◇治癒術と医術



 女性だけで構成されている治癒術師ヒーラーギルド【白金の橋】のギルドハウスから数十分でバリアリバルのメインストリートに出る。【白金の橋】は以前のギルドハウスをリフォームし、医院【ミナーヴァ】を経営している。

 リピナは【フェアリーパンプキン】の個人依頼から帰還し、ギルドハウスではなくミナーヴァへ向かった。他のメンバーは街で会った面々と何やら会話していたが、リピナは一刻も速く得た情報をまとめたいと思い、一声かけ離脱。


「ただいま───あら......」


 医院には冒険者だけではなく民間人も沢山居た。普段からちらほらと患者は訪れるが今日は一段も二段も多い。


「リピナちゃんリピナちゃん、以前もらった薬が良く効いてねぇ。腰痛が治まったよ、ありがとう」


 優しくゆっくり喋る老人へリピナは、


「それはよかった、薬を調合してくれた子にも言っておくね。でも無理しちゃダメだよ? 痛みがおさまってもなおったワケじゃないからね?」


 一刻も速く情報をまとめたいという気持ちとは裏腹に確りと対応していると、今度は子供が泣きながら入ってくる。


「あらあら、どした? どっか痛いの?」


 今度はリピナから声をかけ、子供と同じ目線まで身体を低くし頭を撫でる。

 泣きながらも子供は説明し、盛大に転倒し擦りむいた膝を見せる。


「痛かったね? ここまで我慢して偉いね、今転んだ時の怪我を診るのがうまいお姉ちゃん呼ぶからね」


 子供にも分かりやすい言葉を選び言うリピナ。怪我を診るのがうまい、なんて普段言わない言葉だが子供にはこれが一番通りやすいと知っている。予想通り子供は泣きながら頷き、リピナはギルメンを呼び治療を任せた。


 治癒術は便利だが万能ではない。

 怪我の状態にもよるが、時間があるならば治癒術よりも医術で対応した方が、簡単に言えば完治後患者への負担が少なく済む。

 治癒術と医術は似ているようで全くの別物であり、その線引きを何度も治癒医界の名医達が会議し、数ヶ月前やっと法的に定まった。


 何でもかんでも治癒術で解決していては医者が成り立たない。かといって医者がいなくなればそれは大事件だ。

 治癒術で治療した場合のメリットとデメリットを明確にした所、リピナもわかっていたがやはり治癒術は本格的な治療には引けを取らないにしても絶対に及ばない。再生術などか絡むと話どころかジャンルが別になるのでそれは除外し、やはり医術こそ生命を太く繋ぐ技術なのだ。


 治癒術師ヒーラーは治癒術のデメリットとなる部分に眼を向けない癖があり、医者は治癒術と聞けば聞く耳を持たず全面的に否定する。

 長年この関係は続いていて、今更医師と治癒術師の和解なんてリピナも求めていない。

 しかし、それは医師と治癒術師の問題であり患者には一切関係ないのだ。そこをリピナ長年強く言い続けつつ、治癒術師としての実力、医者としての実績を積み上げ、今や地界一とまで言われる治癒術師であり医者まで成長。強い発言権を持ったリピナは「治癒術と医術は別物」である事を具体的に語り、データなども提出し、やっと治癒術と医術の違い、線引きが出来た。


 治癒術師はあくまでも治癒術師、医師ではない。


 これがリピナの考えであり、世界の考えと言えるだろう。

 凄腕医師と凄腕治癒術師が居て、自分が怪我や病気の場合、大多数は医師へ相談する。治癒術師では病気を治せないからだ。


 治癒術のメリットは即効性。

 ここは医師も認めざるを得ない。

 切傷や擦傷などを数秒〜数十秒で治す事が出来るが、この “秒で治す” が落とし穴となっている。


 人間───生命には自己治癒能力というものが必ず備わっている。手を包丁で切った時や転んだ擦りむいた時などを想像すれば理解できるだろう。

 この自己治癒力を活性化させるのが治癒術のベースとなっている。活性化させ内部から治癒しつつ外部からも治癒するのが治癒術。

 つまり治癒術に頼ってばかりいると活性化が当たり前となってしまい、基本の自己治癒力が著しく低下した状態がその人の基本となってしまう。こうなれば治癒術を使った所で秒で治す事は不可能となるのは言うまでもない。


 このデメリットを治癒術師達は語ろうとしないのはいかがなものか。リピナひとりが語った所で当時では「小娘が何か言ってる」程度で流されたり、ある程度実力をつけて再度発言しても「その程度の実力で客取りか?」など心無い言葉を投げかけられ続けていた。


 勿論、医術にもデメリットはある。

 治癒術との大きな違いであり、医術のデメリットとして一番にあがるのが時間。

 魔術ではなく技術での治療となれば状態に対して相応の時間が要求されるのは仕方ない事ではある。そして時間と同時にあがるのが体力だ。

 治療を受ける側もする側も時間と比例して体力が消化されてゆく。治療環境や怪我の状況によっては合併症なども発症する恐れがある。


 治癒術にも医術にもメリットとデメリットはトレードオフとなっているため、状況を見てどちらを施すか適切な判断が必要になる。


 と、ここまで言ったうえでも人は治癒術を選びたがる。痛みや苦しみを瞬時に和らげる事が出来るという点が治癒術の強い部分であり人々が求める部分を特化していると言えるだろう。


 しかしその治癒術が原因で自己治癒力の低下や治癒術ではどうにもならない病気の治療などで苦痛を舐める事になっているのも事実。治癒術にばかり頼っていた者が病気になった場合、本来の治療よりも遠回りな治療が必要になり、単純に2倍の苦痛を味わう事になってしまっている例も実際にあがっている。


 酷い言い方だが、冒険者がそういった状態になるのは仕方ない事だ。モンスターや犯罪者との戦闘で負傷した場合悠長に治療してもいられない。治癒術で瞬時に治したりポーションで誤魔化したり、スピードが求められる環境下で活動しているので後日どうなろうと冒険者達は気にはしない。

 しかし、ここ近年では冒険者ではない者もまるで冒険者のような自己治癒力の低下や不必要な耐性を持ってしまっている者が何人も現れている。

 この点に関しては患者が選んだのだから仕方ない、では済まされない。

 患者は治癒術師ヒーラーを医者だと思い込み訪れているからこそ発生している現象であり、治癒術師は確りと自分が治癒術師である事、医師ではない事を伝えるべきなのだ。勘違いしたのは患者だ、なんて言葉で片付けられる程軽い問題ではない。

 このような事がまかり通ってしまえば医学も医術も持たない者が民間療法レベルで医師だと言い張り、治療とは到底呼べない処置で治療費を搾り取る事が可能となってしまう。

 そうなってはならない、そうさせないよう、治癒術師と医師が確りとしなければならないのだ、とリピナは強くと思っていた。


 だからこそ、リピナは治癒術と医術を学んだ。

 治癒術師と医師の両方に対し強い説得力を得るためには自分が両方出来なければならない。それが最低条件であり、両方で明確な実績───技術力───を持つことでやっとスタートラインに立てたのだ。


 まだ曖昧な部分もある、認められない部分もある、それでも、治癒術も医術の違いを、両方の良さを活かした環境を、以前よりも用意出来たのはリピナの頑張りのおかげだろう。


「〜〜〜っ、ふぅ......さて、頑張ろう」


 リピナだけではない。ギルド【白金の橋】のメンバーやリピナを支持してくれた治癒術師、医師の存在。


 そして、尊敬する自慢の姉と理解者であり親友の存在がリピナを支えてくれたのだろう。



 派手好きのリピナには似合わないシックなペンを持ち、好みではない赤色の眼鏡をかけて、リピナは治癒術師として医師として、カルテをまとめる作業を開始した。





 ウンディー大陸が活気で熱を上げている頃、イフリー大陸では冷たく静かに沈む人物がいた。

 日陰に身を落とし膝を抱える女性はイフリー大陸この辺りでは珍しいシルキ装衣。隣に立つ男性もシルキ装衣だが代表的な和装ではなく、シルキのとある地方では定番な漢服かんふく

 シルキ大陸には和服と漢服の二種類が存在しており、どちらもシルキの文化ではあるが比率は和服の方が圧倒的に多いと言われている。

 これからは洋服───三大陸では定番な衣服───も普及するのではないかと思われているが、今はそんな事を考える時ではない。


 イフリー大陸の首都デザリアの日陰で気を沈め落としているのはシルキ大陸 療狸寺やくぜんじで生活していた人間 ちあき。隣にいる男性は テルテルと呼ばれる遺体。ちあきの能力は遺体に自身の血液で書いた札をつける事で操る事が出来る操作系能力。


 この、ちあきという女性こそイフリー大陸の最後の王族であり、前デザリア王の娘。


 幼い頃シルキ大陸へ流れつき、それからはずっと療狸寺やくぜんじで暮らしていたがエミリオと邂逅し外の世界の現状を聞き、シルキ大陸を出ていた。


 自分は王族であり、王族の責務は人々を導く事。

 そう胸に宿しイフリー大陸へ戻るも───そこはちあきの想像を遥かに超えた見知らぬ大陸となっていた。

 街並みは何十年も前と変わらない。しかし人々が、人々の眼が、せいを感じさせない。絶望さえとうに越した瞳。諦めの意さえ遠い昔に捨てた渇ききった瞳は、現在イフリー大陸を支配しているデザリア軍 大将【オルベア】の命の支配によるものだった。


 命令に従わない者は不必要なゴミ。

 命令に恐怖心で従う者は使い捨てのゴミ。

 命令に従う者は使いようのあるゴミ。


 人の命をゴミだと言い、その破棄権は自分にあるとオルベアは言い放ち、反論した者をその場で爆死させた。


 王族として、ちあきに出来る事は......見てる事だけだったのが悔しくて、力が無い自分を責めて、子供のように悲しむ事しか出来なくなっていた。


「......」


 テルテルもかける言葉を蒸発させてしまっていた。



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