◇550 -騎士学校の魔女-



 騎士学校オルエススコラエラに魔女は2人いた。


 2人の魔女が大暴れし、学生の避難誘導を終え騎士が到着した頃には暴れていた魔女は1人になっていた。


 その魔女を騎士学校教官グリフィニアの指示により保護。魔女とグリフィニアを含む11名をドメイライト騎士団の医務室へと。


 オゾリフ・アゾリウス。

 ネリネ・サルニエンシス。

 アゾール。

 ラトゥール・ボルドー。

 の4名が死亡。


 遺体は発見されなかったものの、エミル、アンブルの死亡も報告された。



◆◇◆



「......何かアレだな」


「んー? アレって?」


「わたし、死んでないのに死んだ風な感じ嫌だな」


「あは、残念。死んだのはエミル、、、君でエミリオちゃんじゃないんだよ〜っと、調子はどう?」


 騎士団本部の医務室で治療してもらったわたしエミリオは、魔術反動の怪我までは治療出来ず、今は特級騎士シンディの部屋に入院という形で既に2ヶ月も休ませてもらっているが、まだ身体の内側......無理矢理説明するなら細胞的なレベルで痛みが残っていて神経が軋む。全身がダルい。


「調子は変わらないな......」


「そっか、残念。さすがに魔女の魔術の反動なんてジャンルは私でもウンディーの天才治癒術師でも未知すぎてお手上げだからねぇ......残念ながら地界こっちじゃ奇病の一種だよ」



 今回、ウンディーの女王セツカから受けたクイーンクエスト。

 多発する学生の行方不明の原因究明、可能ならば解決。という内容だった依頼これはとても無事とは言えない結末を迎え、終わった。

 細かい内容は騎士団長代理とウンディーの女王のみならず、今わたしの前にいる騎士シンディ、当たり前だがノムーの王にも伝えられた。

 今期騎士学生の席次持ちが4(6)名死亡という事件はノムーのみならずウンディーをも震撼させる事件として様々な形で口外された。

 エミルは魔女ではなく普通の人間の男として才能を買われ入学し、死亡したという事に。アンブルも魔女ではなく普通の人間としてエミルと同じ末路に。


「......ウェンブリーやトゥナはどうしてる?」


「ウェンブリー、トゥナ、カトル、ポルク、アストバリーは卒業したよ。残念だけど双子は故郷に帰るって。他の3人は騎士団に入ったよ」


 相変わらずゴチャゴチャとした部屋で謎の液体や素材を調合しつつ答えるシンディ......わたしが処刑されそうになった時もこの部屋で今とはだいぶ状況が違うが、隔離されていたな。懐かしい。


「そう、か......グリフィニアは?」


「グリフィニアは学園教官を辞めて、今は新人騎士の育成教官をやってる。彼女が良い返事をくれれば特級騎士として受け入れたいってレイラが」


「いきなり特級?」


「あれ? 聞いてない? グリフィニアは元騎士でその時は上級騎士隊長だったんだよ。だから次の階級は特級騎士だね。いきなり特級隊長とはいかないけど、グリフィニアのレベルは既に隊長クラスだと思うよ〜......あら、失敗した」


 フラスコの中で苔色の液体がボコボコと沸騰し固まった。

 なんの研究をしているのか知らないが、爆発系の失敗だけは勘弁してくれよシンディ。


「......、......」


「んー......材料が足りないなぁ。ちょっと買物ついでに新人騎士の様子見てくるけどエミリオちゃんも一緒に───残念、眠っちゃったか」





 数ヶ月ぶりに【不定期 クロニクル】が発刊された。

 最初は冒険者御用達の雑誌だったが、今では冒険者は勿論、一般人も騎士も貴族も手に取る雑誌となったのは、発行者が【Flo₩】から【@90】に変わったからだろう。

 以前より値段は少々上がったが、内容も豊富になり、立場や大陸を超えて愛される雑誌となった。中には以前のゴシップ誌めいたチープな内容が好きという者もいるが、そんな者達も「これはこれで嫌いではないけど」と言う。

 本誌を買わずともフォンでデータ版を購入する事も可能という点は大きい。発行部数も限られており、大体3ヶ月前後しか販売していない本誌とは違ってデータ版は好きなタイミングで購入可能となっている。


 その【不定期 クロニクル】の見出しの記事は【騎士学校の魔女】という中々に人の手を引く一言だった。



 ノムー大陸、皇都ドメイライトの騎士学校オルエススコラエラで発生していた生徒の失踪は【魔女シェイネ】が秘密裏に行っていた使魔育成だった。

 使魔育成と言えば不穏な空気など漂わないが、そこに【魔女】という種が絡めば話は変わる。

 袖引きした騎士学生を使魔に喰わせ、使魔を強化進化させる非道徳的行いを何ヶ月も闇に紛れ繰り返していたが、【魔女】という種族の気配を感知したウンディー大陸の冒険者であり【魔女】でもある【青髪帽子のエミリオ】が駆け付けた事により【魔女シェイネ】の企みは真っ向から粉砕された。

 もしエミリオが地界ちかいで生活していなかった場合、きっと我々は【魔女シェイネ】という存在を知る事もなく、騎士学生達は次々に拐われ、事件は迷宮入りしていただろう。【魔女】という種族に良い印象を持たない我々にとって【魔女シェイネ】の行いはその印象に拍車をかけるものとなっただろう。しかし【青髪帽子のエミリオ】には少なからずの感謝を向けても良いのではないかと思う。全ての【魔女】が我々の知る【魔女】ではない。彼女はそれを行動で示したのではないだろうか、と私は思う。


 詳しい内容は後に発行する【特別版 騎士学生の魔女】にて掲載。



「......こんなもんじゃろ」


「彼女はそれを行動で示したのではないか、と私は思う───良く書けてるじゃないか。でも、のじゃ はいいのかい?」


「......なんじゃ、帰っとったのか。ノル」


「キミが呼んだんだろう。それにしても......たった1年半で地界こっちは随分と派手になったみたいだね。どうだい? そろそろウチに戻ってくる、、、、、というのは」


「却下じゃの」


「ハハハ、そりゃ残念、、だ」


「そーゆーお前さんもどうじゃ? そろそろ騎士団に戻る、、、、、、のは」


「却下だね」



 皇位情報屋キューレと会話している男性は優しそうな外見とは裏腹に相当な実力を持つ元ドメイライト騎士であり、現在はギルド【ジルディア】のギルドマスターでトリプルSSSの冒険者【ノールリクス】。





 まだ身体がダルい。まぶたも重い。


「フラスコで紅茶をいれる行為は我が魂が許さぬッッ! 代わりたまえシンディ特級隊長殿ッ!」


 ......あ?


「私キミよりガチボコ立場上なんだけどねぇ」


 ガチボコ?


「むむッ......い、今立場を持ち出すのは卑怯ではないですかッ!? シンディ特級隊長殿ッ!」


「ちょっとアスリー! エミル、じゃなかった、エミリオさんが眠ってるんだから静かにして! うるさくするなか帰って!」


「むッ......これは失敬。今のはこのアストバリー・ロンネフェルトの失態。申し訳なかったトゥナ・アクティノス新人騎士よ」


 アストバリーとトゥナ......新人騎士。

 って事は───


「............よぉ、ウェンブリー」


 眼を開けると同時にわたしはかつてのルームメイトを呼ぶ。


「───!? ......、......やあ、エミ......エミリオ」


 何度も自分を責めたのだろう、ウェンブリーの表情は後悔に染まっていた。


「お目覚めかな青髪帽子の魔女エミリオ殿ッ! 体調の方はどうかね?」


「お前がいなけりゃ完璧だったよアスリー」


「エミル! じゃない、エミリオ! さん! 無事で良かった......」


「エミリオでいいよトゥナ。で、お前はそういう言葉ないのか? ウェンブリー」


「ッ......」


 相当堪えてるだろう。

 魔女の囁きに誘惑されていたといえ、そうすると決めた自分達で、そのメンバーはウェンブリー以外もういない。


「......ところでお前らどうやってあの魔術から助かったんだ? あの距離であの速度と範囲は回避なんて出来ないだろ?」


「それは......」

「それはグリフィニアが後で教えてくれるよー。それより、残念! みんなそろそろ戻る時間だよ。さぁさぁ」


 ウェンブリーの言葉を遮るようにシンディが言い、新人騎士達を追い出した。


「特級は暇そうだな」


「残念ながらそーでもないよ。デザリア軍が不穏な動きをしてるとか、イフリー王の娘って子が出てきたり、鎖国だったシルキが開国するって噂が立っていたり。今少し落ち着いて研究出来てるけど駆り出されるんだろうなぁ〜残念」


「......そうか」


「? なんかエミリオちゃん変わった?」


「ん? そうか?」


「んー......ま、いいや。後でグリフィニアが来るから気になる事があるなら色々聞くといいよ。んじゃ私も行きますか。じゃーね、騎士学校の魔女さん」


 背伸びし、シンディは出て行った。


「騎士学校の魔女、か」


 魔女は2人いた。わたしとシェイネ。

 もっと早くアンブルがシェイネだと気付いていれば誰も死なせずに済んだかも───いつから神様になったのかしら─── 失うのが怖いなら、、、、、、、、まず力をつけなさい。それが無い者は何も願えない。何も求められない。手を伸ばしても何も掴めない。


「......何が力をつけろだ。既に呑まれてる、、、、、くせに何様だ............、、、ダメだ、もう少し寝よ」



 宝石魔女との戦闘は想像していた以上に過酷なものだった。

 琥珀の魔女アンバーシェイネは結果的に自滅してくれたからこそ、こうしてわたしは生きている。

 魔女側は既にシェイネの死を知っているだろう......そしてわたしの記憶が完璧に戻った事も。


 全く、魔女として一番重要な記憶を最後まで凍結させていたとは、やってくれるな。





「ダプネちゃんや」


「フローか。なんだ?」


「エミリオちゃんが全部思い出したっちゃ」


「......例の記憶凍結術が解けたのか?」


「解けた、というより、解いた、ナリ」


「?......そうか」


「それと、シェイネちゃんが死んだナリ。殺ったのはエミリオちゃん」


「!? シェイネをエミリオが......」


「琥珀を殺ったからってだけじゃないけども、魔女達はエミリオちゃんを本格的に狙うナリなぁ〜」


「なぜ魔女共がエミリオを?」


「まず、琥珀の瞳と魂、、、、、、の回収ナリ。んで、エミリオちゃんはちっさい時どんな子じゃった?」


「どんな......今と別に変わらない......いや、今以上に無茶苦茶なヤツだったな」


「......んでしょ? その無茶苦茶がわたしもビックリするレベルなんよねぇ......なんせ魔女子の時点で深淵に立った魔女ナリ」


「───!?」


「エミリオちゃんの瞳も魂も、知識を溜め込んでる脳みそも、魔女にとってはスーパーお宝ナリ」


 ここでフローは意識的にか無意識的にか魔力を少し溢れさせた。

 雰囲気が一変する。普段のふざけた雰囲気はひと欠片もなく、何度も何度も研磨されたような圧倒的とも言える雰囲気で、


「───ダプネ。エミリオを殺るなら早くね。でなきゃわたしがエミリオを殺して、お前も殺すよ。対黝簾としてお前を勧誘したようなモノだし、準備出来たら解いてやる、、、、、から早くしてよ」


 ふざけた口調もそこにはなく、四大魔女、変彩の魔女という名さえ小さく思えるほど濃く深い何かを感じ、ダプネは静かに戦慄した。



 平穏とは決して言えない、しかし平和だった現実いまが、琥珀の魔女の死......というより、黝簾の魔女エミリオの完全覚醒により、ゆっくり、ゆっくりと壊れ始めていく。



 ゆっくりと、でも確実に歯車は狂う。

 小石ひとつで、簡単につまづき狂う、脆く危うく、未完成なモノが───世界だ。



◆◇◆◇◆



 身体の調子も良くなりいつでもバリアリバルへ戻れる状態へと回復したわたしは、ドメイライトを堪能していた。

 目的はこの街の観光───ではないが、もう少し骨休めしてもいいだろう。夜はグリフィニアと会う約束をしていて、昼間は、


「ごめんお待たせ!」


「おつかれ、トゥナ。あれ......ウェンブリーは?」


 卒業し正式に騎士団入りしたメンバーと少しお話でも、と。


「用があるからごめんって言ってたよ」


 多分、用はない。ただ会いたくなかったんだろう。会わせる顔がない、か?


「そうか。時間あるなら少し話そう。トゥナに聞きたい事があるんだ」


「うん? いいけど、エミリオ......それがアナタなの?」


「ん?」


「あ、ごめんね、えっと......なんだろう......エミルの時とは随分と雰囲気が違うっていうか、魔力とかそういう雰囲気じゃなくて、人としての雰囲気みたいなものが......」


 シンディにも似たような事を言われた気がする。アイツはもっと直接的な「なんか変わった?」と言っていたが、多分トゥナが受けた印象もそんな所だろう。


「どうだろうな......自分では全然わからない。気のせいじゃないか?」


「......と、とりあえずどこか入ろう! 早朝から訓練でお腹空いたよ」


 新人騎士トゥナのエスコートで入った店で軽食を注文し、角の席に座る。

 シェイネとの一戦以来わたしの偏った食欲は更に偏り、今では甘い物以外食べる気にすらならない。食事を取る、という行為を捨てていない事が唯一の救いか......。


「それで、聞きたい事って?」


 サンドイッチを既にひとつ食べ終えたトゥナはわたしを覗き込むように言うので遠慮なく、


「食堂、学園の食堂でお前に絡んでた奴等は騎士になったのか?」


「あー......うん。なったよ」


「奴等の家族も............悪魔堕ちの件に関係してるんだろ?」


 遠慮なさすぎたか、と少し思ったが聞きたい事はコレなのでどんな言い回しをした所でこの雰囲気になるのは避けられないだろう。

 テーブルの端へ視線を落とすトゥナは、何とも言えない雰囲気で語る。


「......知ってたんだね。それじゃあの日、私の両親が行かなかった事も知ってるよね?」


「トゥナが高熱を出して看病していたから両親は助かった。それでお前が悪魔を呼んだだの悪魔と契約してるだの言われて」


「そう。ひとりでいる時は必ず絡まれる......でも、私は辛くないよ。私より何倍もみんなの方が辛くて、どうしようもなくて、私に当たってるんだと思うし」


 フィリグリーを中心に、フローが変装して企んでいた事で、そういう部分ではトゥナは関係ない。が、ちょっとはやり返せなんて言葉は......用意していたが言えない。

 性格的にもトゥナはそういうタイプではないし。


「心配してくれてたんだね、エミリオ」


「ん? どうだろうな......最初は何でやり返さないのかって思ってた。悪魔堕ちの件を聞いてからは、トゥナは関係ないだろって思ってたけど、今話して何も言えなくなった」


「ありがとう、でも本当に大丈夫だよ。地下で魔女が大暴れして、そこから生きて戻った。私は戦ってないし、生きて戻れたのも奇跡だったって思う」


 確かにあの地下から生きて戻れた、それも五体満足で戻れたのは奇跡に近い。どうやってあの魔術をやり過ごしたのかさえ、わたしにはわからない。


「どこでどう変わったのかわからないけど、今じゃ、魔女と戦闘して生きて戻った。なんて言われてる。いくら否定してもみんな聞いちゃくれない。でも......これで私に悪魔堕ちの件で絡んでくる人がいなくなったんだ」


「なるほどな......そりゃそうだ。魔女の魔力を否応なく感知させられて、きっとゲロったヤツもいるだろ。それを真っ向から受ける場所から帰還したんだ。誰も喧嘩売ろうなんて思わない」


「そうなんだよね、だから......ずるいかもしれないけど、今は魔女を盾にしてる感じかな。あはは」


 苦笑いするトゥナだが、賢いやり方だとわたしは思う。レイラ達は地下での事を全て知ってるだろうし、トゥナの性格も知ってる。誰かが勝手に言い出した事でそれを否定しても聞いてくれないなら、もうそのまま放置する。


「いいと思うぞ。それに、何か言われたらわたしの名前を使えよ。魔女エミリオに聞いてみろ〜みたいな。フレ登録してるんだし通話繋いでやれば相手も何も言えないだろ」


 安心した。

 もし悪魔堕ちの件に輪をかけて魔女だなんだと騒がれていたら、本物の魔女が騒いでる奴等に直接会って話を聞いてやろうと思っていたが、わたしが心配するほどトゥナは弱くない。


「ありがとう。なんだか......魔女っていうよりエミリオに守られてる感じするね」


「守護してもらうなら魔女と悪魔はやめとけよ」


 そう言い、わたしはパフェを食べながら話題を変えた。騎士団はどんな感じか等の他愛ない会話をしていると、トゥナは騎士団へ戻る時間となり解散。

 わたしはドメイライトの一層にあるベンチに座り、メッセを送った。


 それから数十分後。


「......エミル」


「よぉ、ウェンブリー。ちゃんと来たな」


 元ルームメイトのウェンブリーがわたしのメッセを無視する事なく現れた。


「座れよ」


 堪えている表情のウェンブリーを隣に座らせる。騎士学校の中庭にあるベンチで授業後は必ずわたしがダラダラ座り、ウェンブリーは呆れながらもリラックスして座っていたが───今はあの時とは全く違う。


「ウェンブリー」


「......なんだい? エミル、エミリオ」


「お前は誰よりも強くて、、、、みんなに優しくて、、、、、でも威張らず謙虚、、、、、、で、どんな状況でも堂々とした、、、、、、そんな騎士になれよ」


「───......」


「それだけだ。んじゃ、またなウェンブリー」


 返事を聞かず、わたしはベンチを後にした。


 オゾリフは強くて、

 ネリネは優しくて、

 アゾールは威張らず謙虚で、

 ラトゥールは堂々としていた。

 きっと騎士になっても変わらずこのままだっただろう。


「......そうだねエミル、なるよ。俺はそんな騎士になるから......必ず......」





 騎士学校の大修練場。

 ここに学生としてではなく、魔女として来るのが初になるとは何とも不思議な感覚だ。

 ドメイライトはすっかり夜になり、学生達も寮に居る事、わたしはグリフィニアに呼ばれてここへ来た。


「調子はどうだ? エミリオ」


 大修練場には既にグリフィニアが。


「出歩けるまで良くはなった」


 短く答え、次の言葉を待った。


「そうか。こんな時間に呼び出して悪いな」


「新人育成してるんだろ? 騎士団でも教官なんだな」


「あぁ。午後からウェンブリーの姿勢ががらりと変わった。何か言ったのか?」


 午後......確かにわたしは午前中ウェンブリーに会ったが別にコレと言って助言したりしたつもりはない。


「いや。きっとアイツ自身が “これからどうあるべきか” を見つけたんだろう」


 結局の所、自分でどうにかする以外に道はない。本人は正式に罪と認定され罰を受けたいだろうが......魔女が大きく絡んでいたうえ、原因が魔女だったんだ。人間にそれを罪として背負わせるには重すぎる。ドメイライト王もそれを理解し、今回ウェンブリーに罪も罰も与えなかった。ウェンブリー自身も積極的に動いていたとは言えないし。

 しかし、当たり前だが、本人の中には大きすぎる罪の心が残った。


 それを今後どうするかはお前次第で、どうにかできるのもお前だ。ウェンブリー。


「それよりグリフィニア。あの時、最後の魔術をどうやってやり過ごした? 奇跡的に当たらなかった、なんて奇跡は起こらないほど理不尽な魔術からどうやって逃れた?」


「空間魔法だ」


「空間? 誰が?」


 空間魔法自体は簡単だ。しかし、人を移動させる程の空間は上級魔術クラスの難易度であり、あの状況で確実に移動させられる精度は......学生にはまず不可能、冒険者や騎士でも相当難しい。そんな中で誰が。


「カトルとポルク、アゾールとネリネ......だが、アゾールとネリネの空間魔法は............対象に自分が含まれないものだった......」


 対象に自分───術者が含まれない、または人が含まれない。それは......空間じゃなく隙間だ。

 隙間魔術は必ず出口となる隙間が自分の近くに展開される。生き残った者の状態と死者から考えて......アゾールとネリネは隙間を使い2名を魔術から救い、双子は空間を使い2名を救った。

 ウェンブリー、トゥナ、アスリー、グリフィニアが救われ、アゾール、ネリネ、双子は魔術をくらった。

 双子は人間ではなく星霊、何度か殺さなければ死なないという悪魔種族のような特性を持つ。捨て身の空間で救ったんだろう。しかし、アゾールとネリネは人間だ。一度でも殺されれば死ぬ。


「大体わかった」


「今ので色々と理解したのだな......流石は魔女だ」


「───で、お前がわたしを呼んだ理由はなんだ?」


 わたしもグリフィニアに用があった。それは今ので済んだ。次はグリフィニアの用だが、わたしに何の用が......。


「エミリオ、お前には感謝している。私ではきっとネリネを止められなかっただろう......あの状況でネリネと対峙していたら、きっと私はネリネを斬れない。妹を止めてくれてありがとう」


「助けられなかったけどな......ネリネもアゾールも、オゾリフもラトゥールも」


「あの場に、いや、学園にエミリオが来ていなければきっと今頃は最悪な犯罪者として妹の名が上がっていただろう。想像を超える数の犠牲者が出ていたかもしれない」


「......礼ならもういい。用は済んだか?」


「いや、本題はこれだ───エミリオ、我がサルニエンシス家に伝わる剣術 “華剣” を覚える気はないか?」


「─── 華剣かけん?」


「あぁ。私が伝授する。その後は好きにしてもらって構わない」


「......なんでわたしに?」


「トゥナ、アストバリー、そしてウェンブリーに伝授しようとした所、3人クチを揃え “まずエミルに伝授してあげてほしい。自分達はそれからだ“ と......ここに何の意味や意図があるのかは不明たが、3人ともこれ以上は何も言わないのだ。ちなみに双子にはあっさり断られた」


 華剣......どんなものかサッパリわからないが、剣術を剣技を習う機会はそうそうない。

 3人の意図はわからないが、3人が思っている事ならわかる。

 きっと、ネリネの剣をわたしにも持っていてほしいんだろう。


 なにより今のわたしは───使えるものは全て使う精神だ。



「頼む」


「うむ。では早速───」



 これがグリフィニアの教官としての最後の仕事となった。


 わたしが華剣を覚えた次の日から、グリフィニアは特級騎士となった。



 琥珀の魔女シェイネが引き起こした【騎士学校の魔女】事件。

 まだ誰1人としてこの事件の傷を癒せていないだろう。

 それでも、必ずまた前へ進む。



 それが───人の強さだと、とわたしは思っている。


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