◇喧宴 2



 たまたま入った店【虚空の酒場】で、個人的な価値観で言えばボス系モンスターよりもレアな存在、トリプルSSS-S3のランクを持つ冒険者と本日2度目の遭遇。2度目と言っても別の冒険者で1度目はギルド【ジルディア】のマスター【ノールリクス】で、今はギルド【海竜の羅針盤】のマスター【キャプテン ゼリー】だ。

 せっかく入った店も、この海賊女がウザ絡みをしてきたおかげで出る事に。機嫌がよろしくない状態で海賊女の絡み───にしては銃発砲はイカレてる───に腹が立ったので喧嘩を買った。


「店からも離れたし、ここならいいだろ」


「周りに店あるぞ。責任はお前がとれよ海賊」


「弁償代なら任せな。必要なら、だけど」


 いちいち腹立つ言い方をする女は、胸の谷間からフォンを取り出した。この胸の谷間からってのも無性に腹が立つ。


「後からアレだコレだと理由をつける馬鹿が多くてねぇ。そういう馬鹿はもう一度ボコボコにしてやってるんだけど、雑魚を相手にするのは手間でしかないだろ? だからアンタも今しっかりと装備を整えな。二度手間はごめんだよ?」


 三角帽子と眼帯はそのままで、女は装備を追加する。手元や首元といった端部分が無駄にふぁさふぁさしている派手なパイレーツコートを肩に羽織る。露出度が恐ろしく高かった海賊女だが装備を整えた事でまさに【海賊】となった。様になってるのがまた腹立つ。


「へぇ......魔女って聞いてたけど装備は手品師みたいだねぇ。可愛過ぎず、でもしっかりキメてる。似合うじゃないか、益々気に入ったよ」


「こっちは益々気に入らねーな。海でプカプカしてろよ海賊」


 剣と短剣を抜くと海賊女も素早く武器を、さっきの店で見たのとは別の銃を取る。


地界こっちに戻ってきて一番驚いたコレ、、を使ってみるとしようか」


 キン、と指で弾き飛ばした何かを宙で銃に装填してみせる海賊女。わたしが今まで見てきた魔銃とは違った形状で───と言えるほど見てきてないが───アンティークな雰囲気を持つ独特な銃が装填したばかりの弾丸を咆哮と共に吐き出した。


「ッ───ぶね!」


「武器に手をかけた時点でもう幕は上がってる! さぁ楽しもうじゃないか!」


 弾丸が頬を掠めた。頬───つまりアイツは流れるような動きで確りと頭を狙って撃ってきたという事になる。

 防具部分ならば並の防具じゃないのでだいぶダメージは軽減されるが、肌が出ている部分はノーガードだ。狙いを定める動作は見えなかったのにこの命中率は......ナメてるとヤバイな。


 一歩踏み込み魔術を、と踏み込んだ瞬間、背後に妙な気配が。


「───チッ!」


 水のようだが粘度があり、薬莢から拡散するようにその範囲を広げるこれは───だっぷーが生産している特種魔弾ウルフバレットのアメーババレット。

 しかしわたしが知っているアメーババレットとは密度がまるで違う。シカトするには距離が近すぎる。

 やむを得ず背後のアメーバを剣術で処理しようと身体をひねった。


「それは悪手だろう」


 耳元で囁くように言われ、視界の右端には無色光を纏う海賊女のブーツが斜めからわたしの横腹へ流れるように入り、空いたワイン樽の山に蹴り飛ばされる。


「なんだいなんだい、噂よりだいぶ弱いねぇ......ま、まさか死んでないよな!?」


 蹴術、打撃系だというのに横腹には斬り傷。傷口が血液を吐き出すものの、斬られた傷よりも折られた肋が激痛に焼ける。打撃と斬撃の特性を持つ蹴術なんて聞いた事ない。


「てんめー、殺す気か」


「生きてた生きてた。全く、一撃で沈むのは───ボロ小舟だけにしてくれよ」


 ついさっきまで、ほんの一瞬まで充分すぎる距離があったのに、瞬きの間に海賊女はわたしの前まで移動していた。

 速すぎる、と思った時には顎を蹴り上げられ、斬り傷部分を狙い銃弾を2発撃ち込まれる。それに留まらず蹴り上げに浮くわたしの腕を掴み、無理矢理地面に顔を押し付けられ、掴まれた腕は背に回され、なんの躊躇もなく、


「アンタ利き腕は左だったねぇ?」


 左腕を折られた。


 痛みに叫ぶ暇さえ与えない、流れるような連撃は用意されたものではなくその瞬間で最も効率のよい攻めを選んだ結果だろう。戦闘慣れしている、なんて話じゃない。

 レベルが違い過ぎる。野次馬には何が起こったのかさえ理解出来ないレベルだろう。


「悲鳴ひとつあげないのは優秀だな。ギャーギャー泣き喚く馬鹿もいるが、あれは味方よりも別の敵を呼び寄せる事の方が多い」


「............」


「とにかく、これでアタシの勝ちだね......呑み直すとするか」


 痛みはあるなんてモンじゃない。

 血も出て骨も折れていて痛くないのはリリスくらいだろ。

 しかしなんだ、この───この感じ。

 頭の中がスッキリするではなく、頭の中が空っぽになったような......わたしは柄にもなく色々と、特に自分以外の事を考えていたらしい。


「......はは、ふざけんなクソ。おい待てよ海賊」


「───頑丈だねぇ。特に精神面が」


 撃ち込まれた弾丸は特種魔弾ウルフバレットではなくノーマルの弾丸、鉛弾だ。

 鉛素材は人体に悪影響しか与えない、と魔女界で読み漁った本に書いてあったので、このまま凍結止血するのは危険だろう。酒場で金をばら撒いたトリプルが何の意味もなく、安上がりで防具さえ貫通出来ない鉛製の弾丸を使うワケがない。


「、、、──────ッ!!!」


 息を深く鋭く吸い込み、止める。同時に短剣で弾痕を抉り、発砲時に潰れ溶けた形状の弾を引っ張り出す。


「んな!? おいアンタ、アンタ......最高だねぇ!」


 わたしの行動に瞳を見開き、称賛する海賊女。おそらく......いや間違いなくあの海賊女もわたしと似たような行動を取るタイプだろう。顔だけでなく身体の様々な部分にある大小の傷痕がその証拠だ。


 “経験で学び、それを余す事なく活かす” 貪欲な性格だからこその発想。


「───痛ッぁ、ッッ、」


 2発キッチリ抉り出し、血に染まった弾丸それを女海賊へ投げ返す。取り出しつつ凍結させていたので既に止血は完了している。

 魔女は治癒術など使えない。しかし治癒術に限りなく近い補助術、付与術は可能。勿論わたしはそんなモノ使えないが、心の底から一種類でも覚えておけばよかったと今は思える。


弾丸それ返すからもうちょい時間くれよ」


「当たり前だ! こんなにイカレたたのしい喧嘩ゲームはひっさしぶりさ! アンタの準備が済むまで待つよ、アンタの気が済むまで付き合うよ今夜は!」


 序盤に装備を整えさせた事から喧嘩にはそれなりの拘りがあると見ていたが......予想通り時間をくれた。これが喧嘩ではなく戦闘ならば腕を折られるシーンでは首を撥ねられるか頭蓋に弾丸をブチ込まれてゲームオーバーだっただろう。


 骨折した箇所を治す事は出来ない。でも、補強する事は出来るのでは? とワタポやリピナが居ればほぼ高確率で止められるであろう無茶の極みをわたしは行う。

 身体には血がある。血中には様々な成分が含まれている......が、細かくは知らない。でも鉄があるなら問題ない。外に転がってる鉄ではなく自分の身体に、、、、、、ある鉄、、、なら否応なく馴染むだろ。

 骨の成分なんて知らないし、知った所でそれを逆算し再構築する余裕はない。知ってるモノでやるならこれしか選択肢はないんだ。


「〜〜〜ッ、ッ痛、、ってぇな......フゥ───」


 地属性をベースに火と水を混ぜ、自分の血液に補助系魔術をかけ、自分の血液を材料に魔術で作り出した骨を補強する血鉄で骨折を無理矢理繋げた。

 わたしが魔術に特化している種族であり、錬金術師の “だっぷー” と “しし屋” に出会って、錬金術の技法を魔女脳で魔術へと再構築した補助魔術【アルケミック コール】。


「だいぶ痛いけど、動くならいい」


「......何をしたんだい? それより───いいツラになったじゃないか。吹っ切れた、いや、シンプルに吹き飛ばしたってツラだ」


「次吹き飛ぶのはお前の番だぜ、、


「お! それが噂の “だぜだぜ魔女” かい!? 全然出ないからガセネタかと思ってたよ。やっと本調子って所かな?」


 剣を数回素振りし痛みの程度を確認を済ませ、準備は終わる。



「待たせたな海賊。続き、戦ろうぜ?」



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