◇幸せが沢山ほしい



 ハルバードで切断されたヨゾラの上半身と下半身が糸のように細い触手をおぞましく絡め、再生を始めていた。

 ひぃたろも同様に。


 リヒトが月を見上げフラフラと揺れているからこそ、ゆっくり再生を行えている。瞬間的な再生となれば削られるのは体力だけではないとヨゾラもひぃたろも知っている、、、、、からこその同じ選択。


「ひぃたろ、だっけ? そっちは?」


「名前なんてないわよ。そっちはあるみたいね? まさか......炎塵?」


「......荊罪けいざいの女帝。それが私のSSS-S3名だ」


 その名を耳にし、ひぃたろは隻眼を見開いた。

 まずヨゾラも女帝種であった事に驚いたが、大きな驚きではなかった。女帝種という点までは見抜けなかったものの、何かある、とひぃたろは感知していたからだ。

 しかしそれが女帝種で、さらには覚醒種アンペラトリスだったとなれば驚かずにはいられない。


 ギルドメンバーのワタポが狙う最大の対象が覚醒種アンペラトリスの【氷結の女帝】なのだから。


「覚醒種......私より上、先輩って所かしら?」


 ひぃたろが腹部の再生を済ませ、腕の再生を始める頃にはヨゾラの再生が終了していた。

 この再生力も覚醒種が持つ特性。


「まぁそうだろうな......ゆっくり治せ。あとは私が───いや、多分もう決まる」


 ヨゾラは立ち上がり、リヒトへ歩み寄る。

 今までヨゾラが攻撃を渋っていたのはリヒトか大切な仲間だから、だけではない。ひぃたろという見知らぬ存在に自分が女帝種───共喰いを行った咎人である事を知られたくなかったからだ。知られるのが嫌だというワケではなく、知られると面倒だからだ。

 しかしその面倒もひぃたろが女帝種おなじだとわかった今、心配する必要はなくなった。


 共喰いをした時点で同じ。

 覚醒種だろうと何だろうと、同じSSS-S3だ。


「リヒトさん。戻ってこい」


 声をかけるもリヒトは「ううううぅぅぅぅ」と唸り泣くだけで反応はない。

 何も知らない人からみれば理解不能であり、頭のおかしい人物にしか見えないリヒトだが、ヨゾラは知っている。なぜそうなったのかを。


「そんなに悪魔の......魔人の力を使っちゃダメだよ? 本当に化物になったら......本当に殺さなきゃならないじゃん」


 悪魔族という広すぎるカテゴリーの中にいる魔人。悪魔族でありながら悪魔とは異なる存在。それがリヒトだとヨゾラは言った。ひぃたろに荒々しく切断された左腕が再生している時点で人間ではないとわかるが、悪魔でも吸血鬼でなければこの驚異的な再生力は無い───と、ひぃたろは思っていた。だが、リヒトは吸血鬼ではなく魔人という未知の種族。再生力が吸血鬼と同等クラスなのかはまだ判断できないが、魔人という警戒すべき種が存在する事を知り記憶に刻んだ。


「ヨゾラ。私ももう平気よ」


「じゃあ座ってなさい。今はまだ手は出さなくていい」


 自分が女帝種であるという事実を隠す必要が無くなったヨゾラは自らリヒトの鎮静へ一歩踏み込む。



 リヒトの能力は対象の一瞬を集めて与える、という複雑にも思えるが至ってシンプルな能力。

 対象と定めた相手の一瞬───例えば、まばたきをした瞬間を集め、それを与える事が可能となる。一回一回まばたきを意識して行う者はいない。無意識に行ったまばたきの瞬間を集め、それを相手に感覚的、、、に与える。これにより先程の現象が発生する。

 まるで時間を止められたかのように、その瞬間に視覚も感覚的も失われる、という現象が。

 一秒やそれよりも短い一瞬を毎度記憶しようと考える人間も存在しない。その “気にもさえとめない” 時間を集め対象に与える事で無意識、、、を与える事も出来る。


 一瞬を集め、与える。

 それがリヒトのもつ能力であり、それ以上の能力はない。


 時間を止めてるワケでも、時間を奪ってるワケでもなく、現実に起こった小さな事を集め、相手に返す。そんな能力。



「ぅぅぅぅううううう」


「リヒトさん。私は死んでないし、この子も死んでないよ」


「うううぅぅ......ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 頭を抱え何度も「ごめんなさい」と繰り返す女性を見てひぃたろはプンプンと重ねる。

 過去にプンプンが能力に身を任せた際も、自分を失う事なくこうして苦しみながら必死に戻ろうとしていた。今回もそれと同じものを感じ、ひぃたろは剣を鞘へ納めた。


「......もし、もしリヒトさんが戻らなかったら私が殺す。その時はお前が私をすぐに殺して、メティに怨まれてくれ」


「......わかったわ」


 これだけの会話でひぃたろは理解した。

 リヒトが戻らずヨゾラがリヒトを殺した際、一瞬でも心は不安定になる。その不安定は支配欲が強い能力人格持ちや特異個体持ちにとって致命的な一瞬である事を。 

 同じ特異個体持ちとしての憂いを理解出来るひぃたろだからこそ、短い言葉で済ませる事が出来た。


 未だ謝罪を繰り返すリヒトへヨゾラは近付き、ハルバードを叩き飛ばした。


「うぅ......っ、違う違う違う違う! こんなの欲しくなかったのにでもみんなが私に怖い事嫌な事痛い事をするから私は逃げたくてイヤでイヤで怖くてイヤで」


「わかってる。わかってるから」


「ィィィィイイイイィイイイィィ───」


 奇声が響く中でもヨゾラは真っ直ぐリヒトを見詰め、剣を握った。

 どっちに転ぶか、戻るか堕ちるか。

 見極めた瞬間に全てが終わる。


「───......幸せ、が、沢山ほしい......もう、もう辛いのはイヤです......だから......幸せを沢山、ください......」


 この言葉を聞いて、幸せが沢山ほしい、との言葉を聞いてヨゾラは剣を納めた。


「? もう平気なの? 今ので?」


「あぁ。すぐ眠る。もう平気だ」


 直後リヒトは倒れ、荒々しくも悲しい気配は綺麗に消え去った。



 何が起こったのか。

 能力や特異個体、奇病などを相手にそんな事を考えるだけ時間の無駄である。とひぃたろは今日まで歩んできた道で得た経験から出された答えを胸中で呟き、緊張を緩めた。



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