◇魅狐火
火に温度は無く、他の尾に燃え移る事もなく、一本だけがゆらゆらと。
「......プンちゃん......」
デザリア軍の将軍───嫉妬の名を持つ四将との戦闘中だというのに魅狐へ視線を向けた。
油断なんてものではない大きな隙だが、嫉妬も半妖精同様に魅狐......ではなく、死体人形操師へ視線を向けていた。
「なんだアイツ等......化物......かよ......」
嫉妬はプンプンとリリスの戦闘に圧倒され、震えさえ起こす。
いくらデザリアの四将という強者的称号を持っていても、一線を悠々と超える領域で殺し合う者達を前にすれば名も称号も無意味となる。求められるのは威厳や権力ではなく、実力のみ。
そんな世界を覗くには、あの2人の戦闘はあまりにも次元が違う。
戦意を一瞬で削ぎ捨てられた嫉妬を横眼に見て、半妖精はワタポの元へと飛ぶ。
自分の前から去る半妖精へ向ける余裕など嫉妬には無く、ただ呆然とゆれる魅狐の火尾をみつめていた。
◆
練るように燃える青銀の火。リリスは脳奥にある神経が焼ききれるような不愉快に噛みつかれる。
「それがあの時の火あの時私の竜騎士人形を無力化した憎ったらしい火」
リリスの基準ではプンプンの外見も性能も “欲しい” に分類されるが、それ以上にリリスはプンプンに対して “ギリギリまで削り合って最後に自分が隅々まで
そして今、リリスはプンプンが燃やす一尾の情報を脳内でめくり、消耗戦へと運ぶ手立てをした。
数十体の死肉人形を四方から攻めさせる。
「───ッ!」
プンプンは小さく息を吸い、尾を扇ぎ青銀色の火を飛ばした。火は人形達へ触れるや瞬時に全身を包み込み人形の動きは停止。リリスは指先に届く切断感を拾い、奥歯を鳴らす。
シルキ大陸で魂魄を対象に使用されていたお狐様のみが持つ妖術のひとつだった。この【
それが、|命を失いながらも徘徊する肉体の浄化。
リリスの
今回も
「お前の能力はもうボクには通用しないぞ、リリス」
強い覚悟と決意を宿した緋朱色の瞳をリリスへ向け、プンプンは地面を弾いた───直後、リリスは歪み崩れた笑顔を浮かべ、隙間魔術で人形を呼び出した。
「たかが数十体のゴミを処分しただけでいい気なものねプンプン!!」
プンプンの尾は蓄電器官、全て失うと数日は動けなくなる。魅狐にとって尾とは自身の属性を貯めておく役割がある数限られた武器。尾を失っても数日で生え揃うが、戦闘時に全て失う事だけは絶対に避けるべきだが、
「何度やっても無駄だ!」
プンプンは再び
「ならこれはどうかしら!? この数をあなたは捌けるの!? 見せてプンプン!」
先程より多い数───と言ってもオルベイアの人口には遠く及ばない数を呼び出し、プンプンは
砂埃を吹き飛ばす青銀の火。外から見ている者達は中の様子が全く把握できずにいた。砂埃が煙り、青銀の火が燃え上がる。これが3分続き、やっと視界が落ち着きシルエットが徐々に明確となる。
「今のでオルベイアのゴミはかたづいたわよお疲れ様プンプン」
「......はぁ、はぁ、ゴミはお前だ、リリス」
ニッタリと嗤うリリスと、肩で息をするプンプン。お互い傷はないものの、プンプンの尾は一本だけとなっていた。
「惜しかったわねあと一本残しちゃったわ」
三本目を失った所でリリスの狙いが尾を減らす事だとプンプンはわかっていた。わかっていたが、人形にされた人々を物理的に無力化するという選択をプンプンは出来なかった。
プンプンは額に汗粒を滲ませるが、まだ動ける、と自分の状態を判断したが、魅狐火に限らず尾を使用する術法は身体への負担が想像を遥かに超える。
エミリオの魔女術も、ワタポの能力眼も、この世の全てに
呼吸を整えたプンプンはフォン専用ベルトポーチを叩こうと手を動かす。戦闘中でも簡単に画面をタップ出来るように仕上げてもらったフォン専用ベルトポーチ。アップグレードしたフォンは以前よりショートカット機能が有能化され、設定してあるモノならばワンタップで取り出せる。
武器を設定していたプンプンはそれを取り出すべく手を動かしていた最中に、反動が発生する。
「!? な......に、これ......、」
指先がポーチをすり抜けた。何の抵抗感もなく、水に指をつけるよりと自然に、不自然に、すり抜け、指を引き戻した瞬間に全身の力が抜け、何かが何処かへ引っ張られるような不快感に襲われた。
「アハ───フローの言った通り魅狐は力使いすぎると
喋る事も出来ないほど力を失い、身体の内側が何かに強く引っ張り抜かれるような感覚に吐き気さえ覚える。しかしプンプンにはどうする事も出来ない。
これが魅狐の反動であり、理からの逸脱。理とは現世であり、逸脱とは死を意味する。
プンプンという存在はこの世にあってはならない存在だと世界そのものが判断し、違和感を急ぎ修正するように魅狐という存在を向かうべき場所へ
「大丈夫安心していいわよプンプン今すぐそれで消え死ぬ事はないから安心して───私にゆっくり殺されなさいプンプン」
スカートの骨組み───エストックのような刺突武器を抜き、リリスは心の底で沸騰する愛情に股を濡らし、まずプンプンの右手のひらへエストックを突き刺した。
ビクン、とプンプンの手が、筋肉が反応するも、痛みはおろか感覚さえない。
「アハ───気持ちいいわねプンプン私今ので甘くイッちゃったわ」
左手、右足、左足と杭を打つようにエストックを突き刺し、その都度リリスはビクビクと肩を震わせ足をガクガクと揺らし、足下を湿らせ頬を熱色に染めていた。
クチのピアスから糸を引くように垂れ落ちる涎。涙を溜める瞳は
「次、で、
数ミリ動くだけでリリスの身体は、雷撃が駆け回るような衝撃的快感に襲われていた。我慢に我慢を重ね妄想に妄想を塗り合わせ、想像が欲望を踊らせる。
もう少し、もう少し、とリリスは心の中で何度も呟いては噛む指から血を垂らす。
走る鼓動を、破裂しそうな欲望をリリスに落ち着かせる手段はなく───それどころか今の快感を楽しみながら進み、ついにエストックをプンプンの胸上で構える。
「プン、プン......───殺してあげ」
「───リリスちゃん下がるナリ!」
「──────、え?」
観戦していたフローが大声で叫ぶも、その声を吹き飛ばす轟音と閃光がリリスを包んだ。
見ていた者達の眼は痛む程の光が突き刺さり、耳は破裂しそうな程の轟音が貫く。
真っ白な視界は真っ黒になり、徐々に黒が広がるように消え、酷い耳鳴りが遠くなる。
何が起こったのか。
ひぃたろもワタポも、フィリグリーも、デザリア軍勢も、リリスでさえも、わからなかった。
「油断してるうえに、モタクタモジモジしてるからそうなるんだっちゃ。リリスちゃん」
グヒヒ、笑いながらフローは愉快に言い、輝くグルグル眼鏡に映るリリス
「───はぁ、っ、はぁ、っ......」
深い呼吸をして立っていたのは───尾を全て失ったプンプン。
プンプンの前には───丸焦げになったリリスが転がっていた。
手を貫かれ筋肉が痙攣した瞬間、プンプンは「自分の身体はここにあるんだ」と当たり前の事を認識した。認識が必要なほどプンプンに起こっていた引っ張られる感覚は非現実的でありながらも紛れもない現実であり死の予感だったのだ。
身体が現世にあり、反応もある。そうなればあとはタイミングだけだった。
最後の尾を最高のタイミングで放雷し、リリスを焼き焦がすだけではなく筋肉へ電気を与え無理矢理身体を起こす事に成功した。これにより死の予感は消え去り、プンプンは再起動出来た。
あのまま引っ張られてしまっても一度や二度なら死ぬ事はないが、必ず欠陥が残る。漠然とそう感じていたプンプンは最後の望みで尾を全て使う事を決意し、見事成功した。
身体の至る所に火傷を作ってしまったが、死ぬより何百倍も何千倍も安い。
ここでプンプンの意識は途切れ、イフリー大陸のクイーンクエストはリタイアとなった。
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