◇奇妙な病、奇っ怪な病魔



 帰還した理由と目的、外界がいかいへ渡航する理由と目的。これらを聞く過程で【黄金の魔結晶】と【特種魔結晶】、【魔結晶塔マテリアルタワー】の話も聞けて、もうこれ以上この集まりに意味はないだろう。とわたしは思っていた。

 近い未来か遠い未来か、わたし達は外界へ行く事になるのは間違いない。でなければここに呼ばれる意味がない。それも理解した。


 その上でまだ何か話があるのか、この集まりが終わらない。

 今更どんな内容の話が飛んできても【ジルディア】のサブマス【ノレッジ】が語った話題が濃すぎて他の話題など泡だ。


「この流れで語るにはインパクトが足りなすぎて耳に届かない者もいると思いますが───ここへわたくしが来た以上は確りとその意味を残しておきますわ」


 声を上げたのは聖職者コスプレをしているチビ。そのチビの椅子を引いたのは隣にいる聖職者のお姉さんだ。

 チビはダルそうに立ち上がり、嫌そうな顔で名乗る。


わたくしはギルド【アンティルエタニティ】のマスター【クレア】......リトルクレアとも呼ばれていますわ。冒険者ランクはトリプルSSS-S3ですのでクチの利き方にはお気を付けてくださいまし。特にそこの脳味噌砂糖マルツィパン


 わたしを軽蔑するように見て言ったチビだが、そんな言葉は既にこの耳に届かない。

 あの小生意気なクソチビがあろう事かトリプルSSS-S3の【リトル クレア】だったとは......どう見ても聖職者コスプレ、視線を変えて見ると修道女の見習い、がいいとこだ。そんなチビガキが最高ランクだと? それもギルドマスターだと?


「私が話すのは、外界の恐ろしさ、といった所ですわね。勿論私が今この場で語る内容よりももっとずっと恐ろしい世界ですので出向く際はお気を付けて」


 微笑を浮かべるクレアの発言は先程のゼリーの発言と矛盾しているようにも思えるが、ノレッジが精神論のように付け足した事で “外界には危険がいっぱい” という子供のような印象で理解させてくれた。

 まぁ......わたしは俗に言う外来種なので外界の事は知っている───魔女界とその関係周辺だけだが───のでいかに危険かも理解出来る。


「語る前に見てもらった方がスムーズですわね。ヴィアンネ、手伝いなさい」


「本当によろしいの? ここでは殿方の眼も」


「裸になるつもりはないですわよ。まぁ───裸を見る覚悟がお有りでしたらお見せしますけど」


 含みのある言い方を残し、クレアの隣に座っていたお姉さん【ヴィアンネ】が詠唱を始めた。譜面的にこれは......補助魔術か。


「っておい! クソチビお前何で脱い......で......!? お前それ......」


 ヴィアンネが詠唱を終えると同時にクレアは装備を解除し下着姿を晒す。

 一瞬で下着姿になったクレアへヴィアンネは素早く魔術をかけた。補助魔術といっても何かしらの耐性を上げるタイプではなく、バフやデバフを打ち消す系の魔術だった。

 クレアは魔術で自身の肌を覆っていたらしく、それがゆっくり解かれる。

 わたしが言葉を詰らせたのは一人目、、、と視線がぶつかってからだ。それから二人目、、、三人目、、、と露になり、同時に様々なモノが看破される。


 裸を見る覚悟があるなら見せる、と言った意味が嫌でもわかる。同時にとても......苦しくなる。


「恐怖とは、恐怖を感じた瞬間にはもう遅い事柄にこそ相応しい言葉......これが外界の恐怖と言っても過言ではありませんわ」


 澄んでいたクレアの声はまるで首を絞められている猫のようにひずみ、色白で綺麗だった肌は不健康な冷土色となり───身体には具現化した恐怖が涎膿を吹く。


 誰もが言葉を失った。

 先輩、生意気世代ディスオーダーは険しい表情を浮かべ、わたし達、問題児世代バッドアップルは戦慄。


 ぎょろりと眼球を回す者、クチをだらしなく開き涎膿を垂らす者、白目をむき舌を伸ばし唸る者───いくつもの【人面瘡じんめんそう】が身体そこにはいた。

 それだけではない。皮膚の下を這いずる線虫の膨らみ、首筋にある黒い亀裂からは膿が滲み、眼球の白目部分には痛々しい刺突傷、背腹部には港の岩場などでよく見る小さい貝のような物体がビッシリと集合し鼓動しては膿潮を吹く............ひとつひとつ言っていたらキリがない程、クレアの身体は異常を孕み極めている。


「これは一括に奇病きびょうと言われるモノですわ。細かくジャンル分け可能ですが、今それは必要ありませんわよね」


 数秒前と変わらない態度のクレアだが、ひらりと扇いだ手にも無数の───首筋とは違うタイプの───亀裂が走っておりグジュグジュと赤黄色に膿み、指なんて引っ張れば千切れそうなほど深く横裂けしている。


 同世代で同じ外界攻略を行っているメンツは知っている事らしく驚いたりはしていないが、見たいものでもないので視線を流す。

 こっち側は見ていられなくて視線を伏せる者や、あからさまに嫌な顔を見せる者など様々で、わたしは......ここまでのは見た事ないが、こういうのは初見ではない。


「この様に、外界には様々な奇病が存在していますの。いつ、どこから、どのように、飛んでくるかわからない奇病モノも確かに存在していますわ。そして面白い事に奇病という枠の中には能力反動なども含まれてますのよ。例えば......そちらの狐さん」


 突然指名されたプンプンは満月のように眼を丸くする。普段なら大袈裟な反応だが、相手が相手で初見とくれば当たり前の反応ともいえる。


「ボク!?」


「貴女のそれ......能力のSFを突破した結果で変化系能力の変化部分が残った。それはあくまでも突破した結果であり奇病の類いではない───ですが、能力を長時間使用した際、貴女に起こる現象は奇病と等しいですわ」


 クレアはプンプンの能力を知っている───いや、買ったんだ。プンプンの能力詳細を。

 わたしはセッカの横に座る情報の出処【皇位情報屋キューレ】へ訝しげな視線を飛ばすと、キューレはわざとらしく視線を斜め上へ向け、ベロを出した。つまりプンプンの情報をクレアへ売ったという事だ。しかしまぁ......それがキューレの仕事でありキューレだからこそ仕事として成り立っている。売った買ったに文句を言うつもりはないし、それが嫌なら上手な距離感で関係を保てばいいだけの話だ。


「能力使用の代償リスクが奇病......確かにそうかも。リピナにも「こればっかりはどうにも出来ない」って言われた事あるし」


 その言葉にわたしもピンも来るモノがあった。

 魔術───魔女力ソルシエールを濃く使った魔術の反動。あれはリピナの治癒術でもだっぷーとしし屋の薬品類ポーションでもどうにもならなかった。

 今の所、わたし自身の能力での反動で何がか起こるという事はないが、魔術反動は確かに奇病の1種と言っても過言ではない。ケセラセの言葉を少し借りて言うとわたしのもプンプンのも “法則と原因が判明しているタイプの奇病” だろう。


「逆に......そちらの貴方」


「......? 俺?」


 今度は狼耳を持つ大剣使いカイトが指名される。


「貴方の尾骨付近から出ているはわかりませんが......頭にある耳や半身に浮かぶ模様も同じく奇病ですわ。しかし先程の狐さんとは違って、ハッキリとした原因が不明......まさに奇病と言えるモノですわ」


「......奇病、か」


 何か心当たりがあるのか、カイトの表情が曇った。


「この様に、奇病という枠は広く、それでいて内容は様々。わたくしがこの身に孕む数多くの奇病も外界がいかいではそう珍しくありませんの。流石にここまでの数を抱いている個体は珍しいですが、ひとつひとつの内容は比較的メジャーな奇病。皆様が思っている以上に身近に奇病が存在し、気付かないうちに奇病に侵食されている場合もあるという事ですわ。未知を警戒するよりも既知を警戒する事、そのためには未知を既知に───知るべきなのです。奇病という存在について、関係している事柄を、少しでも多く。対策を打てないモノも確かに存在しますわ。しかしそれは知った上で出る答えであり、放置していては対策可能か不可能か、1ミリでも奇病の痛みや侵食を和らげる事が可能か不可能かも知り得ませんのよ。アナタ方 問題児世代バッドアップルに足りないのは知る事だとわたくしは思ってますの。事が起こって知るではなく、事が起こる前に予備知識として知っておく。それが過程や結果にどれだけ影響するか───もう身を持ってご存知な方もいらっしゃるのではないです?」


 中々に耳が痛くなる事を......。

 無知というのは知識を得る機会を自ら手放した結果であり、自業自得。

 知識とは物事を円滑に、効率的に進めるための技術と比例するモノ。

 理解しているフリをしている者、行動しても結果に結びつかない者、そもそも行動さえまともにしていない者、理由や言い訳を捻り出しては自分を弁護する者は思考停止しているだけ。


 予備知識が過程と結果にどれだけ結果するか、というクレアの言葉は痛い程よくわかるうえ、どんなジャンルにも通じる鋭い針のような言葉だ。


 この言葉を鍼灸と受け取るか毒針と受け取るかで、自分のこれまでの行動や姿勢がよくわかる。


 わたしは......毒針のように感じたので今までそういった事柄を曖昧に、先送りにしてきたクチだ。


 そのシワ寄せかツケか、魔術反動に苦しむ日々が突然始まった、、、、、、という印象。


 知っていれば突然ではなかったのに......ここは後悔よりも深く反省すべき点だ。


「奇病というワードの重みが自分には無関係だと思わせているという点は理解できますが、今は無関係なだけですのよ。いつどこで飛んでくるか、降り掛かるかは誰にもわかりませんの。飛んできた時、降り掛かった時にはもう遅い、なんて......恥ずかしくて笑えないですわよ」


 ......全くその通りだ。小さな身体には重すぎる、その身に余る奇病をかかえたクレアの言葉は否応なく耳に届いた。

 【リトルクレア】......きっとあの体格サイズも奇病絡みなのだろう。他人であるうえにどちらかと言えば嫌い寄りなヤツだが、さすがにかかえすぎだと思ってしまった感情これは同情なのか。わたしにはわからなかった。




 奇妙なやまいであり奇っ怪な病魔びょうまである奇病きびょうは身近に潜み、まるで能力人格ディアボロや魔の深淵のように虎視眈々とその牙を光らせている。




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