◇喧宴 1
ノムー【ドメイライト】で爆弾人間を処理し、クゥと共にウンディーの【バリアリバル】まで走り、爆弾人間を処理し、ユニオンで【ノールリクス】に喧嘩を売られるも逃げられ、トリプル冒険者とギルドの情報を入手し、セッカから外界の資格を受け取った。
病み上がり───魔術反動と記憶全解凍───で、すぐこんなに濃い1日はさすがにつかれた。久しぶりのウンディー大陸だというのに休む隙も無い1日だった。
そろそろ23時......もう夜中といえる時間帯。
「エミリオ、騎士学校でのクエストお疲れ様でした」
労いの言葉と共に、わたしのフォンに今回のクエスト報酬が送信された。
「サンキュー」
「報告は明日にでもまた送ってください」
「あぁ、それで頼む。んじゃおやすみ」
バタバタした帰還だったので詳しい報告───と言っても既に終わっているが───は明日となり、わたしは今から宿屋探しとなるのだが......こんな時間に簡単に宿を取るとなれば......アダルティな宿しかない。
まぁ宿の前に腹が減ったのでパフェとケーキでもどっかの店で食い漁りたい。
防具のジャケットとウエストコートをポーチへ収納すると半袖タイプの黒ブラウス姿に。少しでも楽な格好でユニオンから出る。
「この時期はウンディーの夜は過ごしやすくていいな」
騎士学校で13日生活した後、ドメイライトで2ヶ月ほど休んでいたのですっかり季節は変わり、夏。しかしウンディーは元々気温がそこまで高くならない大陸なので、真夏でも夜は涼しい。少し寒かったら長袖タイプに装備変更するつもりだったが、この温度ならその必要はなさそうだ。
深呼吸しつつ伸びをしてから数歩進むと、
「絶対に肉でしょ! 「ケルベロスの次男の首肉が食いてー!」とか言いそうじゃんエミちゃんだし!」
「ケルベロスの次男ってなに!? ワタシは「何でもいいからコーラ飲みたい人の金で」とか言うと思うけど......」
「クゥ〜〜ッ」
「どっちも言いそう......でもまずは「今日泊めてくれよ友達だろ」って言ってきそう。私は勿論拒否するけれど」
魅狐、人間、半妖精、そして大アクビをするフェンリルで構成されている極小規模でありながらも確かな実力を持つギルド【フェアリーパンプキン】のメンバーがわたしを話題にしていた。
会話に夢中になっているからか、油断しているからか、わたしの接近をまだ感知していない。それを確認した上で自分でも驚く行動をとろうとしていた。正確には半分ほどその行動を行っていた。
「......、、〜〜っ、何やってんだわたしは」
3人と1匹に気取られる前にこの場を離れようとしていた。
なぜ自分がこんな行動を取ろうとしたのか......わたしは自分が思っている以上にあのメンバーを大切に想っているからだろう。
今このバリアリバルで最も危険を運ぶ存在、最も厄介事を呼ぶ存在は間違いなくわたしだ。そしてその厄介事は、厄介の度合いを飛び越えている。
もし、もしも今ここでその厄介が───魔女が現れた場合、周りに気を配る余裕なんて無くなる。そして相手は周りなんて気にもしない。
邪魔だと判断したら掃除する。ただそれだけであり、簡単に命を奪い捨てる。
今のわたしでは、両手を目一杯広げても限られた数しか掴めない。
簡単に手からすり抜け落ちる。
腹の中を強く握り潰されるような苦しい痛みを、虚しいほどハッキリとした現実を、もう見たくない。
それが大切だと心底想っている相手ならば尚更だ。
本人が自分で選び挑んだ先で朽ちるのは、本人が選んだ道であり、結果を受け入れなければならない。
でもわたしが巻き込んでしまった場合で同じ結果になるのは......結果が同じでもまるで違う。
「............、、、本当に、何やってんだわたしは」
立ち止まったハズの足は再び動き、気が付けば街に───フェアリーパンプキンを回避していた。
吐き気がするほど、自分の行動に嫌気がさす。しかし今更戻る気もない。
視界に入った酒場へわたしは滑り込むように向かった。
◆
久しぶりに酒を呑もうという気持ちで呑んだ。
銘柄など知らない、ただ適当にメニューを指差し頼んだ酒はアタリで、鮮明なライムの香りが鼻腔を駆け抜け、熱で存在感を出しつつ喉を通り胃へ落ちる。胃に到着してもなおその存在感を放つ強烈な度数を持つ酒。アルコール臭さがほぼないのでこれはアタリだ。値段は......大ハズレだがクエスト報酬金に色をつけてくれたので金はある。もう一度同じ酒を───今のはひと息で呑み干してしまったので───注文し、2杯目はひとくち含み味や香りを再確認する。
アルコール臭さがほぼない、は違った。やはりアルコール特有の鼻に残る香りはあるが、鮮明かつ清涼感のあるライムがそれを極限まで弱め持ち去ってくれている。
クチ当たりはどこかねっとりと舌に絡み、氷山のような氷が高いアルコールにより溶け、グラスの中で丁度よく調和する事でサラリとしたクチ当たりに変わるよう考えられている。
きっとこの酒特有の呑み方ではなく、強い度数を持つ酒を割らずに楽しむための呑み方だろう。
酒が得意ではない───どちらかと言えば苦手、というより嫌いだ。そんなわたしでも呑める味と香りなのはポイントが高い。
グラスの氷山が溶け、重心がズレた事でカランと音を立てライム酒の海の中で傾いた。
もうひとクチ呑み、ふぅ、と小さく息を吐き氷山を上から眺める。煙のようなモヤが氷山付近に発生しているのを知り、今自分の中に湧くモヤが具現化したかのようで、柄じゃないだろ、と胸中で自分を刺しモヤを呑む。
「アンタ、ひとりかい?」
左側から声をかけられ視線を向けると、そこには見知らぬ女が派手な帽子を傾け立っていた。シカトしてもよかったが、その女の顔が───正確には顔にある痛々しい傷痕がわたしからシカトという選択肢を消した。しかし今はあまり人と絡む気が出ない。
「2人に見えるなら眼腐ってるぞ。いい医者紹介してやろうか?」
「ハハ、言うねぇ。じゃ隣失礼───っと左利きかい。そんじゃ右に失礼」
今の返事を笑って飛ばすメンタルの強さは予想外で、平気で右側へ座ってきた女は店主へ頷くとボトルだけが出てくる。
「常連ってヤツさ。でも1年半は来てないな......よくマスターもアタシの顔なんてよく覚えてたもんだ! ハッハッハ!」
笑い、女はボトルの栓を抜き豪快に呑む。
「〜〜......ッァ〜、コレだよコレ。この酒を呑まなきゃ始まらない」
強烈なアルコール臭を漂わせる酒を水の如く呑む女はあっという間に1本空けた。
「そんなに呑みたきゃここじゃなくてもいいだろ?」
船型のボトルを手に2本目の栓を抜く女。ボトルの形状も中々こだわっているが、星空が浮かぶ夜の海に船が一隻というアーティスティックなデザインも中々に眼を惹く。が、女はそんな入れ物に興味がないのか見飽きているのか、豪快にボトルを傾け1本目の如く直呑みする。
「───フゥ。その質問はどう答えたらいい? この店はアタシのお気に入り、席の事ならアンタが寂しそうな顔してたから。これでいいかい? それにしても噂とは随分違うじゃないの、
「アップル......なんだそれ? お前誰だよ」
「あぁ、挨拶はまだだったか。初めまして、アンタは青髪帽子の魔女エミリオだろ? アタシはゼリー。船長やキャプテンゼリーなんて呼ばれてる。アタシの事は好きに呼んでもいいけど、アタシが呼ばれてるって気付けるように呼んでくれよ?」
グビっと船酒を呑み、幸せそうな顔をする女の名前を、【キャプテン ゼリー】というふざけた名前をわたしはついさっき聞いたばかりだ。
「ノールリクスと同じ
「正解だけど、ただの海賊じゃなく冒険者の海賊。ただの海賊は無法者だ。ところで」
「......なんだ?」
「アンタ、ウチのギルド【海竜の羅針盤】に来ないかい?」
「───は?」
入るか否かではなく、なぜわたしが四大ギルドの一角に勧誘されているのか、勧誘対象になったのかを。
無所属だから、というのはあるだろう。だが無所属なら誰でもいいというワケではない。それがこんな高レベルギルドとなれば人選ミスは崩壊を招く爆弾になる。
酒の席でのリップサービスにしては雰囲気がガチすぎるうえ、冗談を言えるまで場は温まっていない。そもそも初見だ。裏があると考えるのが妥当だろう。
まぁ、
「ありがたいけど、入る気はない」
この答えは勧誘された時点で決まっていたので先に断っておこう。
「ほう、決断が早いな」
「迷うのはあまり好きじゃないし、こういう事を考えるのは得意じゃない」
「───ふふ、そうか。しかしなぜその答えに? 考えるのが面倒だったら “入る気はない” だけで事足りると思うが?」
「そうなんだよな......実際、海賊という存在には興味がある。冒険者と同じ感覚に思えるが海賊には冒険者とは違う魅力的な何かがあると思った。だけどギルドに入る気はないから、ありがたいけどって言ったんだ───で、次はこっちのターンだ。初見のわたしをなぜ誘った? ノリや冗談を言うには場は温まってないしそもそも仲も良くない。誰も彼も誘う能天気なアホには見えないし、他人の噂を鵜呑みにするタイプでもないだろう?」
「
またも登場した【バッドアップル】というワード。これが何を意味しているのかそろそろ気になってきたが、どうやら気にしてる余裕はなさそうだ。
海賊女はオシャレボトルを呑み干しテーブルに叩きおくと同時に立ち上がり、わたしを見た。楽しげでいて鋭い視線───ノールリクスがわたしに蹴りをくれた時と同じ雰囲気。
瞬間的にわたしはイスを蹴り立ち上がった。
「ほぉ......戦意を直感的に拾ったのか。これは予想より質がいいじゃないか」
「お前ら何なんだ? 気に入らないって思ったらすぐ攻撃的になる病気持ちか?」
いや、理由はキューレから聞いている。この世代の奴等は他人に対してこういう対応が当たり前な世代。
挨拶イコール牽制。
迷惑な挨拶で上下関係を浮き彫りにし、有利な状況を作って話を持ちかけるヤリクチだろ。冒険者らしさみたいなモノをわたし個人は感じるのでここを否定する気はない。が、黙ってるつもりもない。
「何言ってる? アタシはアンタを気に入ってるし、アンタらの世代に興味があるんだ。ここについてはアタシだけじゃないと思うぞ? アンタら
女海賊は手を背腰へ回し、銃を取り出すと同時に発砲した。
まさか銃を初手で使ってくるとは思わなかったが、動きを見せた時点でわたしは大袈裟な回避をしていたので銃弾はやり過ごせたが......このままじゃ店にも客にも被害が出る。
「やるねぇ! 今のを避けるとは益々興味が湧いた。さぁ───客共! 今からここで喧嘩が始まる! 巻き添えくいたくなかったらとっとと帰りな! 死んでも見たい馬鹿にはアタシが奢る! ゲロ吐くくらい呑んで大いに騒ぎな野郎共!」
盛大に盛り上がる客達。怒号にも似た声を割ったのは店主である強面の男だった。
「ゼリー! 店ん中で暴れるのは止してくれ! 全く、お前らが戻ると毎晩喧嘩騒動でユニオンに釘さされる身にもなってくれよ! やるなら外でやってくれ!」
と言いつつ店主は両手に斧を持ち結構やる気な雰囲気。
「ハッハッハッハッ! ワンハンドアックスを両手に持ってよく言うねぇ。でも、たしかに店に迷惑はかけられない」
海賊女は銃をクルクル回しながら
見るからにずっしりと重い革袋の中には大量の1万ヴァンズ硬貨が。
「騒ぎ立てて悪かったねぇ! 約束通り今日はアタシが奢る! 店の酒全部呑み干して【ジルディア】の連中が来たら “酒はキャプテンゼリーが一滴残らず掻っ攫った” と中指立てて伝えてやりな!」
再び店内は盛り上がる。
豪快、そして愉快に笑う海賊女。これがトリプルの振る舞いなのか......。
「さて、アンタの事は逃さないよ」
「───あ?」
「表へでな。その湿気た
コイツ......なんでこんな絡んでくるんだ? でもまぁいい。
「わたしは今最高に機嫌が悪い。逆にぶん殴られても文句いうなよ」
「威勢がいいねぇ! 益々気に入った! ついてきな」
この時、バリアリバルの至る所で冒険者が派手に喧嘩を始めていたのを後々知る事になる。
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