◇悲痛の先にある平和



 爆破を付与されている。

 そんな言葉を聞いて爆発に対して警戒しないヤツはいない。

 デザリア軍人の発言が罠だったとしても「爆破を付与されている」なんてワードセンスはそう浮かばないだろう。やはりイフリー大陸で何かしらの事が起こっているのか?


「付与はわかった。さっさと続けろ。次つまんねぇ間あけたらお前の部下がひとり、お前のせいで死ぬぞ」


 ここで白蛇は中途半端な長さの剣を抜き、夕日を反射させる。


「今デザリアを仕切っている、いや、イフリーを支配している存在が我々に爆破を付与した! 同じ軍人だろうと、同じ大陸民だろうと、従わない者は不穏分子と判断されこうして使い捨てられる! イフリーはウンディーとノムーを戦争させ、戦争に乗じて両国を討つつもりなんだ! それから最近発見されたシルキへ攻め、地界を支配する目算を立てている! 助けてくれ......我々ではなく、イフリーを助けてくれ!」


 デザリアが、イフリーが、他国に助けを求めるなど異常事態だ。何があったのか詳しく聞こうと、わたしがクチを開くもそれを阻止するように白蛇が発言する。


「───で?」


「デザリア軍は2つに分かれている。支配者に賛同する者と反対する者。反対派は問答無用で牢獄行き、我々も牢獄で過ごしていたが、使い道が出来たのでこうして外に出られている......しかし、爆破という首輪をつけられている以上は牢獄よりも縛り囚われている身だ」


「爆破の仕組みは?」


「いつ付与されたのかはわからない......起動も曖昧だが、我々に爆破を付与した者の名や詳細を話した時点で爆死するのは確認済みだ......」


「それはさっき確認したのか?」


「あぁ、そうだ。部下のひとりが名をクチにした瞬間爆発し、周囲の部下も爆炎に当たり連鎖した......火薬と同じだ......」


「そうか。悪いが俺達はお前らの爆破を消せない。可能性は無くはないと思うが、考える時間をくれるとは思えない。だから決めろ」


「......頼む、イフリーは戦争など望んでいないんだ。確かに他国からみたイフリーは好戦的で支配欲が強いかもしれないが、半数以上は平和を......頼む、イフリー民を助けてやってくれ! オルベアの支配から大陸を開放してくれ! オルベアは───【炎塵えんじんの女帝】オルベイア、覚醒した女帝種だ!」


 言葉が終わる前に白蛇は大きく下がり、わたしとあるふぁも大袈裟に距離をとった。それでも不安が残り、わたしは地属性魔術で壁を作った直後、ウンディー平原は轟音と振動に震え、夕日をも焼き潰す爆炎があがった。


 悲痛の先に平和があると信じ、デザリア軍人達は自分達の命を未来の平和へ賭け、わたし達へ支配者の正体を明かし散った。





 デザリア軍人が命を賭し爆死を選択する少し前、


「すぐにエミリオ達の元へ冒険者を送ります! ナナミ! ......? ナナミ!?」


 ユニオンのエントランスに響く女王の声と、返事のない側近。


「そういえばさっきから見当たらないわね」


「こんな時にどこへ......ひぃたろ、すぐにエミリオの元へ向かってください!」


「わかってるわ。プンちゃん、ワタポ、行くわよ」


「───待ってください!」


 今トリプルSSS-S3達は大陸クエストで緊急討伐へ向かっている。その中に問題児世代バッドアップルも大勢参加しているが、ナナミの参加は確認していない。にもかかわらず姿が見当たらない。

 セツカはギルド【フェアリーパンプキン】の出発を停止し、汗を滲ませる。その理由をイチ早く察知したワタポが、


「ひぃちゃとプンちゃで行って。ワタシはここに残る」


 この決断にひぃたろがピンとくる。


「そうね。もしエミリオの方が釣りだった場合、バリアリバルがガラ空きになる......プンちゃんもここに残って、妖華と眠喰は私と一緒に行くわよ」


「えぇ!?」


「私ですか!?」


 万が一に備え、バリアリバルに冒険者を残したい。緊急討伐に出ている面々が帰還するまででも持ち堪えられるだけの冒険者となれば、ワタポとプンプンは残すべきだとひぃたろは判断した。

 他の冒険者もいるが、大半は一新されたクエストにかぶりつくように街の外へ行ってしまっている。

 デザリアが攻めてくるとは考えにくいが、備えておけば、備え不足で負けた、という結果は起こらない。

 勿論、万が一の確率と言えるので何も起こらないという結果になる方が高いうえ、そちらの方が安心なのだが。


「すみません......冒険者登録したばかりの方にお願いして良い内容ではないのですが......それも他国民となれば尚更なのですが、どうかお願いします」


 女王は深く頭をさげた。なんの迷いもなく、無駄なプライドもなく。


「ワラワからも頼むのじゃ。どうかウンディーの女王に力を貸してやってほしいのじゃ」


 現在、シルキ大陸の最高権力者である大神族の療狸やくぜんも深く頭を下げた。ついでに側近の単眼妖怪も同じく。


 その光景に戸惑う華組───眠喰、妖華、そして雪女だが、もちろん彼女達は断るつもりなどない。しかし権力者が頭を自分達へ下げている光景が返事を遅くしていた。

 そこへ、


「権力者が頭なんて下げたら、下げられた方が困るだろ」


「急いでるんだろう? 俺達もここに残るから大丈夫だよ」


「うんうん! 大丈夫だよおー!」


 影牢のトウヤ、瑠璃狼のカイト、錬金銃師のだっぷーがユニオンへ現れる。

 どうやらこの3名はレイドの方には行っていなかったらしい。


「ここは任せるわね、万が一程度の確率だけどそれでも確率は0じゃないもの」


 ひぃたろは極薄極小な確率だと言い残し、指名した眠喰と妖華を連れてユニオンを出ていった。


 もしイフリーがここを攻めるのであれば、もう既に進撃は始まっていていい。しかしそれが全くない事から、今回の爆弾人間は遊撃などの類ではないのだろう。

 それでも、備えておく必要は充分にある。


「プンプン、トウヤ、あと......単眼さん。街で警戒にあたってください。人々に不安を与えぬようにお願いできますか?」


「オッケー!」


「......はぁ、仕方ないか」


「え、え、わ、私がいるだけで人々は不安になるのでは?」


 単眼を不安そうに、それでいて寂しそうに揺らすひっつーへ、以外にもトウヤが答えた。


「自分を化物だと思ってるクチか?」


「化物......そうですよ、だって、私は単眼......単眼ってだけでシルキ大陸でも怖がる人がいますし───」


「この世界にはこういう言葉がある───自分だけ化物って思ってんじゃねーよ。本物の化物見て、自分も同じなのか考えてから言え」


 トウヤはシルキで自分が言われた言葉を、エミリオに言われた言葉を単眼へそのまま言った。

 それを聞いていたカイトはどこか嬉しそうに笑い、


「キミよりよっぽど化物みたいな人間はいる。キミを見て珍しがる事はあっても心から怖がる人はいないよ。それに、もしキミを見て怖がって、何かしてくる人がいたらすぐ言ってくれ。俺も他のみんなも、もうキミとは友達だと思ってるんだからさ」


「そういう事だ。お前が化物になりたいなら本物の化物を見てから考えるといい。心から恐怖し、きっと化物にはなりたくないって思えるから」


「............」


 単眼は外───シルキ外では理不尽に晒されると覚悟していた。しかし、単眼は外の世界を知らない。

 初めて触れた外の世界が、こんなにも優しくて、それでいて根深い何かを抱えているのだと知り、少し怖くも思えた。


「ひっつー」


 今まで黙っていたプンプンは九尾を広げ単眼の前へ進む。


「さぁ行こう、ボク達は冒険者なんだ。化物じゃない」


 ニッコリと笑い、単眼に手を差し伸べる。

 単眼は不安を残したままでも、一歩進む事を選んだ。





「......、......いい加減不愉快だ、出て来い」


 バリアリバルの路地裏から沈む太陽を睨み、後天性悪魔のナナミは闇影へ言葉を吐き捨てた。

 路地裏の中でも人通りなど皆無に等しい場所で、ハッキリと発言した言葉は余韻を残して溶ける。遠くで街の活気や冒険者達の忙しい気配が辛うじて届く中、それは音もなく、闇影から姿を現した。


「いつから気付いていた?」


 黒髪を揺らし闇影から現れた男性の瞳は黒紅。悪魔だ。


「今朝からいるだろ? それに前も一度来たな......何の用だ?」


 一度、闇から悪魔の腕が奇襲をかけてきた事があり、ナナミはそれも問いただす。


「あれは中級悪魔の独断だ。処分も済んでる」


「今回のお前は上級か? 何の用だと聞いているんだが」


 空気が痺れるような敵意をナナミが悪魔へ向けると、悪魔は「なるほど」と呟くだけで対応しようとしない。余裕か油断か、どちらにせよこの状況でナナミを観察する選択を選んだ時点で並レベルではない。


「貴様は人間か? それとも悪魔同族か?」


「......遠回しなのは嫌いなんだ。次の答えが曖昧なものだったら殺す。3回目だぞ───何の用だ?」


「貴様が持つ【悪魔の心臓ハートオブリーズ】をこちらへ渡していただきたい」


 男の申し出にナナミはピクリと眉を揺らす。

 悪魔族は絶命した時、その場に心臓を残す。心臓と言っても生々しい臓器ではなく、石───つまりは悪魔の魔結晶。

 使い道は魔結晶同様、の他に悪魔の心臓を用いて悪魔を召喚する事が可能。

 この男は間違いなく後者で心臓を求めている。


「そんなもの持っていない」


「無駄な事を言うな。悪魔堕ちした時点でこちら側にその情報は入る。貴様も悪魔ならわかっているだろう?」


「......断る。これはお前ら悪魔に渡す気はない」


「そうか、それじゃあ仕方ない。手荒い真似になるが、断った場合好きにしていいと言われていてな。悪く思うな............我々悪魔は今悲痛の中にいる。悪魔だって平和に過ごしたいんだ」


 漆黒に真紅が揺らぎ悪魔はナナミを見て唇をなめずる。


 数分後、その場には大量の黒血痕が散らばっているだけで、遺体は勿論、肉片のひとつさえ見当たらなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る