◇534 -無色魔力-
魔力は潜在能力───体内に留まり溜まっているもの。
これを必要な時に、必要な量、必要な手順を踏んで引き出す事で、魔術が使えるようになったりする。
剣術にも微量な魔力を使う者もいるが、基本的には空気中に腐る程あるマナを使う。冒険者になりたいと思った頃のわたしは剣術に慣れていなかった。マナの使い方も全然で、変わりに魔力───無色の魔力───を使っていた。
妖力については......今必要ないので考えない。
「あなた───......何をした?」
「本気出した」
グリフィニアは本気でわたしを叩きにきている。力も速度も全てがさっきとは比べ物にならない───が、わたしも同じだ。
滑らかな剣戟に対し、粗く雑な剣撃をぶつける。動きもグリフィニアが研磨された宝石なら、わたしは砕けた砂利だろう......自分でそう思ってて嫌な気持ちになったが、実際グリフィニアの剣技は動きひとつひとつが完成されている。
この【完成】という部分が大事なんだ。
グリフィニアの剣技はグリフィニア仕様に仕上がっているという意味の完成。
剣技の見本にしてもいい程、綺麗なものとも思えるが───わたしが求めてる剣技に綺麗さは必要ない。
認めよう。わたしは “剣を扱う術を知る者” ではないし、そうはなれない。
だからこそ、わたしはわたしの剣技を確立させる。今ここでだ!
「一体何をした!? 先程までのあなたでは私の動きには絶対についてこられなかったハズ......何をした!?」
「お前レベルで気づかないなら “成功した” って事だ」
【瑪瑙魔女の左眼】
装備者の魔力を極端に抑え性質さも変える。攻撃系魔女魔術の威力を低下させる。
これが最近判明した
「ハイディングって、バレたら終わりだろ? でもハイドしてる段階での話......ハイド前にハイディングがバレるって、まずリビる側が常時ハイドを警戒してなきゃならねーよな? お前警戒してなかったろ?」
「ハイディング? 何を言っている?」
理屈をこねるも、ハイディングというのはフェイクだ。治癒術の次あたりに隠蔽術───隠蔽技も───が苦手なわたしにそんな高等戦法が出来るハズもないが【ハイディング】というワードでグリフィニアの思考の端を齧れればOK。
眼鏡を外してすぐ、わたしは幻想魔術を使った。攻撃性は全くなく効果も長くて3秒とない初級中の初級。子供が最初に覚える幻想魔術と言われるほど簡単で使えない魔術。効果は【発動中、ひとつの行動を一瞬誤認させる】というイタズラには持って来いの魔術。
この魔術を限りなく薄い魔力で発動させていた。“禁止” と決められていた魔術に気を向けるとは思えなかったが、一応警戒して極薄の魔力で詠唱、格好つけて眼鏡を外し、発動。限られた秒数内にわたしは “次の魔術詠唱を誤認させる” よう幻想を施した。わたしのクチは歯噛みしたままで見え、実は魔術を詠唱していたのだ。その魔術が視覚補助と言うべきか上昇補助というべきか......ネーミングに迷う所だが、効果は数分間相手の動きを捉えるという視覚の強制覚醒。勿論デメリットはあるだろうけど、考案こそしていたが使ったのは今が始めてなのでデメリットがどんなものかは後で知れる。
そして次の攻撃───剣術でグリフィニアを吹き飛ばすつもりだ。
眼が追い付かなかったグリフィニアの動きを今は捉えている。この魔術はあるフレの
捉えさえすれば戦える。そしてグリフィニアは今わたしのブラフ、ハイディング に思考を引かれている。あの発言から何度も剣を衝突させてグリフィニアの集中力をお得意の “言葉魔法” で削れた事を確認し、ここで小さく、でもハッキリと笑い半歩下がる。
「ッ!?」
挑発的な微笑と半歩の後退にグリフィニアは直感的に何かを感じたのだろう、踏み込んでくる。これで完全に釣れた。この踏み込み斬りを危なげなく回避し、予想通り現れた隙を逃さず、
「!?───魔力、でもこれは───」
単発基本剣術【スラスト】に風属性を乗せた【魔剣術】で叩く。
確かな手応えの後、グリフィニアは大きく押し下がるものの、転倒せず停止し瞳を丸くする。
「......今のは......魔術」
「せいかーい。でも魔力はどうよ? 手加減してやったうえにこの剣だ。そんな痛くないだろ?」
「魔力は......私達人間と遜色のない
「ガッツリ魔女だぜ。魔女だからこそってトコだな。どうする? まだやるなら続けっけど」
「......いえ、ここが戦場なら私は今ので討たれています。私の負けです」
「んじゃ、わたしの勝ちって事で、この任務お前は黙って見てろよ───グリフィニア教官」
「そうですね、無駄なクチは挟みません。が、今の戦闘について......エミリオに聞きたい事が」
「いいぜ。別にお前を敵だとは思ってないし、なんだ?」
訓練用の剣を置き、わたしは修練場に座った。グリフィニアは立ったまま質問を始める。
「どの辺りから魔術を?」
「眼鏡を外した直後」
「眼鏡......あの無駄に格好つけて外した動きも魔術を隠すための動きでしたか......格好悪かったですが、見事です」
格好悪かったの!? 自分では悪くないと思ってたのに......
「しかし魔術なら必ず魔女の気配が出るハズです。それは一体どうやって? そもそも、極小の魔力を人間が使ったとしてもあの近距離なら感知術を使用しなくとも感知容易い。一体何をしたのですか?」
「魔力の性質を変えた。空気中に腐るほど漂ってるマナに限りなく近い性質にして魔力感知に引っ掛からないようにしただけ」
「......ハァ?」
これには天下の鬼教官も抜けた声を出した。そんな声も出るんだなグリフィニア教官。
しかし本当に、今言った通りでそれが答えだ。【メリクリウス】の瞳の効果を借りたが、それだけではまず無理。だからこそ、わたしは魔女として覚醒した時の “逆” をやった。自分の魔力を魔女力にしたあの感覚。魔女力を色魔力に変換するあの感覚で逆をやれば人間や他種族が持つ平均的な魔力に性質が変わる───濾過される。そこまでやったら【メリクリウス】の出番、濾過した魔力の性質をマナに限りなく違いものに変える。それでもマナではなく “マナに限りなく違い” 魔力。
保険として極薄量で魔術を使ったが、保険はいらなかったか。
「......その理屈だと、最後に使った剣術......魔術? は我々の魔力に限りなく近い性質にして使ったという事ですね」
「少し違うけど、性質は人間と変わらない無色な魔力」
答え、わたしは上着もろともシャツを捲り腹部を見る。
「おっわ! おま、これはやり過ぎだろ!? 線の青痣なってんじゃん! でも何かカッコイイな」
「〜〜〜〜......格好良くてもお腹を出して学園内を歩かないでくださいね」
「街なりいいの?」
「ダメに決まってるでしょう! 全く......」
音楽家にやられた傷だらけの、、、なんとかって騎士みたいでカッコイイと思ったんだけどな......派手な痣とか「コイツ歴戦個体か?」と思わせるには最高だと思ったんだけどな。
「......あなた、その傷痕は......」
「あ? お前がやったんだろ」
「いえ、痣ではなく、その、他にも細かい傷痕が」
言われてみて初めて知る、自分のワガママ悩殺ボディに走る無数の細かい傷痕。
なんだコレ!? と眼が飛び出そうになったが、すぐに傷痕には納得した。冒険者になって一年半と少し、この期間わたしは......数えきれない程怪我をした。天才治癒術師のリピナに会うまでは自分でどうにかしたり、誰かに治癒術してもらったりだったが、治癒術でもやっぱ痕は残ってしまう。その点リピナはそういう部分にも気を使ってくれる。
「カッコイイ?」
「格好良くありませんし、格好良くても隠してください。この学園ではエミルという男性生徒だとしても、エミリオは女性なんですよ」
「おう......なんか感じ変わったなグリフィニア」
説教くさいのは変わってないが、言い方......声音に尖りがなくなった気が、
「グリフィニアではなく、グリフィニア教官です。呼び捨てにするなどありえませんよエミル上級騎士生」
気のせいだった。
「とにかく肌の露出はしてはいけません! それと、任務の事はお任せします。が、何かあったら声をかけてください。可能な限り力を貸します」
「サンキュー。結構いいヤツなんだなお前は───今のはエミリオとして言ったんだからな!?」
これ以上グリフィニアと喋っていると危険だ。いつ罰が飛んでくるかわからない以上長居は無用ってやつだ。
「んじゃ、わたしは昼飯食ってくるわ。トゥナが待ってたら可哀想だし」
「そうですね───エミル上級騎士生」
「ん? じゃなくて、はい?」
「卒業まで残すところ2ヶ月程度ですが、気を張ってカッとならず過ごしてください」
「......? はい」
「怒って喧嘩などした場合は問答無用で罰を下しますので、くれぐれもお忘れなく」
「大丈夫ッスよ。わたし温厚で良い子なので」
「............、、、はぁ」
グリフィニアは深い溜息をつき、わたしは修練場を去り、食堂へ向かった。
そこでグリフィニアの言葉の意味を知る事になるなど思いもせず、何を食べようかなど楽しげに考えながら食堂へ向かった。
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