◇502 -プンプンの服-



 夜楼華ヨザクラが発光する花を咲かせたあの夜から3日。

 ウンディー大陸からシルキ大陸へと入った冒険者達もまだ誰ひとりとしてウンディーへは帰還していない。もちろん、このわたしエミリオさんも。わたしこそただ帰還する足がない───箒で飛べばいいのだがダルい───ので、潜水艦とやらを堪能させてもうべく残っている。他の冒険者達はシルキ民と小難しい話をしたり何だりしている。


 夜楼華の発光花は他の桜にも影響を与え、今では普通の桜も夜楼華に似た効果を宿した。魂を逝くべき所へ還し、マナを巡回させる......考えてみればこれは世界樹がやっていた事とよく似ていて、どうやら夜楼華も世界樹も霊樹や宝樹と呼ばれる木らしい。地界のバランスを保つ存在......。

 世界樹は死んでしまったが、世界樹の芽が残り、なんとその芽が世界樹と同じ働きをしているらしい。一時は不安定になったマナも今では安定している事から、芽でも世界樹と変わらない力を持っているのだろう。知らんけど。


 ウンディー勢はシルキと同盟を組みたいらしく、謎に外部と連絡を取れなかったフォンが今では普通に使える。ジュジュがセッカと連絡をとりつつシルキの人達と話を進めている。

 もちろんそれだけの理由でシルキに残っているワケではない。建築物などの被害はほぼ無いが、シルキ民には他国への不安、不信感が募っているだろう。なんせ突然現れたウンディー勢が良くも悪くもシルキを、夜楼華を変えてしまったのだから。頭良さげな冒険者、妖怪、ポコちゃんも混ざり、今後の話をしている。


 何百年と続いていたクソくだらない内戦をポッと現れた他国民がたった数十日で終わらせたとなれば、そりゃ今後の話も大事になる。

 国だの何だのを深く考えず首を突っ込んだアホ冒険者のせいだろ。そいつが責任もってちゃんとすべきだとわたしは思うが、誰がそのアホ冒険者かわからない以上は全員でやるしかない。全く迷惑な話だ。


 国だの大陸だの、誰が偉い誰がどーだって話は勝手にやってくれ。なので、わたしは今こうして療狸寺やくぜんじで時間を潰している。


「エミリオ、リピナさん達が来たよ!」


 単眼妖怪のひっつーは昨日から既に、普通に、普段の生活を始めていた。療狸寺で起き、療狸寺の掃除をして、稽古をして、こうして誰か来た場合の対応もし、わたしの客ならわたしを呼ぶ。

 すっかり仲良くなった単眼───夜見るとやっぱり怖い───へ気の抜けた返事を返し、寝転がっていたエミリオさんはダラダラと立ち上がる。

 ひんやりとする廊下をペタペタ進み、客間と呼ばれる客を招き入れる無駄に広い見栄っ張りな部屋へ。


「よーう」


 謎の置物や理解不能な巻物絵が飾られている療狸の趣味を疑う部屋にいたリピナ達御一行へ挨拶を飛ばし、ウンディーとシルキが仲良さげになって早くシルキにもソファが溢れろ、と願いつつ畳へ座る。単眼ひっつーが人数分のお茶を出し、営業スマイルを振り撒きつつ境内の掃除へ戻った。

 療狸寺やくぜんじに現れたのはリピナ、ビビ様、プンプンの3名だった。


「足の調子は?」


 わたしの美しき脚線美を眺めながらリピナは呟いた。妖怪に足を斬られそれを再生術で繋げてくれたのはリピナだ。足と一緒に意識もブッ飛んでいたので再生術のあの痛みを体感する事なく終わったのは助かった───が、タイツが穴だらけなうえバッサリ斬られたので今は装備していない。ので! 今のわたしは世界が羨み嫉妬に瞳を焦がす脚線美を惜しげも無く晒している生足エミリオなのだ。


「調子良すぎて脚線美」


 足裏を見せつけ、指をクイクイっと動かす器用さを披露するも、リピナは「それはよかった」と簡単に流した。足の調子は本当に違和感なく平常なのだが、他の部分が中々......いやだいぶ痛い。

 なぜ最初から最後まで治癒術で治してくれないのか不明不満なので、クチを尖らせて、


「なぁリピナ、他の怪我を治癒術でサクッと治してくれよ。いてーんだよ」


 治癒術を御所望する。


「ダメよ、アンタまさかメッセ見てないの?」


「あん?」


 見てない、そもそもメッセージが届いている事さえ知らん。とは言わずフォンを取り出し確認すると───何通かメッセージが届いていた。夜楼華が謎の力を使い霧をファッサーしていたおかげで外部と連絡は取れなかった。しかし夜楼華のご機嫌もホカホカになり霧も消えたので溜まっていたメッセが今届いた感じか。


「エミリオは後でゆっくり、詳しい人と一緒に見た方がいいと思うよ」


 ビビ様がお茶をすすりながら言ったその言葉、まさにその通りだと思える内容のメッセがわたしのフォンに届いていた......これは......うん。うん。


「てか2人はどうしたよ?」


 メッセ画面を閉じフォンをその辺りに放り投げ、リピナにくっついてきたビビプンへ話題を振る。その間にリピナは医者モードでわたしの状態確認と治療をする。


「ビビは武具の確認だよ。エミリオは結構荒っぽく使ううえに手入れなんてしないでしょ? だから見せて」


「お、それは待ってた! えっと......ほい」


 放り投げたフォンを急ぎ拾い、リピナに「動くな!」と怒られながら装備を全解除し、フォンポーチから取り出したエミリオさんの最強装備一式。


「エミリオって見た目通り子供っぽいパンツなんだね」


「エミちゃんそんな下着どこで買ってるの?」


「何でもいいから動かないでって!」


 装備解除した事で下衣はもちろん、ブラウスまで一旦消え去る。下着になるのはわかっていたが仕方ない事なのだ。まぁここにいるメンバーがメンバーだから別に下着姿を見られようが素っ裸を見られようが気にもならないってのが本音だが。


「この下着はドメイライトに住んでた時、服屋が店を畳むからって大安売りしてたから買い漁った。あれ以来買ってねーわ」


 プンプンの質問に答えつつ、ビビ様へ装備一式を渡しメンテナンスとやらを頼んだ。装備を見てビビ様は何度か「あちゃ〜」と呟いていたが、荒っぽく使う とわかっているし問題ないだろう。

 下着姿のままリピナの治療が終わり次の患者の元へ。ビビ様は一旦装備を預かるといい持っていった。


「で、お前は2人と帰らないのかプー」


「あ、うん。ボクはエミちゃんに話があったからね」


「ほーん。珍しいな。話ってなんだ?」


 そろそろぬるくなっただろうお茶へ手を伸ばし、予想通りグッドな温度のそれを飲む。が、やはり和國のお茶は苦手だ。


「エミちゃん、何か変わったね?」


「何か? 何が?」


「雰囲気......いやもっと深い部分かな? 魔力やマナ?」


 座布団の角にあるヒモを解き、プンプンの手を借りて座布団を鎧のように装備し寒さから逃れる。上半身、下半身を座布団でサンドし、ついでに腕や足に巻くように装備すれば───座布団騎士の完成だ。


「かっこよくね?」


「いやダサいし恥ずかしいよ。服持ってないの?」


「え、逆にプー服持ってんの?」


「あるよ、逆にエミちゃん服一着も持ってないの?」


「逆にってやつやめようぜ? 逆になりすぎてどっちが上かもわからなくなってパンツ被り始めたら責任とれんの?」


「責任も何も、あーまたバカやってるよ、で済むと思うけど、友達がパンツ被ってる所は見たくないからやめよう。エミちゃん服貸すから着なよ」


 バカやってる、しかも、また、という部分を詳しく聞きたいが、服を借りられなくなってしまっては寒いので黙って頷き、借りた服をいそいそと着る。


「なんか普通だな」


「そりゃ服だからね。で、エミちゃん本当の所、変わったでしょ? 魔力やマナが」


「そうか?」


 と、とぼける。確かに変わった。魔力に関しては完全に別物になっている。が、なぜプンプンはそれに気付いたのかが知りたい。魔力はまぁ......感知すりゃ気付くくらい変わってるが、マナの変化まで気付くのは相当高感度な感知が必要だ。


「エミちゃん今あの......マナ サプレーション? 魔力隠蔽魔術解けてるから魔女の魔力凄いよ?」


「うえ!? 早く言えよ!」


「夜楼華の前で会った時からずっとだよ。さっきまでしてたブレスレットのおかげで今までの質で感知してたけど、今は全然違う魔力───あ、サプレーションした」


「そりゃするわ! てかブレスレットありとなしじゃそんな違う?」


 装備全解除し、装備を取り出し、ビビ様に渡した。この時なんとブレスレットも帽子も渡してしまっていたらしく、今本当に何もない状態......敵襲でもあれば魅狐ミコを生贄にする以外に平和な解決方法はない。


「全然違うよ。エミちゃんが装備全解除した瞬間、ボクだけじゃなくビビさんもリピナもピリついたの気付かなかった?」


「全然全くイチミリも気付かなかった」


 棚を勝手に漁り、せんべい を発見したので美味しくいただく。理想は甘い物───ケーキなどがよかったのだがシルキでそれを求めるのは魔結晶ドロップよりも望みが薄い。プンプンにも差し出し、魔力トークを再開する。


「エミちゃんの魔力は凄い変化してるよ、多分ひぃちゃん達も後で聞いてくると思う」


 わたしの魔力変化は間違いなく魔力が全て魔女力ソルシエールになったからだろう。リピナ、ビビ様、プーがピリついた、と言った事から恐らくわたしの魔力は完全に魔女族の魔力それになっているんだろう。今まで疑問......というにはちょっと違うが、魔女の魔力について気になってた事もあるけど、夜楼華がわたしにかかっている謎魔術をごっそり消し飛ばし記憶の蓋がガバガバになった今、もう疑問も何もない。

 にしても、あのブレスレットがまだ効果を発揮していた事に驚きだ。きっと “魔女の魔力を隠し抑える” という効果以外に何かあるに違いない。一応ビビ様に解析依頼のメッセを送っておく。


 でだ、わたしが気になるのは自分の事じゃなく、プンプンの事だ。


「そういうお前も変わっただろ? メンタル的な部分だけど」


「え? あー......うん。ボク達のギルドはバウンティハントを優先にしたんだ。専門っていえるほどまだ行動してないから優先って感じ」


「バウンティハント......なるほどな。それ系の活動をしてりゃそれ系の関係が出来て、それ系のネタが入ってくる。本格的に追う.....じゃなくて狙うって事か───リリスを」


「うん。ボクはリリスを、ひぃちゃんやワタポも狙いがあるんだけど、それはエミちゃんが聞いてみるといいよ。どこまで言っていいのかボクもまだわからないし」


「そかそか、んでプーは今よりさらに強くなりたい、突然変化したわたしの秘密を知りたいって感じか?」


「アハハ、まさにそれだ。エミちゃんは確実に前より強くなってると思う。少なくともその魔力は前以上に魔女してる。一体何をしたの?」


「残念だが言っても理解出来ないと思うし、実行も出来ないぜ。だからそうだな......ポコちゃんに色々聞いてみ? 魅狐の事を」


「やっぱりそうなるか。尻尾が九本になって、出っぱなしになって、色が変わって、自分個人での限界を感じたんだ。やっぱり次は種族やそういう部分に眼を向けるべきか......」


「だと思うぜ? ま、今のプーなら大丈夫そうだけどな」


「大丈夫そう?」


「前と違って落ち着いてるってか、モモカモモカーってしてないし。視野が広くなった感じすんぞ」


「前にワタポに言われたんだ。リリスを殺す事はモモカを殺す事でもあるって......あの頃は決めれなかったけど、そうしないとモモカを永遠に縛られたままだし、救うという意味でもやっぱりリリスはほっとけない」


 そう語るプンプンの顔にはまだ若干の迷いが見えた。


「そか。まぁワタポに言われてから自分で考えて決めた事だろ? なら迷うなよ」


「───うん」



 わたしの変化よりもプンプンの変化こそが、強さとかそういうものなんだろうな.......。

 やり遂げる決意と結果を受け入れる覚悟。


 プンプンだけじゃない。シルキの、眠喰クソネミもこの決意と覚悟で夜楼華に立ち向かった。わちきもだ。

 こういう部分の変化と成長が、自分だけじゃなく周りも大きく変えるんだろうな。



「よし! みんなの所いこうエミちゃん!」


「あー? なんでよ? めんどくせーよー」


「いいからいこう! みんなは京にいるよ!」


「あえぇー? だっりーなぁー」



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