◇バッドアップル



 様々な属性弾───特種魔弾ウルフバレットを試し撃ちする【キャプテン ゼリー】に対し、わたしは下級魔術で対応しつつ接近を試みるも、猿のように動くゼリーは絶妙な距離を保ちつつアンティークピストルを鳴かせる。


「この弾丸も凄いけど......アンタも当たり前のように動きながら高速詠唱かい。何より発動までのラグがほとんどないのは驚きだねぇ」


 高速詠唱の存在を知っている......それに今、アンタも、、、、と言った。


「わたし以外の魔女に会った事あんのか?」


外界あっちで目立てば嫌でも会うさ」


 数分で数百発をあっさり撃ち終えたゼリーは一旦動きを止めた。会話を楽しむつもりか知らないが、ここで距離を一気に詰める以外に選択肢はない。

 魅狐プンプンの能力を真似パクった補助魔術【サンダーブーツ】で行動速度を上昇させつつ突進系剣術を使う。元々 突進コレ系の剣術は剣術の特性として速度が上昇される。そこへ【サンダーブーツ】が上乗せされ、自分でも予定外の速度に心臓がフワッと浮いた───と思った時には酒樽の山へ2度目の衝突。

 今回は剣術での衝突なので酒樽が豪快に散らばり、わたしはひっくり返る形で停止。


「......痛って、つーかわたしだっせぇなクソ!」


 見事に回避され無様な姿を晒すわたしをゼリーは一瞬も見ず指先を走らせ、新たな武器を取り出した。操作のシンプルさ、装備変更までの速度から考えて【ショートカット】に登録されているガチ装備を引っ張り出したのだろう。

 アンティークめいた海賊銃は粒子を散らしフォンポーチへ収納され、新たな武器───見た事のない形状の大振りな武器がゼリーの手に。


「初めて見るだろう?」


「あぁ......ダセェ武器だな。さっさとしまえよダサすぎて見てらんねーぜ」


「ダサいは同意する......海賊っぽさが全くないから好きじゃないんだけど、アタシの性格に合ってるうえ強いんらしいんだよねぇこの武器」


 確かに海賊っぽさは感じられないが、スタイル優先なんて言っていたらピストルやダガー、サーベルくらいしか使えなくなるだろ。海賊と言っても前提には冒険者がある。となれば装備類への気遣いや自身に適応したスタイルこそが生命線を深く濃くする......と、わたしなんかよりも理解しているからこそのチョイスだろう。

 あの半円系の大武器がどんな構成を産んでいるのか......警戒しつつ大武器の隙を突く作戦が───


「投げ!? ───ッぶね!」


 ゼリーの性格、武器のサイズからパワー型だと予想し、予想通りパワープレイだったがまさか武器をブーメランのように投げて使うとは予想外。

 飛燕系のような引きのモーションがあったからこそ何とか回避出来たが石壁を抉り砕く威力と狙いの正確さは脅威だ。


「いい判断だねぇ。そんな武器えだじゃ受けきれないパワーがこの武器にはある。そこが気に入ってるポイントのひとつさ」


 武器がまだ手元へ戻っていないにも関わらずゼリーは自ら武器に向かい走り、宙で武器を回収しつつ身体を回し迂回の遠心力を殺さず再び投擲する。

 武器を取る角度や速度、身体の向き。

 その全てが次の投擲攻撃へ素早く移行出来るよう考えられた動き。短い時間の中でも無駄ひとつないと思えるほど熟練された流れ。


「あぶねって! 街壊す気かサル!」


 今回も回避には成功したが───


「アンタ避けるの上手いねぇ! まるで猿じゃないか」


 攻撃後は接近する暇さえ与えず追撃が文字通り飛んでくる。半円形、三日月形、ブーメラン形、言い方は様々あるであろうゼリーの武器は重量級な見た目でブーメランよりも速く硬く、1回目より2回目、3回目と速度と命中を上昇させて。

 まだギリギリ避けられる速度だからこそ、観察に集中力を振る。武器形状はザックリ言ってしまえば弓だ。弓の弦部分が手持ちで弓の......弓の部分が刃になっているノリ。妙なのは手持ち部分が細く思える点だ。武器の規格的にみても細く頼りない気さえ湧く。


「......いい所に気づいたね」


「!? やっぱ何かあんのかその持ち手部分に」


 武器を投げては受け取りすぐ投げる、という言葉にすれば作業感しかないが実際は命懸けの攻撃方法とも言える頭のイカレた海賊は、危険な綱渡り中にも関わらずわたしの視線や表情から思考回路を予想し、ズバリ当ててきた。そしてわたしの予想も的中していた。が、


「気になるなら、力尽くで引き出してみな」


 やはりそうなるか。

 武器を変えたといっても余裕は全く揺るがない海賊ゼリー。トリプルSSS-S3の世代は喧嘩や牽制が挨拶だと身を持って知ったが、その内容は当たり前だが性格によってまるで違う。コイツは楽しみたい、または、ある程度楽しんでから終わらせる、といったタイプだろう。

 一方的に付き合わせるという部分はノールリクスと同じだが。


「......、、、」


 ゼリーは武器を回収し、投げずに着地した。眼を細め、何かを考えているような表情でわたしをジッと見るが、このチャンスを逃がすワケにはいかない。

 接近すべく一歩踏み込んだ所で、


「自分等がなんて呼ばれてるか知ってるかい?」


 武器を地面に突き脱力するように胡座をかくゼリー。罠でもあるかと警戒し足を止めとりあえず会話を選ぶ。


「知らねーし誰がどこでどう言ってても直接じゃなきゃ反応出来ねーだろ? だからあんまり興味ない」


「アンタ等の世代は問題児世代バッドアップルって呼ばれてる......いや、そう呼び出したのはクレアだっけな。そこからアタシ達もそう呼ぶ事にしたんだ」


「バッドアップル......腐ったリンゴが周囲のリンゴも腐らせるってやつだろ? わたしから見りゃ周りは全部腐ったリンゴだぜ?」


「ハッハッハッハ! いやまさにそれなんだ! 腐ったリンゴしかいない世代、問題児しかいない世代だからこそ、問題児世代バッドアップルってのがしっくりくるんだ。で、アタシ達は一斉に地界こっちへ帰還した。つまり、この街にはアタシ達【海竜の羅針盤】や【ジルディア】以外にもトリプルがいるって事。問題児世代バッドアップルに興味を持つアタシの同期が。この意味理解できるかい?」


 ゼリーはニヤリと笑い、武器を手に立ち上がった。

 この意味理解できるかい、って......全然理解出来ないぞ。

 つーかわたし達をバッドアップルって......何な格好いいじゃんかよ。


「さて、続き......いや、終わらせようか。一番興味あるアンタと遊べてよかったよ。他にも気になるヤツはいるし、バッドアップルが狩り尽くされる前に次へ行かせてもらうとしよう」


「......! そーゆー意味ことか」



◆───◆



 エミリオが酒場で【キャプテン ゼリー】と初対面した頃、適当なベンチに座り夜の街並みをぼんやり眺めているのは─── 吸血鬼ヴァンパイアではなく人間の心を持つマユキ。

 腐敗仏はいぶつの一件で心の奥底に眠っていた人間マユキが完全に覚醒し、吸血鬼と人間がひとつの身体で奇妙にも同居している。

 本来、能力ディアに呑まれた場合は能力人格が強力な主導権を握るが、マユキの場合はSFを突破し、能力の性格も良く───主人格を大切に思ってくれている性格───奇妙だが心地良く共存している。


「......もう10年くらい経つのかなぁ」


 昔の事を、まだ人間だった頃を思い出し、マユキは寂しそうな瞳で街灯を見詰めた。

 そこへ、


「今宵は如何お過ごしですか?」


 コツン、と石畳を踏む足音と共に修道服のようなデザインの衣服を着た少女が。


「え、えっと、あたし?」


「はい。お隣......よろしいですか?」


「どう───」


 どうぞ、と優しく笑いかけ少女を隣へ招こうとした瞬間、身体の、意識の主導権が強制的に入れ替わり、吸血鬼マユキは素早くベンチから跳んだ。


「───......野蛮デスねぇ、機嫌でも悪かったデスか?」


 ベンチから跳んだのは攻撃を回避するためであり、主導権を無理矢理入れ替えたのは人間マユキでは回避はおろか感知さえ出来ないと判断したからだった。


「機嫌......そうですわね、機嫌はとても悪いです。貴女のような存在がこの街で息をしていると思うと吐き気さえこみ上げてきますわ」


「あらら、それなら、げぇ〜していいデスよ? 出来ないデス? あたしが手伝って差し上げましょうか?」


 目線を合わせるようにマユキはしゃがみ問いかけると、背後に複数人の気配が。


「おぉ......仮装パーティーでもあるんデスか?」


 少女同様、修道服をベースに各々のアレンジが加えられた衣服を身に纏う連中が後ろでマユキを睨んでいた。





 同時刻、マユキのいたエリアやエミリオが入った店が同じ街にあるとは思えないほど賑やかな声があがる良心的な価格の【集会場酒場】。

 値段相応の品質と味だが、ユニオンではなく集会場なのでここでのクエストのやり取りは全て無人。ユニオンのように受付がいてアドバイザーがいる環境ではないので、冒険者達にとっては最高の空間とも言える。

 集会場と一括されているが、冒険者の本場ともいえる【バリアリバル】にある集会場は他の街や村、大陸にあるものとは規模が違って【大集会場】や【本集会場】など様々な呼び方をされている。大きな外装通り奥行きもあり、ランクを問わず冒険者達が四六時中集う。


 その集会場に設けられている【集会場酒場】で、雰囲気というスパイスを楽しみにながらジョッキを傾ける狼耳の男性と、雰囲気にさほど興味もなくスモークサーモンをクチへ運ぶ盲目の男性。ショッキングピンクの毛を持つ猫人族の少女を膝に乗せ猫耳をホニホニする露出多めな衣服の女性は左腹部に狼のマーク。各々が好きに酒と食事、癒しを堪能していた。


 ユニオンの【トラットリア】はレストラン寄りで集会場の【集会場酒場】は看板通り酒場。

 どちらも建物の2階に設けられているが、雰囲気はまるで違う。


 賑やかな声が響く中で、人知れずスイングドアが揺れる。


「相変わらず汚ぇ場所だな集会場ここは」


 現れるや暴言染みた言葉を吐いた赤髪の男性へ誰も意見はない。別の店では暴言ともとれる発言だがここでは日常。しかし声が響けば人は自然と眼を向ける。


「アァ? なぁに見てんだテメェ等。雑魚の分際で見てんじゃねぇぞカス共」


 随分な態度でズカズカ進む男性だが、言い返す冒険者はだれひとりいない。賑わっていた1階だけではなく2階さえ一瞬で静まるほど、男性の知名度は大きい。


「まーた始まった───って、ここに来た目的がそれだからまぁいいけど、雑魚とかカスとか頭悪そうな単語とその態度。どこのシタッパシリだよ」


 続けて現れたのは健康的な褐色肌と鮮やかな青髪の女性。赤髪の男性を鼻で笑い登場し、男性の睨みをマフラーで防ぎ隠し「こっち見んな犬ッコロ」と追撃を吐く。

 険悪な雰囲気を漂わせる赤と青。その間をもうひとりの女性が通り、集会場はざわついた。


問題児世代バッドアップルの......眼帯さんはいる?」


 澄んだ声で発言した緑髪の女性は独特な雰囲気の瞳で見渡す。整った顔立ちに見られ照れる冒険者へすかさず赤髪の男性が「なに照れてんだキメェなゴラァ」と喧嘩を売り、褐色青髪の女性が「テメーのがキメェわ」とクチを挟む。

 再び険悪な空気を醸す2人だが、


「......あ、いた。眼帯」


 という緑髪の声に振り向く頃には、緑髪の女性は細い身体からは想像できない跳躍を見せ、1階中央から2階へ飛び、宙で腰の剣を抜いた。抜剣と同時に振り下ろされた剣を拘束具めいた衣服の眼帯が、手に持っていたフォークで受け止めていた。


人違いだ、、、、。さっさと降りろ」


 皿に残ったスモークサーモンを指で摘みクチへ運ぶ余裕を見せる眼帯───トウヤはフォークを押し弾き、別の皿にあるカットアップルへ深く突き刺した。



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