◇シャーマンの正体 3



 真夜中だというのに昼間よりも一層に騒がしさが耳に刺さる。宿屋の窓からデザリアの街を覗く千秋は騒がしさの正体───デザリアの軍隊を見て咄嗟に窓から離れた。

 兵と眼が合ったワケではない。窓から外を覗けば否応なくデザリア兵が見える異常事態に身体が妙な拒否反応を示したのだ。

 小さく湧いた不安はあっという間に大きくなり、ついさっきまで眠っていたとは思えない程様々な事態を予想する。


「千秋ちゃん、俺が外で話を聞いてこような?」


 血で書かれた札を貼り付けているテルテルは主である千秋を心配し発言したが、話を聞きに行ける雰囲気ではない。テルテルもそれは充分理解しているが不安ばかり大きくなるのを見ていられなかったのだろう。


「大丈夫、ありがとう」


 テルテルの提案に返事をしつつもう一度窓から外を覗き、不安がさらに大きくなった。

 他の兵とは違った装備のデザリア兵が3人、量産された装備の兵へ何か指示を飛ばし、兵達は急ぎ足で散るように動き始めた。この3人は四将と呼ばれるデザリア軍の実力者であり、共に行動する事がほとんどない強者。その強者が同時に軍本部を出て同じ場所にいる。この時点で千秋の不安はさらに大きくなり、兵達が完全武装している事実が不安の濃度を上げる。


「いいか、よく聞け! まず密入国の魔女を探し出せ! 死体でもなんでもいい、本部へ連れてこい! 次に蛮人族が地下道を掘っている事が確定した! 雑魚は駆逐し使えるバーバリアンミノスはモンスターパレードにぶちこめ!」


 四将のひとりが苛立つ声で兵隊達へ任務を言い渡した。先程散るように走り出した兵はデザリアの街を警護する兵であり、今活発に動き始めた兵は簡単に言えば討伐隊。

 対象は密入国者の魔女とバーバリアンミノス。


「今のって、エミリオの事じゃないか?」


「えっ? エミリオさんがイフリーにいるの?」


「わからないけど......魔女ってそんなに出会える種族じゃないよね?」


 テルテルの発見通り、魔女族とは簡単に出会えない。一生出会う事なく生涯を終えるなどザラにあり、落ち着き無く騒がしい魔女はエミリオで確定と言ってもいい。実際にこの密入国者はエミリオだ。

 帰還した炎塵の女帝が軍を使いエミリオの生存を捜索させつつ仲間も探す段取りだろう。その過程で以前から言われていた “バーバリアンミノス” の案件もついでに片付けるつもりでほぼ全ての兵を出した。


「......今軍本部は手薄、炎塵の女帝と話をしてくる」


「それは危険だ! 相手は女帝種で支配欲の塊みたいな存在だよ!? 話なんて出来ないって!」


「でも......でも、こうなってしまった以上はきっと明日で全て終わる! ただ隠れているだけなんて絶対に嫌!」


 こうなってしまった以上、とはまさに今の状態をさしている。軍が総出で密入国者の討伐へ向かうのは異常事態であり、支配者のオルベアは間髪入れずウンディーを攻め落とすつもりでいる。

 そのためにエミリオの死体を求めている節もある。魔女だろうとウンディーの冒険者、オルベアはエミリオと対峙した際に少なからずダメージを負っている。これだけでウンディーに喧嘩を売る理由になる。


「俺は反対だよ。どうしても行くならこの札を剥がしなよ。俺は動けるうちは千秋ちゃんを止める」


「......、......一緒に来てくれないんだね......」


「っ......俺は危険しかない場所に千秋ちゃんを行かせるわけにはいかない! 相手が相手なんだ。俺ひとりじゃ守れる自身がない......」


「......」


 重い沈黙が室内に充満し、2人はそれ以上言葉を交わさなかった。





 気温が下がり多少は過ごしやすくなったとは言え、イフリーは暑い。身体を休めるにしても環境と状態が安息の端程度しか与えてくれない。

 そんな中で廊下を歩く足音が響き、ドアが開かれると同時に声が飛ぶ。


「荒野を例のキャリッジが爆走してる。デザリア兵が大量だ」


 黒眼帯を巻いたトウヤが微量の安息をとっていた面々へと事態を報告した。

 トウヤの能力───導入能力ブースターは自身の影を自在に操る事が出来る。現在は夜中という事もありそこら中に影が出来ている。その影に自身の影を繋げる事で規格外な範囲の感知網を張る事に成功し、その網にデザリア兵がかかった。


「具体的な数は?」


 両眼を閉じたまま応えたのは半妖精のひぃたろ。


「正確にはわからない。俺のこの感知は影を踏んで初めて情報を掴める。踏んだのはキャリッジだ」


 広範囲感知は正確さに欠ける。トウヤの影を利用した感知も例外なく。


「距離は?」


 ロンググローブを義手へと装備し、今度は白黒の剣士ワタポが質問した。


「だいぶ遠いな......この調子だとここへ到着するのに15分はかかる」


 燃焼機エンジンを用いて生産された自動キャリッジの最大速度は80キロほどで人間が乗れば乗るだけ、荷物を積めば積むだけ遅くなる。

 影を踏み、影を通過する感覚を計算に含め、トウヤはこの場所へ到着する時間を感覚的な計算で出していた。


「キャリッジの数は5、速度を考えて1つのキャリッジに最低3人は乗ってる」


 つまり最低15人のデザリア兵がここへ向かっている。ひとりひとりの実力は不明だが、こんな夜中に街ではなく外を走り回る時点でそれなりの理由がなければ兵達も納得など出来ない。

 その “それなりの理由” に面々は心当たりがある。


 密入国、犯罪者の襲来、そして一番未確定でありながらも一番確信的な───魔女エミリオの豪行ごうこう。その相手が現在イフリーを掌握しているオルベア......炎塵の女帝。騒ぎにならない方がおかしいのだ。


「原因がどうあれ、この大陸では今完全にボク達が悪者って事?」


「ええ? 私達悪者なの!?」


 魅狐ミコプンプンの言葉に眠喰バクすいみんが反応し、雪女スノウ、妖華モモ、プンプンとすいみんが同時に───トウヤと白蛇を見たる。


「なんだよ? オイ」


「......」


 白蛇は理解出来ず見られた事に眉を寄せ、トウヤは察したのか黙り込む。それを見ていた夜叉のあるふぁ瑠璃狼のカイトが、


「ははは! なるほどね。みんみんの言った私達ってそういう事だったのね」


「よかったなトウヤ、今の立場はピッタリらしいぞ?」


「......あぁー! そっかぁ! 私もどういう事かわかんなかったけどお......2人はどう見ても悪者みたいだもんねえ!」


 直接的には言わなかったあるふぁとカイトの気遣いをすっ飛ばすようにホムンクルスという難儀な生物だっぷーは指までさして無邪気に言い放った。

 デザリア兵が刻一刻と接近してきている中でも不必要に強張らず、それでいてすぐにスイッチを入れられるよう、兵達の到着をここで待つ事を選んだ。





 地下道に響く野太い雄叫びは切れるように止み、再び轟くも同じようにプッツリと止む。


「ナンダ?」


「ドウシタ?」


 危機迫る同胞の雄叫びに巨体を起こし武器を手にするバーバリアンミノス達───の後ろで、


「迎えが来た。やっと」


 シャーマンはポツリと言葉を零し、胸の中にある僅かな恩───自分と長年過ごしてくれたバーバリアンミノス達へと感謝を握り潰し、


「イラプスピアス」


 地属性と火属性の混合魔術───溶岩の岩槍イラプスピアスをバーバリアンミノス達へとの撃ち込んだ。


「この程度では死なない、すぐに治癒術で治してもらえる......その後は有能個体は混合種の研究に、不要個体はモンスターパレードでトラオムの連中をせいぜい盛り上げてくれ......私の事を怨んでくれて構わない」


 シャーマンはエミリオへ、自分を素材にミノスタイプの混合種キメラをデザリア軍が研究し始めた、と語った。その研究者こそ、ここにいるシャーマンであり、オルベアの母親。


 人とは思えない姿をしていたシャーマンだったが、体格などが徐々に人のそれへと変わる。空気が抜けてゆく風船のように、しかし、人という形は崩さず。


「───この姿は久しぶりだ。エミリオが術式を壊してくれたのは予想外の産物だったよ。あれがなければとてもじゃないが魔術など使えなかった」


 デザリアが完成させた人間ベースの混合種キメラこそ、このバーバリアンミノスと共に行動していたシャーマン。人心を保ったままモンスターのような姿や戦闘力、特性を得る後付の変化系能力に近い存在が混合種。


「お久しぶりです、マスター。こちらを」


「久しぶりだね、ありがとう。眼鏡がないと視界がボヤケて参っていた。さて、バーバリアンミノスを可能な限り生け捕りにし有能はラボへ、無能はパレードへ送りなさい」


 現れたデザリア兵達は深々と頭を下げ、女性をマスターと呼ぶ。外見は母親とは思えない若々しさだが、それも研究過程で得た産物。


「魔女エミリオ......あれは善悪を後で考えるタイプだね。私の好きなタイプなのが悔やまれるよ」


 バーバリアン時に装備していたローブのポケットからフォンを取り、着替えを出しフォンを耳に当てる。


「───バーバリアンミノスの包囲と捕獲が終わった。そっちは?」


『密入国者および犯罪者の討伐を既に始めている。お前も混合種オモチャを出して早く参加しろ。相手はウンディーの冒険者とレッドキャップ、そしてクラウンだ』


 通話の相手は炎塵の女帝。


「クラウン!? それはまた......あ、エミリオは生きてる。数時間前にデザリアへ向かい出発した。それと新たな仲間かはわからないけどアンタと同じのがいる」


『......同じ?』


覚醒種アンペラトリス


『───面白い冗談だな』


「冗談だといいね、それじゃ私はアンタのいうオモチャで遊ばせてもらうよ。まぁ頑張りなさい、娘よ」





 途切れた通話の余韻に思考を回すオルベア。

 会話のしやすさから母親にかけられていた謎の術式は既に消滅している。予想外ではあったがオルベアがそれを行う必要が無くなったのは手間が省けたというもの。


 現在このイフリー大陸には、ウンディーの冒険者がおそらく数名から数十名いる。レッドキャップとクラウンがオルベイア付近で派手に暴れ鉱山の街オルベイアは消滅。そして自分以外の覚醒種の登場。


「............まとめて全て消し炭にしてやればいいだけの話だ。私の目的は地界支配と外界侵略だ。こんな所で躓いていては笑い話にもならん」


 焼けるような視線でフォンを睨み、リストをタップし通話を飛ばす。


「......おい、何をしている? さっさと道化を狩れ」


『いきなり挨拶だな。冒険者の邪魔が入ったんだが、これはお前の仕事だったよな?』


 通話相手はレッドキャップのリーダー、パドロックだった。

 オルベアとパドロックは既に繋がりがあり、レッドキャップにはクラウンの討伐、デザリアには冒険者の討伐という形で共闘関係を結んでいた。


 勿論、互いに信頼関係は皆無の共闘。



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