◇一瞬を集め与える



 抉る怪鳥の剛爪。

 童話系剣術フェアリメルヒュン【グライフ メルヒュン】が眼を疑う速度で炸裂した。

 強引に引き裂かれ、宙を舞う自身の左腕を視線で追う事もせず、リヒトは瞳を大きく開きただ呆然としていた。


 初見ではまず理解出来ない速度の単発剣術。

 初見で脅威を植え付けるために考案したと言っても過言ではない剣術が、見事その存在感を発揮した。


「あれ? 妖精さんは鳥さん......───ッ!!」


 遅れて訪れる、左腕が無い、という現実にリヒトは驚きを露にするが、ここでひぃたろは異変に眉を寄せた。

 切断した腕───傷口からの出血が極端に少ない、という異変。

 出血はしている。それは疑いようのない現実だが、その量が明らかにおかしい。

 本来ならばバケツをひっくり返したような血液量が周辺に拡散するというのに、リヒトの傷口から吐き出された血液量はグラス一杯にも満たない。


 無くなった左腕に発狂するリヒトだが、それは痛みに対してではない。とひぃたろは瞬時に理解しヨゾラへ尋ねる。


「......本当に何者なの?」


 転がっている左腕の方を気にするという、本来ならば逆であろう反応にひぃたろは “似た雰囲気” を感じ、本格的に戦闘スイッチを入れた。


「おい。もう一度言う、絶対に殺すなよ。あの発作......ギャーギャーうるさい発狂も今見える性格も全部リヒトさんが悪いワケじゃない。あの人は言わば犠牲者なんだ。だからもしお前がリヒトさんを殺すつもりなら、先に私がお前を殺す」


 ひぃたろに向けられたヨゾラの殺意は本物だったが、敵意は全くなかった。

 だからこそ理解出来ない。殺すと告げた相手に敵意を向けないヨゾラ、敵意なしに殺意を───排除すべき相手だと認識できる程の何がリヒトにあるのか。

 勿論ひぃたろはリヒトを殺すつもりはない。

 3ターンたけとはいい───あと2ターンだけとはいい、ヨゾラへ協力すると言った以上は討伐ではなく鎮静に思考を寄せる。それでも致命傷を与える事は避けられないとひぃたろは割り切っている。


「無傷で鎮静させられるほど優しい相手ではない事くらい貴女も理解しているでしょ? 腕は後で私が治すわよ。それより......なぜ出血量が極端に少ないの?」


 ひぃたろの狙いは貧血失神だった。

 どんな化物であろうと体内の血液を大量に失えば有無を言わさず鎮静させる事が出来る。強引すぎる狙いだが、相手が “時間に干渉する能力” という規格外な力を持つ以上は強引でも足りない。


「......どこまで理解、、した?」


 攻めるに攻められないでいるヨゾラはぽつりと質問───確認を行う。

 あえて言葉を省いた確認をひぃたろは的確に拾った。


「時間に干渉する、程度までは」


「......まだその段階か......」


 ヨゾラの「リヒトの能力をどこまで理解したか」へ対し「時間干渉」と答えたひぃたろだったが、ヨゾラの表情と発言が何か別を訴える。

 ハッキリと能力詳細を伝えればいいだけの話だが、それを行わない理由は単純にヨゾラ達が犯罪者であり、ひぃたろは冒険者であるからだ。

 今は共闘していても、お互い肩を並べ行動出来る立場ではない。つまりは敵になるという事。

 そんな関係になる立場の相手へ能力詳細をペラペラ語るワケにはいかない。

 戦闘の合間にひぃたろが看破したならばそれはそれ。こちらから教える義理はない。例えひぃたろが死んだとしても。


 ひぃたろがリヒトの能力へ思考を向け始める中で、リヒトの発作がピタリと止まる。


「来るぞファクティス!」


「!? ファクティスって───」


 ヨゾラの警告にひぃたろがつまずくように反応した直後、リヒトの能力が2人を対象として発動された。


「───何よ!? ッ!?」


「チッ......槍斧アレを出したか」


 今回リヒトは攻撃として使用せず、戦闘準備として能力を使用した。

 ひぃたろに切断された腕は再生され、右手には長物───ハルバードが。


「あの武器が何よ? アレがさっきのファク......何とかって言ってたやつ?」


「話てる暇はないぞ。ま、死にたきゃひとりで喋ってろ」


 リヒトがハルバードを大きく構え、薙ぎ払うように振った。振る直後に強い無色光を刃が纏った。

 剣術は段階的に言えば、構え、溜め、放つ。この溜めの段階で無色光が発光するのだが、リヒトは溜めと放つを同士に───正確にはコンマで溜めと放つを並べた。

 並レベルでは勿論、腕に多少覚えがある程度でも成功率が低い剣術技術。シルキ大陸ではこれを “抜き” や “抜き技” などと呼び、剣技水準が高いシルキ民でも成功率は相当低い高等技術。

 それを今リヒトは息を吸うように行い、飛燕系剣術を放った。


 空気を鋭く斬る半月状の斬撃をヨゾラとひぃたろは同時に剣術で迎撃する。回避するにも上か下しかなく、下───地面に回避など不可能。横は放たれてからでは間に合わないほど広い斬撃。この剣術は必然的に逃げ道を絞り、そこへ逃げた者を仕留めるよう型どられたもの。

 つまり、2人の判断は正しい。


 単発剣術をほぼ同時に飛燕剣術へ撃ち込み、強引に相殺させた直後、感覚が再び凍る。


「───ッ!!?」


「ヨゾラ!?」


 凍った時間が解凍されると同時にヨゾラの腹部を無色光纏うハルバード通過した。

 しかし無色光はまだ消えていない。

 そう気付いた時には既に遅かった。連撃系剣術の二撃目がひぃたろの左二の腕を通過し、左腹部まで深く抉り振り抜かれる。


 上半身と下半身が泣き別れするヨゾラ。

 左腕が転がり左腹部から中身が溢れるひぃたろ。


 それらを見てリヒトは、


「───ママ! 今夜のお鍋大きいのがいいね!」


 焦点の合わない瞳で月を見上げて、フラフラ揺れた。





 切断された左腕と、溢れる内臓。

 こんな攻撃を受けても意思が途切れない自分に呆れるわね。


 ヨゾラは......大丈夫なワケないわよね......。


『ひぃちゃ! 5分!』


 耳に装着してあるイヤフォンからワタポの声が5分を伝える。

 最初の剣術を使う前───リヒトへ私が攻撃する前に繋いでいた通話。ワタポには30秒毎に時間を伝えてほしいとお願いしていた通話。

 自分の中では30秒をカウントし、ワタポが時間を伝えてくれる度にカウントを戻し数えていた。その時間がズレていない。


 つまり、リヒトの能力は時間に干渉するタイプではない。


 なら、なんだ?

 私やヨゾラの動きを止めただけではなく、意識も、その間の記憶も無いという点をどう説明する?


『わっ!? プンちゃ起きた───って時計持ってっちゃダメ! ......ごめんひぃちゃ、今見えなかった分を足してカウント続けるから』


 時計を持っていく......足してカウント......。

 ヨゾラは「まだその段階か」と言っていた。


 そもそも時間を止めるなら止めた時間の間に殺せばいいだけの話。時間停止中は物理的に接触できないって事?

 まだその段階......時間停止ではなく、他に何かある?


「............対象の一瞬を......集めて、与える能力......」


「ヨゾラ!? 貴女無事なの......!?」


「今のは、寝言だ」


「......そう。貴女も......お互い難儀な身体、、、、、、、、ね」



 右手でイヤフォンをタップし、私は通話を切った。


 これでワタポはここへ来る。プンちゃんも起きていたみたいだし、もしもの事があっても任せられるわね。



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