◇539 -13日目、突然の開戦-



 緑の差し色がある制服を纏う少年少女、計8名が今わたしの前に立ち塞がる。

 前、というのは眼の前ではなく、行く手を阻むように各々が距離を計算して囲っている。


 この状況になる数時間前にわたしは起床───ウェンブリーに起こされ起床───し準備を済ませ同時に部屋を出て食堂へ向かった。顔見知りとなった者達に挨拶しつつ朝食を済ませた。主席と次席はグリフィニアに呼ばれ、ここでウェンブリーと一旦わかれ授業までの時間をどう潰そうかと園内をフラフラしていた所で、突然背後から魔術が飛んでくるのを察知し回避。

 壁や床に出来た焦げから上る湯気のような煙の奥に、緑の差し色の制服───中級騎士学生達が立っていたのだ。


「ずいぶん元気がいいな、後輩。何の用だ?」


 後輩、と言ったもののコイツらの方が学生生活の先輩だ。しかし、わたしは赤───上級騎士生で、コイツらは緑。階級はわたしの方が上だ。


「何の用......あ、そうでしたね。エミル上級騎士生はこの時期の行事イベントをご存知ないですよね」


 リーダーであろう中級騎士生が見下すような視線をこちらへ向け、クスクス笑い言う。


「卒業まで残り2ヶ月。この時期になぜ席次の変更など行われたか......中級も下級もこの時期は席次を求めないのに、卒業間近で席次の変更。不思議ですよね?」


「確かに不思議だ。なんで?」


 穴埋め......はないよな。毎年席次に空席があるワケじゃないし、コイツは “この時期の行事” とさっき言った。毎年この時期はこんなエキサイティングなイベントが行われているのだろう。

 暇かよ。勉強しろよ学生共。


「中級と下級が上級を狩る行事です。勿論教官の方々も眼を瞑ります。上級生は負けず勝利を掴む、中級下級は上級生の “ネームピン” を奪う。決闘、奇襲、暗撃、様々な手段を用いて上級生を倒し、集めたネームピンが進級後の自分に対してプラスに働く。そんな行事が本日からスタートするのですよ。オルエス スコラエラ第八席 上級騎士学生 エミル先輩」


 わたしの名を合図に魔術型学生が一斉に魔術を放つ。手加減も容赦もない魔術をわたしは余裕で回避しつつ、疾走バフをかけ園内を駆ける。


 つまりはアレか、卒業するまえに餌になってくれって事か。いいイベントじゃん。こういうのだよ、こういう無茶苦茶なのを求めてたんだよわたしは。

 ドメイライト騎士を育成する学校とはいえ、喧嘩のひとつふたつみっつ勃発してくれなきゃつまらん! それも、ルールを決めた決闘よりも勝てばOK卑怯上等、といった冒険者こっち寄りな思考回路を持つ喧嘩が!


「これだよこれ、学生は元気でいなきゃな!」


 普段の堅苦しい雰囲気は既にない騎士学校。至る所から聞こえる戦闘音......最高かよ!

 わたしは減速させつつ、追ってくる中級生に向き合う形で停止した。


「いくつか質問がある! 答えてくれると調べる手間が省けてうれしい!」


「......手短にお願いしますよ。席次持ちを横取りされたくないのでね」


「......、やっぱいいや」


 ニッ、笑い追ってきた中級生達の足下が泥のように歪む。既に地属性設置型魔術を施していた廊下に足止めするための質問作戦は大成功した。

 慌てふためく生徒の数名が「卑怯だ!」とクチにした瞬間、わたしは、


「奇襲もアリなんだろ? 奇襲に卑怯もクソもないだろ───んじゃ、おつかれー」


 そう告げ、雷魔術を泥化した廊下に走らせ中級奇襲部隊を麻痺させて退散。


 なにこれ......楽しいなおい!!

 緑と青を発見次第叩いていい祭り......グリフィニアも黙認している......考えたヤツは天才だな!


「んん? でも確か、後輩達は進級後の席次狙いで爪を研ぐシーズンじゃなかったっけか?」


 それなら今、上級生に爪を向けるイコール進級後に席次賭けて争うメンツに爪を晒す、にならないか? さすがにアホすぎると思うけど───


「オラオラー!! エミル様はここにいるぞー!! 8席欲しくないのかー!? おぉん!?」


 わたしには関係ねーし、どーでもいいぜ!





 近接武器を得意とする6名の緑───中級騎士生が痛みに顔を歪め床に丸くなる。


「個々の鍛錬は、まぁまぁですわね。しかしチームワークが全くなってませんのよ。これでは奇襲も何もありませんわよ」


 花柄の細剣をキンッと鳴らし腰へ納める三席ネリネ・サルニエンシス。制服に汚れひとつない彼女はエミリオ同様、中級騎士生の奇襲を簡単に打ち破った。


「フハハハハ! 流石は “華剣” と称される剣技の使い手、美しく華麗に敵を斬り散らす姿ッ! 儚く愁む瞳ッ! サルニエンシス流の剣戟はさしずめ 香り高き花に誘われた蜂の刺突ッ!!」


「......ご無事でなによりですわね、アスリー」


 高らかとネリネの剣を称賛するのは紅茶貴族ことアストバリー・ロンネフェルト。

 ネリネとは違って既に打撃を受けたアストバリーは鼻血を晒しながらも珍妙なポージングでネリネの勝利を謳う。


「騎士道に咲き誇る美しき正義の花よ......どうだろうか、この後お茶でも───」

「こいこい! 全員ブチ殺してやる! 全員!」


 喉を絞り低音ボイスでキメたころし文句を愉快な殺し文句が塗り潰す。


「ポルクは魔術使ってあげなよ......魔術」


 魔術適正持ちの六席ポルクはその適正を放り投げ近接戦を行い、五席カトルが叩き残しを確りと叩きつつ、ネリネとアストバリーの前に現れた。

 双子は中級と下級の混合パーティと乱戦中らしく「三席とロンネフェルト氏だ!」「五、六席と同時に狩るぞ!」と巻き込まれる形で強制参戦させられる。


「ほう......この私、アストバリー・ロンネフェルトに挑むというのかッ!? その姿勢、良しッ! しかし相手がこの私だッッ! 紅茶の残り香さえ楽しむ事なく眠るがいい! ゆくぞッッ!!」


「終わりましたわ」

「終わり終わり!」

「終わり......」


 アストバリーが参戦する間もなく中級、下級は先程の中級同様に悶えながら床に転がる。


「............キミ達。ちょっとお時間よろしいか? 勝利したのは素晴らしいが、私の活躍の場まで奪うのはどうなのだろう? 高らかに奏でた私の言葉は行き場を失い浮いていると思わないかね?」


「他の方々が気になりますわね。それに......今の所、有名な後輩は見ておりません。そちらも少々引っかかりますわ」


「うーん、わかんない!」


「とりあえず、探しつつ叩こう......探しつつ」


「ですわね。行きますわよアスリー!」


 三席ネリネもこの行事を心なしか楽しんでいる様子。双子は勿論の事、アストバリーも高ぶる心を鎮める事無く、踊らせる。


「昨年度は仕掛ける側だった。しかし今期は仕掛けられる側ッッ!! さぁ! このアストバリー・ロンネフェルトの胸を借りるつもりで挑んでくるがいいッ! 女性の悲しみを包み癒す、この胸にッッ!!」



 両手を広げて、アストバリーは叫ぶも周囲に誰もいなかった。





 中庭のベンチに座るひとりの男子生徒を狙う、無数の影。男子生徒は何をするでもなく、ベンチに座り両眼を瞑っている。それでも安易に手を出せない。


「今年は行儀がいいな、去年の俺ならば迷わず攻めていぞ。慎重なのは悪い事じゃない───が、その数では臆病に思えてくる」


 ベンチに座る男子生徒───主席 オゾリフ・アゾリウスが潜伏している後輩達を軽く挑発する。

 それでも行動に移らない後輩達に、


「来ないなら俺は去るぞ。気が向いたら手を伸ばすといい───俺に勝った者は来年度、主席スタートを約束しよう」


 言葉ギフトを送る。すると一斉に物陰から身体を晒し、主席の首をとらんとばかりに怒号のような気合いを迸らせ迫る。


「思ったより数が多いな......ハイドの裏でハイドをしていたのか。やるな」


 30名と少しの数をひとりでの捌くのは骨が折れる。例えそれが無名に近い生徒の集まりだとしても。


「───半分引き受ける」


 怒号の渦に身を投げ乱入してきたのは次席 ウェンブリー・ウィンストン。


「助かる、左は任せた!」


 主席、次席が中級24名、初級8名の計32名をノーダメージで撃退してみせた。



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