◇535 -憤怒の紅茶男-
12日目にして中々の収穫があった。と言っても個人的にプラスになっただけで問題の【クイーンクエスト】は全く進んでいない。
焦っても仕方ないし、行方不明になった生徒達も黙って捕まってたりしないだろ。その内ひとりくらい逃げ出してきて、なんやかんやで犯人確保って流れになるだろ。騎士を目指す学生だ。どうにかするだろう、と今は信じようではないか。
信じて───昼飯くお。
この
まぁわたしにとって都合の悪い方向に変わってないならいい。そしてこの時間は残念ながら一般人は入れない。つまり、今この食堂にいるのは生徒であり、わたしはこの学校で8番目に凄いヤツなので───威張れる!
「いよーう、席次8の───」
エミル様が登場だぜ、と声を張ろうとしたが、
「お前が9席の時点でおかしいのだよ! トゥナ・アクティノス!」
「男の真似はやめたんですか? お嬢様」
「教官に媚びたんだろ? どの教官か教えてくれよ。俺達もワンワン媚びるて席次に付かせてもらうからよォ!」
名も無きモブ男達の雑魚声が響いた。雑魚声の対象になっているのは9席のトゥナ。
わたしは無言のまま進み、その間もアホ丸出しな声は続いた。
「さっさと席次を我々に───っ!? なんだ!?」
モブ男のひとりがトゥナの髪を掴もうとした瞬間、わたしは食堂のイスを男へ蹴り飛ばした。当てるつもりだったが、残念な事にイスは男の横を通過した。
「おぉっと、手が滑った」
「......貴様ァ! 当たったらどうするつもりだ!?」
モブ男Aが眼を見開き怒鳴る。
「だから手が滑ったんだって」
「何が手だ! お前の両手はポケットの中だろ!」
モブ男Bが指差し叫ぶ。
「おぉ、お前は手足の区別つくだけの知能あんのな」
「途中参加の新参が調子に乗るなよ! 俺達の親は有名な貴族だ! この事を親に話せばこの国にお前の居場所はなくなる!」
モブ男Cが誇らしげな顔で吠えた。
「お、上手いじゃんお前。その調子で吠える練習頑張れよ? ワンワン媚びるんだろ?」
3人のヘイトを稼ぐ事に成功したはいいが、ついさっきグリフィニアに「怒って喧嘩などした場合は問答無用で罰を下しますので、くれぐれもお忘れなく」と言われたばかりでさすがに忘れてない。が......こりゃもうやっちまったパターン突入してるだろ。
せめて、せめて “ひとりでの罰” は回避したい。
「おいトゥナ! お前も何か言ってやれよ!」
悪いな。お前にも付き合ってもらうぜ。
「......」
巻き込み作戦を実行したにもかかわらず、トゥナは何も言わない。まさか───こちらの作戦を予想し、黙秘スタイルで罰を逃れようと!? なんてヤツだ!
「トゥナが言い返せるワケないだろう? アクティノス家は我々の家系よりも下の位だ! 言い返した時点で我々はそれを侮辱として受け取る。侮辱されたまま引き下がる貴族がいると思うか?」
貴族に位があるとか初耳っすわ。でもだからどうした。
「友達を侮辱されたまま引き下がるヤツがいると思うか?
「貴族ァ......調子に乗るなよ新参者ォォォ!!」
モブ男改め貴族の息子Aはついにキレた。もうこうなってはぶん殴るしか道はないので仕方ない。せめて思い切りぶん殴って泣かせようと心に決めた直後、
「そこまでだッ! 双方、下がれ!」
妙に響く男の声が食堂を駆け抜け、貴族の息子達の動きが止まったのでわたしも一旦止まる。
「全く、諸君等は食後すぐに運動したいタイプなのか? 私は食後、必ず一杯の紅茶を楽しむ。君達もどうかな? 私の紅茶は心身共にを落ち着かせてくれるぞ?」
声が自信が満ち溢れている紅茶男は───床に尻を着け足を組み、左手には皿、右手には空っぽのティーカップを優雅に持ち、キメ顔を向けていた。
「誰だお前? そんなトコ座って何やってんの?」
制服ははわたしと同じ赤の差し色。シャツは......
「......え、なにお前、紅茶好きすぎて浴びるタイプなの? すげぇな!」
シャツどころか頭から紅茶をかぶっていた。何か顔濡れてるな、と思ったがまさか紅茶を浴び飲みする猛者だったとは......世界は広いな。
「......チッ、行くぞ」
貴族の息子達は紅茶男を見て、小さな舌打ちを残し去った。舌打ちするならもっと気合い入れてしろよ、と絡みそうになったがせっかく帰ってくれるのに引き止める理由は......無くもないが、まぁ今回はいい。
それより、
「おいトゥナ」
「......、......エミル、ごめん。ありがとう」
「んな事どーでもいいんだよ。何で言い返さない? 貴族の位ってそんなに大事な......? お前殴られたのか?」
イスに座ったままだったハズのトゥナの唇から血が少し流れていた。あのクソ共、既に一発ぶちかましてたのか。
振り返り、貴族の息子を追おうとしたわたしの手をトゥナは掴み引く。
「違う、違うんだよエミル。これは......我慢してた時に噛んじゃって、あの人達は何もしてないんだ! だからもういい、もういいから」
「んじゃそのほっぺはどうした? 赤くなってんぞ?」
トゥナの左頬は赤く熱を帯びていた。殴られてないにせよ、叩かれたのは明確だ。
「大丈夫だから、僕......私は大丈夫だから」
「何が───」
「───何が大丈夫なのだ!? トゥナ・アクティノス! その唇の怪我は頬を
「うるっせーぞ紅茶! 引っ込んでろ!」
熱くなるわたしは熱くなる紅茶男へ叫んだ。いい事言ってるのはわかるがお前は関係ないだろ、引っ込んでろ。
「エミル! キミもそう思うだろう!? 女性の唇は愛した男性を癒やすためにあるというのにッ! その唇を悲しみで歪めない為に男は存在するというのにッ! あの者共......これは見過ごせない! 見過ごせないぞォォォ!!」
憤怒する紅茶男は沸騰したポットのようにひとり叫んで食堂を出ていった。先を越されてたまるか、とわたしも足を進めるも、トゥナが手を離さない。
「大丈夫だから......だから、」
「〜〜〜〜っ、わかったよ......だから離せ」
貴族の位を気にして我慢した、って感じじゃねーなコレ。
「隣座っていいか?」
「......うん」
コイツは......すぐ泣くヤツだ。
それと、あの紅茶男は誰だったんだ?
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