◇512 -ししと7人の小人-



 規格外の収納スペースを持つ【なりきりノコッタ】という被り物装備を愛用する獅人族リオンの女の子しし。

 獣人族種で獣寄りの種である獅人族リオンだが、彼女は猫人族ケットシーなどの人寄りの種と変わらない外見をしている。生まれつきなどではなく、しし自身がそうしている。

 分類的には変彩魔術となる【サンドリオン】を使い、人に近い外見を演出している。

 キノコの帽子も変彩魔術も、然菌族ノコッタの長老から頂いたものであり、ししのマイペースな性格に拍車をかけたのも長老だった。



 みんなと仲良く出来ればき。

 でも我慢してまで仲良くする事はない。

 だからといっていがみ合う必要もない。

 みんな自分の中に大切なモノを持ってる、優先順位は人それぞれで日々変わるからこそ、自分とも他人とも上手に付き合っていくのが良き。


 “変わらないために、変わり続ける”



 今となってもこの言葉の意味がよくわからないししだが、彼女なりに平和的な世界を求めている事は変わらない。

 散々な目にあっても、痛く怖い思いをしても、ししは諦める事はなかった。

 今までもこれからも、みんなに生きてほしい、という思いと、今度は自分が助ける番だ、という思いが今もししを支えている。


 ししを冒険者から助けてくれた冒険者を、今度はししが助ける。

 【ファンガス病】に侵された人間を救うため、ししは今日も人を小人化させる薬を調合している。


 エミリオが以前、プリュイ山で採取してきてくれた青白いヒマワリのようなデリケートな花【ミストミール】を使い、今よりも効果時間を長く、副作用も弱く抑えた薬を。


「ふぃ〜、クタビレダケ。ミストミールを上手に乾燥 出来でけたのは良き良きダケど効果を消さず細かくするのはちかれる」


 ミストミールは特種環境でのみ育ち、加工も一苦労な植物。

 魔力を含む濃霧の中、酸素が薄い環境でしか育たず、湿度や温度も非常に重要な植物。人工的に量産することは現時点では不可能とされている。

 そのミストミールを入手したとしても、加工でまた手間がかかる。まずは乾燥させなければならないが、ここでも注意点が。

 乾燥させる場合、太陽光を浴びせてはいけない。室温を保ちつつ、酸素の薄い環境でゆっくり乾燥させなければならない。通常の乾燥方法を使った場合、ミストミールの効力が水分と共に揮発してしまい、何の効果もないドライフラワーが完成してしまう。

 そして何より、ミストミールは超高額な花。特種環境でのみ育つ花だからこそ数も少なく高額。

 数を集める事も難しいうえに莫大な金額が必要となるので現実的にも不可能だからこそ、ししは慎重に加工を行っている。しかし既に何輪か失敗し、残り4輪。


「..........よし。ふぃ〜、これで一応残ったお花を粉末に出来でけた」


 3cmほどの極小瓶に半分もない量だが、予想以上の量を生産出来た事にししは安堵する。

 粉末にしてしまえば効果の揮発はなくなり、もうこっちのものだ。これをマーケットに持ち込めばウン十億の値がつくだろう。必要ない者から見れば乾燥した花の粉だが、原料の調達も乾燥、粉末までの手間と技術は知る人ぞ知る。医学関係の者ならば眼を見開き驚く素材だ。


「ごみんね。リピたん、だぷたん、分けてあげたいけどあげられないや」


 小瓶を眺めながらリピナとだっぷーへの思いをクチに出し、ししはすぐに脳を切り替える。

 錬金術師アルケミストとしてのスイッチを入れるように眼鏡を装備し、古い本やボロボロのメモ帳を本棚から抜き取る。

 ランプの中にある小さな石ころがオレンジ色に発光し、ししは机に向かう。


 マイペースであり、眠くなると我慢出来ず、難しい事は苦手なしし。

 医学書も治癒術の書も、森で暮らしていた時期の彼女にとっては絵本と変わらないモノだったからこそ覚えられた。遊び感覚で蓄えられた知識がししの中で調合され、薬学に関しては天才的な知識と技術、並外れた仮説までを組み立てる脳を本人も知らず知らず得ていた。


 並外れた仮説から導き出した薬品に必要不可欠なのが乾燥粉末ミストミールだったのだ。


 それでも “侵食を抑えるだけ” の薬。


 菌自体を死滅させる事は出来ない。


「どうすれば......いいんだろ......〜〜〜〜っ」


 ししは手招きする眠気に誘われるように、こくん、こくん、と頭を揺らし、なりきりノコッタを脱ぎ、ベッドへ潜り込んだ。





 夜な夜な、奴等は動き始める。


「寝たかな?」


「どうだろ?」


「眠い......」


「無理しないで寝ていいよ」


「寝ちゃダメだよ!」


「わぁー!! 声大きいよ!」


「んじゃ、早いトコやろっか」


 そう、奴等はししが眠るのを【なりきりノコッタ】の中で虎視眈々と待ち望んでいた。そしてついにその時は来た。

 ウンディー大陸 美食の街アルコルードにある、ししの家───お弁当屋。既にお弁当屋は閉店し、ししも近々この物件から去るつもりらしく、最低限のモノしか無い。しかしその最低限が中々どうして、結構な量だ。特に調理器具はほぼ全てあり、奴等の大作戦が始まる。


「今なんじ?」


「「おやじー!!」」


「なるほど、大人の時間かな」


 奴等とは───小人である。

 小人達の大作戦はこうだ。

 ししが起きて朝食の準備をしようとした時には既に朝食の準備が終わっている!! という料理完成ではなく料理の下準備という何とも言えないハードルの作戦───と常人ならば思うだろう。小人達も元々は人間、当初はこの作戦に不満を持っていた。が、小人の中にひとり今の自分達のサイズや知能低下を確り把握している者がいた。それが今回の大作戦の指揮者タクターである【かず】という男性───と言っても薬の副作用で見た目は子供になりサイズは小人。

 ししが生産する薬を飲まなければこの小人達は既に死んでいるたろう。副作用でサイズや知能の低下が発生したとしても、人は日々成長する。子供ならば特にその成長速度は爆発的だろう。

 【かず】は自分達が今安全に行えて成功率が高い作戦となれば、料理の下準備程度だと判断し、それを押した。その作戦を具体的なモノとしたのが【おちゃめ】と【サリー】という男性冒険者。


 今回、小人達が秘密裏に下準備する料理は【カレー味のからあげ】という朝食にはヘヴィな品だった。

 【瞬】という男性冒険者と【もち】という女性冒険者が「からあげ!」という案を譲らず、【えつ】という女性冒険者が「カレー味なら大丈夫」と何がどう大丈夫なのか不明だが妙に安心感のある、安心感しかない瞳を見た【ハーメイト】という男性冒険者が「女の子が大丈夫と言ったならばそれは大丈夫」と独自の理論で答えに辿り着き、【かず】が上手い具合に意見をまとめ【おちゃめ】と【サリー】が必要な材料や工程を具体的に組み上げ、今夜大作戦が幕を開けた。


 材料は───【サリー】と【もち】がししにおねだりしまくって───入手済みと言えるだろう。調理器具の攻略も完璧。


「まずは鶏肉を切ろう! 包丁隊、準備!」


 【かず】の指示に素早く行動する包丁隊こと【瞬】【おちゃめ】【ハーメイト】。1本の包丁を3人がかりで操るが、その包丁はパンを切るためのブレッドナイフ。しかしそんな事は包丁隊の3人にとってどうでもいい事。この3人は鶏肉が切れればハサミでもいいと考える、やんちゃ組だ。


「包丁隊が鶏肉討伐を行っている間に、錬金隊は衣液の準備を! 俺も手伝う! カレー味にするのを忘れるな!」


 錬金隊、とそれっぽい名前を考えてますます作戦っぽく仕上がっている。噂の錬金隊は残りのメンバーである【サリー】【えつ】【もち】そして指揮官の【かず】だ。しかしここで問題が発生する。特殊な訓練を日々行いやんちゃ化した包丁隊とは違い、錬金隊は世界崩壊クラスに自由を極めてきた。その自由主義が今錬金隊の統一性を崩壊させている。まず【えつ】はししの寝顔を見て「ししちゃん獣人に戻った可愛い」と呟き一緒に寝ようとする。それを見た【サリー】が「じゃあこれ食べていい?」と理解不能な じゃあ を発動させ、一粒のぶどうへ抱きつき食べ始める。そして【もち】に至っては水の中に落下し溺死寸前に。


「包丁隊! 作業を一旦中断して救出だ!」


 と【かず】が指示を飛ばすも、鶏肉の切り方で喧嘩を始めた包丁隊の耳に【かず】の声は届かなかった。


 小人達の【カレー味のからあげ】作戦は夜明けまで落ち着く事なく、ついに朝日が顔を出した。


「......んにゅ、太陽さん......〜〜〜っ、朝だ」


 心地良い太陽光を浴び、ししは起床。昨夜、小人達はなりきりノコッタの中で眠ると言っていたのを思い出し、ししは朝の合図もして茸帽子をポフンポフン、と優しく叩き小人達を起こそうとするも、勿論反応はない。


「〜〜〜っ、あれー?」


 アクビをしつつぼんやりとする頭で小人達が起きない事を理解し、辺りを見渡す。すると、寝室のドアが少しだけ開いていた。


「先に起きてたかな」


 小人が通るには充分すぎる隙間だと判断したししは大アクビを入れ、自分も起きる。

 まずは変彩魔術を詠唱し、自分の姿を人寄りに。茸帽子を抱き上げ、寝室を出る。少し残る眠気が一気に吹き飛ぶ事になるとは思いもよらないししは、ドアをゆっくり押し開け、


「おは───どあ!?!?」


 奇怪な声をあげた。

 半開きの冷蔵庫、ぽちゃぽちゃと雫を落とす蛇口、床に拡散する白い粉、そして調理台の上で眠っている7人の小人。


「えええー......どうしたの?」


 ししはまず冷蔵庫を閉め、水道をひねり、調理台で眠る小人達を観察した。全員が汚れている。しかし怪我などはしていない事に安堵し、イスに腰掛けた時、視界の端にトレーが。その近くにはまな板やブレッドナイフ、他にも様々な調理器具が散乱するようにあった。


「なんだろう......わあ!」


 トレーの中には、あとは揚げるだけ状態のからあげと「ししちゃん!これみんなで食べようね!」と書かれた置き手紙。


「..............っ」


 少々───いやだいぶ雑だが、からあげ大作戦は成功したと言えるだろう。


「ん、あ! 寝ちゃってた!」


「ふぁ〜、今なんじ?」


「!? 今、転ぶ夢見て起きた! 焦った」


「〜〜〜っ、おはよー」


「もう朝?」


「うげ〜、服が濡れてる〜、、」


「ぐーすぴぐー」


 小人達も起床し、作戦の最終フェーズである後片付けを忘れていた事に気付き焦りが湧いた時、


「おはよう、みんな」


 と、ししの声が響き、小人達は恐る恐る顔を上げた。

 ししは太陽のような笑顔を小人達に向け「おはよう」ともう一度言った。とてもあたたかく、とてもやさいし声でニッコリ笑い、溜まった雨粒を溢さないように、ゆっくり茸帽子を被った。



 ししと7人の小人は、一緒に後片付けをして、一緒に朝食を食べたとさ。



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