◇最悪は最悪を引き寄せる



 最悪というものは最悪を引き寄せる。

 死臭を放つ旋風は赤や紫に色付き、デザリア兵は死を撒き散らす存在へと姿を変えた。


「ありゃマテリア食ったな。腹ん中からさっきの気配がする」


 腐敗マテリアの異質な気配をデザリア兵の腹から感知した白蛇。


「実質、共喰いか」


 トウヤは恐ろしい事をポツリと呟いた。

 人工魔結晶の素材は生きた人間。それを人間が喰らう......確かに共喰い。女が共喰いをすれば女帝、男が共喰いをすれば、


「皇帝......だっけか? アイツはそれになったのか?」


 女帝の時点で確率は相当に低く、皇帝......男の場合はその確率が更に低くなる。自爆にも思える行動だが、


「エミリオさん、アイツがその皇帝っていうのになるならないはまだ先の話かもしれない......アイツの気配は───腐敗仏はいぶつと同じ、ううん、腐敗仏より更に深く重い」


「腐敗仏!? 竹林にいたキモいヤツか......」


 まだ記憶に新しいシルキ大陸の竹林を夜な夜な徘徊する異形で失敗作だったハズだ。

 成功体が今ここにいる盲目、トウヤ。だが、まてよ? そもそも腐敗仏は命彼岸めいひがんというシルキ固有の花が絡んでいる。今回はその花の影は微塵もない......腐敗仏より更に深く思い、というスノウの発言も含めて考えると、シルキのは偽物で失敗作。こっちのは本物か。


「トウヤ! お前をそんな風にしたヤツはなんて言ってた!?」


 趣旨が曖昧な発言をしてしまったと自分でも思ったが、さすがはトウヤ、質問の意図を汲み取って答える。


「インペラトーレを別のルートで作る、と言っていた。おそらくそれが命彼岸と楼華結晶だろ。コイツは本物だ! どうなるか俺には全く予想出来ないが───腐敗仏よりは上だろ」


 インペラトーレ......皇帝。

 やはり腐敗仏はその過程で産まれた失敗作であり、トウヤは成功体とはいえ思った以上に結果が出なかったんだろう。実験としては成功だが目的としては失敗......いや、別物がトウヤだろう。

 あのデザリア兵とトウヤのマナは全くの別物であり近い部分もない。スノウの言うとおりの失敗作の腐敗仏に近い。

 どこの誰がそんな実験をしたのか知らないが、腐敗仏を失敗作と言い切って捨てるその思い切りの良さは、魔女に近い思考と視野の狭さだ。


「くだらねぇ話は後にしろ。気配の並が安定し始めた、そろそろ来るぞ」


 腐敗仏をくだらねぇ、と一蹴した白蛇は素早く空き部分にカタナを装備した。腰周りにカタナが6本......どんなスタイルで戦闘するつもりなのか不明だが、それでやれるのか? という心配は必要ない相手だ。装備の最後に白蛇は片耳へT-Ea4を装着。

 わたしも習い、T-Ea4を装備し抜剣する。


「頼むぜ双竜」


 左の剣【ブリュイヤール ロザ】と右の短剣【ローユ】へ言葉をかけ、イヤフォンを間隔を空けて3回叩く。

 これで他のパーティーリーダーへと通話が飛ぶ。


『はーい! エミちゃん、ひぃちゃん!』


 相変わらずの元気さで反応したプンプンに対しひぃたろハロルドは、


『悪いけど今通話に使える時間はないわ。パドロックとフィリグリーが私達の前に───ッ!』


 ひぃたろハロルドが冷静に言った2名はエンカウントした場合、冷静でいられるような相手ではない。それでも落ち着いて “遭遇した” との情報を伝えひぃたろハロルドは通話を降りた。


『ひぃちゃん今どこ!? あれ? 切れてる......エミちゃんは今どこ!?』


「悪いなプー。わたしも面倒なのと遭遇したって伝えるために通話飛ばしたんだ。動けるなら頼みがある、デザリアで千秋ちゃんを探してくれ」


『え!? 面倒なのって!? 今どこにいるの!?』


「名前がない村、らしい。エンカウントしてるのは皇帝......インペラトーレになりたい兵だ。とにかく頼むぞ。諦めてるワケじゃねーけども、全員無事にここをやり過ごせる気が全くしないぜ」


 笑い混じりに本音を言い、千秋ちゃんの件を一方的にプンプンへ任せ通話を切った。

 ひぃたろハロルドの方もおおいに気になるが、そういうのはここを切り抜けてからだ。


 呻き苦しむデザリア兵の声と旋風が止み、変わり果てた姿を晒す。風の卵に包まれていた兵は既に原型を失っていた。

 濃い腐敗臭、溶け腐る肉。露出した骨の形状は元人間とは思えぬほど荒々しく尖り、鞭のような尾骨をご機嫌に揺らす。


「凄ぇな。これがさっきの雑魚兵か? 俺が斬った足も生えてる───どころか増えてねぇか?」


「足......と言っていいのか迷う所だが、どっちにしろ眼も当てられないな」


 白蛇、トウヤは会話するも決して余裕を持っているワケではない。

 2人の会話通り、確かに足の役割を果たしているであろうそれは4本ある。が、あれは誰がどう見ても手......腕で広い手のひらからは指が8本も伸びている。


「ヒェぇ......首、胸、お腹にクチがあるよ。きっと背や脚腕にもあるんだろうなぁ、、気持ち悪い」


 雪女のアヤカシが、まるでアヤカシを見るような畏れを瞳に宿しながらも視線をそらす事なくカタナを抜く。


 腐敗臭を漂わせながら耳障りな歯軋はぎしりを様々なクチから発し、異形はわたし達の気配を察知した途端に歯軋りをピタリと止め笑うように歯を剥き出す。


「来るぞ! 作戦なんて無い......とにかく死ぬなよ!」


 未知を相手にわたしが出せる策などあるはずもなく、不気味な高音の咆哮を合図に予想もしていなかったインペラトーレ討伐がスタートする。





 出刃包丁や刺身包丁を巨大化したような武器を軽々と振るい、想像以上の剣速がひぃたろを襲う。

 ランダムエンカウントにしては胃もたれでは済まない相手、SSS-S3指定の犯罪者【レッドキャップ】のマスター【パドロック】と元ドメイライト騎士団団長の【フィリグリー】との遭遇はイレギュラーを超えている。


「こうして対面するのは初めてか? 半妖精混ざり


 艶のない、ベタ塗りされたような黒の長髪を雑に束ねながら【パドロック】はひぃたろへ話しかける。混ざりと呼ばれひぃたろは睨むようにパドロックへと視線を飛ばし、お互いの視線がぶつかり合う。

 この時点でひぃたろは既にパドロックの能力対象となってしまっている。


「───私が」

「隙を作る、貴女達は逃げなさい。か? 何も逃げる事ないだろ。傷付くぜ」


 包丁太刀を肩に担ぐ体勢でパドロックはひぃたろのセリフを先に言い放つ。


「そう睨むなって、落ち着けよ」


 ひぃたろ、だっぷー、すいみん、モモ、の4人を前にパドロックは余裕か油断かタバコに火をつける。フィリグリーは何も言わず何もせず両眼を閉じる始末。


「......ね、ねぇ。あの人達は何者なの?」


「纏ってる雰囲気が異常......本当に何者なの?」


 すいみん、モモは初対面となる相手であり、可能ならば一生対面しない方が良い相手。


「あれがレッドキャップ、マスターとサブマスターって所かしら?」


 シルキ大陸に現れた犯罪者パラベル、ジプシー、テラ、がレッドキャップと呼ばれる最悪の犯罪者である事を2人は知っていた。そのマスターとサブリーダーが今眼の前に。


「レッドキャップ......」


 すいみんがポツリと溢した声に、騒がしい声が反応する。


「そーう! そしてわたし達が! どぅるるるるるるる......」


 ぽふん、と気の抜けた爆発音と共に突如現れるロッカーのような細長い箱と宙に浮かぶ剣。

 剣は一斉に細長箱へと突き刺さり貫通する。

 箱には大玉から転び落ちそうなピエロのシルエットマークが描かれている窓のような扉が3つあり、それが上からゆっくり開かれる。


「───ッ!?」


「......異常だな」


 ひぃたろ達は眼を見開き驚き、レッドキャップは呆れ、とお互い違った反応を見せた。


 中にはデザリア軍の鎧を着込んだ何者かが入っており、剣で串刺しに。

 小扉はひとりでに閉じ、再び開かれると、


「ぱんぱかぱーん! クラウンでしたー!」


 グルグル眼鏡がやりきったと言わんばかりの顔を見せる。

 デザリア兵と剣の刀身はどこへ消えたのか─── レッドキャップ最悪と遭遇しクラウン最悪が引き寄せられるように現れた今、そんな事を考える余裕はひぃたろ達には無かった。





 イフリー大陸を駆け抜けるシルエット。

 大型の獣に跨りテールヘアを揺らすワタポ、狐耳を小刻みに震えさせ九尾を引くプンプン、左額から角を伸ばし半鬼化したあるふぁは前屈姿勢で滑走、ここまでは普通───とは言えないがシルキの存在が公になった今、鬼や九尾が居ても何ら不思議ではない。しかし先頭を走るカイトの姿は冒険者達の普通からもどこか離れていた。

 左半身の痣が生きているようにうねり、脚は影を纏い獣のような形状へと変化していた。狼の脚を履いている......という印象。

 各々が最高速度でイフリー荒野を駆け、向かう先はエミリオが言っていた名前のない村。


「───止まって!」


 プンプンの狐耳アンテナが何かに反応し、カイトは地面を足裏───狼の爪で掻き、停止。


「どうし───何だこの音と地響き!?」


 カイトも、他のメンバーも地面を揺らす震動に気付く。


「わかんないけど、何か来るよ!」


 プンプンは狐耳をピクピクと震えさせ、それが迫る方向を指差す。

 イフリーの夜に鳴く謎の鳥達は無粋極まりないそれの轟音と砂埃、吐き出される黒煙により姿消し、ついにその正体が現れる。


「なにあれ!? 煙出てるけど大丈夫なの?」


「鉄の馬車......馬がいないから、走る箱!?」


 ワタポ、あるふぁがそれに対して驚き、プンプンは黒煙の残留時間が砂埃や炎で昇る煙とは違う事に眼を細めた。カイトは、


「あれは───完成したのか!?」


 イフリー民であるカイトは昔その噂を聞いていた。燃焼石を利用しキャリッジを動かす計画は何十年も前に行われ、失敗に終わっている。しかし技能族テクニカが開発した燃焼機エンジンを使う事でキャリッジを走らせる事に成功。燃焼機専用のキャリッジを生産し、完成したのが今眼の前に現れた黒煙を吐き出し轟音を響かせ走るそれだ。


 馬で引いていたキャリッジを燃焼機で動かし、操作するため船に使われるカジから理論を応用して付けられている。

 軽量化のためガラス窓はおろか屋根もなく、馬車のキャリッジを吹き抜けにしたような形状。デザインもどこか無骨で “人や物を乗せて馬車より速く走る” 事を重視された無粋なデザイン。


 地面を豪快に蹴る車輪は砂埃を撒き散らし停止するも黒煙は止まらずキャリッジは振動していた。乗っていたデザリア兵─── 一般兵とは異なる衣服の女性は独特な瞳をプンプン達へ向け、


「......他国がなぜここにいる───など、どうでもいいか。ぜろ」


 砂埃の中で何かがきらめき、火薬の匂いを鼻孔が感知した瞬間には既に視界には爆炎が広がっていた。



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