◇557 -爆ぜる人影-1
にゃんにゃこにゃーん、にゃんにゃこにゃーん、と気抜けした鳴き声が何度もフォンから発せられる。
数ヶ月前に魔女エミリオがイタズラでウンディーの女王【セツカ】のフォンに
その猫人族ボイスが今何度も鳴き響いている。
「通話......───エミリオ! 無事だったなら連絡くらい入れて───」
『セッカ! そういうのは後だ! バリアリバルの人達を外に出すな! 冒険者をバリアリバルに呼び戻せ!』
通話の相手は現在ノムー大陸にいるであろう魔女エミリオ。騎士学校での任務後全く連絡をくれなかった魔女へセツカは少々怒り気味で通話に応えたものの、相手の声がただならぬ色を醸していた。
「ど、どういう事なの?」
『ドメイライト騎士を見かけたら手を出すな! プンプンを呼んで麻痺らせたり、ゆりぽよ や だっぷー呼んで脚を撃ったりして止めろ! とにかく誰も近付けさせるな! ドメイライト騎士が
「爆......わかった。すぐに編成した後に連絡を入れます!」
理解出来ない事を言うエミリオだったが、とてもイタズラとは思えない声音と騒音がセツカを素早く動かした。
「───プンプン! 今どこにいます?!」
『セッカ! やっほー! ボク達はもうすぐバリアリバルに戻るよ』
「緊急事態です! 急いで戻り
『うぇ!? どうし───』
プンプンには申し訳ないが、セツカは通話を切りすぐに別へ。
「───ゆりぽよ! 貴女は今どこに!?」
『んにゅ〜......昼寝してたニャ......ニャ!? 夜にぃニャってるニャん!? 夜寝!?』
「バリアリバルにいるのならば今すぐゲートまで来てください! いないのならばすぐ戻ってください!」
エミリオがよくやる一方的に要件を伝えて返事を聞かず通話を終わらせる強引な手法をセツカも真似た。普段ならば受け答えこそ会話の醍醐味であり、そうでなければ会話とは言えない。という思考だが、今は緊急事態だ。
セツカも準備───戦闘は苦手だが───をしていると、
「セツカどうした? 大声が聞こえた気がしたが」
後天悪魔のナナミが女王の間へ顔を見せた。
「ナナミ! 今すぐ警鐘を鳴らし、外には出ないよう街の人々に伝えてくたざい! その後貴女もゲートへ来てください!」
「わかった」
理由も聞かずナナミはすぐに行動した。セツカも準備を済ませ街入り口の門へ向かいつつ人々に声をかける。冒険者を見かけた場合も同じく。
ゲートへ向かいつつエミリオへ通話を飛ばし、フォンを専用ポーチへ収納し、耳にイヤフォンのようなものを装着する。
「エミリオ! 詳細を教えてください!」
『ドメイライトで騎士制服を着た人間が爆発した! 何人か不発させて捕えたけど死んでんだよ! シンディが言うには───いや、直接聞いた方早い!』
騒がしい中で通話相手が変更される。
『セツカちゃん! 久しぶり! シンディだよ!』
「シンディさん、お久しぶりです! 挨拶は後日で───」
『残念だけどそれがいいね。ドメイライトの騎士制服を着た連中は手のひらを合わせたら爆発する! 手首を斬り落としても切断面を合わせる事で爆発する! 可哀想だけど残念! まず両肩を切断して次にすぐ足を潰す事! 近くにいたら体温でも爆発するから5秒以内に素早く手足を潰して3〜4メートル離れる事! ウチの連中はバリアリバルにはいないから全員敵ね! 残念だけど死体が爆弾するって事で割り切って───全力で潰すんだよ!』
シンディは伝える事を伝え、通話を切った。ノムー大陸も余裕がないのだ。ウチの連中とはつまりドメイライト騎士。確かにドメイライト騎士はひとりもバリアリバルにいない。
セツカは足を急がせゲートに到着すると、通話で呼び出した2人は既に到着していた。他にも数名がそこに居り、セツカは声を響かせる。
「ドメイライトの騎士制服を着た者を見かけたら素早く両肩を切断し、足を潰し3〜4メートルの距離を取ってください! 5秒以内にそれらを行えない場合も素早く距離を取ってください! 詳しい内容は
手を合わせれば爆発する、 近くで体温を感じたら爆発さる、などの情報も伝え終えた頃、ゲートの外───ウンディー平原を駆けるドメイライト騎士制服を着た者達が見えた。
爆発する、爆弾を抱えた人間という認識から動きが遅いと予想していたが、全くそんな事はなく数も予想の数倍。
爆破の威力は未知数だが通話の騒がしさから予想するに、被害が出るほどの威力だろう。
「先程の手順で、全て平原で撃退してください!!」
セツカの声を合図に冒険者達は爆弾人間へと躊躇せず向かった。しかし───数が恐ろしく多い。冒険者は20名程だが爆弾は100近くいるだろう。
冒険者の中にはCランクやBランク───戦闘時の思考回路がまだ甘い者───もいる。
それでも、どうにかするしかない。
セツカは自ら戦場に出ようと考えるも、戦闘技術や戦闘時の思考、経験値的にも
「街を包むようにプロテクションを張った! 入られた無理だけど近くで爆発する程度なら問題ない! 気休めだけど耐熱バフもかける! 怪我をしたならすぐに知らせなさい! 私達が治す!!」
この調子なら......とセツカが思った矢先、Cランク冒険者が5秒のルールを忘れてしまい、一体が爆発した。
腹に響く重轟と共に夜のウンディー平原を赤く熱す。Cランク冒険者は爆炎に包まれる───だけではなく、周囲の人間達も連鎖するように爆発、爆裂する。
ひとりが爆発してから声を上げる間もなく連鎖爆裂が発生し、街へ向かうように爆炎と熱煙が荒波のように押し寄せる。
粘土を持つような爆炎と黒煙が平原を泳ぐように迫る中、時間にして数秒ほどしかない一瞬でリピナはセツカを守るべく防御魔術を脊髄反射的に発動させていた。
「───!? リピナ」
「高熱だけど重さ、威力はほとんどないから大丈夫───だけど、他のみんなはわからない」
リピナの防御魔術内にはセツカとリピナの他にも数名しか入っていない。街を守るように【プロテクション】を使っているギルドメンバーは街同様問題なく無事だが、爆弾人間と戦闘していたメンバーがどうなったのかは、今は見えない。
しかし......この爆炎から逃れられるとは到底思えない。目視では粘土を感じるような質だが伝わる熱と広がる速度は風に煽られた煙よりも速い。
例え
連鎖爆発が鎮まり、高温の黒煙がウンディー平原の温度を上昇させる中で湧く不安。
黒煙では人影など浮き上がらない。
「みなさんご無事ですか!?」
無事なワケがない。
セツカはそう理解しながらも声を飛ばし、反応を待ったが一向に動きはない。コーヒーに落とされたミルクのように黒煙は刻一刻と平原の空気を染めるように広がる。煙の中でチカチカと爆ぜる熱と焼け焦げる臭いが不安を焦がす。
粘度の高い熱煙は停滞し、まるで消えない。
「ダメよ。あの煙の中は高熱、煙を吸う時点で人体機能に悪影響しかないのにその煙が高熱となれば喉も肺も焼け
リピナは防御魔術の中でセツカの思考を予測し、発言した。今まさにセツカは黒煙の中へ飛び込もうと考えていたが、釘を刺され足は止まる。
耳を澄ましても苦しむ声さえ聞こえない。
眼を凝らしても───
「───!? あれは!?」
「......人影!?」
セツカが指差した黒煙に浮かぶシルエット。動く煙の幻影と最初思ったが、その形は徐々に、そしてハッキリと人影になる。
しかしその影はひとつ。それでも、誰かひとりは生きている。
「風魔術で黒煙を───」
「ダメ! 高熱で粘土もある黒煙は風で飛ばすと温度を高めつつどこかへ飛ぶ! 爆発も相当厄介だったけど、爆炎......煙がそれ以上に厄介なスリップ性能を持ってる」
リピナが短い観察と分析で出した声は高熱の停滞撃───スリップダメージ。地面に生える青々とした草が熱にあたり、まるで枯葉のように焼け散った。
「常識的に考えて、あの黒煙内では3分も人は生きていられない。でも既に3分以上は経ってるうえに、あの人影はこっちに向かってくる」
「......敵、ですか!?」
爆発、爆裂は一瞬の高火力。
それだけでも脅威的だが、爆発の後に残る粘土ある高温の煙が何よりも厄介。既に黒煙は5分以上その場に残り、地面を滑り空気を飲み、太るように範囲を広げる。
この黒煙は掴めないマグマ、という表現が適切だろう。強烈へ熱を宿す黒煙の中を、マグマの中を平気で歩ける存在に2人は心当たりなどない。
敵と構えるのは至極真っ当な対応だと誰もが思い迫る影に備えていると、
「───チッ、この煙はどこまで続くんだ?
男性の声が煙を疎むように響いた。まるで緊張感のない声で、むるで霧を疎むかのように、男性は声を響かせ黒煙の中を平然と進み、ついに黒煙から一歩踏み出した。
「お? やっと終わりか」
踏み出された右足は煙るような黒。焦げている類いではなく───まるで闇影を纏っているような黒。
続いて現れる人影は、まさに
異形な存在に息を飲むセツカ達を見て、人影は、
「
誰かに語るように言い、その場で地面───自分の影───を2回踏んだ。すると闇影は祓われるように四散する。
「......! 貴方は」
「楼華結晶の......」
セツカ、そしてリピナは露になった人影へ呟く。
灼熱の黒煙をまるで鬱陶しい霧のように扱い歩み進んでいた男性はシルキ大陸では
自身の影を操る能力───
「多少火傷してると思うから治療を頼む」
そう告げるトウヤの肌はおろか拘束具めいた衣服にさえ焦げひとつない。
リピナが首を傾げた直後、トウヤは影から大勢の人達を吐き出した。そこには起爆させてしまったCランク冒険者の姿も。
「トウヤ、あの煙はどうする? 影いるか?」
トウヤの相棒とも言えるカイトが尋ねる。2人はイフリー大陸から帰還し、
たった数秒のミス、ロスで自分達も焼け死ぬ確率が高かったというのに、2人から見れば
「いいや、俺の影で潰す」
盲目の冒険者は自身の影を夜の影に混ぜ、巨大な影を広げ黒煙を一瞬で飲み込んだ。
すがに影が開かれ鎮火した煙を吐き出し、脅威的だった高熱の黒煙を驚異的な能力で片付けた。
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