◇540 -冷たい先輩-



「おいおいおいおい! その数はやべーって!」


 隅々まで掃除が行き届いた廊下で声を荒立てるも、迫りくる様々な音に足音さえかき消される。

 4階に登ったわたしを待ち構えていたのは数えるのも面倒になる兵士の群れ。その群れから逃げるように3階へ滑り込んだ所で別の群れ。

 50人強の後輩を引き連れ、わたしは2階へ。すると───


「───シッ!」


 鋭い気合いを吐き出し、連撃蹴術で数名を文字通り蹴散らしたトゥナを発見。


「トゥゥゥナァァァ!!!」


 豪快に名を呼ぶとトゥナは振り向き、わたしの背後を見るや顔を青くした。


「何で名前呼んだの、勘弁してよぉ〜〜!」


「あァ!? 逃げんなよ! くっそ......おいお前ら! トゥナを追うから確りついてこいよ!?」


「なんでエミルが指揮とってんの!!」


 緊張感の欠片もない───あるはずもないわたしの言動にトゥナは結構本気で迷惑がる。それでもわたしは......楽しかった。

 これが学生ではなく冒険者として、学園ではなくクエスト先での出来事ならば背後から迫る影は間違いなくモンスターになる。その場合は命の危険が付きまとう。しかし今は、勝ち負けはあるとしても命までは取られない。

 油断や余裕かもしれないが、平和の中にある刺激としてはこれ以上ない、程よい緊張感と安全性。


「───わっ!? 一階したからも来た!」


「いや来すぎだろ! どんだけ生徒いんのよ学園ここは!」


 既にトゥナの隣まで辿り着いたわたしは、1階から這い上がってくる生徒を見て笑いながら言い、恒例行事らしいコレをどう攻略すべきか質問する。


「毎年やってんだろコレ。毎年どうやって終わってんの?」


 いちいち相手にしていたらキリがない。追ってくる連中を吹き飛ばした所できっとまだ湧く。その間に回復を済ませまた追ってくるだろうし、さすがに数が多すぎる。

 広範囲魔術をブッパすれば掃除できるとしても、この数全員を一時的にでもダウンさせるには魔女力ソルシエールを使った本来の魔術で一撃ダウンが好ましい......ってかチマチマやってたら捕まる。勿論、魔女力は使うワケにはいかない。


「大修練場まで行ければ追っては下手に手を出せなくなるけど......行けるかなぁ......」


「大修練場? どこにあんの?」


「えっと......ほら! あの建物!」


 そう言い窓の外を指差す。

 学校のデザインとよく似た別の建物が確かにある。そしてトゥナが「行けるかなぁ......」とぼやいていた意味を理解する。


「外出なきゃ行けねーのか......んで、当然のように待ち伏せされてると」


「うん。きっと後ろの後輩達も大修練場まで私達を誘導するために追ってきてるのかもね」


「大修練場に入れば勝ちなのか?」


「ううん、でも入ってしまえば大乱戦は起こらないよ。ただ......中には手練がいると思うけどね」


 ......騎士学生も考えてるな。雑魚に追わせて消耗した所を叩いて勝つ。追ってる方は噂の手練よりも先に勝利を掴みたい。

 どっちに転んでも噂の手練は美味しいだろうな。進級後に先輩を倒した雑魚を叩けばok、大修練場まで到着した先輩は消耗してるし叩きやすい。研いだ爪を全晒しせずに勝てる───という計算だろう。


 んな計算が通るとは到底思えないけどな。


「同期でやられたヤツいんのかな?」


「人の心配してる場合!? でも......中級生に凄いのが数人いるから......その人達に狙われたら多分私も勝てない、かな」


 苦笑いするトゥナを横に、大修練場以外にいい逃げ場もとい狩場はないものかと考え、思い出す。


「勝てるかどうかはやってみないとわかんねーぞ?」


「そう......だけど、この状況をどうにかしないと───うぇっ!? エ、エミル!?」


 魔女族特有の詠唱技術─── 行動詠唱アクティブスペルを使ってしまったが、この状況で気付く学生ヤツはそういない。なんせわたしが使った魔術は、対象の重さを操作する魔術と自身の足に雷を纏わせ行動系を飛躍させる、両方バフだ。

 体重操作をトゥナにかけ、魔術が許す限界まで軽くする。と同時にトゥナを抱きかかえ、足に雷を纏わせ疾走する。


「鐘塔まで行く! そこでやり過ごそうぜ!」


 と、大声で言い放ち、窓から跳ぶ。飛び降りる、ではなく跳ぶ。窓枠を蹴って高く跳び、上の階の窓枠に足をかけ同じように上へ。それを繰り返し屋根に着地し、鐘塔まで一直線に走る。

 屋根から屋根へと跳び、鐘塔の窓───ガラスは張られていない壁の穴───から内部へ。螺旋階段に着地した所で両バフが終わる。


「ギリギリだったな」


 トゥナをおろし、下を見ると狙い通り全員が追いかけてきていた。大声で行き先をクチにしたうえ、そこに隠れ潜むような発言は餌でしかない。中には罠だと勘付いている後輩もいるが、勘付いたからといって追う者がひとりでもいるならば追わないワケにもいかないだろう。


「エ、エミルって普段から、その、さっきみたいな事、するタイプなの?」


「?......何したっけ?」


「......いい、なんでもない」


「そ? それより、入ってきた瞬間に水魔術を使うから、トゥナはもう少し上にいろよ」


 本来ならば炎や雷で根こそぎ狩るが、そういうワケにもいかない。ので、


「いよーう、よく来たな後輩共!」


 大量の水を吐き出す中級魔術の魔法陣を入り口に展開させ、水圧で入る者を押し出しつつ周囲を水浸しにした。

 そして、氷属性魔術を発動。これで下にいる生徒は凍結状態に陥り下手に動けなくなる。合流に合流を繰り返し肥大化した軍勢60人強を余す事なく凍結───下半身だけ薄めの氷で凍結───させ、わたしは再びトゥナを抱き寄せ、抱える。


「ちょ!? ちょっとエミル!」


「しーっ、ベロ噛むぞ!」


 鐘塔から再び学園の屋根へ跳んだ。

 その瞬間、冷気を軽々と超える冷たさが背筋を舐めるように溢れ出た。


「「 ───!? 」」


 トゥナもそれを感知したらしく、同時に背後───鐘塔の方を見る。するとそこには、


「......お前達もわたしを追いかける?」


 黒い大マスクを装備した7席のアンブルが。

 凍結状態の後輩は必死に熱素───火属性までもいかない魔術───を詠唱し、薄い凍結を解凍させつつ「7席だ!」「魔術に注意しつつ距離をつめろ!」「近接に持ち込めば勝てる!」と叫び、解凍した者から距離を詰める。


 アンブルの事はわからない。話しかけてもシカトされるし、普段からひとりでいる根暗なヤツって印象が強い。

 しかし、今の冷たい雰囲気は───


「おい! お前ら下がれ!!」


 今の雰囲気は異質、、だ。


「───凍結させるならこのくらいやらなきゃ、また追ってくる。半端な気持ちで絡まれるの、わたし、一番嫌いなんだ」


 一瞬にして濃い冷気が駆け巡り、後輩達を完全凍結させたアンブル。このまま放置すれば肉は凍傷を起こし、砕けば肉も砕け散る。そんな状態まで凍結させ、アンブルは悪びれる様子もなくごく当たり前のように手を伸ばし───


「それ以上はやめておけ」


「......、......」


 凍結した後輩を押し倒そうとするアンブルの手を駆け付けたオゾリフが止めた。


「見事な魔術だが、馴れ合いにしては少々やりすぎではないかね? アンブル」


「確かにやりすぎではあるが、見事な魔術でもあるッ! なぁに、追われる事に少々嫌気がさしたのだろう? 私は追われるのは大歓迎だがなッ!」


 10席のラトゥールと紅茶貴族ストロベリー。


「嫌にもなりますわ。大勢で追ってくるのですからね。しかしこれは少々やりすぎですわよアンブル」


 3席ネリネと双子も。


「まぁでも間に合ってよかったよ。アゾール、凍結を解除してやってくれないかい?」


「勿論だよ、このままだと命を落としかねないし」


 次席のウェンブリーと4席アゾール、他にも同期が集まっていた。

 わたしも屋根から降り、トゥナと共に合流する。


「......、......もう追ってこないで」


 アンブルは鋭い視線を解凍した後輩へ飛ばし、次にわたしへその視線を向け去っていった。


 手加減なしの冷たく怖い先輩アンブルが恒例行事に異例な膜を落とし、後輩達は恐怖を抱き学園へ戻っていった。


 アイツ......最後に、なぜにわたしにガンくれやがったんだ?



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