◇現れた物



 ガチガチと歯を鳴らすクチ、ギリギリと歯を擦るクチ───身体のあちこちにクチが現れ、うざったい高音でゲラゲラ笑う。

 そこへ意識を引っ張られないよう、本体を見て攻めたい所たが、


「───やべ!」


「何やってんのエミリオさん!」


 黒紫の風がまるでヤツの身体の一部のように不規則な動きで吹き、わたしの動きを先読みし吹き抜ける。風とわたしの間に氷の壁が現れ、なんとなやり過ごす事に成功したものの、


「サンキュースノウ! 助かった!」


 スノウが作り出した氷の壁は風に触れた瞬間、白濁し異臭を放ちながら溶ける。ただの解凍ではなく、腐敗解凍だ。

 戦闘が始まってまだ数分というところで既に攻める隙が見当たらない始末。


「アイツの能力に腐敗が追加されたって事かエミー!」


 白蛇がハッキリわたしをエミーと呼んだ事に驚かされるも、それどころではない。


「そういう事だ! さっき風が当たった建物、今は腐って朽ちる寸前......当たったらゾンビ確定だ!」


 不規則に動く死旋風は鞭や触手のようにアイツの自在でありながら、本質には旋風としての破壊力が残っている。超高速で回っている鞭、という感覚か? それが第一の原因で下手に攻められない。

 防戦一方にしてくれやがる次の理由があのクチだ。

 旋風を利用して唾液を飛ばしてくる旋弾。回避出来る速度だが、あの唾液弾も触れれば腐敗を引き起こすうえ、クチは後ろにもある。

 最後の理由が本体だ。

 脚腕を器用に扱い移動する目障りなホラーな動き。まるで蜘蛛のように這い進んでは唾液と風を飛ばし自身は攻撃を回避する。

 魔術を放ってみたものの4本の脚腕が地面を叩き身体を浮かせ回避してみたり、空中を狙って攻めると風や唾液で迎撃してくるという、なんともうざったい個体へと進化していた。


「エミー、白蛇、風だけじゃない! アイツが通った地面を見てみろ!」


 盲目に見てみろ、と言われ素直に地面を見るとアイツが通った部分───触れた場所はカッサカサに乾燥し亀裂までハッキリと。

 水分を吸ったのか!? と思ったがそんな事をする意味も理由も性能もアイツにはない。つまりあれは “地面が死んだ” という事だろう。


「チッ、戦闘......回避しながら色々見て考えるの難しいな」


 触れたら触れられても一発アウトの戦闘であり、事前情報が一切ないルナティックモードへ舌打ちしか出来ない。

 どうすれば......、


「エミリオさんは後衛をお願い!」


「俺と雪女が前衛をやる」


「それじゃ俺は中衛で臨機応変にやろう」


 スノウ、白蛇、そしてトウヤがわたしの前に出る。

 思い返してみると、わたしは今まで明確な役割を持って戦闘した事がない。そして後衛だなんて何をすればいいのか......。


「俺と雪女は突っ込むから、あの風を何とかしろ。出来るだろ魔女なら」


 わたしの思考を読んだのか、白蛇は明確な役割を教えてくれた。普段ならば役割もクソもなく好き勝手にやるが、今回の相手はそうもいかないうえ、こっちの人数も全く足りない。だからこそ役割を見出して動かなければ......下手すりゃ全員死ぬ。


「オーケー任せろ。ただ、わたしの魔術に巻き込まれないよう突っ込めよ前衛!」


 剣【ブリュイヤールロザ】を鞘へと滑り落としハンドガードが鞘へ接触し小気味よく鳴ったのを合図に、前衛2名が乾いた荒野の土を蹴り上げる。

 後衛としてのわたしのメインとなる役割は阻害だが、それ以外にも可能な事はある。

 スノウ、白蛇へ行動速度上昇と状態異常耐性をかける。腐敗属性......と言っていいのか不明だがどっちにしろ腐敗に対して有効な補助バフを今のわたしは持ち合わせていないので異常全体に耐性を高めた。

 阻害───ブレイカーとしての役割が最優先だが、この少数でバッドな野郎を相手にするならば場合によってエンチャンターやアタッカー、テバファーとしての判断も必要となるだろう。


「エミー! 俺もアイツの風を───」

「ダメだ!」


 中衛を担う盲目、影牢カゲロウの異名を持つトウヤも一緒に死風へ対応する意を見せるもわたしは迷わずキッパリと止める。

 この会話中にも風か発生し、わたしは風魔術で相殺しつつトウヤへ闇魔術をかけた。


───わたしの闇魔術だ。詠唱しながら会話は不可能だけども、これなら会話判定にならないんだぜ。便利だろ?


 と、トウヤの意識へ語りかける。闇魔術の基本でありながらも中級魔術では中々に難しいバフともデバフとも言えるコレ。名前は知らないが闇魔術へ手を出す場合必ず最初にコレで闇属性の適性を試される。

 相手の思考を読めて相手に思念会話を飛ばせる便利な魔術に思えるが、わりとすぐ解けてしまう不便かつ弱い魔術だが、こういう場面では大いに効果を発揮する。


「ひとりで対応出来るのは今だけだぞ!? きっとアイツはまだ奥の手を隠してる」


───んなコトわーかってるっての! わたしだってコレが全力じゃねーし、何よりトウヤお前......影で風をどうにかしようって考えてんだろ?


「当たり前だ。触れれば腐る風なんて誰が好き好んで触れるかよ」


───お前のその能力は基盤にあるのが自分の影だ。影で死風アレに触れればお前に腐敗が飛んでくる! 言ったろ? お前は化物じゃねーって。


「ッ......何も出来ないのかよ......」


 ギリっ、と歯を軋ませるトウヤを横眼にわたしは能力ディアをフル活用して死風を弾き消す。こういう瞬間に心から多重魔術という能力を持っていてよかった、と思えるほど風の数が多い。


───手が足りなくて発生する風を落とす事しか出来ない。お前はあの2人を上手く使って風の発生源を叩け! 頭悪くねーんだから考えて、自分で決めろ!


 ここで闇魔術の効果時間が終了し、思念を伝えるには再び闇魔術を使う必要があるがそんな余裕は無い。2人の前衛は腐敗皇帝へ接近し、何度か攻撃には成功している。が、コスパが悪すぎる。

 スノウは氷での攻撃だが白蛇はカタナ......武器での攻撃。一度使ったカタナは触れた部分から錆が侵食し腐り朽ちるので1回毎に武器を捨てる始末。スノウも1回毎に魔術───じゃなくて妖術を使っているので魔力......じゃなくて妖力の消耗が異常だ。

 攻撃手段なしでは必ずこちらが詰む。


「......いけるな」


 何かを確信───確認したトウヤは拘束具のような防具のストッパーを外す。上着の胸が開けロングコートのように靡く防具で前衛に寄る。槍も横に伸ばすよう構え、何を狙っているのか不明たが何かある。


 スノウの氷が腐敗皇帝へヒットし、一瞬の仰け反りへ白蛇が飛び込む。カタナは無色光と───トウヤから伸びた影を纏い、腐敗皇帝へ重い一撃を打ち付けた。

 肩から胸付近まで深く入り込むカタナ、より一層濃い腐敗臭と共に血液を吹き出す中で既に白蛇は下がり、カタナも腐敗していない。つまり腐敗対象は影だ。


「───!?」


 魔術で死風を迎撃しつつ影の主トウヤへ視線を送ると、トウヤの槍は尖端部分を失っていた。消滅したのではなく、槍の影を切断する事で本物の槍も切断され、腐敗部分は地面に落ち朽ちていた。

 トウヤが槍を横へ伸ばすように構えた理由......上着のストッパーを外し靡かせている理由は、単純に自分の影を増やすためだ。武具も自分の装備ならば自分の影扱いになる事を確認し「いけるな」と言っていたんだ。やるじゃん盲目。


 敗色に染まっていたわたし達に勝ち筋......までは言えないが希望が見えた。ここで一気に攻めるべく意識を前のめりにした所へ響く轟音。足裏から伝わる揺れは地震ではない。


「おいなんだ!?」


「これは......、、前衛! 一旦下がれ! エミーは俺達に隠蔽魔術をかけてくれ!」


「「───!? 」」


 トウヤの指示へ素早く従う前衛。スノウはともかく白蛇もあっさり従った事に驚いたが、すぐその驚きは別へと向かう。

 腐敗皇帝もその音や臭い、気配に意識を向けた事により死風が止む。わたしは可能な限り素早く苦手な隠蔽魔術を詠唱し自分を含めた4名を周囲へ溶け込ませるためコレまた苦手な術式型で発動した。


「あァ? なんっだアレ!」


 黒煙を吐き出し地面を掻く馬車の荷台───のような物体。


「人が座ってるよ!?」


「馬が居ねぇぞ?」


 スノウが言ったように3つある謎の物体には合計11名のデザリア兵、白蛇が言うように荷台を引く馬の姿はない。

 それても動いている、馬車なんかよりも速く。


「デザリア兵......それも特級だ」


 特級兵が謎の物体に乗って現れる......ターゲットはわたし達か腐敗皇帝か、、、とにかく隠蔽術式の効果メリットだけを3人へ素早く伝え、今は観察......いや盗み見させてもらう事にした。


 わたしのダブル不得意、隠蔽で術式型はデメリットが自分に対しての効果が極薄になってしまうという点なので、デザリア兵共よ、サクッとその腐ったやからをどうにかしてくれ。



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