◇552 -暴食天使-
ウンディー大陸、美食の街【アルコルード】で開催されているグルメイベント。
ノムー、イフリーなどの食文化に触れるイベントであり、ウンディーの食文化を他国に触れてもらうイベントであり、食を通して関係を築くイベント。というのが本命かつ大筋。
しかしそれだけでは賑わいに欠ける。そこで主催者陣は食に関係するイベントを複合させ、今の【アルコルード祭】となった。
様々な調理器具、調味料の実演販売。
特種な食材の調理法や加工方の実演。
ドリンク類の試飲会。
期待の料理人による料理コンテスト。
アレンジレシピの実演。
突発的に起こる料理バトル。
そして、シンプルかつ盛大な大食い。
その大食いにて、新たなスターが誕生した。
「可愛らしい見た目のどこに、一体どこに入っていくのか! 決勝にして最大の盛り上がり!」
と、司会実況さえ興奮する食べっぷりを披露したのはまだ14.5歳の少女。
可愛らしい洋服と髪型からは想像出来ない暴食。巨大な豚の丸焼きをペロリと食べ、次は巨大な鳥へと手を伸ばす少女は観客を煽り、対戦者を煽り、実況にさえ余裕を見せつける。
吸い込むように料理を消す者は、ブラックホール、胃袋が宇宙、などでその凄みを表現するが、彼女の場合、確りと食べている。
無理に飲み込んだり詰め込んだりではなく、美味しく食事をしているのだ。
普段ならば上品とは決して言えないが、このイベント、この戦場では比較的上品な方になるだろう。手を使っても指でつまむ程度。荒っぽいがフォークとナイフをメインに料理を蹴散らして行くスタイル。
もう一度言う。普段ならば上品とは言えないマナーだが、このフィールドでは上品に食事をしている。
「ナイフで鳥の丸焼きを解体し、フォークで荒々しく突き刺し食べる! 他のファイターは素手で解体する鳥をフォークで! 美しい!!!」
この実況に歓声が湧く。
少女は使い終えたナイフをクルクル回し、フォークで肉を刺し食う。このパフォーマンスが盛り上がりを煽る。
「みよちゃん、コレをやるためにナイフ遊びを教えてほしいと言ったんデスねぇ」
「今日は雰囲気が尖っていたから何事かと思ったけど、呆れた......」
後天性の悪魔族、吸血鬼種のマユキと魔王種のナナミが少女───天使族のみよ の食べっぷりをバリアリバルの巨大モニターで観戦していた。
中継されるまで人気高い大食いに突如現れた少女は観戦者の心も鷲掴みにし、喰らう。
付け合せの生野菜を食べる表情───苦手なものを食べる表情───が可愛らしく、男性のみならず女性もその愛くるしい表情に歓声をあげ、最後のひとくちまで盛り上がり、大食いはみよの圧勝で幕を下ろした。
◆
「で、みよっちは普通に夜ごはんを食べるんだね」
「す、凄いね」
「呆れを通り越すわね......」
シルキ大陸から帰還した
そこで【暴食の天使みよ】がホットな話題である事を知り、内容にも驚いたが大食い後に、普段と変わらない時間に、夕食を楽しむ噂の天使に
「うめーなコレ! てか3人は昨日シルキから帰ってきたってほんと? みんなより数ヶ月も帰りが遅いって事はうめー食いもんあったって事?」
ハムスターのように両頬を膨らませる天使の言葉に、見慣れないマントケープを装備した
「私達も個々でやる事があっただけよ。食べ物は別に印象に残ってないわ」
「ふーん。そういえば、コレ見た?」
ピザのチーズを引きながらみよはフォンポーチから1冊の雑誌を取り出し、3人の前に置いた。
不定期発行される【不定期 クロニクル】に3人は興味を引かれ、大文字で書かれている言葉に眼を見開いた。
騎士学校の魔女、という今では全大陸で話題になっていると言っても過言ではない記事。
中身を見なくても、この
「エミちゃ......学校行き始めたの?」
「うっそ?! エミちゃん騎士学校受かったの!?」
「キューレも面白がって見出しにした......ワケじゃなさそうね。何をやらかしたのよあの
ワタポ、プンプン、ひぃたろ もエミリオとシルキで別れたきり連絡を取っていなかった。バリアリバルに戻ればいつものように「いよーう! 宿屋とってないから泊めてくれ」とメッセでもしてくるものだとばかり思っていたが───まさかの騎士学生。
記事にはエミリオが学生になった、と書いてはいないが3人はエミルという生徒に裏があると直感的に思った。
「ババア学校に凸っただけっしょ? 学生とか似合わねーしウケ狙いなら笑えねー」
ピザの次は重厚なステーキというヘヴィな食事を顔色ひとつ変えず楽しみながらエミリオを馬鹿にするみよ。本来、天使族と魔女族は仲良くないが2人は性格がよく合ううえ、エミリオは種族という枠を窓枠よりも小さいものだと思っているため、簡単に仲良くなれた。その証拠がみよのババア呼びや態度だろう。
ステーキをペロリとやっつけた天使は丁度よく届いたパフェを受け取り、そのまま挑む。すると、
「暴食天使のみよちゃんですよね?」
「あ? ......アァーン! そぅだょぉ! 暴食って名前はあんまりカワイくないから好きじゃないけどぉ......今噂の天使が私! み よ っ ち だよ! いぇいえい!」
裏から表に高速でリバースした性格の変化に気付けるのはみよを知る者だけであり、今このレストランにはフェアリーパンプキンの3人しかいない。パフェを持ってきたウエイトレスはパフェよりも甘ったるい挨拶にテンションをあげているのが異質にも思えるが、3人は何も言わず観察を続けた。
握手後にフォンで
3人はみよを残し席を移動し、
「大人気だね、みよちゃん」
「アイドルみたいだね!」
「でも、暴食天使って......似合いすぎ」
離れた席から今旬の暴食天使を見て、微笑んだ。
天使族のみよはこの日から 暴食天使 という二つ名で呼ばれる事になるとは本人も予想していなかったが “天使のような少女が暴力的な量の食事を綺麗に平らげる” という形で広まったのは案外ラッキーだったのかもしれない。
天使族、というのが広まれば面倒事に巻き込まれる事も多くなる。
食欲に支配された天使が地界にいる、なんて “天界” に伝わればもっと面倒になる。
暴食天使。
都合もよくお似合いな名前がアルコルードから拡散された。
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