◇シャーマンの正体 1



「オデ、サンコ」


「オデ、ナナコ」


「オデ、ヨンコ」


 と、さっきからうるせーバーバリアン共。石か骨かは知らないが、それをサイコロのように使って競うゲームを重症人の近くで騒がしく始めた。

 寝ていたわたしも流石に起きてしまったが......キレる体力が湧かない。身体が火傷だらけで左腕はあるけども感覚はなく、右腕に至っては肘少し下あたりから行方不明中......こんな状態では何をされても怒る気力など湧かないのだ。


「オマエ、ズルシテル!」


「シテナイ! ズル、シテナイ!」


「シテル! シテル!」


「だぁー! うるっせぇぞお前ら! わたし重症なんだから静かにしろって! やるならどっか行ってやれよ! 次騒いだらぶん殴るからな!」


 殴るにしても左腕は感覚がなく、右腕が無いので不可能だが。低い声での言い合いなんて聞いてるだけでイライラする。次うるさくしたら魔術を浴びせてやるぜ。


「エミ、モウ、ヘキイカ?」


「エミ、オキタカ」


「オキタカ、ヘイキカ?」


 コイツらはバーバリアンミノスの兵隊。住処を一時期ラオブミノスに制圧されていたが、ノムーの騎士と騎士学生が───学生の中にわたしはエミルとして紛れ込み───ラオブミノスを討伐し、バーバリアンミノスは無事住処を取り戻した。

 あのあと興味本位で少しだけバーバリアンミノスについて調べた所、コイツら蛮牛種はモンスターではなく蛮牛種という立派な種族という事を知った。ガタガタだが人語を話せて多少でも理解できてる時点で人権を獲得出来る存在......だったか? ここらは難しくてほんとに流し読みしかしてないが、蛮牛種はモンスターではないのは確かだ。


 取り戻した住処に戻ってない理由は、わたしの予想だと......ひとつは元の住処がボロボロで住めたものじゃないからだ。ラオブミノスがアジトとして使っていた場所をわたし達騎士学生か破壊したようなもんだし。

 そしてふたつめの予想は───今のイフリーではコイツらに対して人権を認めていないから、だ。

 前者ならまぁ、悪かった。

 後者なら下手に外へ出ると殺される。

 十中八九、後者だろうな......。

 他国のヤツがイフリーに入っただけで殺しにくる連中だ。見た目が完全にモンスターで知能もそう高くない相手を人としては認めないだろ。


「なぁバーバリアン共、シャーマンってのは頭いいよな? 呼んできてくれ。んでお前らその意味不明な遊びやるならどっか行ってやれよ。また騒がれたらたまったもんじゃねーぜ」


 少ししか会話していないが、バーバリアンミノスのシャーマンとやらは言葉のイントネーションも速度も段違いだった。アイツなら他のババミノスより色々知っているだろう......年も食ってたし。


「エミ、起キタカ」


「おう、アイツらのせいで起きたぜ」


 なぜかわからないが、バーバリアンミノスはわたしに良くしてくれる。利用しているようで良い気分はしないと言えばそうだが、そんな事をいちいち気にする性格でもないわたしは盛大にバーバリアン達へ甘えさせて貰っている。この岩ベッドもわざわざ謎の毛皮を敷いて岩の硬さを中和してくれていたりと、結構いい奴等だ。


「暇なら相手してくれよ、お前一番頭いいだろ?」


「私モ、エミ、ハナシアル」


 手頃な岩椅子にシャーマンは腰をおろしたので、わたしは相手の話から聞く事を選んだ。


「エミ、エンジン会ッタナ?」


「会ったぜ、ソイツに腕や火傷をやられた」


「エンジン、コノ国、壊ス。私、コノ国スキ」


 この国が好き、か。わたしや他のウンディーメンバー......いやノムーから見ても、イフリー大陸を好きというヤツは中々いないと思うぜ。

 いい印象がほとんどない。でもそれは外からみた答えで、中にいたコイツらや他の人達からすれば好きと言える部分もあるだろう。それは別にどうでもいい。


「前王、私タチ、人......」


「......? ちょっとまて」


 今一瞬だが、何かしらの魔術を感じた。シャーマンが言葉を詰まらせると同時に何か......デバフか? 身体がこのザマで本調子には程遠いが、それでも魔術を、魔力ではなく魔術を感じた。

 探ってみるか。


「前の王って、死んだヤツだろ? あんまりしらないんだよな......聞かせてくれよ」


「前王、本当ハ、......、......」


 まただ。前の王の話題にすると魔術が発動して抑制する......これはデバフじゃない。

 ルールを用意してそのルール内で効果を発動させる魔術は───術式。

 ある事柄に対して大きな効果を発揮するのが───呪術。

 どっちだ?


「今苦しいとか痛いとかあるか?」


「私? ナイ、エミ、痛イカ?」


「んや」


 痛みや苦しみがない......って事は術式だな。まぁ呪術なんてホイホイ使えるものじゃないし、抑制するだけなら術式の方が安全なうえ楽だ。

 問題は誰がかけたか......試してみるか。


「なぁシャーマン、どうよ?」


 わたしはコッソリ魔術を詠唱し、コッソリ発動させた。小さな光の粒がシャーマンの背後で浮遊するだけ、という子供が遊ぶための火属性魔術。


「魔術カ? 私デキル」


「ほー、そかそか」


 と答えつつ次は魔女力ソルシエールを極少量使い、術に魔力隠蔽を施して同じ魔術を使った。するとシャーマンの喉付近に魔法陣が薄っすら浮かぶ。


「エミ、ドウシタ?」


 魔女の術式、で確定だな。


「んや、」


 どの魔女の仕業だ? それも......たいした事ない魔女の。これが特級や宝石なら今この瞬間に何かしらの反応がある。例えば、近くにいる魔女に対してオート術式を施す、とかな。それが全くない......つまり、魔力を隠す魔術、や、魔術を隠す魔術、に対して考えが回ってないレベル。


「ちょっと待ってな」


 行動ではなく発言に対して効果を持つ術式......範囲を限定しているからこそ本来の術式よりも小さく強いのか。こんな使い方も出来るとは、知らなかったぜ。呪術みたいに術式を使う、ね。


「シャーマン、ちょい上見て喉みせろ」


「コウカ?」


 今度は喉に向かって魔女力を隠さずさっきの魔術を指先で弾き飛ばす。すると、光の玉は消火し、緑色の魔法陣が喉に現れる。


「そのまま、ちょいピリッとするかもだけど我慢しろよ」


 術式を消す魔術なんて使えないから、術式そのものを支配して消す。設置型の魔術はその陣に術者の魔力が巡回しているからこそ効果が継続する仕組みで、そこへ別の魔術を入れる事でわりと支配出来る。相手が魔力10ならこっちは11入れればいいだけだ。

 勿論これで絶対成功するワケじゃなく、他者の魔力を1でも感じたら魔法陣そのものが爆発する事もあるが、この術式は結構時間経ってて弱々だし、魔法陣が爆発した所で少し痛い程度だ。


 指先に魔力を溜め、シャーマンの喉へ触れる。すると簡単に術式の権利を獲得出来た。

 ルールを書き換えて、わたしと会話したら術式が消える、にした。


「どうだ?」


「どうって、変わりは───!?」


 これで腐りかけの術式は消滅し、シャーマンの言葉に変化が現れる。興味本位で【バーバリアンミノス】について調べたとさっき言ったが、その中に【シャーマン】なんて存在は記されていなかった。それどころかババミノに魔術を使える程の知能はなく、全員が筋骨隆々。これは種族的な話でもあり、そもそもの骨格が “老いても体毛や皮膚の色が白くなる程度” だと書かれていた。適当や軽く調べた程度じゃ本になど書かない。

 つまり、このシャーマンとやらはバーバリアンミノスではない、とわたしは予想して......い......


「......っ───ッ、麻痺切れてくると同時にコレかよ、、」


 指先の麻痺が消えると同時に傷がジリジリと痛み熱くなり始めた。この調子で麻痺が消えるなら一旦話を切って謎の薬草をもらわなきゃ地獄だな......。


「私は......私に何をした?」


「あァ? ただ魔術を解いただけだ......それより、麻痺薬草......持ってないか? 痛ぇ」


 予想通りシャーマンと名乗るバーバリアンミノスは、バーバリアンミノスではなかった。何者なのかは不明だが......この術式を施した魔女ヤツはもうこの世にいない事だけはハッキリしている。もし生きているなら術者に必ず “術式が解かれた” という情報が瞬時に伝わり、用意していた迎撃魔術を発動しているハズだ。

 特級、いや上級クラス......って所か? これが宝石魔女なら......迎撃魔術は自動にして当たり前だ。

 ま、そいつの事はどうでもいいか。

 今は......、、、。


「エミ? どうした!? エミ!?」





「......? なんだ?」


 ダプネの防具に装備されていたラペルピン型のアクセサリが小さな反響音を奏で発光した。

 クロスとスタッズ型のラペルピンにはマテリアが装着されており、マテリアを簡単に変更出来るよう酒呑童子が生産したものだ。

 このマテリアはダプネがプリュイ山で出会った魔女の両眼をマテリア加工したもの。


 【魔女の瞳】はその魔女の魔力と能力を色濃く宿す魔結晶であり、マテリアへ加工せずとも両眼揃っている場合は効果を執行出来る。

 その場合は必ず使用料を要求されるが、マテリア加工してしまえば好き勝手に使用できる。しかし一般的な全てがマテリアとは異なるため、所有者との間に深い溝や明確な敵意がある場合に今のような反応が起こる。

 生前に自身が残していた何かが、どうにかなった時などに共鳴発光し、残した何かが消滅すると同時に、


「───!? 砕けた......」


 砕け散る。

 必ずこの結果になるというわけではなく、魔女の瞳に適した加工手段を使わなかった場合、自我......魔力がそのまま濃く残ってしまう。


 ダプネは舌打ちと共にラペルピンを外し、フォンポーチへ放り投げる。


「やっぱ普通の加工じゃダメか」


 人間へ侵食魔術イロジオンをかけていた上級魔女は、侵食成功した個体の言動や知識を術式で縛っていた。それがエミリオの手によって解除───破壊された事により、マテリアも共鳴し砕け散った。


 ただそれだけの事。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る