◇リヴィド エンヴィ



 人という者は強く、脆い。今まで大切にしてきたものを、自信をもっていたものを、外から揺らされるだけで脆く崩れる。

 物理的にではなく、精神的に、清々しいほど呆気なく崩れる。


「馬鹿にするなよ、僕は、四将で、デザリアのゴミ共は、僕に頭を下げるんだぞ、僕を馬鹿にするなよ、僕の何を知っているんだ? 僕の何を知ったうえで僕の事を僕以外が評価するんだ? 他人が、何様のつもりで僕を評価するんだ? 僕の価値を僕を知らないヤツが僕の価値を決めていいわけがないんだ、僕を馬鹿にするなよ、価ちはぼくが、ぼくのかちはぼくがきめてはじめてぼくのかちになってかちはぼクガボクニボクダカラキメテイインダボクヲバカニスルナヨボクヲボクジャナイヤツガボクヲバカニスルナヨバカニバカカカカカカカカカ───」


「あらららら!? 予想以上にクソメンタル? キャンキャン吠えてたのはハッタリだったナリ? 壊れてもーたナリ!」


 頭を抱え歯を鳴らしながら膝をつく嫉妬。可愛らしかった顔も今は崩れるようで、恐怖と狂気に染まる。

 フローは面白半分で覗き込み「うげー! きっもい!」と面白がる。


「ガガガガガガガガ───」


 眼尻が浅く裂けても見開き続け、歯にヒビが入ってもガチガチと噛み続け、髪の毛がブチブチと抜けても強く掴み続ける嫉妬。

 自分の存在価値を他人が判断するという行為は嫉妬にとって何よりも許せない行為らしく、怒りに染まる中で、フローとフィリグリーは触れてはいけない人の脆い領域に土足で踏み込んだのだ。


 面倒な能力だから手綱として地位を。

 弱い存在だが能力を暴発されては迷惑なので四将の権力を。

 相手にする事さえ面倒なので四将という枠に入れ、見ないようにする。


 厄介なうえに成長性か全くない、かと言って賢いワケでも現状強いワケでもないので、程よく刺激を感じられて偽りの責任者となれる地位に座らせた。


 炎塵はまさにこの思考でこの男に四将という地位を、嫉妬という称号を与えていた。


 本人も、違和感を感じていたのだろう。

 自分の我儘に対し炎塵は迷い考える素振りさえみせず二つ返事でいつも飲み込む。

 今回も我儘で勝手に参戦したようなものだ。

 それでも何も言わない。

 そう、自分に対して炎塵は何も言った事がないのだ、と。


「これは......精神的な崩壊なのかね? フロー君」


 興味深く観察するフィリグリーとフロー。レッドキャップとクラウンという別組織であり敵同士とも言える立場の2人だが、フィリグリーもフローもお互いに今用はない、と判断しているからこそ争わず対立せず嫉妬の壊れ具合を観察している。


「そうだっちゃ! ここまでクソメンタルだったのは気付きもしなかったナリ! 雑魚でクソメンタルって無価値の方がまだ価値があるナリねぇ〜。無価値より価値ナシって、どぉーしょーもないねぇ〜! グヒヒ」


 更に追い込みをかけるフロー。

 人が精神的に崩壊した際、どのような反応を見せるのか、どのような変化が表れるのか、滅多に見られないモノを前にフローは全力で崩壊を後押しする。


「そらほれ! 無価値はさっさと消えろナリ! お前の価値なんて他人様に決めさせるだけ迷惑だっちゃ! 他人様の大切なお時間をお前如きが使うなっちゃ! わかったらさっさと消えて死んでしまえ! お前は人の形をしているだけで、なーんも価値がないナリ! 価値がないのに様々なモノを消費する。生きてるだけで迷惑ってお前みたいなヤツの事を言うんナリな! 無価値のくせに迷惑は人一倍、あいやー! こーりゃ神様も匙を投げるわいな。納得納得」


 身振り手振り楽しげに、活き活きとして嫉妬の背中を押すフローを見てフィリグリーは呆れる。


「悪趣味だな......君みたいな道化には付き合っていられない。私達も私達でやるべき事がある、ここは退却させていただこう」


「ほー? 帰るナリ? パドロックによろしくちゃん! ばいに!」


 元々レッドキャップとクラウンが小競り合いめいた戦闘をしていた所でダプネがフローの命令で空間を使い飛ばしたのだ。フィリグリーにとってここに居る事がイレギュラーであり、居続ける必要もない。

 ウンディーの冒険者、クラウンのリリスの現状などを拾えた事が幸いだ、とフィリグリーは自分の使った時間が無駄ではなかったと無理矢理納得し、この場を去る。


 こうなれば最早、フローの土俵だ。

 多少でも警戒しなければならない相手だったフィリグリーが去り、プンプンのリタイア、ワタポもリタイアと言っていい状態。ひぃたろも厄介な存在だが2人の仲間を心配している今、フローにとって邪魔者がいない最高の舞台であり、最高の実験体がまでも用意されている。


 精神的に崩壊した者はどのように変化するのか。


「おいおい負け犬───お前は無価値のまま崩れるのか、価値を残して崩れるのか、お前がお前の価値を決めろ」


 普段のふざけた声音ではなく、脳に刺さるような声音───闇属性幻想魔術を付与した声で、嫉妬の耳へ言葉を滑り込ませた。


 お前がお前の存在を、自分で自分の価値を決めてみせろ。


 今の嫉妬にとってこの言葉は、何よりも響き何よりも存在感のある魔法の言葉。




 すがりつくには充分すぎる言葉だった。




「なっ!?」

「えっ!?」


「わーお! 大成功ナリ!」


 ひぃたろ、ワタポ、フローの順でそれ、、に反応する。


 嫉妬の気配はマナレベルで質が変化する。

 進化や覚醒ではなく、マナそのものが変化......つまり存在そのものが何らかの変化を表したという事。姿形は変わらず魔力などではなくマナが変化する現象はひとつしかない。



「アレって......フレームアウト......」



 過去に自分も、ワタポも似たような状況へと陥った事のあるからこそ、瞬時に理解した。

 脆く崩れるような、優しい崩壊と入れ替わるように変わるマナ。

 外見の変化は間違い探しのように注意深く観察しても、ハッキリと言える変化はほぼない。


「───なんだ、身を投げてしまえばこんなにも晴れるのか。もっと早く知っていればもっと早くこうなっていたのに」


 数秒前まで震えていた嫉妬も今では清々しい気分で空を見上げ、小さく深呼吸する。

 静かに大胆にマナを別人へと変えた嫉妬。


「おおを、これはフレームアウトだけども......呑まれたワケでなくて、混ざった感じナリね。どう思う白黒の剣士モノクロームちゃん」


 グルグル眼鏡をわざとらしく上げ、ワタポへ意見を求めるフロー。その仕草にはまだまだ余裕がうかがえる。


「......覚醒、じゃなくて、混合。能力人格と元人格の利害が一致したり、どちらかがどちらかに依存したり、そういった心境で起こるフレームアウトのバリエーションのひとつ......」


「うむうむ! よーくお勉強してるナリね! 偉い偉い! んじゃ次にアイツがやる事は?」


 教員のようにフローはワタポへと問いを投げる。少し離れた位置でそれを聞いていたひぃたろも、今は情報がほしいと判断しクチを挟まずフローと嫉妬を警戒する。


「............突破した能力の、変化した部分と強化された部分の確認?」


「うむうむ、それをざっくし砕いて簡単に言うと?」


「能力をこの場で乱用して......───ひぃちゃ! すぐにアイツを倒さなきゃ大変な事になる!」


「もう遅いナリよぉ〜。頑張りなはれよ若者達よ! わたしは帰るっちゃ! ばいに!」


 散々かき混ぜて後始末せず退散するフローへ気を向ける時間などくれるワケもなく、嫉妬は能力を、操作系能力【リヴィド エンヴィ】を周囲へばら撒いた。



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