」




 耳鳴りがする。

 頭痛を発生させるような、酷い耳鳴りが。


 わかっていた事だったのに、手に伝わる感触がこの上なく辛くて。

 仕方ない事だとわかっているのに、こうするしか出来ない自分に腹が立つ。


 誰かがやらなきゃいけない事だったんだ、と自分を納得させて、

 その誰かが今回自分だっただけ、と必死に自分を撫でて、



 サルニエンシス流剣術。

 華剣【ネリネ ヒュアツィンテ】を振り切った。





「おおおおい! おいおいっ! ついにやりおったナリ!」


 ジャムパンの欠片をクチから飛ばしながら、ベットリとジャムが塗られた口角を上げてグルグル眼鏡は騒いだ。


「やっと、殺し、たの?」


「手が遅いよねー、僕なら遭遇即潰してたのに」


 エミリオ達を上空に展開した空間魔法から覗いていた【クラウン】は人の死をまるでスポーツ観戦のように楽しむ。


「......フロー。わたしは行く」


「んー? どこに? うっわベッタベタだっちゃ」


「......さぁな」


「そかそかいってら〜! 酒呑くんや、オレンジジュースとミルクとってけれ〜! リリスちゃんも食べるかえ? ゴミみたいにパサパサしたイフリーのパン!」



 指先には留まらず、手の平までジャムでヘドヘドにするフローはダプネの行動をまるで気にしていない。既に何が起こるのか知ってるかのように、興味を示さなかった。





 ダプネは空間から脱出し、地上───エミリオの前に降りた。


「......なにしに来た......ダプネ」


「酷いツラだな。ちょっと付き合え、エミリオ」


 空間魔法を展開し、ダプネはエミリオの返事を聞かずに呑み込み連れ去った。


 魔力の一滴も残さずに。




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