◇炎塵への評価
雷というものは、落ちるものだ。
子供でもわかるよう簡単に説明すれば、空に雷雲が浮かび、その雷雲が地上に雷を落とす。
イフリー大陸ではここまで知っていればいい。雨自体が希少な大陸で雷の説明などまず求められない。そんな事を学び知るのは気象士になってからでも遅くはなく、この国で気象士になろうとする存在の方が希少。
雨や雷は空から落ちる。
四将のひとり、嫉妬もここまでは知っていたが、今、雷は地上から空へと突き抜けた。
閃光と轟音を散らして空を穿つように。
イフリー大陸で産まれ、イフリー大陸で育ち、イフリー大陸だけを見て生きてきた。
そんな彼の前に突然現れた、理解を超えるウンディー勢や犯罪者達。
「............」
この国では指折りの存在───権力も実力も存在感もトップクラスの自分が、見知らぬ連中に圧倒された。
この国で自分を知らぬ者はいない。
そんな国で、自分の国で、
「ひぃちゃ、私の事はいいから、プンちゃの方を」
「でも、腕が」
「大丈夫───ししちゃの新商品を塗ったし腕も拾った。早くプンちゃの所へ行って」
ウンディーの冒険者は自分を見ようとしない事に焦げ痕のような何かが胸中で広がる。
仲間という存在が何だ?
そんなもの事をスムーズに進めるために繕う記号だろう? そんなもののために真面目になって、
「あいやいやー、リリスちゃん丸焦げだっちゃ! それにしても......ずいぶん強くなってるナリなぁチミ達。オネーサンの予想を軽々と超える成長期! すんげー!」
グルグル眼鏡の道化はどちらかといえばイフリー思考に近い。仲間が雷撃を受けたというのに心配もなく、新たな興味を敵であるウンディー勢へ向けている。
イフリー大陸にいるというのに、ウンディーへ。
「先程も思ったが、若い世代は着実に、確実に成長している。勿論、まだまだ青いが既に我々の予想の範疇を超えた位置まで登り詰めているのは確かだ」
長剣と大盾をフォンへ収納する元ノムーの騎士団長に至っては、イフリーを見ようともしない。
「............馬鹿にしてる......ここは、イフリー大陸だぞ......ここは、イフリーだぞ!」
怒鳴るように叫んだ言葉に、ウンディーの冒険者は無言。
グルグル眼鏡と元騎士団長は、
「おわ!? びっくしたー。突然怒鳴ってお前病気か? ビックリ超えてびっくしたナリ」
「その容姿......君が嫉妬の異名を持つ四将か」
これという反応を見せなかった。
ここはイフリー大陸。四大陸で最も武力を重視し、四大陸で最も強い大陸。そんな大陸にいるというのに、なんだその態度は。
嫉妬の中に怒り───ではなく、文字通りの嫉妬が沸騰する。
敵国にいるというのに余裕ある心。
敵国を敵だとさえ認識しない自信と実力。
四将の称を持つ自分がここないるというのに。
見向きもしない。
「............」
元ノムー騎士団長と戦闘して生きている冒険者。
自分の理解を超えた土俵で戦闘していた犯罪者と冒険者。
自分を前にしても仲間へ気を向ける半妖精。
「......馬鹿にするなよ............馬鹿にするなよ!」
自分の弱さ、小ささを余す事なく向けられた嫉妬は、劣等感に嫉妬心を混ぜ、マダラにうねる心で何度も叫んだ。
馬鹿にするな。
イフリーを、デザリア軍を、僕を、
馬鹿にするな。
「......お前うるっさいナリ。馬鹿にするもなにも......言ってやれっちゃフィリグリー」
「そうだな。少なくとも私は君の事を馬鹿にはしていない。他の者がどう認識しているから不明だが、私からみれば君は馬鹿にする対象にさえならない。もっと言えば───存在さえ覚えるに値しない。それほどまでに脅威も成長性も感じないのだよ」
「............なんだと? この僕を見て、脅威も成長性も、ない?」
「そーだっちゃ! オネーサンがズバッと言ってやるっちゃ! お前は雑魚ナリ。街ですれ違った人の顔と名前なんて覚える必要ない。だってすれ違った人に対して本当に文字通り、何も感じないじゃん? それと同じ、お前は雑魚でMobナリ! Mobの顔なんてみんな同じナリ〜! 名前なんて村人Aとかそんなんでいいナリ〜! だからチミは帰ってどーぞ! チミに用事も脅威も何も無いナリ! チミみたいなヤツに時間を使ってあげた事に、お礼してほしいくらいだっちゃ」
自分を敵としてさえ認識していなかった。
フローとフィリグリーの言葉は嫉妬を深く突き刺したが、残念ながら事実でもある。
炎塵が四将の座を嫉妬へ与えた理由は、相手にする時間が勿体無いから “四将” という枠に詰め込み、嫉妬ひとりではなく四将全員に対して時間を使う方が幾分も効率的だからだ。
実力は全く成長せず自尊心ばかりに磨きがかかるタイプは、ある程度取り巻きを感じられる位置に配置し、放置しておくのが正解。
指示しても賞賛しても、何の意味もない。
こういうタイプは勘違いの上にあぐらをかいている事さて自覚出来ない、思考停止なのだから。
こういう点で炎塵は支配者として、管理者としてのセンスがあったのだ、とフローもフィリグリーを炎塵を評価した。
イフリー大陸にとってプラスにはならない、マイナスになりうる嫉妬を、マイナスにはならない位置に配置する。
どんな形であれ炎塵は今現在イフリー大陸を支配している。それだけの器───判断力を持っているのだと、嫉妬への対応を見て改めてフローとフィリグリーは思った。
「オネーサンは忙しいナリ。さっさと帰って炎塵に報告する、お前が出来る唯一の仕事がこのお使いナリ。ほれほれ、さっさと帰れパシリくん」
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