【Take a break】

◇551 -療狸様の占い-



 地界ちかい、シルキ大陸【京】を見守るように建つ城【蜃気楼しんきろう】。

 桜の香りが風に乗り、花弁が風に泳ぎ、ふわりと鼻を擽る。


「ふぁ、ッシュン......」


 奇跡的にも花弁は鼻先に着陸し、くしゃみを誘発した。

 抑えられた控えめなくしゃみをした髪が真っ赤に染まった妖怪は、それでも本に釘付け。

 沢山の花弁が窓から室内へ何枚も何十枚も入ってきているのに彼女は本誌を手放さない。


 【騎士学校の魔女】という記事が書かれた先週あたりに発行された雑誌【不定期 クロニクル】だ。シルキという地は未だに他国との関係が細く弱いため、発刊されてからこの地に届くのは少し遅い。しかし文句も言ってられない。数ヶ月前までは外など全く気にもしていなかった身として、今この本誌を手にしている事自体が予想外。さらに、書かれている記事に登場する人物が知人という予想外。


 赤い隈の上で赤い瞳が文字を追う。そして一言。


「......エミー、また何かしたの?」


 まさにこの一言に尽きる。

 彼女の名前は【すいみん】、妖怪の眠喰バクであり、眠姫という不本意な呼び名を向けられていた時期もあるが、今はそれ以上に不本意で壮大な称号を強制的に与えられて参っていた。

 しかし、それでも以前とは比べ物にならない程、笑うようになった。


 それもこれも、無理矢理、無茶苦茶、自由奔放、の粗末極まる三拍子を兼ね備えた魔女がシルキ大陸に現れ、その三拍子を披露した結果だ。そんな魔女【エミリオ】がこの本誌にてまた無茶を働いたと......。そんな時に出るにして出た言葉が先程の一言で、これ以上ない言葉。


 今度は何を......と溜め息をつきつつもどこか楽しげにページを捲るすいみん。


「......別の魔女?」


 記事が心を掴む。この場合の掴むは関心や好奇心を煽るではなく───心を強く捕まれるような心配と不安感。


「みんみん! この本に───見てたのか」


 言うほど仲良くはない。

 出会ってから時間もそう経っていない。

 それでも、なぜだろうか、すいみん も 今駆け付けた妖怪達、【スノウ】【モモ】【あるふぁ】もエミリオを気にかける。


「オイラ達が今すぐそれを知るのは難しいね......」


「そうだね......昨日、魅狐ミコさんが帰ったばかりだし、私達はあの板を持ってないし」


 あるふぁ、モモの順でシルキの現状───フォンという存在が全く普及していない事───を言うと、すいみんも「そうだよね」と頷く事しか出来ない。

 今シルキ大陸は他国との関係を築くため、緊褌一番きんこういちばんの時と言える。この滑り出し───開国が躓く程度ならまだいい、もし万が一にもウンディー以外の大陸がシルキを敵視してしまっては、築けるのは敵陣突破の陣営となってしまう。

 シルキ大陸が今やるべき事は、開国と同時に同盟国味方を作る事であり、最も可能性が高いであろうウンディーと結びたいと【華組】だけではなく【龍組】も【療狸寺やくぜんじ】も、シルキの民も思っている。


 そのためには、


「エミリオさんなら大丈夫でしょ。さ、みんみん療狸寺いこう。時間だよ」


「え、もう? ハァ〜〜......頑張ろう」


 まず、シルキがまとまらなければならない。

 華、龍、鬼......などの組織から代表を集め、シルキ大陸の代表───他国では王や女王となる存在に組織として認めてもらわなければならない。

 解体するも継続するも、大陸代表である療狸やくぜんの印が必要になる。





「面倒臭いのぉ......そんなもん、ポンぽこポンって印を押してやればええじゃろに」


「ダメですよ療狸様! ほら着物を正してください!」


「わちきはお茶の用意をした方がいいかな? 庭の掃除は今朝したし、廊下はさっきみんなで拭いたし......やっぱりわちきはお茶の用意かな?」


「座っててください! ひっくり返されたらたまったものじゃありません!」


 療狸寺は今日も単眼妖怪の声が響いていた。

 着物を着崩す、なんてレベルではない療狸の着こなし。そわそわとする天邪鬼。忙しそうにする単眼。他にも沢山の妖怪が今日も療狸寺で各組織の代表達を待っていた。


「もぉ、療狸様ぁ! 乳房が見えそうですよ!」


「ええじゃろ別に減るもんでもないしのぉ。減ってくれれば楽なんじゃがのぉ」


 煙管を蒸し、チラチラと単眼を見る療狸の嫌味な視線。


「む......療狸様は晩酌抜きです! もう知りませんっ!」


「ほぇ? ちと待ちひっつー! ひっつー!?」


 ツンとクチを曲げ単眼は大部屋を出て正面へ。すると人間達が境内に咲く桜を見に来ていた。

 神社じゃないのに毎日沢山人が来るなぁ......とひっつーは少々戸惑いつつも、単眼を隠す事もせず人間達へ挨拶する。


「こ、こんにちは」


 可能な限り笑顔で、怖がられないよう。


「あら、ひっつーちゃん。こんにちは」


「ひっつー姉ちゃん! 髪切ったんだね!」


 母親と男の子が笑顔で迎えてくれたうえ、髪を切った事まで触れてくれた。


「う、うん。前髪......短すぎたかな?」


 切りそろえられた前髪は単眼を隠す事を許さない短さに。これは四鬼しき金熊かねぐまが切ってくれた。態度は鬼らしく豪快で口調や発言にも少々キバがあるものの、面倒見も良い鬼。最近はどこか大人びた雰囲気漂う口調になりつつある金熊は、今日ここにくるだろう。


「似合ってるよ!」


「ありがとう」


 男の子は単眼に駆け寄り、昨晩抜けた乳歯の見せるようにクチを開き、下の歯が抜けたので屋根の上に抜け落ちた乳歯を投げる。

 小さな子供には寺の屋根は高すぎるのか、何度も失敗しては単眼が「次は届くよ」「もう一度」と励ますようにいい、今にも泣きぐずり出しそうな男の子にひっつーはヒヤヒヤする。


「ひっつー! 何してるの?」


「こんにちは、ひっつー」


「ひっつーだ。こんにちは、ひっつー」


 ほのぼのとした雰囲気に混ざるよう現れたのは、ほのぼのとは無縁に思える鬼で、種族の中でも圧倒的かつ絶対的な一線の先にいる四鬼。

 羅刹らせつ

 八瀬やせ

 金熊かねぐま


 泣く子も黙る鬼一族の中でも一際恐ろしい四鬼......と言われていたのは数ヶ月前までの事。今では、


「あ! 鬼のお姉ちゃんお兄ちゃん! こんにちは!」


 と、泣き出しそうな子は黙る事なく、しかし嬉しそうに言った。

 恐怖の象徴という立ち位置にいた鬼や他の妖怪達も今では人間と良い関係性にまでなったのは人間でも妖怪でもない、荒くれ者のような魔女を筆頭にウンディーの冒険者達がなんの企みも考えもなくシルキ全土を衰退させていた夜楼華問題を、大陸を超え、種族を超え、解決したからだろう。


「こんにちは、四鬼の皆様。他の皆様はまだ───」


「相変わらずひっつーは堅いなぁ。この子、、、まで砕けろとは言わないけど、私には友達として接してほしいよ」


 そう言いながら金熊は一冊の本を差し出した。単眼は渡されるがまま受け取り、付箋がつけられているページを無意識的に開く。

 【騎士学校の魔女】という記名に大きな瞳は引かれ、脳内にはふてぶてしい魔女の馬鹿面が浮かんだ。





「おいおい、帽子アイツシルキこっちだけじゃ物足りねぇのかノムーあっちでも暴れてんのかよ。これが帽子の平常運転か?」


 雑誌を机に投げ置き、後天的に零鬼れきとなった夜刃やとの白蛇が悪役さながらの表情で笑う。


「ハッハッハッハ! これが平常運転なら、ちょっとやんちゃした程度で重要建築のひとつふたつ破壊しそうだな!」


 白蛇とは違った笑いと共にいうのは華組の大妖怪、滑瓢ぬらりひょん螺梳ラス

 螺梳がクチにした笑い話を鎌鼬かまいたちの烈風が、


「実際、海岸にある海底洞窟の “猫の抜け道” を崩落させたのはエミリオだよ。多分やんちゃした、、、、、、にも入らない平常運転の結果だと思うけどね」


 呆れ笑いを浮かべ、烈風は準備を済ませた。

 シルキ大陸、第二の都と言われる【龍楼街りゅうろう】にある城で3人は今後の龍組の方針......いや、解散すべきか否かを話し合っていた。

 白蛇は傭兵として雇われた身であり、解散しようが存続しようが関係ない、と、

 螺梳は所属は華組だがシルキ大陸の重役という立場に立った今、こうして龍と話しをする役割に。

 烈風は自分以外の主力を失った事で暫定的に龍組の指揮をとっているだけで本人はこの立場を心底嫌がっている。


「そろそろ行こうか。今日でこの長い会合を終わらせて、俺もウンディーに戻りたいし」


 烈風はシルキ大陸産まれの冒険者だ。自国を捨てる気はないが、冒険者としての危険も楽しさも知っている彼は、冒険者このままの道を選ぶのは必然だろう。

 招集されればシルキ大陸に全力を貸すつもりだが、普段は冒険者として生きる道を選択していた。


「俺も早く冒険者登録ってのを済ませた。さっさと終わらせよう」


 白蛇も冒険者になる事を決めていた。傭兵という雇われて戦う彼に冒険者業は天職と言えるだろう。夜楼華の一件で冒険者との関係も築けたので登録はスムーズに進むうえ、傭兵業を営んでいたので初心者に教える基本は必要ないといえる。


「んじゃ、行くか」


 螺梳は今後の事を深く考えていなかった。

 シルキに残るも、冒険者として世界に出るも、考えていなかった。

 ひとつ、願ってもいいなら......先立った家族に立派な墓を用意してやりたい、という素朴かつ愛のある想い願いを胸にそっと隠し、彼等は会合の場───療狸寺へと向かった。





「魔女が魔女を、のぉ。経緯は違っていてもやっとる事は母親と同じじゃの。下手な悪巧み幻想は捨てて、お前さん等も早いところ現実いまを受け止めて未来さきに何かを残せるように生きんか......エンリー、フロー」


「療狸様! 療狸様ー!? 皆様がご到着しましたよー!」


「うむ、ワラワも未来さきに残せるように頑張るかのぉ......約束じゃしの。エミリオ」



 気乗りしない療狸へシルキの代表という座に腰をおろさせたのはエミリオ。


 理由は単純であり純粋な「知り合った奴等と冒険したいから」というものだった。

 眠喰や雪女、妖華や夜叉......他にも夜楼華の一件で出会った者達と共に冒険したい。


 子供のような事を恥ずかしげもなく言い、療狸は「今を生きる世代を見守るのも悪くない」と思い、これが自分の役割であり、次の世代へ残せるモノ。だと療狸は自分を納得させた。



「さてさて、面倒臭いが今日もやるかのぉ!」





 強引な振舞いは子供のような意思表示。停滞を壊す為、大きな一歩の為、強引に手を引き背を押す。時には介錯も。


 様々な色と宝石を集める。途切れ途切れの譜も集まる。それが大きな力となる日まで。


 蕾は琥珀で芽吹き、芽は黒曜で開花する。


 崩壊と構築は同時に。頼る糸は既にいくつも手の中にある。切らないように、切らないように。


 集めた色や宝石を持ち去る。途切れ途切れの譜を紡ぎ詩を唱にして。

 今日を維持する為、明日を迎える為。

 明日が遠いにも関わらず。


 壊れた器の表面だけでも美しく。

 溢れる雫は既に救えない。

 それでもいい。それでもいい。

 最後の一瞬まで崩さぬよう。

 最後の一瞬まで悟られぬよう。


 鐘の音を奏で逝きなさい。


 きっと遠くで鐘を鳴らしてくれる。


 どこかで鐘を鳴らしてくれたら、

 どこかで鐘を鳴らしてあげよう。


 寂しくないよう、悲しくないよう、



 此処に居るよ。と、



 奏でるといい。気休めにもならないが。





 療狸がシルキでエミリオを占った際にでた結果。近い未来か遠い未来かわからない結果だが、覆る事のない定められた未来予知。



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