◇療狸の考え



 土を抉り、爆死したデザリア軍人達の焦げ痕と焦げ臭さがまだ残るウンディー平原。既に太陽は沈み夜が始まっている。


「......耳大丈夫か?」


 わたしは同行していたメンバーの白蛇、あるふぁへ鼓膜の無事を確認した。2人とも無事で、わたしも聞こえるので問題ない。


「デザリアってのは狂ってるな。国のために死ぬ......いや、国の未来に命を賭けた、か?」


「狂ってないさ。オイラ達も似たような事で命を奪い合ってたんだからさ」


 確かにシルキは最近までそんな状態だった。でもそれは内戦止まりだ。デザリアは───イフリーは身内問題じゃ済まされない事を平気で仕出かす。

 今回の件も、既にこっちは冒険者が殺されているんだ。


「街へもど───!?」


「!?」


「......、、なんだこの気配、やべぇぞ」


 それはあまりにも突然だった。

 今まで感じた事のない、冷たく重い気配......冷水を突然ぶっかけられるような、突然かつ鮮明な気配が近付いてくる。


 夜の闇にシルエットが揺れ、姿が見える距離に。


「「「 ...... 」」」


「......、......」


 男の......冒険者か? 装備は黒と紫で武器は見当たらない。


 わたしも、2人もこの男に警戒しつつもこちらからは動かずいると、普通に男はわたし達の前を通過し闇へ消えていった。


「なんだったんだ? 今の......腐敗仏はいぶつより重い空気だった」


「ありゃなんだエミリオ」


 わたしもアイツが、あの男が誰かなんて知らない。でも、一瞬見えたアレは───


「悪魔だ。例えでの悪魔じゃなく、本物の悪魔種族」


 黒に赤の瞳は悪魔族の特徴であり、悪魔族しか持たない瞳。


「悪魔......ってエミー、今の悪魔は街の方から来たけど大丈夫なのか?」


「大丈夫だろ。エミリオの連れと眠喰と妖華が来てる」


 白蛇は尖った感知で拾った気配を言い、数十秒後、本当にその3人が現れた。


「エミリオ、? ......なんて顔してるの?」


 半妖精がわたしの顔を見て眉を寄せる。自分でもどんな顔をしているのか......いや、きっとわたしは複雑な表情をしているだろう。


ひぃたろハロルド......、街は大丈夫か?」


「ええ、何も起こっていないわ」


「そうか」


 さっきの悪魔が一体なんだったのか、それは今考える必要はなさそうだ。

 優先すべきは、


「......街へ戻ろうぜ」


 デザリアから各国へ火薬を撒いてる存在【炎塵の女帝】をどうするか、だ。





 爆発する人間、というふざけた存在はわたし達の記憶に新しい。

 ウンディーのバリアリバルとノムーのドメイライトに現れたばかりだが、もっと前......騎士学校の任務でイフリー大陸へ行った時わたしは出会っていた。

 そして、その時に出会った亜人種───モンスターだったのか不明───【バーバリアン ミノス】が言っていた “エンジン” の正体がついさっき確定した。


 現在イフリー大陸を支配している存在であり、人間とは異なる存在。

 “共喰い” を行い同種族を超える力へ手を伸ばし、頂きから外れた異変種となっただけではなく、覚醒というフレーム突破に似た現象でその力を我が物とした特異個体。

 【炎塵えんじん女帝じょてい オルベイア】。


 今回は前回の騎士学校オルエススコラエラの時......シルキ大陸の一件や雨の女帝......今までとは違って、相手側の敵意と目的、存在までもがハッキリしている。


 だからこそ難しいのかもしれない。


 ユニオンの奥で集まったわたし達は、報告後から沈黙を続けていた。


 わたし、セッカ、フェアリーパンプキンにチーム狼、そしてシルキ勢。

 これだけの人数───これしかいない数───で決断し行動するワケにもいかない。相手はイフリー大陸という国であり、女帝であり、三大陸までもを支配するべく堂々と行動している、イカレた国だ。


「ちょっとええかのぉ?」


 シルキ大陸の最高権力者であり、大神族でもある療狸やくぜんは小さく細い腕をあげ、発言する。

 シルキの領土から出た療狸は子供のような姿でポコちゃんという愛称がよく似合う。能力的な面も低下しているらしいが、療狸は元々温厚......堕落を極めぬいた性格なので戦闘力が低下しようと気にもしていない様子。


ウンディーそちらさんが大変なのはよーくわかったんじゃが、今すぐ動けぬのならシルキこっちの用事を優先してもらってええかのぉ?」


「用事? そうですよね、シルキの方々はウンディー大陸へどのような目的で? 観光......にしては早すぎるかと」


 セッカの言う “早すぎる” はシルキでの問題が解決するのが早すぎる、という事だろう。あらゆる問題を投げて観光に来たのならば納得出来るが、歓迎は出来ない。そんな含みのある言葉を平然と───嫌な印象を与えず───言えるのはセッカの人柄か。


「ワラワの目的はウンディーさんと仲良くする、じゃの。他の者は冒険者登録じゃよ」


「仲良く......? それでしたらもう既に」


「同盟、という形で仲良くしたいと思っとる」


 はいでた便利な言葉。同盟。

 ノムーとウンディーがいい感じにその同盟ってのを結ぶ雰囲気だけど、まだ決定まで進んでいない。ま、既に同盟してるようなもんだけど。


 こういうお話はわたしのジャンルじゃないし、勝手にやっててくれ。





 ウンディー大陸とノムー大陸は良い関係になりつつある。同盟───平和を目的とした国───という形で助け合いたいと両国のトップは言葉を結んだ。

 ノムー王はウンディーの女王の父親。

 この事で様々な声が巡り回っていたが、レッドキャップがノムー大陸でセツカをハメた、という事実がノムー側の暗躍を否定した。

 勿論それだけでは弱いのだが、ウンディー民は既にセツカを女王だと認め、女王の決断ならば従う、というスタンスだった。簡単に王族を信じすぎでは? との声がノムーの貴族達から上がったが、腰をおろしたまま何もしない玉座主、よりも、砂泥を頬につけてまで民間人の手伝いに励んでは叱られる女王、の方が何倍も支持しやすく好感も持てる。

 セツカは支持や好感など考えていないが、民間人にとってはこれ以上ない活動だろう。

 冒険者陣は最初こそ否定的だったが今は文句もなく、ウンディーは既に立派な国と呼べる。


 そのウンディーとノムーが同盟するのは秒読み。と噂されている中で、ウンディーがシルキ大陸を発見。未知だった大陸に上陸したのは喜ばしい事だが、ノムーは「ウンディーとシルキが同盟するのでは?」と不安や不満を囁く者も現れていた。

 しかしそれさえも吹き飛ばしたのが、ノムーの騎士学校で起こった魔女事件だ。

 ノムーで起こった事を解決したのがウンディー。そしてウンディーはノムーに対し解決の見返りを一切求めなかった。

 ノムー側はウンディーとの同盟を決定的なものにすべく、意思を固めた矢先に爆発する人間が現れ、まだ正式に同盟を結んでいない状況と言える。


 療狸やくぜんはここまで知ったうえで、シルキとの「同盟」という言葉をウンディーに持ちかけたのだ。

 見方によってはウンディーとノムーの関係へ割り込む形に見える。しかし療狸にそんな趣味はない。



「ウンディーさんはノムーさんと同盟秒読みじゃと聞いておる。ワラワ達との同盟はノムーさんと相談した上で決めてくれても構わん。となると、相談の場に出せる魅力を提示しなければならんのぉ......」


 妙な言い回しで言葉を並べ、療狸はシルキ勢をわざとらしくチラチラ見る。それだけにとどまらず、


「と言ってものぉ......どんな事が魅力になるのか、ワラワ達じゃわからんのぉ。こまったのぉ......」


 今度はセツカをチラチラ見て呟く。


「......はぁ、シルキの権力者は結構やり手なんですね」


 療狸の目的はウンディーとの同盟。

 シルキは外の国と関係を持つならウンディーを経由したい、と強く思っている。

 その “経由” を今療狸は行っていた。言い換えれば......ウンディー以外がシルキと同盟するメリットへ、眼を向けてもらうための準備。と言った所だろう。今回のメリットとは言えないが、嫌でも眼が向くように魅力を着せて、療狸は白々しい発言を重ねていた。



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