◇558 -爆ぜる人影-2
轟音に揺れる地面、肌をに届く熱風、鼻腔に刺さる黒煙。ドメイライトで突然発生した事態にわたしは箒を走らせる。
至る所で聞こえる爆発音に意識を向けつつ、わたし自身が向かったのは1階層の店【魔女の風見鶏】だ。
状況なんて理解出来るハズもなく、そんな時間もなく、何が何だかわからないままで向かう。
「......グリフィニア! わたしだ、エミリオだ! この爆発は何だ!?」
フォンを耳に当て、騎士グリフィニア・サルニエンシスと通話を繋ぐ事に成功した。
『わからない! だが、突然人間が爆発した!』
「人間が爆発!? なんでよ......」
『すまないがエミリオ、街で会話の通じないドメイライト騎士を見かけたら無力化してほしい。冒険者に頼むのはどうかと思うが───』
「了解、何かわかったらすぐ連絡してくれ」
冒険者だとか騎士だとか、そんなもん気にしてる時じゃない。が、優先して向かいたい場所があるので悪いが周囲警戒や遠回りは拒否だ。そういうのは騎士でやってくれ。
魔箒の先端を上に向け上昇、建物が多く快適に飛べない街中では上空を飛び目的地に降下する方が圧倒的に安全で速い。【魔女の風見鶏】へ一気に飛ぼうとした直後、本当に人間が爆発する瞬間を見た。
上空からでも───上空だからこそ、爆発の脅威的な範囲に眉が寄る。
建物への被害はあるものの人への被害はないので降下せず目的地まで一直線に飛び、焦げひとつない【魔女の風見鶏】を目視できた事に安堵し降下する。ドアを開き店内を見渡すと、
「奥さん! 逃げるんだ!」
「───エミちゃん!?」
わたしの登場に驚く奥さんを他所に、窓から外を覗く。爆弾人間はまだこのエリアに来ていない。だからこそ気付けていないんだ。広すぎる街ってのも考えもんだな。
「街で爆弾が爆発してる! すぐ騎士団本部へ避難するんだ! 旦那さんは!?」
「今買い出しに行ってるよ。ところで......エミちゃんアンタ、
非常事態にも関わらず奥さんはわたしを見てそう言った。
残念騎士のシンディやトゥナ達にも「何か変わった」と言われたが「何か悩んでる」と言われたのは初めてであり、まさにそんな状態と言える。
「い今そんな事言ってる時間ないんだって! とにかく避難しないと! 旦那さんはわたしが拾ってくるから───」
「悩んでる事があるなら、どんな小さい事でも自分で消化できないなら、相談しなさい」
「───だから」
「今のエミちゃんはここに住んでいた頃とは違う。もう沢山の友達がいるじゃない。話す事で変わる場合もある。その手にあるモノをちゃんと確認しなさい」
「───......手に、あるもの......」
「さて、騎士団本部だったね。旦那には連絡しておくからエミちゃんも早く避難を───なんて言っても聞く子じゃないわよね。爆弾だっけ? それをどうにかしに行くんでしょう?」
「うん」
「そう。それじゃ───うんっと暴れておいで。アンタは後先考えず暴れ回らないとらしくないわよ、エミリオ」
名前を真っ直ぐ呼ばれた。
ずっと、エミちゃん、エミリオちゃん、なんて呼んでいた奥さんが。
何がどうとか、そんなのはわからないけど、不思議と背中を押された気がした。
今の状態を解決するために背中を押された、ではなく、これから進むであろうわたし自身も未知の未来へ、優しく温かく、力強く、背中を押してくれた気がした。
「───行ってくる!」
「よろしい! 落ち着いたら友達みんなで食べにおいで! 騎士学校を卒業した友達も一緒にね」
「!? ......うん! ありがとう!」
悩みや迷い......そういったものが晴れたワケじゃない。でも、気持ちは少し軽くなった。
魔女の風見鶏。
小さくやんちゃな魔女が道に迷っても戻ってこられるように、進む道を示すように、追い風で進めるように、という意味を込めて名付けた事を───わたしはずっと後に知った。
◆
「何人目だ!?」
怒り色の声を放ったのは特級騎士ルキサ。
その声に答えるのは、
「5人目ッス! 近付けば爆発するんで拘束出来ないッスわ!」
特級騎士で一番の若手、ヒガシン。
ドメイライト内に入り込んだ “騎士制服を着た爆発人間” の処理に回っていた2人だが、未だひとりとして拘束出来ずにいた。
耳に被せるようにつけられたイヤフォン型通話アイテムをルキサは2回押し、全体通話に接続させた。
「......まずいな、街中に残り25の爆弾が居る」
「手分けした方いいッスね」
動き回る人間が大爆発を起こす爆弾......未知の事件にドメイライト騎士達はとまどいつつも、対応に急ぐ。
手を合わせれば爆発する。
近くにいても爆発する。
言葉は通じない。
攻撃しても痛みを感じない。
頭を潰しても動く。
まるで爆発するゾンビを相手に2人の騎士は対向する術を考える。
そこへ天から声が。
「ルキサ! お前は
見上げると、箒に立ち乗りした魔女が周囲を見渡しながら言っていた。
「エミさんまだ居たんスか。もう飛んで帰ったかと思ってたッス」
「帰る前にコーラでも飲もうと思ってたらこのザマだ。爆弾ヤロウはあっちか」
慌ただしく飛び去ろとする魔女をルキサは呼び止め、
「能力を使ってどうこうなる相手じゃないぞ!? 近付けば爆発するのだぞ!?」
「んなもん爆発させちまえよ。鎧操って爆発させて終わりだろ」
荒っぽい考えだが、現在ではこれ以上ない答えといえる。拘束できないなら爆発させてしまえばいい、ルキサの操作系能力ならば確かに鎧を近付ける事が可能であり、街の者の避難は進んでいる。ある程度場所を選べば可能な策。
「お前はどうするつもりだ?」
「わたしは大丈夫だ。2、3人捕まえて本部行くからお前らも早く来いよ」
そういい残し魔女エミリオは飛び去った。
接近で爆発する爆弾人間を捕まえると......
「俺は本部の防御を固めてきますわ。残り任せて大丈夫ッスか?」
「正気か? あの魔女を信じるつもりか?」
「あー、大丈夫って言ったんスよ。なら死んでもどうにかする連中なんスよ。あの世代の冒険者は」
「......狂ってるな」
「俺もそう思います。けど、それが連中の正常なんスよね。だから大丈夫ッス」
不思議とヒガシンの言葉が嘘に思えなかった。
冒険者と日常的な絡みがない───敵としてしかしらない───ルキサにはとてもそんな考えは湧かない。だが、
「───よし。残りの爆弾人間はどうにかする。お前は避難誘導しつつ守りを固めろ」
「了解ッス」
個人的に───今のような状況で───冒険者に頼るのはのプライドが許さない。学園の件も反対したがレイラやヒガシンが賛成を推すので仕方なく、いや、ルキサは最後まで賛成はしていない。
冒険者に頼る騎士など、もってのほかだ。
そう強く思っていたが、少しだけ考えが変わった。
プライドだけでは守れるのならば誰も何も失わない。
騎士学校の件は───魔女エミリオがいなければ手遅れになっていただろう。最悪自分も死んでいたかもしれない。
ルキサはそう思うと心の底から自分のプライドが不必要なモノだと思えて仕方なかった。しかし捨てるのは難しかった。
だが、今それはもうない。
───騎士が守るべきモノは自尊心ではない。
「この国を、国民を守ろう。行け、
空の鎧が何十と動き、爆弾人間へと攻め立てる。
鎧や剣をまるで騎士兵のように操作するルキサの能力が街を駆ける。
◆
発見した爆弾人間の前へわたしは降下する。
箒のフサフサ部分を強く踏み、箒を起こし減速。そのまま地上へ降下して着地。
「誰の指示だ?」
声をかけるも返事はない。焦点の合わない虚ろな瞳と半開きのクチ。正気を失っているというよりは......操られている様子の人間。
どんな魔術やアイテムで爆弾人間をつくり操っているのか不明だが、わたしに小細工は効かない。
「結構いるな。サクッと爆発させて2、3人連れていくか」
火属性下級魔術を発動させ、爆発を誘発しつつ近くの2人へ斬りかかる。
霧薔薇竜の剣ではなく、対魔竜の短剣で。
何かが砕けるような音と共に斬られた人間は悲鳴をあげ気絶。砕けたのは魔法陣ではなく見た事もない紋章だった事から、魔術ではない何かで操られていたのだろう。気絶する2人を地属性魔術で拘束し、他は爆発───爆死させた。
「......」
人間達をわたしが殺した。
放置するワケにはいかない。しかし全員の洗脳を砕くには数が多すぎた。
怨むなら洗脳された自分と洗脳してきたヤツを......いや、どうでもいいか。
爆発音が遠くで響く中、わたしは拘束した不発人間へ近付き、気付く。
この爆弾人間は既に死んでいるという事に。
「死体......」
とにかく拘束は出来たので騎士団本部まで運び、シンディへ拘束した爆弾人間を渡す。分解解剖を急ぎ行い、今まで得た情報と照らし合わせる事でいくつかのルールが浮上する。
①両手のひらにある謎のマークを合わせれば爆発する。
②既に人として死んでいるため痛みや恐怖といった感覚がない。
③数十秒間、体温を感じていたら爆発する。
④魔術の火力でも爆発する。
⑤ドメイライト騎士服だがドメイライト騎士ではない。
「エミリオ、すぐにウンディーの女王へ連絡し、この情報を伝えほしい。ドメイライトを落とすつもりならこの数は粗末すぎる......狙いはウンディーではないか?」
漠然と騎士団長代理の推理は当たっている気がした。誰が、何のために、ノムーとウンディーに進撃してきたのかは不明だがノムー相手に20〜30程度は確かに粗末すぎる。
ましてや【騎士学校の魔女】騒ぎがあったばかりでドメイライトは警戒レベルを高めている状況で襲撃するバカはいないが、この襲撃が陽動や牽制ならば効果的だ。
「セッカにすぐ連絡する」
フォンを耳に当て通話を飛ばしたタイミングで、街中にまだ爆弾人間がうろついている事を知り、わたしは箒に乗った。するとシンディが「残念だけど2人乗りよろしく!」と言い後ろに乗ってきた。
何がなんだかわからない中でわたしはセッカと通話しながらドメイライトを飛び回る。
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