◇集会場酒場



 騒音に揺れるシーリングファンの下───集会場1階は酷い有様になっていた。砕け散る食器類や飛び散る飲食物。テーブルやイスも転がっている中で誰も止めようとしない───止めるのが勿体無い───喧嘩が勃発していた。


 現在の地界ちかいで派手に名を馳せる世代、問題児世代バッドアップルと、地界でその名を知るぬ冒険者はいないと言われる四大よんだいギルドの中でも最も冒険者らしく最も強いと言われるギルド【ジルディア】のダブルSS-S2が周囲を気にせず本格的に戦り合い始めていた。


「オラァ! 怪我したくなきゃとっとと消えろ雑魚共!」


 豪快にテーブルを蹴り飛ばす狼耳を持つ赤毛の男性、ギルド【ジルディア】のダブル冒険者【ウガル】は獰猛な笑みを浮かべ気分良さそうに暴れまわる。


「おい! お前、いい加減にしろよ!」


 跳んできた丸テーブルを大剣で斬りウガルへ苦情を飛ばしたのは問題児世代バッドアップルの狼耳を身体の左側にアラベスクめいた模様を持つカイトだった。

 赤毛の狼ウガルと瑠璃狼ローウェルのカイトはお互い耳持ちの大剣使いと言う共通点から───ウガルが一方的にターゲットに選び───戦闘していた。

 始めこそやる気がなかったカイトだが、ウガルの横暴な言動にシビレを切らした。


 危なっかしく騒がしい集会場でイスに座り誰かのビン酒を勝手に呑む褐色肌のマフラーは、


「あの子なんて言うの?」


 カイトを見て近くの問題児世代バッドアップルへ訪ねる。


「カイトだよお! 私はだっぷー!」


「カイト......あれが噂の瑠璃狼ローウェル君かぁ! ウガルより1000倍イケメンじゃん」


 グビ、と酒瓶を傾けつつウガルとカイトの喧嘩を見学する女性。いつどこから何が跳んでくるかわからない状況下でも酒を呑む余裕は最早イカレてる。


「お前はにゃんて名前にゃまえニャ? 私はゆりぽよニャ」


「ん? ───ぶっ、猫人族ケットシー!? マジに居たの!? びっくりしてお酒吹いちゃったよ」


「勿体にゃいニャ! 酒は呑んでも吐き出すニャ!!」


 別の猫人族がこの騒動に紛れて収集した酒瓶を大事そうに抱きながら現れると、再び驚きの表情を浮かべる褐色の女性。


「噂には聞いてけど、本当普通に居るんだね!? その尻尾ってさ......掴んだら「らめニャぁぁ〜〜」とかなるの?」


 褐色の女性はフリフリしている猫人族の尻尾にゆっくり手を伸ばしつつ「掴んじゃうぞ〜」と脅しをかけるも、


「......? ラーメンにゃー?」


和國シルキにょラーメン食べたいニャー! ゆりぽよラーメン作ってくれニャ」


 予想外の対応に褐色女性はゆりぽよの尻尾を掴んだ。


「おわっ、ビックリしたニャ。にゃんニャ?」


「......それだけ?」


「?? 強くにぃぎると痛いニャ」


「......何か思ってたのと違う! もっとこう、敏感な尻尾とかないの!?」


 尻尾持ちの尻尾は敏感でなければならない、と考える褐色女性は猫人族の尻尾の普通感に裏切られた気持ちになり、テーブルに顔を伏せ「違うじゃん! 尻尾ってそういうものじゃん! 突然の刺激にフニャる声とか出すのが尻尾じゃん!」と嘆く。


にゃんだコイツ......」


「......ウォェ......吐きそうニャ......」


にょんでも吐き出さだしゃにゃいんじゃニャいのか? リニャコイツにゃにしてんニャ......」


 アルコールに胃を殴られたのか、猫人族のリナは嗚咽を響かせ膝をつく。褐色女性は未だにテーブルへ顔面を付け「ブーブー」と、本当に「ブーブー」と言い続けている。

 ゆりぽよは近くのテーブルにあった手付かずのパンを取り、至る所で喧嘩が開戦している集会場内で普通に食べ始める。隣にだっぷーも座り「半分ちょうだい! ミルク飲む?」といつもの調子でグラスにミルク味の酒を注ぎ、ゆりぽよは「それ酒ニャ。でも貰うニャ」と。

 少し離れた位置でウガルとカイトが大剣を激しく衝突させているというのに、ピクニック気分で2人はパンを食べる。


 そんな1階を他所に2階では、


「貴方は噂の眼帯さんじゃないの?」


 バジル色の髪を持つ女性が剣を持ったまま、イスに腰掛け酒を呑む男性から眼をそらさない。


「どんな噂だ」


 シルバーアッシュの髪をガシガシと掻きながら騒がしい1階へ溜息を落とす。


「チビの近くにいる黒眼帯してる野郎、が私くらい強いって噂」


 敵意のようなものを一切含まない声音と雰囲気を感知した黒眼帯は記憶の蓋を開くまでもなく、その “チビ” と “黒眼帯” に心当たりが。そして彼女が言いなれていないであろう “野郎” というワードから、この噂は下で騒がしく吠えてるヤツから聞いたんだな、と理解する。


「確かに俺は黒眼帯をしている。だが俺の近くにチビはいたか? そしてお前の言う “野郎” は多分男性の事を指す野郎じゃなく、性格を関係なしに他人を指す “ヤロウ” や “ヤロー” だと思うぞ。どうせその噂は下で騒いでる赤い野郎から聞いたんだろ?」


「......ちょっと難しい」


 クチ元に手を置き、考えるポーズをとった緑髪の女性を気にする事なく集会場酒場の名物、10分アヒージョと酒を楽しむ。

 ちょっと手の混んだ料理でも冒険者は待てて10分が限界、というコンセプトから考案されたアヒージョはその短気な雰囲気とは裏腹にオシャレな器で美味しいと観光客からも人気のメニュー。


「貴方は違うの?」


「違う。人違いだとさっきも言ったろ」


「うん。でもあの時は何も話してないのに違うって」


「俺はこの街に来てまだ数ヶ月だ。たった数ヶ月で突然襲われるような怨みなんて買った覚えはないし、そもそもお前を知らない。それに俺の場合は黒眼帯をしてる、、、じゃなく巻いてる、、、、って表現が正しい。両眼を隠すように巻いてるから眼隠しって言うヤツもいるくらいだ」


「......してる、と、巻いてる......眼帯と眼隠し......ちょっと難しい」


「......、、何なんだお前」


 トウヤは今まで言葉にはしなかったが、初対面の段階で思っていた事をクチにした。


「私はリント。竜騎士族だけど希少種アルビノ。外界育ちの竜騎士族だから地界こっちみたいに滅んでない。爪痕、見える?」


 リントと名乗る女性は右眼を見せるように少し屈んだ。トウヤは爪痕が何を意味するのかさえ知らないうえ興味もなく、


「悪いな、盲目の身なんで見る事は出来ない」


 噂のチビがこの場にいたら「都合いいな」ら「今の返しは眼を瞑ってやる」くらいの言葉は飛んでくるだろう。実際、見えないが視えている。女性の顔も髪色も、その妙な雰囲気を醸す瞳も。


「盲目......は、眼が見えないって事。でも貴方は眼が見えないのにお酒を呑むの? アヒージョ食べられるの?」


「クチはあるからな」


「でもさっきから溢したりしないよ?」


「行儀はお前らよりいいからな......もういいだろう。俺はお前が探している眼帯じゃないし、俺はお前に用はない。これで話は終わりだ」


 左手をヒラヒラ扇ぎ、帰れ、を伝えるも、リントは持っていた剣を構え始める。


「話は終わり、うん。それじゃあ、始めようか」


「は? 用は済んだだろ。さっさと帰れ」


 溜息が出そうになるも、相手によっては溜息さえも挑発とみなされる場合があるので、トウヤは堪えた。


「貴方は私の剣をフォークで止めた。雰囲気でもわかる。貴方、凄く強い」


「......買いかぶりすぎだ。俺の冒険者ランクはEだぞ」


「この街に来てまだ数ヶ月って言ってたよね? 冒険者登録して数ヶ月じゃEでも仕方ない」


 今度こそトウヤはこの女性に向け溜息をついた。会話も上手く進まない、何を考えてるか理解出来ない、何より、コイツに興味がないのでこれ以上時間を使うのが勿体無い。とトウヤは強く思い、


「俺は意味もなく時間と体力を使う事は好きじゃない。時間と体力を使う時はそれに見合った報酬、自分にとってプラスになる場合以外は極力動きたくもないんだ。そしてお前の相手をする気はない。体力も時間も使いたくない。帰ってくれ」


「......わかった」


───理解できたか。


 と胸中での呟きと同時にリントは言った。


「一緒にご飯食べてた人達を斬れば、きっと相手してくれるよね?」


 なぜそうなる、と喉まで言葉をあげるもリントは言葉よりも速く行動に移っていた。2階から飛び降り、手近にいたリナを上から狙う。


「───ニィ?」


 気配を感じたものの酔っぱらい猫はダラダラと反応する。見上げた時には既に刀身がブレていた。


「ニィ!?」


「───!?」


 振られた剣はリナの鼻先で黒い壁にせき止められ、リントは手に伝わった不思議な衝撃に眼を見開いた。


「無意味な事も嫌いだけど、そういうのもっと嫌いなんだよ......。“自分が楽しむためだけに他人に手をかけるヤツ” が。そういうのを “見てみぬフリ” するのもな」


「やっぱり凄く強そうだね」


 心の底から乗り気ではない喧嘩を───喧嘩になるか不明だが───トウヤは仕方なく買った。





「エミちゃ、どこ行ったのかな?」


「ノムーから戻ってきてから、雰囲気変わったよねー」


「そうね。まぁ好き勝手なのは毎度の事だし今回もその結果で何か変化が......?」


 ギルド【フェアリーパンプキン】の面々はどこかで食事を取るべく街を歩いていた。時間的には既に夕食ではないにせよ、この時間はアルコールを提供する店にとって稼ぎ時。賑わうのも無理はない───が、ひぃたろが視線を向けた先は集会場。


「どうしたのひぃちゃん......む? なんか騒がしくない?」


「本当だね、集会場の方かな? でも、あっちも騒がしいね?」


 プンプン、ワタポも集会場へ視線を向けると逆方向からも何かが崩れるような音が。しかし騒がしいのは圧倒的に集会場方向。


「行ってみよう!」


「気になるもね、でもプンちゃ、安易に首突っ込んだらダメだよ?」


「あの魔女バカがいないからゆっくり出来ると思ってたけど、最近のプンちゃんの好奇心は同類なのねって思う瞬間があるわ......」


「あはは、少しわかるかも。規模も度合いも圧倒的にエミちゃが上だけどね」


「エミちゃんと一緒にしないでよー! ボクあんなに滅茶苦茶じゃないよ」



 逆方向からの音も気になるが、やはり騒がしすぎる集会場が気になり3名と1匹はそこへ向かった。


 集会場とは逆───【空虚の酒場】方面ではひぃたろのいう魔女バカが海賊ギルドの船長と戦闘喧嘩し始めた頃だった。



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