◇覚醒種との対面



 隠蔽魔術技術は周囲に自身を溶け込ませる事で認識されない、という便利なモノだが万能ではない。

 隠蔽───ハイディング中は行動が制限される。

 攻撃は勿論、会話も最小限で呼吸さえ小さく、走るなんてわたしには無理だ。熟練度の高い使い手ならば跳んだり走ったりしてもハイディングは解けないがハイドレートは極端にブレる。相手に存在を認識されている状態でのハイディングは相当な熟練度が要求されるうえ、ハイド状態になっても数秒で解ける。


 わたしが今使ったハイディングは技術スキルではなく魔術で、術式だ。

 魔術にした理由は単純に技術でのハイディングが全くと言っていいほど出来ないからであり、技術の場合は自分以外にハイディングをかけられないからだ。と言っても魔術でのハイディングも苦手なので術式という形で行っている。

 ルールを設けて、ルール違反を行った場合のデメリットも用意する事で範囲的に効果を発揮するタイプの魔術。それが術式。

 今回のルールはひとりでも看破───リビールされれば術式が解ける、術使用者のハイドレートが低くなる、と言ったルールで術式を張った。デメリットが2つでメリットがひとつなのは仕方ない。わたしはハイディングがクソ苦手だから仕方ないんだ。

 本来のハイドより気を使う弱さのハイディングだが、ひとまずは成功。このまま現れたデザリア軍をピーピングする。





 黒煙を吐きながら小刻みに震え停止するキャリッジ。いつでも発進出来るように起動したままである事はエミリオ達でも予想出来る。馬いらずで自由に操れる物体は船以外ではほぼ存在しない地界ちかいでは自動キャリッジは画期的な物だ。


「全員待機だ。私が始末をつける」


 ゆっくりとひとりの女性がキャリッジから離れ、腐敗皇帝へと歩み寄る。その足取りには恐れな迷いなど無く、堂々としたものさえ感じる。

 隠蔽術式から見ていたメンバーは歩み寄る女性兵がかもす雰囲気に不審感のようなものを感じていた。それだけ女性の足取りは真っ直ぐだったのだ。


「......醜い姿になったな」


 女性兵は腐敗皇帝の数メートル前で停止し、その姿へ率直な感想を述べた。腐敗皇帝は接近してきた女性に対して風も出さず威嚇さえしなかった。

 腕のような脚を曲げ、姿勢を低く落とし、あちらこちらに開くクチも今は全て閉じ、頭を下げているような体勢で黙り込む。


 本来ならばひとりで接近するなど自殺以外の何でもない。女性兵の雰囲気が独特かつ強大なモノだとしても、しっかりとしたレイドを組んでやっと接近出来るレベルの相手だ。そんな相手がかしこまる態度を見せた事でエミリオ達は理解する。あの女性兵は腐敗───になる前の兵───の上官だと。つまりあの化物は完全には呑まれてはいないのだ。ここで自我を掴み主導権を握れれば半覚醒個体となるのだが、それは望めない。

 腐敗皇帝の腕───脚はガクガクと震えている。恐れではなく、抑制への反発でだ。

 気を抜けば一気に、一瞬で心を失い化物となる。どちらにせよ処分される結果は変わらないというのに、耐えている。


 上官の手を煩わせるとしても、化物としてではなく人として、イフリー大陸デザリア軍兵として、死にたいからだ。エミリオ達と戦闘していた理由も自我を失い暴れていたからではなく、軍人として他国から密入国したならず者を排除すべく戦っていたのだ。

 もし腐敗皇帝が自我を失い暴れていたのであれば、きっとエミリオ達は陣形を組む前に全滅していただろう。


 人はどんな姿になろうとも、どんな力を手に入れようとも、人としての心が残るうちは化物にはなれない。

 現状を見て知り、考え悩み、選択する。

 人としてのそれがエミリオ達の寿命を伸ばし、デザリア兵の登場へと繋いだ。


 それでも、あの兵はここで終わる。


「今楽にしてやる」


 女性兵はポツリと呟き、腐敗皇帝へと背を向けキャリッジの方へ戻る。女性兵がキャリッジに飛び乗ると同時に───腐敗皇帝は爆発した。


「 !? ───まさかアイツが」


 爆発する瞬間、エミリオは腐敗皇帝を包むように何かがきらめいたのを見ていた。そして爆発。

 人が爆発する、爆弾人間......と言うには少々違うが、燦めいたモノが火薬や爆破を発生させる何かである事は疑いようのない事実だ。

 爆炎の炎に粉塵の塵...... 炎塵エンジンの異名で塵だけが理解出来なかったエミリオだが、今それを理解し、小声だがハッキリと発言したうえで女性兵へ敵意の視線を飛ばしてしまった。


「ハイディングか。周囲を爆破する手間が省けたな......隠れている貴様もウンディーの冒険者か? さっさと出て来い」


 隠蔽を見破る技術に看破というものが存在する。隠蔽同様に様々な手法が存在し、看破も熟練度を高める事で濃く厚い隠蔽も見破る事が出来る。今エミリオを看破したのは特別な技法ではなくエミリオのミスだが、看破されてしまえばいくら隠蔽状態を続けていても徐々に剥がされ最終的には完全に見破られる。

 ここにも様々な対処法や対応方が存在しているが、残念ながらエミリオにそれらを行う技量はない。


「出て来ないなら消し飛ばすまでだが、目的も達成した今、話を聞くくらいなら時間をやろう。もう一度だけ言う───出て来い」


 女性兵は独特な模様の瞳を向け、その視線にエミリオは「これはもう無理だ」と判断。

 しかし女性兵の「貴様も」という発言から、今リビールされているのは自分だけであり、他3名のハイディングは続いている事、他のウンディー冒険者と遭遇済みである事を看破したうえでエミリオは仲間に了承をとらず空間魔法を発動させた。


「......バレちまったか。やるなお前」


「隠蔽中に敵意を飛ばす時点で三流だ。生まれ変わったら気をつける事だな」


 空間魔法で3名───スノウ、白蛇、トウヤを適当な場所へと飛ばし、エミリオは姿を見せた。女性兵の反応から、3名の存在はやはりバレていないと安堵するも......ここから先のプランをエミリオは一切考えていない。


「貴様等は街へ戻り、異物の討伐が完了した事を国民に伝えろ」


 黒煙を吐き出し震えるキャリッジから女性兵は降り、他の兵達がそれに乗り土埃と黒煙を残し去った。


 余韻のように残った煙はゆくっり空へのぼり、消える。



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