◇529 -魔女の風見鶏-



 騎士団長代理レイラ、特級騎士の隊長ヒガシン、シンディ、アストン、そして同じく特級騎士の隊長ルキサ、ヘナ。

 この6名がわたし達席次持ちの騎士学生を呼んだ理由は───わたしがエミルとして騎士学校へと潜入する理由となった “生徒の失踪” についてだった。


 歴代最強の騎士と謳われた元騎士団長であり現在はSSS-トリプル指定の犯罪者【フィリグリー・クロスハーツ】は部下の育成をまともに行っていなかった。そのため今のドメイライト騎士は数が多いだけの組織と言われても否定できない状態らしい。戦闘において数は大きなアドバンテージになる。いくら強者といえ100を同士に相手にした場合、勝率は限りなくゼロに近い。

 が、数 “だけ” ならば強者の勝利は揺るがないだろう。


 地界一繁栄する大陸ノムーの首都ドメイライト。地界一巨大な組織ドメイライト騎士団。

 フィリグリーはそんな巨大組織の舵を最初から取っていなかった。


 自分の敵となるであろう騎士を育てる事は、数だけの組織ではなく、数も実力も揃っている組織にしてしまうから......と、単純に興味が無かったからだろう。


 そんなフィリグリーの置き土産とも言える今の騎士団は、略奪種の件でも脆さが見えた。ここにいる席次持ちの学生の方が、中級ランクの騎士よりも充分役に立つという事はレイラも他の隊長達も理解しているからこそ、正騎士ではなく見習いであるわたし達に、騎士学校での失踪事件を明かし、席次持ちは混乱を招かぬようこの話題が拡散しないよう注意しつつ捜索を行い、小さな事でも報告するよう命じられた。解決は騎士でやる、という事を念押しされ会議めいた話し合いは終了、解散した。


 今回の件は学生がターゲットな以上、学生に解決を任せるワケにはいかない。が、現場が学園なので学生の方が動きやすい。

 下手な騎士に頼むよりも効率のいい選択だとわたしは思うが、わたし達はあくまでも学生。命の危険───失踪した連中が死んでるか不明だが───がある以上はやはり頼めないと渋っていたのだろう。

 その結果が20名という数の失踪者を出してしまった。


 潜入しているわたしも犯人の尻尾どころか足跡さえ発見出来ていない。


 思った以上に、この件は深刻であり難しい。


「エミル、行かないのかい?」


「あ? どこに?」


 ウェンブリーの声でエミリオは思考の迷宮から脱出し、学生エミルになる。


「この後、新席次持ちでお茶でもしようってネリネが言ってたろ?」


 あー......言ってた気もしなくもないけど、全く聞いてなかった。

 しかもお茶って......呑気すぎんだろ学生諸君。いや、きっとこれが普通なんだよな。失踪事件なんてない平凡な日常ならお茶したり買い物行ったり、勉強したり修行したり、そうやって騎士を目指しながらも学生生活を楽しむんだよな......、


「そうだよな、行くか───で、場所は?」


「だと思った、一緒に行こう」


「ナビ頼むぜ相棒」


 学校、か。

 魔女界にいた頃わたしは学校へは行っていなかった。行く必要がなかったからだ。

 魔女の学校で学ぶ魔術や魔力の理論などは、産まれてすぐ漠然と理解し魔術も上級を結構使えた。わたしだけじゃなくダプネも。

 魔女は必要ないものは学校に通わず他の魔女から学び盗む。

 なのでわたしは学校というものを、学生生活というものを経験するのは初めてだ。


 卒業も......経験出来るといいな。


「ってか2ヶ月後は卒業だろ? 何でこの時期に席次を上級生が牛耳ってるんだ? 中級......次の上級に席次与えた方よくね?」


 そう、2ヶ月後には上級学生は卒業。つまりわたしもこのままいけば卒業だ。


「進級試験を終えた学生が次に行うのが星賭戦なんだ。実戦だけじゃなく知識を使うものもあって、そこで初めての席次が決まる。だから今この時期に中級や初級が席次を持ってもほとんど意味がないし、進級後の席次につけなかったらいい笑い者で、卒業の4ヶ月前あたりから中級や初級は進級後の星賭戦に向けて準備をするんだ」


 だからこの間の星賭戦も人はいたけど試合はそんなやってなかったのか。

 本番前に手札晒すようなもんだし、きっと試合してた中級や初級は観戦していた同学年をミスリードする狙いだろうな。

 結構やるじゃん騎士学生。


「で、わたし達は街に行くのか?」


「本当に聞いてなかったのかよ......下街にネリネが気に入ってるレストランがあるって言ってたろ?」


「ほぉ! レストランか」


「結構前に名前を変えたレストランで、夜はバーになるんだ。俺も何度か行った事あるから場所は大丈夫」


「時間的にも夕食だな! 席次パワーでツケで食おうぜ」


「席次にそんなパワーないよ」


 くだらない会話をしつつ、街並みを見るようにウェンブリーへついて行く。ドメイライトに学生エミルとして来てから観光どころか街にもまともに行ってない。

 知ってる建物や道を見る度に懐かしい気持ちが湧く。冒険者になる前はこの街に住んでいたんだな......と1年半ちょっとしか経ってないのに昔の事のように思えるのは、ウェンブリーの通る道がわたしの縄張りだったからだ。よく知る道、よく知る店のおっちゃん、あの裏路地は猫の集会場になっている事など、色々思い出していると、


「ついたよ、魔女の風見鶏」


「......へ?」


 そこは───わたしがドメイライトで生活していた頃世話になった店。以前とは名前も外装色も違うが、場所や建物の形は同じ。

 魔女界から地界へ来た何も知らない生意気な魔女を拾ってくれた人間の店。


「どうした? 入らないのかい?」


「あぁ、いや、入る」


 わたしがエミリオだって......さすがにバレないよな。髪色も髪型も違うし、格好も違う。帽子もないし、まず学生として行く時点でエミリオ率は極端に低下する。

 つーか......店の名前が【魔女の風見鶏】に変わってるし、場所だけ同じで違う人がやってるパターンあんじゃね? 屋根も水色だし、“箒に立ち乗りする魔女” の形をした看板と風見鶏があるし。店の扉は今まで通りだが、まぁ入ってみればわかる。


 ウェンブリーが扉を開き、カランカランと鈴が鳴る。


「いらっしゃい───いらっしゃい。あちらの学生さんと待ち合わせかしら?」


 わたし達を出迎えたのは、昔からこの店を営んでいる奥さんだった。不安が安心へと変わる妙な感覚、胸の奥であたたかくなる何かにほっとしていると、


「あ! エミル、ウェンブリー! こっち!」


「......ポルク、他のお客様に迷惑だよ」


 双子座の───今はただの双子として通している───星霊族がわたし達を手招く。

 丸テーブルには7席アンブル以外がいた。わたしとウェンブリーが空いているイスに座ると奥さんがすぐに飲み物を持ってくる。


「貴方は白葡萄ジュースで、貴女はコーラよね」


「ありがとうございます」


 ウェンブリーはブドウジュースを受け取り礼を。わたしはコーラを受け取り頭を軽く下げ、不思議に思う。

 注文なんてしていないのに、わたしが注文するであろう飲み物がなぜ出てきたのか......


「それじゃあ2人居りませんが、新席次を祝って乾杯しましょう! 皆様、おめでとうございます!」


 ま、いっか。どうせコーラ頼んでたし。

 ネリネのおめでとう合図に各々グラスを持ち、乾杯。これが冒険者なら酒なんだろうけど、騎士学生はジュース......


「おいまて、お前......お前! それ酒じゃね!?」


 名前を思い出せない席次10のワイン貴族の娘は、堂々とワインで乾杯する。


「私の名はラトゥールだ。覚えてほしいものだなエミル」


「ラトゥール! お前酒じゃんそれ!」


「あぁ、この国では16から両親の許可などがあれば酒を呑んでも良いのだぞ? ウンディーは16から普通に呑める。イフリーは一応16から飲酒可能だがルールなどあってないようなものだな。シルキについてはすまないがあまり知らない」


 ほー、そうだったのか。わたし自身、酒が好きくないから全く知らなかった。でも確かに猫人族の腐れピンクゆりぽよ とか酒呑んでたな......この店の奥さんが教えてくれた飲酒可能年齢は20だったんだけど......


「昔は20だったんだけど、経済面の発展というか回転で飲酒年齢が下がったんだよ。その分、酔って粗相を犯した場合の罰が重くなってるけどね」


 ウェンブリーの説明が入り、なるほど、と理解したフリをする。正直、誰が何歳で酒を呑んでいてもわたしに迷惑がこなけりゃどーでもいい。今ラトゥールの酒に反応した理由はまさに迷惑が来るなら止めようと思っただけだ。


 中断してしまった乾杯を行い、なんて事ない会話をしつつ夕食を楽しんでいると店は満員に。

 街の人達がわたし達を見て「学生か?」「未来の騎士に一杯奢るよ」「席次祝だ」などアレやコレやとご馳走してくれた。


 なんだか楽しかった。





 ドメイライト二階層───通称【騎士団本部】エリアの騎士学校。

 騎士団本部の建物にも引けを取らない大きさの学校には屋上は勿論、地下もある。

 本部の地下は罪人を投獄まで管理する牢となっていたり、機密系が濃く絡む。

 学園の地下は授業で破損した武具や稀に使う大型アイテムなどが保管されている。

 簡単に言うと、本部地下よりも学園地下は人影が薄い。一生学園の地下に用がない生徒の方が多いほど、学生達も足を運ばない。


 薄暗く人もこない地下で、ぼんやりと光る魔法陣とイビツシルエット

 渇いた音をギシギシ、ギィギィと奏でる影は人のものではない。時折湿った音を不快に響かせ、壁や床を汚す。


 ぬらぬらと光沢ある外殻、よくみると産毛のようなものも生えている奇妙奇怪な大型の虫、サソリとクモ。2匹が頭部を揺らしクチを汚しながら捕食しているのは───赤く温かい液体を流す人の肉片。


 サソリは物理特性が高い人間エサを捕食し、クモは魔法特性が高い人間エサを捕食。


 学生の失踪事件の犯人は学園地下で、釣り上げた人間エサを奇虫に捕食させていた。


「15歳を超えたメスは栄養が少なくなる。エサの量産には向いているけれどエサとしての質はオスが理想。学園ここは弱いくせにいいエサが育つから楽」


 邪悪な影は腕にある、巻き付くような歪な模様を発光させ、新たな奇虫を呼び出した。

 上質な人間エサを与えたサソリとクモを新たに呼び出した甲殻虫に容赦なく喰わせた。


「卵から子供が産まれたら、次はアナタが糧になる。少し寂しいけれど......生まれ変わっても愛し合おうね」


 甲殻奇虫───大型のムカデの影は邪悪な影に頭を近付ける。邪悪な影は歪な形をしていたが、何かを下げる仕草で影の形は人のものとなり、キスするように重なった。

 ムカデの首に腕が回す人影。無数の足で人影をガッチリホールドする奇虫影。


 ねっとりと湿る音と、荒くなる人の声。


 邪悪で歪な影の持ち主は女性で、影は絡み奇妙に揺れた。

 途切れ途切れに甘ったるい吐息を溢して、影は痙攣し、ねっとりと糸を引き、卵がひとつ落ちた。



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