◇513 -単眼コンプレックス-



 冒険者達がシルキ大陸を去って早1ヶ月。

 この1ヶ月でシルキ大陸は大きく変わった。

 まず、シルキ大陸全土を支配する───と言えば聞こえは悪いが───者が決まった。

 そしてその者を先頭にシルキ大陸はまとまり、数ヶ月後には他国の者を招き入れても恥ずかしくない国になるだろう。


 その支配者───他国で言う王や女王は、


「ひっつー、おーい、ひっつーやーい。ワラワお腹が減ったのじゃが何か作ってくれんかのぉ? そうじゃのぉ......茶碗蒸しが食べたい気分じゃの!」


 と、空腹時に注文するには少々調理時間がかかる品を選択する抜け具合を披露していた。


「もぉ! さっきお昼ご飯食べたばかりですよ療狸様やくぜんさま!」


 シルキ大陸を総括する存在となったのは、大神族でもある療狸やくぜんだった。

 眠姫ネムリヒメと呼ばれ、人々からも姫という扱いを受けていた眠喰バクのすいみん や華組あたりがシルキを総括するかと思われていたが、意外な事に療狸自身が名乗りを上げ、妖怪も人間も異論なくあっさり決定した。療狸自身はそんな面倒な役を好むワケもない、が、夜楼華サクラ祭りの夜エミリオに「お前がシルキの女王様なれよポコちゃん。そうすりゃ妖怪達も冒険者なれるだろ? 無駄に歳食ってんだしいいだろ」と言われ、エミリオの言葉を濾過し、若い世代は世間を世界を自分の眼で知るべき、という答えに辿り着いた。


 そんなこんなで療狸が今、シルキの最大権力者となり日々シルキ大陸の再生ともいえる活動を様々な者の力を借り行っている。最大権力者であり大神族でもあるまさに神の化身と言える療狸へ呆れながらも返事をしたのが、ひっつーと呼ばれる単眼妖怪。彼女は療狸寺やくぜんじに住み、剣や妖術の修行に日々汗を流す───のが理想であり目的なのだが、今やすっかり療狸の世話係となってしまった。


「腹が減っては良い酒が呑めんじゃろ?」


「こんな時間からお酒なんて呑まないでください! この後華組の方々や鬼の方々と会合があるんですからね!」


「むぅ、なんだか最近ひっつーが厳しいのぉ......ワラワ嫌われてしもうたのかのぉ? 悲しいのぉ」


「もぉー......茶碗蒸しは夕食に作ってあげますから今は諦めてくださいよー......」


「本当かのぉ!? きんぴらもつけてくれるとワラワやる気出るのじゃ!」


「はいはいわかりましたから、やる気出してくださいね」


 どちらが年上なのかわからないやり取りを終え、単眼妖怪は寺の掃除へ戻る。療狸があの調子なので単眼が確りとしなければ威厳も何も保てない。本人がそれでいいならいい、という問題でもない。しかし単眼ひっつーはこういう形でも療狸の為になれるのが少し嬉しく思っていた。


「全く、療狸様はここ最近食いしん坊です。お酒も鬼や妖怪達が与えるからガブガブ呑んで......その都度、お酒に合う肴を駄々っ子のようにおねだりしてきて、はぁ......シルキの代表という自覚をもう少しお持ちになっていただきたい......大体この前も───」


 ブツブツと愚痴を言いつつもテキパキと働く単眼妖怪。今この療狸寺には単眼と療狸しかいないので自分が頑張らなければ、という気持ちも少なからずある。

 他の者───と言っても天邪鬼あまのじゃくと千秋の2名だが───は、別の所で今暮らしている。決して療狸に嫌気が差したワケではなく、やるべき事が出来たからだ。


「2人とも凄いなぁ......私なんてやりたい事もやるべき事もハッキリわからないのに......」


 自分の在り方、というものが見えない単眼は自動作業化している掃除をしつつ、置いてけぼりにような寂しい感情の処理に困っていた。

 療狸寺に来た理由は身寄りが無かったから。

 そして当時は妖怪というだけで人間達に怖がられる風習が強かった。ましてや単眼だ。存在するだけでも恐怖しか与えない存在。療狸寺でひっそり生きていければそれでいいと思っていた。

 そう思っていたのに。


 人々は変わり妖怪と人間が仲良くなり、自分も一歩踏み出そうと思った時には内戦内戦、あちらこちらで内戦が始まった。争いの理由も驚く事にお互い過程での意見が違うという理由。単眼は心から恐怖を感じた。過程は違えども求める結果は同じ。過程が違う......たったこれだけで命を奪い合う争いへと発展した現実が心から怖いモノだと思えた。

 殺されたくない。痛い思いをしたくない。そんな一心で剣を学び術を学んだ。

 療狸には止められたが、押し切って学んだ。自分を守るために。怖い現実を斬り払うように。


 長きに渡った内戦が突然のように終わり、単眼は剣を振る目的を、術を学ぶ目的を失った。


 生きる意味、なんてものは考えるだけ時間の無駄。しかし何も無い自分は生きている意味も無いのでは? とここ最近は深い所で思ってしまう。

 この思いこそ時間の無駄。そう理解していても一度浮上した重い思考は中々沈まない。

 今この瞬間ものしかかるように浮上する無意味な思考に胸が焼ける思いをしていた。


───シルキは平和になったんだ。これからは外国との関係を築く為に大変になるんだから、頑張らなきゃ!


 自分を鼓舞するように意気込み、今出来ることを行う。掃除の次は夕食の準備だが、療狸が御所望した茶碗蒸しを作るには材料が足りない。


「あんまり人里へは行きたくないけど、行かなきゃ......」


 自分の顔、大きな瞳が嫌いで仕方ない。

 眼を合わせれば気味悪がられ怖がられ、眼をそらせばすぐにバレて不審に思われる。いつも笠を深く被り、下を見て歩く。


───いくら人間と妖怪の仲がいいと言っても、恐ろしいものは恐ろしいし、気味悪いものは気味が悪いまま。私も子供の頃から虫が苦手で今も苦手。それと同じで変わらない。


 苦手な虫と自分を並べてしまった事を後悔するも、見る人が見れば結局同じ。今回の夜楼華の一件で関わった者達は怖がらずに───若干一名は初対面で盛大に怖がったが───接してくれたが、状況を考えれば見た目にイチイチ反応している余裕がなかったとも考えられる。


───ダメだなぁ私。一度考え始めたら底無しにハマっちゃう。


「おや? アンタは療狸様の所の」


「───!?」


 ぼーっと考えながらも足を進めていた単眼は気が付けば人里【花鳥】へ到着していた。

 竹林道を【龍】方向へと進んでいると分かれ道がある。そこで【風月】の方向へ進むと【花鳥】に到着する。決して大きくない街だが小さくもなく、街と呼ばれるだけあって基本的な物は揃う。

 ひっつーに話しかけてきたのは八百屋の親父さんだった。


「あ、えっと、」


「買い出しかい? 偉いねぇ」


「あ、はい。いえ全然そんな」


───突然話しかけられて驚いたけれど、よかった。あのままぼーっと進んでいたら風月まで行っていたかも知れない。


「おやおや? お嬢ちゃんは療狸様の」


「え? えっと」


 次はお婆さんが話しかけてきた。

 そのお婆さんにつられるように数名の人間が歩み寄り話しかけてくるも、ひっつーは既に逃げ出したい気持ちしかなく会話が耳に入ってこない。

 そんな時だった。


「あぶないってば!」


 と子供の大声が響き、その方向を見ると───木に引っ掛かったマリを取ろうと人間の少年が木登りを始めていた。少年が登っている木は細めの桜。体重を預けるには危険すぎる。

 すぐに注意して登るのをやめさせなければ、と思うも見上げると確実に単眼だという事がバレる。そして子供は素直。単眼を見れば一発で恐れ泣いてしまう。

 怖がられたくない、そんな気持ちが湧き声を出す事も出来ない単眼を他所に子供がグングン登り、既に注意しても遅い高さまで到達していた。


「へっへー! まりとれたぞ!」


 片手で鞠を持ち上げ、笑う少年。そのまま無事降りてくれれば......と思った時、予想通り枝が折れてしまった。上にいけば行くほど木の枝は細い。少年が登った箇所は誰がどう見ても折れる細さで、実際に今折れてしまった。

 ガクン、と身体が傾き少年は逆さまに落下する。花鳥に住む大人はほとんどが風月で仕事をしていて、今ここで少年を受け止められるのは単眼しかいない。しかし駆け寄り少年を受け止めれば確実に笠は外れ単眼を晒す事になる。


───それでも私は、


「───っ!!」


「───っと、危ないだろ何やってるんだ!」


 単眼が地面を蹴り少年の元へと駆け寄った時、逆方向から凄まじい勢いで駆け付けた者が少年を宙で受け止め着地した。

 子供達を叱りつけるその者は派手な着物を派手に着崩している女性で、額には四本の角。

 鬼に叱られた子供達は泣きながらも謝り、次からはちゃんと大人に助けを求める事を約束した。


「全く。にしても、やっぱこの街でちゃんとした仕事が出来なきゃ危なっかしいなぁ。お? アンタは確か療狸トコの───」


「あ、えっと、はい」


「───単眼妖怪!」


「っ!!」


 これまた直球で言われた。八百屋の親父さんやお婆さん達、子供達もいる前で。


「ご、ごめんなさい私行きます!」


 正体を暴露され怖がられるのが嫌で、逃げるようにその場を去ってしまった。


「あら? 私何かマズったかな?」


「おえちゃんがさっきのおえちゃんをなかせた!」


「ごめんなさいしなきゃだよー!」


「なかせたー! わるいオニだー!」


「はぁ!? 私が悪い鬼ぃ!? てゆか泣いてたの!?」


 子供達は逆襲するように鬼を指差し「なかせた、なかせた」などと言い怒る鬼から逃げるように去っていった。


「さっきの療狸様の所の単眼の子だろう?」


「あらまぁ、あの可愛らしい子じゃろ?」


「礼儀正しくて、頑張り屋の何じゃったかのぉ......」


「ひっつーちゃん、じゃよ」


 花鳥の老人達は単眼妖怪の事を既に知っているらしく、ワイワイ話し始める。どの会話でも決まって「可愛らしくええ子じゃ」が出ている事に鬼───四鬼しき金熊かねぐまは気付き微笑んだ。


「隠してるつもりがバレバレじゃん......全く、あんなに大きくて綺麗な瞳持ってるのに全然前も周りも見てないじゃん。勿体無いなぁ」


 その夜、金熊は他の四鬼や妖怪を誘い、療狸寺で強引に酒盛りを行った。


 今日あった事、今日聞いた事は一切話題にせず、ただ馬鹿みたいに騒いだ。


───気にはかけてやるけど、ひっつー自身がその眼で見て気付かなければ意味がない。頑張りな。


 と、胸中で応援し、騒がしい大声が境内に響いた。


「もぉ! いい加減にしてください!!!」



 ひっつーは大きな瞳を怒らせて、大声で全員を叱った。


 普段感情的になる事が少ないひっつーにとって怒鳴る事自体が珍しいうえ、立場だの種族だのを無視して怒った自分にひっつー自身が少し驚いた。


「なんだひっつー、ちゃんと相手見て大声出せるじゃん」


「はい? 金熊さん何を言って───」


───あ、街での事か......


「今度は任せるからよろしくね」


「───......あっと、はい、頑張ってみます」


「なんじゃー!? ひっつーは何を頑張るんじゃ!? ワラワも全身全霊で助けたるのじゃ、何をするか言うてみぃ! 大神族の力をここぞとばかりに使って世界征服してやるのじゃ!」


「療狸様は呑み過ぎですよ!」


「なんじゃとぉ!? ひっつーが呑まんからワラワが呑み過ぎになる事でひっつーも呑まんじゃろ!! かわええのぉ!」


「 ??.........? 」



 平和になったシルキ大陸で、少しずつ、少しずつ成長していく単眼妖怪に、妖怪達はこっそり乾杯した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る