◇助けられない
体術───打撃主体の戦闘方法はフットワークの軽さが武器となる。同時に決定打に欠ける。
短剣......ナイフでも持っていれば喉を掻く事も胸を突く事も可能だが、打撃となれば蓄積型の攻撃となるのは必然。
打撃をメインにする場合は、圧倒的なパワーや素早く確実な締め技が要求される。
ここまでが普通の意見だ。
もし体術主体の相手が人間などではない場合、話は全くもって変わる。例えばシルキ大陸に存在する鬼などがいい例だろう。圧倒的なパワーとスピード、硬度な皮膚。治癒や再生ではなく修復の域に達する自己回復力。これらを持つ存在が相手となれば打撃は脅威でしかない。
今、トウヤとカイトが対面している相手は防御力こそ鬼より低いが、様々な条件が集まった事で相応の相手と言っていいだろう。
決して勝てない相手ではない。
テルテルが他人ならばカイトが駆けつける前に討ち取っていただろう。
純粋な実力面だけを見ればトウヤもカイトも、テルテルより上。なのだが、テルテルは他人ではない。仲こそまだ深いものとは言えないが、簡単に切り捨てる程浅い相手でもない。
何度となく攻防を繰り返し、気絶は無効、本来なら致命的となるダメージもみるみる回復する、四肢を切断しようともどういった原理かすぐに再生してしまう。
「勝つには潰すしかないのか?」
「よせトウヤ......
トウヤの
ひとつは文字通り牢屋のような役目を果たす影。
対象を影で飲み込み、吐き出す事が可能な能力。
もうひとつが影で飲み込んだ対象の存在を命を影の中で無限の圧力を与える攻撃的な能力だが、この能力で粉砕した相手を吐き出す事も出来るが、そのままにする事も出来る。
ここで浮上する疑問が、飲み込んだ対象はどこへ逝くのか?
物体ならば粉砕してから吐き出せばいい。しかし毒などの類は吐き出せないままなのだ。
「お前の能力も似たようなモンだろカイト」
自身の能力についてほぼ確定している点と、不確定な点を照らした上でトウヤはカイトの能力へと話題をすり替えた。
化物の特性を影に与え、
だからこそ、カイトの能力も少なからず知っておく必要がある。トウヤはいざとなったら身を犠牲にする覚悟はいつも持ち合わせている。その覚悟を執行するには手札を知って的確なタイミングで行うべきだと。
「俺はまだ、ほとんどわからない」
大剣でテルテルを牽制しつつ会話を続けるカイトだったが、意識が会話の方へと少し傾いた隙をテルテルが絡め取る。
流れるような動きでカイトの関節を固め、そのまま腕の骨を砕こうと力を加えるも、
「───っ! 危なかった」
「油断すんな! アイツは敵だ!」
足下の影がカイトだけを飲み込み、数メートル離れた位置に吐き出す。トウヤが影でサポートしつつカイトが攻める戦術で何度となく致命的なダメージを回避してきた。
が、それも限界が違い。吐き出された瞬間にテルテルは打撃を放ち、カイトは防御こそ成功しているものの回避としての効力が低下している事を告げている。
体術主体の相手は大きく分けて二種類に分かれる。
ラフなインファイト───殴り合いを好むタイプと、槍の間合いさえも凌駕する達人。
テルテルは後者であり、無闇な打撃が無い上に細かいステップを入れつつ突然視界から消え去る身体運びで翻弄する。
掴まれれば関節が破壊される。
回避しても死角から打撃が打ち込まれる。
かと言って下手に攻めれば搦め取られる。
今までにないタイプとの戦闘が2体1のアドバンテージを帳消しにするだけではなく、テルテルに疲労は無い。
「......カイト、やるぞ」
「やる? 待てトウヤ!」
友人の声を置き去りに、トウヤは直進した。
影をアメーバ状に拡散させ尖端を一気に突起させる事で影の槍を作り出し、突起と同時にテルテルの四肢を貫き固定。
残りの影を腕に纏わせブレードを作り、胴から両断する。
「首を撥ねろ!」
トウヤは叫び、影を使って上半身を背後───カイトの方へ飛ばす。
テルテルの下半身は影を無視して蹴りを繰り出し、裂ける足で重く強烈な一撃をトウヤへと入れた。
「───ッ!!」
カイトはそれを視界の奥で捉えつつ、影を足に纏わせ狼の足へと変貌させ、床を掻き蹴った。
獣の踏み込みが身体を押し、その速度を利用した大剣の一閃は見事にテルテルの首を撥ねた。
宙を舞う頭部へトウヤの影が走り、捕らえると同時に影牢へと引き摺り込む。
「そのまま千秋を追え! 俺はコイツの面倒を見る」
影牢を使った回避に反応、攻撃に対してカウンターを入れてきた事から、テルテルの視界は機能している。思考は判定出来ないが、少なくとも視界はこれで失われた。
トウヤは首無しの屍をこの場に留める事だけを考え、カイトはそれを汲み取り千秋の元へ突き進む事を選んだ。
◆
「こっちだ!」
箒に立ち、わたしは街中を低空飛行で進む。感知技術がガバガバでもフレームアウトした者が纏う気配は簡単に掴める───この1年で掴めるようになった、が正しい。
先回りするため、移動している千秋ちゃんへと回り込む。
「エミー! 千秋ちゃんを......どうするの?」
わたしと行動しているメンバーはシルキ勢の、
能力に呑まれた場合、戻る確率は......わからない。ただ少なくともゼロではない。
プンプンやワタポが戻ってきたように、千秋ちゃんも可能性はある。
けど───いつ呑まれたか、フレームアウトしてどれくらい経ったか。それがわからない。
既に主人格が押し退けられていた場合や、同調してしまった場合は───
「いたぞ! 千秋ちゃ───おいッ!!」
わたしは箒に流していた魔力を爆発させると同時に停止させ、翔ぶ。帽子が飛ばされた事さえ気にせず宙で剣を抜き、千秋ちゃんが振り下ろすナイフを叩き、
「何してんだよお前!」
イフリー民のギリギリ守る事に成功した。
「え? 何って、統括ですよ! イフリー大陸の!」
既に主人格が押し退けられていた場合や、同調してしまった場合は───その者を討伐対象と認識し、討伐する以外に選択肢はない。
「............そうか」
背後から来る足音へわたしは、
「悪い、お前ら女帝の方戻ってくれ」
告げ、わたしは千秋ちゃんへ剣を向けた。
「───!? エミー! 何やってるんだ!」
このタイミングで
「エミリオさん、ちょっと待って! もしかしたらまだ、わかんないけど、でも!」
「そうだよエミー! 私の時みたいに何か方法が」
「ヒエェ! 本当にちょっと待って! 助かるかも知れないのに!」
モモ、
プンプンの時ともワタポの時とも違う。
千秋ちゃんは能力に呑まれた上で、同調してしまっている。
イフリー大陸を強く想い、より良い国へと変えたいと願う。そうするにはこれしかない、と能力人格が訴えかけたんだろう。
そして千秋ちゃんは......それを呑み込んだ。
恨むぜ
テメーのクソみたいな記憶
「あれはもう無理だ......
能力人格が
プンプンがまさにこれだった。
能力人格が
ワタポがまさにこれだった。
能力人格と主人格が
能力人格が
......と千秋ちゃんがまさにこれだ。
「......もう、完全に呑まれてる」
こうなってしまえば、誰も助けられない。
誰も、助けられないんだ。
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