◇イノチの気配



 エミリオ達が最悪の連鎖に陥る少し前───


「だからさぁ......わかるように、納得いくように説明するのもそっちの義務じゃん? 『今は通せない、用がないなら帰れ、これ以上面倒をかけるな』なんて言われて納得いくとでも? そもそも用がなきゃ来ないでしょ。私の言ってる事理解できる?」


 イフリーポートで数名のデザリア兵を相手にひとりの女性が呆れるように発言した。その女性に対しデザリア兵は困り顔ではなく、睨み疑う表情を浮かべる。

 現在イフリー大陸はこのイフリーポートまでしか他国の者を入れない。全てここで済ませ、例外なくここで引き返してもらっている。勿論全員が、はいそうですか、と納得しないがその場合はこうして兵が圧をかけ、帰ってもらう───のが今までのやり方だった。


「納得いかなくても帰ってもらうしかない! これ以上は我々も付き合っていられないぞ!」


 圧をかけるやり方が通じず、兵のひとりがしびれを切らし怒鳴った。すると女性は、


「付き合っていられない、とは? 武力行使でも考えてるならやめておいた方がいいよ」


 臆する事なく、引き下がる気も見せない。

 それもそうだろう。女性が乗ってきたのはウンディー船であり、ここまで辿り着くのもタダじゃない。せめてハッキリした理由と船の代金の片道くらいは払って貰わなければ割に合わない。


「聞き分けがないならば武力行使も視野にいれてもらおう。もう一度言う、ウンディーへ帰れ」


 なぜこの兵は高圧的なのか。ここまで来てイフリーへ入国出来ないという事も勿論腹立たしいが、この兵の態度がそれ以上にヘイトを煽る。


「その態度───」

「こんばんは、お疲れ様です!」


 女性が兵の態度を指摘しようとすると、割り込むように別の女性が挨拶した。

 今まで兵と対立していた女性は「あーあ」とだけ言い、あっさり下がる。


「こんばんは!」


 残った新手の女性は再び挨拶をし、フルフェイスの隙間を覗き込む。デザリア兵は挨拶に対し予想通り礼儀なく怒鳴る。


「いい加減にしろよ! 貴様ら何の真似だ!?」


 貴様ら、とは先程の女性、今の女性、そして港に並べられた木箱の上に座りこくん、こくん、と首を揺らす少女の事だ。この3人は同じ船から同じタイミングで降り、同じ検問兵に足止めをくらっている事から仲間なのは確実。


「何の真似もしてないですよ?」


「馬鹿にしるのか!?」


「してないです、こちらはただ理由を......」


「もう付き合っていられな───!?」


 デザリア兵がついに武力行使へ一歩踏み込んだ後だった。女性の足がデザリア兵の足を踏んでおり、左手に持つ短剣は腰鎧の隙間を通り終え、右手に持つ短剣は兜の隙間へ滑り込み、尖端は眼球数センチのところでピタリと停止していた、、、、


「......? な、なにが......?」


 足を踏まれた感覚も鎧に短剣が擦れる音も無く、気が付けば “足を踏まれ短剣を向けられていた” と認識する。

 短剣を抜いた、足を踏まれた、短剣を向けられた、などの過程が一切ない。


「貴様! 我々に───ッッ!」


 別の兵が声を荒立てると女性は素早く視線を向ける。

 大きな碧眼の上で切り揃えられた白金色の前髪、温厚そうな雰囲気の女性だが大人っぽいというより可愛らしいという言葉が適切か。そんな可愛らしい女性に視線を向けられた兵は喉を詰まらせるように言葉を切り、歯噛みしたその理由は......女性の右眼だ。

 碧眼の右眼だけが朧気おぼろげに発光する黄色へと変わり瞳孔も縦長に。オッドアイ化と同時に温厚そうだった女性の雰囲気に捻れ尖ったものを感じ、兵達は喉を詰まらせるように言葉を失う。


「......通してほしいけど、そちらにも通せない理由があると思います。だからその理由を話してくれると嬉しいです」


 オッドアイとなった女性はそれでも優しそうに語り、右の短剣の角度を変え、剣先を少し下げる。兵の眼下へ尖端をプスリと刺さり、痛みよりもただならぬ恐怖が兵を襲うも左手の短剣が腰へ押し付けられる。

 少しでも引けば確実に斬れる、という現実を言葉ではなく行動で伝え、兵は行動を封じられ、女性は再び眼の前の兵へオッドアイを向ける。今度は “動くな” ではなく “お前が話せ” の意を込めてもう一度眼下をプスリと突く。


「く、詳しい事は我々もわからない。だが誰も上陸させるなと上から言われているんだ!」


「上陸させたらどうなるんですか?」


「殺されるに決まってるだろう! だから必死になっているんだ!」


 イフリー大陸とは元々そういう大陸だ。王族に逆らえば殺される、貴族に逆らえば殺される、上官に逆らえば殺される、軍に逆らえば殺される。この1年でそういった部分も大きく変化し始めた頃に【炎塵の女帝 オルベイア】権力に手をかけ有無を言わさず以前の、殺しが当たり前のイフリー大陸へと戻ってしまっていた。


 しかし、


「殺される、ねぇ。私達が入ればコイツらは殺されるらしいけど、それでもみんなイフリーへ入りたい?」


 最初に兵と対話していた女性は積荷の木箱へ背を預け、他の上陸者の意見を尋ねるように声を上げた。

 ウンディーだけではなく、ノムーの者もいるだろう。仕事で来た者、知人などに会いに来た者、旅行で来た者、それぞれ理由は異なるがイフリーへ上陸したい、というのは同じ。そのハズなのに皆表情を曇り渋らせ黙り込む。

 自分達が強引に突破した場合、兵は殺される。自分達の身の安全は保証されないどころか罪人扱いとなる。

 それでも入りたいか? と女性は聞いたのだ。

 そして答えは勿論、誰も入らたいとは答えない。


「ま、そうなるよね。仕方ない。帰ろう、この兵がどこの誰かは知らないけど、私達が原因で私達の知らない所で殺されるのは気分が悪い。同じ殺しなら、私の手で殺してやりたいし」


 物騒な事を最後に添え、積荷の上で寝落ちしている仲間の少女を抱き、女性は船へ戻る。


「強引に理由を聞いてごめんなさい、戻ります。お仕事頑張ってください!」


 武器をしまって深く頭を下げたオッドアイの女性。頭を上げた時には両眼とも碧眼へと戻っていた。

 この女性に続くよう他の船客達も船へ戻り、兵達には異質な緊張の残滓と訪れた静寂の中、走る心音だけが各々に響いていた。





「お疲れさま、まさかリヒトさん出るとは思わなったよ」


 笑い混じりに女性はオッドアイになる人物の名を呼んだ。挨拶で割り込み短剣を操っていたオッドアイ───今は両眼とも碧眼───は【リヒト】。

 白金色のショートヘアに切り揃えられた前髪、可愛らしい顔付きや格好から人形ドールを連想させる。世間的に有名なドールリリスが黒ならこちらは間違いなく白......と誰もが答えるだろう。しかしこのリヒトもリリスと同じ枠に含まれる存在───犯罪者だ。


 SS-S2ダブルランクの犯罪者【犯罪者アマルティア臓鍋キュトラ】という異名を持っているとは到底思えないが、紛れもなく【リヒト】はSS-S2の犯罪者。


「ソラさんが怒りそうだったから急いで出た! やっぱり喧嘩はよくないよ」


「私より喧嘩売ってたのに!? まぁでも、出てくれてありがとう。あのままじゃ私も流石に黙っていられなかったよ。無意味に威圧して会話もロクに出来ないヤツを人だとは思わない主義だからね」


 爆睡する少女をベッドで寝かせるため、船室へ戻るソラと呼ばれていた女性の名は【ヨゾラ】。

 あの場で彼女が怒っていた場合、彼女が最後に言った「私の手で殺してやりたい」が現実のものになっていただろう。この【ヨゾラ】こそポートに残した異質の根源でありSSS-S3トリプルレートを持つ覚醒種アンペラトリス荊罪けいざいの女帝】......特異個体である。


「......リヒトさん、さっきの無意味に使っちゃダメだよ? その能力ディアはズルいくらい有能だけどリスクが異常じゃん?」


 荊罪の女帝は女帝種とは思えない───共喰いに手を出した咎人とは思えないどこか慈悲のある瞳でリヒトを見る。


「うん、でも大丈夫。もう諦めてるから───それを言うならソラさんもだよ?」


 今度はリヒトがヨゾラを心配する。S-S1シングルからは危険度などあってないようなものだ。どちらが上だ、など言いあっても明確な答えは出ない。あくまで罪容から与えられたレートなのだ。しかし危険度の範囲ならば間違いなくヨゾラが上だ。女帝種、それも覚醒種となっている時点でその気になれば平民くらい一息に複数人殺せる。それが覚醒種だ。


「それで、どうするの? イフリー大陸は諦める?」


「んんんー......あ、そうだ、ほらメティ起きて」


 ヨゾラは諦める前に最後の手段を、と抱いていた少女を揺らし起こす。【メティ】と呼ばれていた少女は眉を寄せ「んゅ〜〜あと4回寝かせてぇ〜」とあと何分ではなくあと何回という回数制で答えた。


「あとで4回でも5回でも寝かせてあげるから、ほら起きろ!」


「んん......おはよ〜〜〜っ......!? 驚いた、もう夜だ」


 窓の外を見て夜になるほど長時間寝てしまったと勘違いした少女は、ふぁ〜、とアクビで残眠を払い落とし瞳をこする。その仕草は見た目相応に幼いが、この少女もS-S1シングルという重い業印を背負う犯罪者。


「メティ、海の上歩けるようにして。それでイフリーに密入国する」


「〜〜〜っ......むにゅ、わかったー」


「なるほど、密入国なら兵さん達が通した事にならないし問題ないね」


 問題しかないというのにこの3名は「問題なし」の判定を下し、船客にバレぬよう船から海へと飛び降り───海面に着地する。


「使いすぎると “湖盧巴ころは” に怒られちゃうから、怒ったらソラねぇお願い」


 先程は茶色だった少女【メティ】の髪は白銀へと変わり、紫色の瞳と同じ色で神明なアイラインが浮く。頬などに独特な模様が浮かび、頭には細長めの耳、背腰からは太い尾が一本。

 これではまるで魅狐ミコだ。


湖盧巴ころはにお礼言っといて。さて───ん? へぇ......」


 ヨゾラは個性的な瞳をイフリー大陸へ向け少し笑った。


「あれま、イノチが消える気配だね。それも一気に沢山」


「私それわかんないから言うの無し! 私わかんないもん!」


 ヨゾラに続きリヒトもそれを感じ、イノチが消える気配、と言った。メティは感知出来ないらしく除け者にされている感覚におちいり頬をぷくぅ〜と膨らませた。


 イノチの気配は、イノチの気配に日頃から触れている者には否応なく感知できてしまう。

 マナ感知とは少し違っていて、感知技術を必要としない。

 便利にも思えるが、この感知は日頃からイノチを削っているからこそ宿る感覚もの。メティには宿っていない様子だが、それはまだ自覚をしていないだけなのかも知れない。



「気にしててもしょうがない、私達は私達の目的のために。ここには咲くかな? ペドトリスファラー」



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