◇542 -混沌へ-



「よく来てくれたッ! 一声かけてくれれば歓迎したというのにッ! しかしッ!! よく来てくれたッ!!!」


 皿のケーキを片付けたわたしとトゥナの前に、うるさすぎる男が理解不能なポージングで立つ。


 トゥナおすすめの店は外装は黒と金でゴージャス感を演習しつつ、内装は黒が多めで意外にも落ち着ける空間となっていた───のだが、この男、


「ようこそ! 我がアストバリー・ロンネフェルトの住まう城へッ!!」


 ストロベリー・ロンゲフェルトが突然湧き、他の客の迷惑もお構いなしに声高らかにわたし達を歓迎する。


「あはは......お邪魔してます、、」


「......え、お前の家なの?」


「ノンノン、ここは我が城ッ! シュロス オブ アストバリィィィィ!!!」


 やっぱコイツうるせぇな......。


「ここはアスリーのお店なんだ」


「───はぁ?」


「ここは、紅茶をより美味しく、より美しく、リラックスして楽しんでいただけるよう私が14の時に始めたシュロス。勿論家族も賛成してくれている。愛し愛され、先日このシュロスがランクSへと昇格したのだッ! つまり! このシュロスで提供される品は全てッ! 最低でもッ! Sランクを冠するレアリティのアイテェィム! 先程エミルが堪能していたブルーベリーとピスタチオのチーズケーキは我がロンネフェルト家の自信作であり象徴とも言えるスウィィィッッ!! 勿論Sランクの美味甘味だったであろう?」


 ......情報が濃すぎて脳が理解を拒否している。つーかコイツの巻き舌と言い回しがすげー腹立つ。


「美味しかったよ」


「......たしかにうまかった」


「そうであろう、そうであろうッ! ムム!? 紅茶はどうしたのだッ!?」


 テーブルを見て大袈裟に言うウザ男。トゥナが反応しようとしたが、わたしの嗅覚が何かを感知し、咄嗟に割り込む。


「いやすげー紅茶が飲みたいんだけど、わたし達学生じゃん?」


「うむ。我ら同期にして同士」


「ケーキでギリギリだったから、紅茶は諦めたんだ。正直ケーキ代のおかげで明日の朝と昼は抜きになるけど、ダイエットだと思えば苦じゃないさ......」


「なるほど......確かに我がシュロスの品は学生には重い。ここはひとつ、同士として友人として、ご馳走させていただけないかね? 勿論ケーキの代金もこちらが受け持とうじゃあないか」


 っっしゃ! 勝った!


「ありがとうストロベリー! わたしはいい友人を持ったぜ......うぅ」


「え!? えぇ!? 私はお金あるし、代わりに払おうか?」


「ノン。ノンノン、ノン。男が一度クチにした言葉を引くワケにはいかぬ。それに、我々は出会って間もない。お近付きの印と言えば妙な聞こえになるが......束の間の安息を楽しんでもらいたい、明日からまた学生生活に奮闘出来るよう、残り僅かな学生生活を有意義かつ優雅に過ごしてもらいたいという、私からのささやかな応援エールだと思い、受け取ってはくれぬか?」


 なんでもいいわ。とにかく、


「ありがたく受け取らせていただきますぞ、Mr.シュロス君」


「アスリー、とは呼んではくれぬか? Mr.エミル」


「よいのか? 貴殿はそのニックネームを嫌がっていたと認識しておるでゴザルのだが?」


「確かに、簡単にこのニックネームをクチにされるのは我慢ならない。あの時あの場所でトゥナ・アクティノスがクチにしたこのニックネームを抑制したのは、他の者達が気軽に呼ぶのではないかと、大切な愛称を安いモノにしてしまうのではないかと、愁んでいた。しかし今ならッ! キミならばッ! そう呼んでくれて構わない、いいやッ、そう呼んでほしいのだ。Mr.エミル」


「そうか......ならば、親しみと敬意を込めて呼ばせていただきたてまつりたくぞんじまするぞ。Mr.アスリー」


 ここでわたしはアスリーと硬い握手を交わした。

 全て作戦通りに進み、紅茶まで美味しくいただき店を後にした。


「さっきのエミルの言葉使い、適当にそれっぽくしたでしょ?」


「それっぽかったか?」


「全然、何言ってるのかさっぱりだったよ」


 笑いながらわたし達は寮の方へ足を進めていると、全身が戦慄く。


「───!?」


「どうしたのエミル?」


 それはあまりにも自然だった。隣にいるトゥナが全くと言っていいほど感知できないまでに自然。騎士団本部があるというのに誰ひとり感知できないほどに。

 何度も濾過を繰り返し、限りなくクリアにした吐泥のような─── 魔女力ソルシエール


 わたしが魔女だからこそ気付けた。魔女以外には気付く事が出来ない、いや、魔女でも魔女力の力を理解していない者には気付けないまでに洗練された魔力の源。


─── 魔女力ソルシエールはここまでクリアに、限りなく人間に近い性質まで濾過出来るのか!?


 驚かずにはいられなかった。

 メリクリウスのマテリアを使って、魔女としての性質を取り除いてやっと人間らしい魔力の生産方法を知ったばかりだというのに......終わる事のない魔術への渇望と探求。

 魔術の......魔導の深淵。


 浅い眠りの中で見た幼き夢。そこでエンジェリアが語っていた言葉は複雑だった。

 だが、今、この魔女力を感じて理解した。


 魔女達の魔術は刻一刻と進化を続けている、という恐ろしい現実を。


「トゥナ、お前は先に戻れ」


「え? エミルは?」


「わたしはやる事がある」


「?......手伝おうか?」


「いや、半端な覚悟と実力はいらない。って言うより、ない方が嬉しい」


 半端な覚悟じゃ真正面からこの魔女力を浴びれば精神が崩壊しかねない。そして半端な実力では邪魔になるだけだ。すぐ死んでくれればいいが、足掻きながら生きられると気が散って困る。


 わたしが今から向かう場所はそういう場所であり、その環境に適応した相手がいる場所。トゥナには悪いが、足手まといだ。


「いいな? 先に寮に戻っとけよ」


 言い残し、わたしはトゥナの前から去り、魔女力が溢れ出る───騎士学校の地下へと向かった。


 さっきウェンブリーが別れ際に「先に行ってる」と言っていたのが気にはなっていたが......まさか、ないよな。





「───!? 誰かがこちらへ向かってきますわ」


 ネリネはどんな手段で感知したのか不明だが、エミル───エミリオの接近を感知した。

 細かい詳細までは感知出来ないらしいが、何者かが接近してくる、という事だけはハッキリと。


「わたしは今から儀式がある。最深部にいるから誰ひとりに足を踏み入れないで。あなた達も、そのネズミも」


 告げるとアンブル───琥珀の魔女シェイネは地下最深部の暗闇へと姿を溶け込ませる。


「僕が行こう」


「私も同行しよう」


 4席アゾールと10席ラトゥールが接近者の掃除を買って出るが、


「いいえ、私が向かいます。今夜で最後......一枚の花弁さえ決して逃しませんわ」


 腰に吊るされている薔薇を模った細剣を迷う事なく抜き、侵入者迎撃へ向かう。


 既に剣を抜く意味それは───会話などせず命を突くという意の表れ。

 と、同時に自身が抱く正義への決別。





 ドメイライトの一階層を駆ける2人の騎士学生。ひとりは九席のトゥナ・アクティノス。

 もうひとりは大胆かつ優雅を美とするアストバリー・ロンネフェルト。

 突然エミル───エミリオに突き放されたトゥナは悲しみや怒りよりも、その表情に不安を焦がし、アストバリーを勧誘し、後を追う事にした。


「一体何があったというのだ!? トゥナ・アクティノス!」


「わからない......わからないけど、、」


「......暫し待たれ。援軍を呼ぼうではないか」


「援軍?」


「愛くるしくも頼りになる双子の同士だ。キミが何を恐れ不安に思うかは、私には計れぬ。だがその瞳には心を打たれた。信頼に値する、命を賭けても良いと思える瞳ッ! これでも正騎士を志す身だ。キミの胸騒ぎの原因を共に探り解明しようではないか」


 何が原因かわからない。何もないかもしれない。

 それでも、アストバリーは可能な限り少数かつ信頼と実力を持つ者を呼び、トゥナに付き合う事を迷わず選んだ。


「ありがとう......私もネリネ達に連絡してみる!」


「うむ! 何も無けれそれでいい。小さな違和感も見逃さず正義の道を進むべしッ! 正義とは! 己の信念に身を寄せ疑わぬ心から芽吹くものであるッッ!!」



 混沌へと進む。



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