【騎士学校の魔女】

◇514 -騎士からの依頼-1



 音響マテリアを使い作られた合図音、チャイムが響いた。白灰色のレンガをベースに作られた施設、ノムー大陸 皇都ドメイライトの二階層を占拠しているドメイライト騎士団本部と同じライン───と言っても同じ二階層なだけで本部とはだいぶ離れていて本部の方が高い位置にあり敷地も広い───にある騎士学校【オルエス スコラエラ】。


 学園の中央にある騎士を象った像が印象的な中庭───のベンチでダラリと寝る節度のない学生と、襟元を緩めた程度でギリギリ節度を保つ学生が2人、次の授業を知らせるチャイム音にピクリと反応した。


「あー? なんっだよ、もう休憩終わりか?」


「こんなものだぞ? にしてもエミルは凄いな。新規入学は時期的にも不思議じゃないけど、“特別入学” なんて俺は初めて聞いたぞ? しかも入学3日でこのだらけ様......一体今までどんな生活送ってきたんだい? エミル君」


「いやここの生活がイカレてんだろ絶対......つーか次の授業って薬草クサの授業だろ? そんなもん学んでどーすんだよ。使いどころない知識なんて持ち腐れだと思わないか? ウェンブリー君」


「知識はいくら持ってても腐らないし荷物にもならないよ。でもまぁ......薬草を学ぶ時間を剣や術に使えればいいとは思うけどね」


「だしょ? って事で次の草授業をサボろうと思うんだけど、一緒にどーよ?」


「魅力的な話しだけど、ダメだよ。諦めて授業行くぞエミル。今ならまだ間に合うし」


「まーぢーかーよー、まーじーめーかーよー」



 グダグダと喋りながらも脱ぎ捨てていたクツを履き、眼鏡を装着しシャツのボタンに苦戦するエミルと、既に制服を正し終えた【ウェンブリー】。

 この【ウェンブリー】という男性は【ウィンストン家】の長男。父は元騎士であり今は煙草起業で大成功した貴族。【ウェンブリー・ウィンストン】は学園で剣、術、学力が現在学園で2位という強者。ウィンストン家の長男てあり騎士団からも期待された人材。

 貴族や王族など権力者のみが持っている姓。持っている方が珍しく、それをステータスだと思い込む者以外は聞かれなければ姓を語らない。

 例えばウンディー大陸の女王セツカなども姓を持つが一度もクチにした事がない。

 姓よりも名が大切で、己を象徴するものこそ名。そんな意を強く持つひとりの人間として生きる者は簡単に姓をクチにしないものだ。


「ほら急ぐぞ」


 すらっとした体格に金髪、どこか上品な雰囲気を纏う【ウェンブリー】と共にいる小柄な者が【エミル】。ココア色の髪と緑の瞳を持つ【エミル】は3日前、騎士学校へ特別入学した。その正体は───バリアリバルの問題児冒険者【エミリオ】だった。


「〜〜〜っ、眠っ」





 全ては1通のメッセージから始まった。


 何者かの嫉妬によりAランクへ降格したわたし、冒険者のエミリオさんはウンディー大陸の変態が集う街【芸術の街 アルミナル】から【バリアリバル】へと帰還した。別にバリアリバルを拠点に決めて生活しているワケではないが、何かと便利な街なのは確かだ。そんな便利溢れるバリアリバルに戻ってすぐ、ウンディーの玉座にあぐらをかいている女王セツカ───セッカからメッセージが届いたのだ。朝9時だというのにメッセージを送ってくるなど常識の欠片もない女王だと思わないかかい? わたしは思うね! だって朝9時だぜ? そんなん普段なら寝てるに決まってるだろ。

 と頭の中でプンプンがビリビリするようにプンプンしていたわたしだったが、冒険者ランクの事で苦情を言ってやろうと思っていたので丁度いい。すぐにユニオンへ向かった。


 まず、驚いた。ユニオン本部がわたしの知る状態ではなく、何というか......絶対集金狙いだろ、と思ってしまうモデルチェンジが施されていた。

 予想通りユニオンには冒険者ではない一般人が何人もいて、商業ギルドが経営している料理や謎のグッズなどをお求めしていた。


「なんだぁー? いつからユニオンはユルい雰囲気になったんだぁー? おー?」


 屈強な冒険者がピリつく雰囲気を纏い睨みを効かせているユニオンは既になく───元々そんなじゃないが───今のユニオンは誰でも気楽に足を運べる場所となっていた。

 前に二階をトラットリア───酒場やらレストランが合体したようなエリア───に改装し冒険者以外の客も増えたが、飲食店ならばここよりオシャレだったり美味しかったり安かったりする店は沢山ある。恐らくここでしか出来ないサービスを考えに考えて、今のスタイルに行き着いたのだろう。

 無駄に広かったスペースを上手に使っている辺り、きっと商業ギルドのマスター【ジュジュ】の知恵も借りたのだろう。


「ずいぶん早いな」


 ユニオン本部の冒険者受付───の先にある大扉の前でわたしは全体的に黒系装備の元人間であり現悪魔に声をかけられた。


「お前らが呼んだんだろ、ナナミン」


 最近は女王のパシリ役がすっかり板についてきた元【レッドキャップ】のナナミ。

 元とはいえトリプルの犯罪者を側近として置くセッカは頭がおかしい。と思うが、ナナミンは結構いいヤツで頭も良くて強いので側近としては最高だ。わたしも嫌いじゃない。

 元犯罪者には変わりないし、きっと何人も殺してきたんだろう。悪魔堕ちする前はドメイライトの騎士だったみたいだが今はレッドキャップを討つという契約の下、こうして活動出来ている。

 不思議な事にウンディー民は誰一人ナナミンの今の状態───野放し状態に文句を言わない。わたしが人間で冒険者でもなかったら、ブチギレて死刑コールを毎日奏でるぞ。


「奥で待ってる、行こう」


「やっぱクイーンクエストかよ。だりーな」


 女王から直接依頼がある “クイーンクエスト” は中々報酬が美味しいうえに、その結果が直接自分の評価に繋がるという恐ろしいものだ。手っ取り早く冒険者ランクを上げるには持ってこいだが依頼内容に合った冒険者を女王側が選択するので、一生縁がない冒険者もいる。

 わたしは一応今回で2回目だが、前回のはどうにもそれっぽくないクエストだったと記憶しているが......とにかくクイーンクエストはダルいという印象しかない。断る事も勿論可能で、断った場合自分の評価が落ちるなどのマイナスはない。


「エミリオが来たぞ」


 無駄に豪華な扉を開けると、そこには女王セツカ様と、予想外なんてもんじゃない者達がいた。


「やっほーエミリオちゃん、久しぶり」


「うッス、エミさん」


「ほう、コレが帽子の」


「こうして話すのは初めてかな?」


 タイプやカラーは違うものの、全員が衣服───装備のどこかに【盾型の中に翼を持つライオンのシルエットマーク】を持っている。どこのギルドだ? と記憶を漁っている時、最後にわたしへ「こうして話すのは〜」と言った女性の左腕を隠すように装備されているハーフマントのような外套に揺れる装飾が眼に入る。

 マントにも盾型にライオンのマークがあり、装飾はオシャレというには少々凝ったデザインにも思える......何かが引っ掛かる───


「───お前、ワタポの......それにヒガシンと残念女!? って事はお前ら “ドメイライト騎士” か!?」


 なんでノムーの奴等がここに!? それもドメイライト騎士が!? まさか、まさかまさか、


「まさか......またわたしをとっ捕まえて今度こそ処刑しようって魂胆こんたんか!? ふざっっっけんな! わたしが何したってんだ!?」


「おうおう。お前さんはどこにいても賑やかじゃのぉ、エミリオ」


「あーん? お、キューレ。療狸ポコちゃんかと思ったわ」


「賑やかを通り越してうるさいヤツじゃの。とりあえず座っとれ」


 登場したキューレは騎士を前にしても落ち着いていて、よく見てみるとナナミンもセッカも、騎士達も落ち着いていた。ひとり騒いでいるのが恥ずかしくなったわたしも、こっそり座ってヒガシンの前にあったコーヒーを勝手に飲む。


「おえ、にげーな」


「それ俺のッスよエミさん」


 ミルクを入れているとはいえコーヒーはコーヒーだ。不味いのでヒガシンにコーヒーを返し、本題といえるだろうこのメンツでなぜわたしが呼ばれたのかを聞く。勿論答え次第ではユニオンの玉座の間の壁に穴をあけてやるつもりだが、ここ最近のエミリオさんはいい子ちゃんなので騎士に捕縛される理由はないし、そもそもノムーと絡みもない。


「何の用事だ? さっさとしてくれよ、わたしフォンの修理依頼いきてーんだよ」


「なんじゃエミリオ、お前さんまだアップグレードしとらんのか?」


「アップグレード? なにそれ?」


「フォンの中身が進化するんじゃ。1ヶ月前くらいに技能族テクニカが公開、販売を開始したんじゃぞ。値段は40万前後じゃったの」


「よん......たっけーなおい!? 誰が買うんだよ!?」


「フォンに依存しとる連中。例えば冒険者や騎士かのぉ? 今回のは元々そういう生業をターゲットに作ったモンじゃし、ただのコミニュケーションツールとしてフォンを使う者はスルーじゃろうけど......最近フォンが重い、遅い、イライラする、と感じた場合はほぼ必須じゃぞ」


 んな......40万ヴァンズはあるけども、あるけども金使いまくってもうギリギリじゃん! 技能族テクニカって奴等がどんなか知らんけど足元見るレベルじゃねーぞ。阿漕種族かよ。


「てかフォンで思い出したけどセッカ! わたしの冒険者ランクがAに下がってんだけどなんで!?」


「え? 集会場に貼り紙見てないのです? もう結構前に予告を貼り紙で公開して、実装したんですけれど......」


 貼り紙ぃ? 予告で実装? 全く何の事かわからないし、そういえばユニオンの冒険者達がうろつくエリアを集会場って言うんだったなってレベルだ。そんなわたしが見てるワケない。


「まぁその件は後でいいだろ。それより本題に入る」


「よくねーよ! 本題前に説明してくれよナナミン!」


「いいんだよ後で! 少しうるさいぞエミリオ! それに本題の方が大事だ。今回はお前が選ばれたんだから一番よく聞いていなきゃいけないのはお前だぞ!」


 冒険者ランクの話を後回しにすると割り込んできたナナミンへ噛み付くも、返り討ちにあった気分だ。

 後でキッチリ説明してくれるなら、まぁ、よくはないけど、まぁ、納得しよう。ナナミンわりと本気で怒ってるしさ。



 女王セツカが切り出し、ノムー騎士とウンディー冒険者で本題───クイーンクエストの詳しい説明が始まった。


 この時、既に次の “犠牲者” が出ていた事を、わたし達は知らない。



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