◇博識の遺産



 ひぃたろが提案した作戦の第一目標は戦闘ではなく強奪。この過程で戦闘になるのは間違いないが、それでも撃破する事は二の次。狙いは既に響いている轟音、キャリッジ。

 これをデザリア軍から強奪し、デザリアまで滑走する狙い。

 クゥ、スノウ、だっぷーの3名が外でデザリア兵を待ち、現れた所をクゥとスノウが氷でキャリッジの足を凍結させる。素早くだっぷーがアメーババレットで乗っているであろう兵を撃ち落とし、銃声を合図に他のメンバーが流れるように外へ出る作戦で、今まさにそれがスタートする。


 打ち合わせ通り、まずは3名がデザリア軍と対面し、予定通りフェンリルと雪女が氷を使いキャリッジの足を凍結停止させた。

 すかさずホムンクルスがアメーババレットを放ち、兵は被弾の衝撃と絡みつくアメーバの重量に落下する───が、


「あれれ、あの人凄い!」


 ひとりだけ、アメーババレットが発動する前に弾丸を切り捨てて無効化してみせた。


「なにやってんのお前ら......受けないで弾け弾け」


 呆れながらもどこか楽しそうに兵達へ言葉をかける男性は腰に吊るされている剣ではなく、咄嗟に手にしたであろう工具のようなもので特種魔弾を弾丸時点で切断し無効化していた。

 キャリッジの凍結にはひとまず成功したので、予定とは少々違うが他のメンバーも現れる。


「おぉ、予想より多いね。みんなウンディーの冒険者で?」


 他の兵とは違った、遊びのある軍服を身にまとう男性はキャリッジのフロントガラスに腰掛ける形で、未だ降りない。軽い声音でデザリア軍とは思えない気だるさを醸す男性だが、先程の氷、キャリッジの破壊ではなく停止、兵の殺害ではなく無力化、これらから男性は『キャリッジの強奪』を既に予想しての行動がキャリッジから降りない、だった。


「そういう貴方はデザリア兵? 他の兵とは格好も実力も違うわね」


 質問にはハッキリと答えず、しかし流れを止めない会話でひぃたろが対応する。


「お、わかる? 見る眼あるねぇお嬢ちゃん。俺の軍服はオシャレでしょう? ボスを納得させて経費でオーダーするの大変だったんだよー?」


 こだわりの一品らしく、自慢気に装備を披露する男性だが、こんな時さえ隙が一切ない。


「お嬢ちゃんって呼び方はあまり好きじゃないわ。私はひぃたろ。貴方は?」


「キミがひぃたろ!? あの鮮血がこんな美人さんだったなんてねぇ!?」


 鮮血、という過去の異名を引っ張り出されたひぃたろはあからさまに表情を不機嫌色に染める。


「その呼び方はもっと嫌いなのよね。何が鮮血よ」


「ゴブリンの巣へ殴り込みに行って、ゴブリンを全滅させたんでしょう!? 噂はイフリーこっちまで届いてるよ。ひぃたろって名前はここ最近知ったけれど......それが噂の鮮血だった事に俺は驚いたねぇ。そして今、その鮮血がこんっっっなに美人さんだった事にまたまた驚いたよ!」


 まばギルド【フェアリーパンプキン】が設立されたばかりの頃の話、エミリオも冒険者として活動していなかった頃の、ゴブリンの巣をひとりの女性か血染めした、という噂話。この女性こそがひぃたろであり、返り血、血染め、鮮血、などの異名の出処だ。

 まさかここにきて思い出したくもない恥ずかしい昔話を暴露されるとは思ってもいなかった噂の鮮血ひぃたろは頭を抱えるように困りつつも、相手から一瞬たりとも視線を外さない。

 気さくに話題を繰り広げるこの男性も、紛れもなくデザリア軍人、何を企み今この瞬間も何を狙っているかわかったものではない。さらに付け加えると、だっぷーの弾丸を武器ではなく工具の類で無力化する実力を持つ。言動がデザリア兵らしからぬ軽さからか、普通という皮を自然に着こなしているの───事が逆に不自然さをひぃたろ達へ与えてしまっている。


「おっと、そろそろ本題に入ろう! 今この大陸はピリピリしていてね。どうだい? 何もせず今すぐ返ってくれるなら俺も何もせずキミ達を見送ろう。なに、船は用意する。信用出来ないのであればポートで好きな船を選ぶといい。どうかな?」


 男性の提案にひぃたろは即答した。


「無理ね。どこにも保証がない」


「保証、とは?」


「私達に何もしないという保証、ポートにある船が全て安全という保証、大陸での問題を大陸内だけで解決出来る保証......これらを集めてやっと信用しても大丈夫か悩む。そのレベルなのよ、イフリー大陸の信用度は」


「ははは! こりゃ手厳しいねぇ! でも間違いじゃない、イフリーの信用度なんてそんなものさ。そして俺はそれらの保証を用意出来ない......となると、心苦しいがここで全員排除しなければならなくなる。仕事だからね───最後の交渉だ、俺を信じて提案に乗ってくれないかい?」


「無理ね」


 今度も即答し、互いにこれ以上会話する必要性がなくなる。

 沈黙が停滞する中でも男性に焦りひとつなく、このまま戦闘になれば複数vsひとり、という敗色覚悟だというにも関わらず、だ。

 自信か過信か、どちらにせよ、デザリア軍に発見された以上ここで足踏みする時間も理由もひぃたろ達にもない。


「───俺が残る。お前らは予定通り行け」


 窮屈ささえ感じる沈黙を破ったのは、黒眼帯で両眼を隠すトウヤ。

 ここにひとり残るという選択は今必要かと問われれば必要ない。となるが、ひぃたろはトウヤが今までにない雰囲気───あの兵から何かを学ぶ......技術や戦術を盗むという意を感じ取った。それがどういう意味なのかまでは読み取れなかったが、意欲は申し分なく汲み取れた。


「そう。それじゃあ任せるわ」


「ちょっと待ってくれないかい? 俺も仕事だと言ったろう!? 頼むからそういうのはしてくれないかい......、なるほど、」


 呼び止めるように声を出した兵の前でトウヤは左の手袋を外した。その晒された左手を見て兵の男性は一瞬瞳を揺らすように驚いたものの、すぐに鋭い眼光へと研ぎ、何かを納得した。それだけでなく、乗っていたキャリッジから降り、トウヤを誘うようにその場を離れる。


「行け。俺も後で行く」


 望んでいた結果、と言わんばかりの声音で一言残しトウヤは返事を待たず兵の後を歩む。


 ひぃたろ達は予定とは少々違うものの移動手段キャリッジの確保は成功し、残る兵を気絶させ、砂埃を巻き上げデザリアへ向かった。





 フォンがメッセージ受信音を響かせる。炎塵の女帝は着替えを一旦止め届いたメッセージを素早く開いた。

 送信者はフィリグリー。

 内容はイフリー大陸に今居る冒険者の詳細。


「......ホムンクルス!? あぷりこ の遺産か!?」


 腹の奥で沸騰する欲が炎塵の表情を歪めさせた。

 ホムンクルス───人工的に創られた知識の禁書庫。


 あぷりこ、というのは、だっぷーの前のホムンクルスであり、地界と外界の両方でその博識を武器に様々な革命の種を巻いた存在。

 技能族テクニカのフォンなども生産は技能族だが考案はあぷりこ。魔結晶をマテリアとして加工する工程も、モンスターの亡骸などを素材とする生産方法も、魔女以外が魔術を扱えるように解明したのも、何千年、何万年前に存在していたホムンクルスが必ず絡んでいる。


 その膨大な知識は次のホムンクルスへと受け継がれ続け、文明は発展を続けている。


 神ならざる神、と呼ぶべきか、ホムンクルスという存在はそれだけ脅威かつ偉大な存在だが、量産不可能かつ知識を引き出すのは他人、というデリケートな存在。


 御伽話のような存在が今、このデザリアに居る。


 炎塵の女帝は勿論、レッドキャップもクラウンも、ホムンクルスのだっぷーを狙っている。

 もっと言えば───だっぷーが無意識無自覚に保持している知識を狙っている。



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