◇541 -餌には嘘を、針には毒を-
昼間のアンブルは異変な雰囲気を纏っていた。
どう言葉にすべきか......いや、簡単に言葉に出来る。あれは相手を殺すつもりの雰囲気だった。
凶暴なモンスター相手ならまだわからなくもないが、同じ学校のそれも後輩相手に、学生が纏う雰囲気ではない濃く冷たい殺意。
「アンブルの凍結魔術、凄かったよ。軽い解凍魔術でいけると思ったけど全然ダメで驚いた......流石だよ。ネリネとポルクがいなかったらあんなに早く全員を解放できなかった」
皿の上の夕食、キャロットグラッセをフォークで小さく切りつつ、自分の予想を遥かに越えていた凍結魔術に瞳を曇らせる4席のアゾール。7席のアンブルと同じ魔術型だからこそ、思う所があるのだろう。それに比べて───
「凍結した後輩をブチ壊してブチ殺そうとしてたよねアンブル! ブチ壊して!」
同じ魔術型のポルクは平常運転。柔らかく煮られた羊肉をフォークで刺し「
「機嫌が悪かった、じゃ済まされない事をしようとしていたよねアンブル......俺はあまり彼女の事を知らないけど、同じ学園の生徒を手にかけようとしたのは驚いた」
ウェンブリーもアゾール同様、瞳を曇らせながらパンを千切る。
あの雰囲気は確実に殺すつもりだった。コレだけは間違いない。が......殺すつもりなら “凍結” よりも “氷結” を選ぶのが魔術使い。あのタイミングで殺意を溢れさせながら、なぜ、わざわざ凍結を使ったのか......。
「何にせよ、間に合ってよかった。あの場にエミルとトゥナがいたとはいえ、やはり席次持ちが集まり自身を圧迫する状況あっての停止だろうと私は考えている」
語り、ワイングラスを傾けるラトゥール。
確かにその通りかもしれない。あの状況で席次持ちや他の同期が駆け付けなかった場合、アンブルを止めるためわたしは攻撃をしていただろう。そしてその結果......きっとアンブルとは戦闘になっていただろう。模擬戦でも喧嘩でもなく、戦闘に。
「あ、悪い、俺はこの後用事があるんだ。
席を立つウェンブリーにわたしを含め全員が「お疲れ」と声をかけ、ウェンブリーは店を出た。
「トゥナ、お前今日はおとなしいな? 何か食ってあたったか?」
わたしは結構仲良くなったであろう9席のトゥナへ声をかけつつ、皿からパイをかすめ取りクチへ運んだ。
それを火蓋にあれやこれやと騒がしく語り、夕食は賑やかに終わった。
◆
主席オゾリフ、3席ネリネは来られなかった夕食。ウェンブリーも途中落ちし、アンブルは勿論返事さえせず来なかった。
ラトゥールの真似をしてワインを飲み始めたポルクはカトルとアゾールを巻き込み、無事2名の酔っ払いが完成した。カトルは意外にも酒に強く、「......ポルクはわたしが連れて帰る。アゾールをお願い」と言い残し寮へ帰っていった。アゾールの面倒はラトゥールが「楽しくなってつい飲ませすぎてしまったのは私だ。寮まで責任もって送り届けよう」と引き受けただけではなく、本日のお会計まで引き受けてくれた。いいヤツだ。
「2人になっちゃったね」
「んだな」
腐れ酔っぱらいポルクが「昨日のうらみ!」と叫びながらわたしのケーキを食べた事がどうしても許せない......ケーキ買って寮へ帰らなければ、今日ケーキを食べなければ、眠れない。
「わたしはこれから死んでもケーキを食う。トゥナはどうする?」
「え? ど、どうするって?」
「え?」
帰るか帰らないか聞いただけなんだが......なぜコイツは視線を外した?
「......ケーキ屋なら、いい所を知ってる......で、でも、ケーキだけじゃなくてタルトとかもあって、その、ケーキ屋というよりは、えっとあぁ、ケーキ屋じゃなくて、だ。それで」
「おぉ! いい店知ってんのか! 教えてくれ!」
「えぁ、う、うん......。えっと、」
妙に残念そうな顔をするトゥナはフォンを取り出し、マップを
「トゥナ、お前時間ある?」
「えっ!? あ、えーっと、い、今何時かなぁー?」
妙な声質で、棒読みのように言うトゥナへ時間を伝えるべくフォンで確認。時刻は19時半を少し過ぎた所だった。
「19時半過ぎだ。時間あんなら案内してくれよ、歩くの面倒なら昼間みたいにバフかけてわたしが歩くからナビって」
「んえ!? いやいやもうアレは堪能......じゃなくお腹いっぱい! 歩くからやめて!」
既に詠唱に入っていたわたしを停止しするトゥナ。お腹いっぱいなら尚更歩くのダルいと思ったがそうでもないのか。
「そ? んじゃ行こうぜ」
上流階級御用達のエリア......無駄に高かったらトゥナの足を重くして、わたしは逃げさせてもらおう。
◆
首席 オゾリフ・アゾリウス。
次席 ウェンブリー・ウィンストン。
三席 ネリネ・サルニエンシス。
四席 アゾール。
十席 ラトゥール・ボルドー。
5名の上級騎士学生であり席次を持つ実力者が炎揺れる学園地下に集まる。
灯りに照らされる各々の腰や背には───各々が所有する武器。訓練用の武器ではなく、紛う事ない殺傷力を持つ武器が。
「もうすぐだな......」
オゾリフが息詰まる声を吐き出した。
「だね」
ウェンブリーは普段の温厚さの欠片もない冷たく刺さる声。
「......
ネリネは擦り切れそうな声で自分達を責めるも、その引き返せない立場を必死に飲み込む。
「間違いを犯しているというのなら、それは僕達よりも元騎士団長......フィリグリーだ」
アゾールは声に殺意を混ぜ、フィリグリーの名をクチにした。
「トゥナは幸運だ。
悪魔堕ち、という言葉に憎悪を込め、ラトゥールは鋭い視線を奥へ向けた。
コツ、コツと歩む音とご機嫌に揺れる影。
「大丈夫。みんなの大切な人達はもうすぐ “蘇生” するから」
亀裂のように眼尻を歪め笑うのは───七席 アンブル。
しかしその姿は騎士学生の
金色の髪と赤い瞳は変わらない。
顔の半分を隠すマスクも装備されているが、そのマスクは黒い布製ではなく、トゲトゲしく
決定的な違いは衣服。
騎士学生服ではなく、独特な模様を持つローブマントと帽子。マントの中は可愛らしいフリルブラウスとフリルスカート。衣服と
アンブルという名は琥珀を意味する。
琥珀は魔女語でアンバー。
宝石名、
以前、地界に毒雨が降り注いだ件でエミリオと戦闘し、クチに炎魔術をぶち込まれ、鼻とクチを吹き飛ばされた魔女シェイネが再び地界へ。
今度は付き添いではなく、明確な理由───個人的目的で
学生の袖引き犯も彼女であり「協力してくれたら大切な人を蘇生させてあげる。魔女のわたしなら出来る」と弱った心に滑り込み、魔女という魔術に特化した種族名を甘い
魔女族は魔術に特化し、今もなお魔術を極め、魔術の深淵を求める探究者。
破壊的なイメージの横には必ずこのようなイメージがついて回る。
イメージと弱みを上手に利用し、シェイネは席次持ちを簡単に誘惑。席次学生達が道を外したと気付いた頃には、食虫植物に手中に落ちた虫のように既に逃げ場のない状況も簡単に作り出した。
彼女の目的は強力な使魔を産む事であり、彼女は蘇生術はおろか治癒術も中級の端を齧る程度しか学んでいない。
「安心して。今夜には全て終わるから」
琥珀の魔女シェイネは既に蟲毒に蟲毒を繰り返し、理想の使魔の卵を孕んでいた。
それを今夜孵化させ、5名の席次学生で実力の程を試すつもりだ。
ただ、もう一度会いたい。
そんな気持ちに漬け込み、引くに引けない状況を作り最後に喰い破る。
魔女族にとって
昨日まで笑いあっていた友人も敵となる。
いかに
関係性のリスクとリターンを見透かせない者は一方的に使われ食われるだけの存在。
餌には嘘を、針には毒を。
釣られた無能は有能に使い捨てられるだけ。
魔女にとっては、ごく当たり前の常識と日常、魔女族というのはこういう種族───だが、
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