◇落とし物は



 微かに繋がる意識の奥で聞こえる、妙な音。

 その声へ意識を向けると腕に強烈な痛みが走る。ここでわたしの意識は完全に繋がり、飛び起きるように覚醒するも腕だけでなく全身を駆け回る熱烈な痛みに行動は全てキャンセルされる。


「〜〜〜痛ッ......アァ? なんっだここ」


 奥歯を砕く勢いで噛み、痛みに耐え切ったわたしは自分が今どこに居るのかを確認する。が、視界が狭い。

 場所よりも自分の確認が最優先だ。

 まずは身体を起こし......たい所だが全身が痛くて無理だった。ので腕を確認し───


「───......、、、あ、あー、そうだった」


 思い出す。

 炎塵の女帝へ突っ込み爆破粉塵がそりゃもう豪快に爆発した事を。耳に響く妙な音───水中の中にいるようなゴモゴモする音は鼓膜がギリ生きてるから......なのか? 左腕はついてるが右腕が見事に失踪している。視界が狭いのは右眼が見えないから......だが、まてまて、まて。両腕に巻かれてるコレは間違いなく包帯だ。よく見ると上衣も無く、火傷部分には包帯が巻かれている。


 今度こそ身体を起こし、一旦痛みに悶える。


「オオ! エミ、 オキタカ! エミ!」


 何かが近くにいる気配を感じ、その方向を見てびびる。そこにいたのは蛮牛種のバーバリアンミノス達だった。


「オデタチ、トモダチ!」


「エミ、オチテタ! ケガ、タスケル!」


「ココ、オデタチ、アンシン!」


 なんかギャーギャー騒いでる雰囲気は伝わるが、何を言ってるのか聞こえない。どうやら鼓膜はほぼ死んでるらしい。

 しっかし、運が良かった。

 ぶっ飛んだ先───かは知らないが───にコイツ等が居てくれたからこそ、包帯だのを巻いてもらえて、少しだけでも休めたんだろう。

 さっき声は出せたハズだし、喋れるなら魔術を使える。バーバリアン達のボスへ闇魔術をかけて状況を伝えればスムーズだな。


───よぉバーバリアン。


「ウ!? エミ、オデ、アタマ、ウ!? ウ!?」


───今わたし耳聞こえねーんだ。だからこうしてお前に話しかけてる。


「エミ、ミミ、キコエナイ、ダ!」


───おーけーおーけー、その調子で頼む。


 なにコイツ、1回1回わたしが言った事を全員に伝えるのか? まぁいいか。


───わたしが落ちてた所にわたしの腕落ちてなかったか? それとお前ら再生術とか使えない......よな。


「ウデ、ナカッタ、ジュツ、シャーマン、イル」


「シャーマン! ヨブ! シャーマン!」


 騒がしく両腕を上げて何か喋ってるが全然聞こえない。何匹かが洞窟の奥へ向かい、数分後小さいバーバリアンミノスを連れてきたが......このチビミノスはなんだ?

 他のバーバリアンミノスより弱そうなのは勿論だが、格好も違う。そして年寄りな気配。


「私、シャーマン言ウ、エミ、話ハキイタ。私、シャーマン」


 何か喋ってるが残念ながら聞こえない。ヨボヨボバーバリアンはクチを必死に動かし、大切そうに持っていた謎の杖に無色光を纏わせた。魔力を使っている事からこれは魔術だが......魔法陣が出ない。バフ、デバフ、治癒術、再生術、どれだ!?


「私、シャーマン言ウ」


「───!? 聞こえるぞ......シャーマンお前、再生術使えるのか!?」


 驚いた。再生術、蘇生術は習って覚えられるものではなく、宿るものだ。このシャーマンは再生術を───


「再生チガウ、治癒シタ」


 あ、違うのね。はい。


「治癒術か......って事は鼓膜は爆死してたワケじゃねーんだな。なんにせよ助かったぜ、ついでに他の傷もやってくれよシャーマン」


「デキナイ、私、治癒、ヒトリヒトツ」


「......あ? なんて?」


「治癒、ヒトツヒトツ。今、ヒトツシタ。エミ、モウ治癒、デキナイ」


「......あーっと、ひとりに1回だけ治癒術出来るのか? 1回でも治癒術使ったらそいつにはもう一生出来ないって事?」


「ソウ」


 なんっだそれ! 無茶苦茶助かったけども! なんだよその治癒術! そんなん治癒術じゃなくて能......


「それがお前の能力か?」


「ソウダ」


 カァーっ、それならしゃーない。バーバリアンミノス達からすれば相当凄い能力なんだろう。てかそもそも、能力を持ってる事が凄いんだろうな。誰もこの能力が微妙っつーかあんまり......って思ってる様子もないし。

 生きてただけでもラッキーか......。


「なぁ、わたしの装備知らないか?」


「ソウビ......ソウビ! アレカ?」


 リーダーバーバリアンが指差した先、丸い岩の上にわたしの剣以外の装備があった。剣は右腕と一緒にどっか消えたか......。


「......え? 剣以外ってわたし今どんな格好してんのよ!? おいバーバリアン! わたしのベルトからフォン出してくれ! 薄い板みたいな」


 左指は動く。くっそ痛いけど動かせる。フォンの存在を理解しているのかバーバリアンは大きな手のひらにフォンを乗せたままわたしの前へ。

 指しか動かせないわたしへの配慮か......中々イケメンな事しやがるぜ。痛みに耐えながらゆっくりフォンを操作し、ポーション類をありったけ取り出す。

 出したはいいがどう使うか、と悩むも答えはすぐでた。


「悪いけど栓抜いてわたしにぶっかけてくれ、赤いの全部だ」


 ポーション類は飲まなくても効果を使える事をわたしは知っている。今の怪我の具合的に直接ぶっかければいいだけだ。


「あばっ!? ぶぇ! ちょ、おい......おい!」


 バーバリアン達は容赦なく痛撃ポーションをわたしへ浴びせた。そうしてくれと言ったのはわたしだが、もっとこう、あるだろ!


「コレデイイカ?」


「......まぁ、なんかアレだけどいいよ」


 痛撃ポーションを全て使い切り、痛みが辛うじて遠くなっている事を確認し、体力回復ポーションを今度はちゃんと飲み、このままここで休ませてもらう事にした。


 火傷が治るのはまだ先になるだろうけど、鼓膜が治っただけでも助かった。

 右腕は......謎の薬草を傷口に張り付けられていて、それを包帯で固定している。多分この薬草のおかげで部分的に麻痺状態を引き起こしているからこそ、感覚も無いが痛みもないんだろう。


 まずは右腕の発見と回収、そんで再生術師を探してくっつけてもらうか......義手か。

 腕を拾ったら|ひぃたろ(ハロルド)にお願いしてみよう。リピナほどではないが確実に使える。


 レアな再生術を持つ存在を2人も知ってるわたしはラッキーなのかもしれない。





 一瞬にして大量の命が消滅した方向へ、3名の影が軽い足取りで向かう。向かう先で確実に大量の命が失われたというのに、緊迫感も緊張感もなく。


「この先に村があるみたいだけど、さっきの爆発音はその村からか?」


 フォンを片手にマップを、と思わせるスタイルで他愛ない地界情報を見ていた長髪の女性ヨゾラは気になった記事───主に酒場やバーなど酒慣例の記事を見つけては瞳を輝かせ詳細に視線を走らせている。


「ソラねぇなに見てるの?」


「酒」


「見たい!」


「メティ見てもわかんないでしょ?」


「......むぅ、、、」


 紙製の地図を広げている少女がメティ。彼女も長髪だがヨゾラに比べて手入れが行き届いている艶のある茶色で前髪は切り揃えられている。

 長髪はヨゾラの真似、前髪はもうひとりの同行者リヒトの真似をしている。

 そんなメティは、、、、幼い外見通りまだ子供だ。


「、、、むぅ!」


「えっ!? メティちゃん!?」


「ん? はぁ!? なにしてんの!?」


 酒を見てもわからない事実なんてどうでもよく、メティは見せて貰えなかったという事実に両頬を膨らませ、持っていた地図を破り捨てた。

 もうひとりの同行者リヒトも、ヨゾラもその理解不能な行動に眼を丸くする。


「自分で地図見るって言ったのになんで破ってんの!?」


「メティちゃん落ち着いて、ね?」


「私地図なんて見れないもん!」


 そう、メティは地図なんて見れない。広げていた地図も逆さまで、ちょっとお姉さんぶりたい、または、少しでも頼りに思われたい、と考え地図役に名乗りをあげたのだが、予想以上に面白くない地図と構ってもらえない状況にメティの怒りは地図へと向けられ、犠牲となったのだ。


 ビリビリに破られた紙切れはイフリーの荒野に散り、メティはヨゾラに説教を食らうはめになった。


「自分で言い出したんだから最後までやれ。わからなくても誰も怒らないから、わからないなら誰かに聞け。手を出したなら自分が出来る最大までは最低でもやり遂げろ、その後どうするか考えればいいから」


「......はい......」


「反省してるしもうそのへんで、ね?」


「凄く反省した......」


 地図を破られて困って怒ったワケではない。地図などフォンにマップデータとして記録されるうえ、それをヨゾラもリヒトもメティも持っている。モノを大切にしない、で怒ったワケでもない。何が大切かなど人それぞれ違うから他人がクチ出しする必要はないとヨゾラは思っている。

 ならばなぜ怒ったのか、それは説教でも言っていた通り「自分で言い出したなら最後まで、手を出したなら自分が出来る最大まで最低でもやり遂げろ」だ。


 半端に終わるのが悪いとは言わないが、格好いいものではない。途中で挫折する事もあるだろう、現実は思い通りに事が進まない事が当たり前だ。

 それでも、自分で手を出したなら自分の限界までやり遂げろ。

 結果が好ましくないものだったとしても、最大までやったならそれが今の自分が出せる一番の結果なのだ。

 ここでちゃんと怒らなければ、簡単に物事を投げてしまう癖がつく可能性も充分あっただろう。

 メティは子供であり、長期間世界と接触させぬよう隔離されいたので常識も信念も、何もかもが同年代と比べるまでもなく欠落している。


 だからヨゾラはメティを放っておけなかった、というのもあるだろう。


「......〜〜っふぅ、反省したなら終わり。行こう」


 本人が反省したと言ったならば、それ以上何も言う事はない。

 ヨゾラはメティの頭を撫で、一同は本来のルートへ戻り足を進め、名も無き村に到着した。


「誰もいないね?」


 キョロキョロと周囲を見渡すメティ。リヒトは警戒心皆無なメティの手を取り、安易に村を探索させないよう配慮しつつ感知に集中する───が、やはり誰もいない。

 ヨゾラは数歩進み、崩落した地面の前で停止し穴ではなく周囲の地面へと視線を流す。


「リヒトさん悪いけどこの穴調べてもらえる? メティはあの鉄屑の建物から何か感じない? 近くまで行かなくていいからね」


 リヒト、メティはヨゾラのを見て察した。長髪の奥にあるエクレールローズ色の瞳には血色の薔薇が咲き、ヨゾラのマナそのものが捩じれ歪むように変わった。左首筋から頬へとイバラの痣が伸びる。

 これが女帝─── 覚醒種アンペラトリスの第二形態の女帝化。



 覚醒した女帝は元の種族と変わらない状態───と言っても中身は化物だが───が第一形態。


 今のヨゾラのように瞳に適応する花が咲き、身体に何かしらの反応が現れマナそのものが女帝化する状態が第二形態。この形態から女帝種の力を3〜5割程度扱える。侵食もこの形態から発生する。


 第三形態が元のサイズを保ったまま身体に変化が現れる。ここからは異形と言っていいだろう。元の種の原形をギリギリ保ちつつも異形に形態が変化する。女帝の力を6〜8割ほど扱えるが、この段階から侵食速度は加速し、痛みなども発生する。


 そして最終形態が、完全な女帝化。



「ソラねぇ! あの鉄屑からは人間の血の臭いが凄くする! 腐ってる? 凄く臭い......それに───似てる、、、


「穴の底......かはわからないけど、イノチの気配がする」


「───......なるほど、ここで炎塵エンジンが暴れて、色々あったって事か。出遅れたかなぁ」


 ヨゾラは瞳を戻し少し離れた位置に転がっているそれを指さした。

 そこには、


「あ! 落とし物だ! 落とし物は......右手と剣?」


 ブリュイヤールロザを握ったままのエミリオの右腕が転がっていた。


「メティそれ拾ってくれる? この穴の下に落とし主がいるかもしれないし、行ってみよう」


 行ってみよう、でヨゾラは迷いなく穴へ飛び降り、メティも何の躊躇もなく腕と剣を抱き上げ穴へダイブする。


「えぇ......この高さを、、、怖いなぁ......」


 リヒトは少し迷いながらも、スカートを押さえ結構高く跳び、穴へ落ちていった。




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